あなたとの出会い


              「恋を・・・しているのだろう?」

              先生が帰国される直前に私に問うた思いがけない言葉。
             
              今まで縁遠かったその言葉の甘い響きに驚いて、私はとっさに否定をしてみたけれど

              でも、もしかして、あなたに対するこの気持ちは“恋”なのかしら・・・?


              
              あなたと最初に出会ったとき、私とあなたは“敵”同士のはずだったのに、
             
              あなたは私にまるで敵意を持っていなかった。

              あなたが私にバイオリンを渡して、弾いてみせてくれと言った時が、
 
              あなたの声を聞いた一番最初。
 
              いわゆる“敵”の本拠地で、一人でいる時にいきなり知らない人に背後に立たれたことと、

              頼みの綱のモーツァルトが無反応だったことに半ばパニックになっていた私に、

              なんでもないかのようにバイオリンを手渡してきたあなた。

              あの周囲の殺伐とした状況下で、あなたの、純粋な興味を含んだ屈託の無い台詞と声を
              
              聞いて、私は張り詰めていた緊張が解けるのを感じたわ。

              そしてあなたから発せられた、蛮さんに対する殺意は私の背筋を凍らせた。

              けれど次の瞬間、立ち去る間際にモーツァルトに向けた友達にするような挨拶が
 
              私に怯える時間を与えないほどの驚きをもたらした。
 
              「じゃあな モーツァルト」

              あなたと会ってから私は一度もモーツァルトの名前を呼んでいないのに

              あなたはその名を口にし、滅多に人になれないモーツァルトがあなたに向けていたのは
 
              きっと信頼の眼差し。

              私が奏でた、たった数フレーズ分しかなかったこの短い会遇は、
     
              それでも私があなたに興味を抱くのに十分な時間だった。


              
              それから、あなたから感じた様々な感情。




              あなたの銀次さんに対する誠実さ、

              森の中から、私だけに聞こえた、あなたの哭いているような声。

              ストラディヴァリウスを返しに来てくれた時に感じたあなたの優しさ。
 
              立ち去ろうとするときに垣間見えたあなたの孤独。

              路地裏での演奏会では、銀次さんに振り回されて踊る恥ずかしそうなあなたの気配と、
 
              あなたを慕って集まっている仲間たちの歌声が聞こえたわ。


              “見えない”私に、こんなにもはっきりと伝わるあなたのココロ。

              私はもっと知りたいと願っている。

              あなたの隣にいて、あなたをもっと感じて、そして私のことも知ってもらいたいと思っている。

              
              
              (音色は、何よりも正直にその演奏者の内面を映し出す鏡だよ)


              
              この木漏れ日の中、

              あなたが好きだと言ってくれる私の旋律は、あなたにはどんな風に響いていますか。

              あなたという存在をのせて、私は音を紡いでいます。

              
              この気持ちはやはり、恋、なのかしら?


Fin.


第4巻の最後、音羽邸の庭でバイオリンを奏でるマドカ嬢の気持ちを補完してみました