気づいた自分の気持ち

     
     「久し振りね、マドカ!」 「会えて嬉しいわ♪」 「元気そうで、良かった・・・」

     今日は留学先の音楽院で同期だった友人たちとの久し振りの再会。
     それぞれ国内・海外で忙しくしていて、互いのスケジュールを調整してやっと今日、新宿で会えることになったのだ。
     ビオリストの朱実(あけみ)はシッカリ者で皆のまとめ役。
     バイオリニストの美夕(みゆ)はマイペースな自由人。
     チェリストの真由子はほんわかホワホワしていて和み系。
     そんな三人とマドカは学院時代、よく四人一緒に行動していた。同じ弦楽器が専門ということで話も合ったし、
     バラバラの性格が逆に巧く作用したようだ。そして三人ともマドカが盲目であるということを全く気にしなかった。
     一緒に授業を受けたり、放課後カフェでお喋りに花を咲かせたり、合同でコンサートを開いたり・・・・
     しかしそれぞれが日本に帰国してからは、所属する管弦楽団やソリストとしての活動が多忙を極め、
     時々電話で連絡を取り合うくらいになってしまっていた。
     それでも再会したときの雰囲気は、みんな昔とちっとも変わらない。マドカにはそれが至極嬉しかった。
     離れていても、こうやって再会すればいつもの私たちに戻れる、彼女たちは大切なお友達・・・。
     新宿駅の片隅を明るく照らしていた四人組はやがて、尽きぬ話を始められる場所を求めて喧騒の街へと繰り出して行った。

     四人が腰を落ち着けたのは、小洒落たオープン・カフェ。街のざわめきから少し離れた落ち着いた場所。
     誰かが冷房を嫌がるモーツァルトに配慮してくれたようだ。そんな優しさも、嬉しい。
     
     「でも、マドカ、ちょっと服装の感じとか変わったわね?」
  
     美夕が徐に切り出してきた。

     「あ〜確かにそうよね。昔よりは大人っぽくなったような・・・ん?彼氏でもできたとか?」

     朱実がニヤリと笑いながらマドカに迫ってくる。

     「そ、そんなんじゃないもの・・・」

     マドカは少し顔を紅に染めて戸惑いながらも答えた。だって、士度さんは・・・彼氏、とかじゃないもの・・・。
     
     「恋って素敵なことよ、マドカ。」

     真由子が静かに言った。一同の視線は彼女に向けられる。
 
     「・・・・真由子、彼氏がいるの?」

     遠慮がちにマドカが訊けば、
     「ちょっと!!いつの間に!?」と朱実が食らいついてきて、「あらあらまあまあ・・・もっと聞かせてよ♪」・・・美夕は心底楽しそうだ。
     真由子はクスクスと笑っている。そして話題は自然、惚気話へと展開していった。





    「も〜!!ごちそーさまでした!」

    朱実が降参、のポーズをとった。美夕は、もっともっと!!と身を乗り出している。マドカは頬を染めながらも熱心に彼女の話を聞いていた。
    確かに、恋っていいものなのかもしれない・・・・だって彼氏の話をするときの真由子の雰囲気、マシュマロみたいに柔らかだもの・・・。
    
    「・・・熱くてやってられないわ。」

    そう一人言ちながら扇子で自身を扇いでいた朱実が、不意に通りの向こうに目をやった。そして美夕と真由子にも目配せをする。

    「まぁ、凄いわね・・・」「あれは・・・・よっぽどの自信がないと、できない芸当よ。」「文句無しに、Fカップね。」

    そして、十数秒の間、三人の観察は続いた。マドカはマキアートを飲みながら、話の続きを待っていた。
    やがてこちらへ視線を向けなおした三人に、なあに?と首を傾げてみせる。これも、昔から一緒。三人が何か面白いものを見つけたときは、
    すぐにマドカに丁寧に説明してくれるのだ。その楽しさを分かち合う為に。

    「今、通りの向こうにね、凄い格好の女性がいたわけよ!」
    「トップは水着だか下着だかわからないくらいの、とにかく胸がバーンと出ている感じで・・・」
    「アンダーはヒップギリギリまでスリットが入ったロングスカートだったわ、しかも生地がかなり薄い。確かに凄いバストだったわよね・・・」
    「それをちゃんと着こなせている、これがまたゴージャスな美人さんでね・・・薄い色のロングヘアで・・・外人っぽかったかな?」
    「あ、隣にいた男の人も、なかなか格好良かったわ♪・・・・あれは、朱実の好みでしょv」
    「そぉねぇvああいうのが傍を通ったら絶対声を掛けているわね。音楽家に無いワイルドさにそそられそう・・・・」
    「ああやって額にバンダナ巻いて、様になる殿方って、なかなかいないわよね。最近の若い人は何だか皆雑誌の真似事みたいで・・・」
    「ようするに、女が誰しも憧れる豊満なバストで薄着の女性が、背が高いけっこうイイ男と一緒に通りの向こうの喫茶店に入っていったのよ。」

    巨乳・薄着・ロングヘア・外人・・・・ヘヴンさんみたいな人かしら、とマドカは思った。
    バンダナ・長身・イイ男・・・・士度の事しか思い浮かばなくて、マドカは赤面して俯いた。
    
    それにしても・・・胸が大きいってことは、そんなにいいことなのかしら?見えない私は、外見的な特徴なんてあまり気にしたことはないけれど。
    特にバストなんて・・・でも朱実や美夕や真由子は羨ましがっているわ、女性として。そしたら、やっぱり・・・・

    「・・・・男の人も、胸が大きい女性の方がいいのかな・・・」

    ポツリと呟いたマドカの声を、三人組が逃すはずがなかった。そして食いついてこないはずがない。

    「マドカ、あなたも、もしかして・・・・」 「ちょっと!アンタもいつの間に!?」 「ぜひ聞かせて欲しいわ♪」

    「――!!ち、違うの!!彼氏、とかじゃないの・・・ちょっと気になる人なだけで・・・」

    「「「聞かせて!!」」」  

    友人たちの勢いに押されて、マドカはしかたなく事の経緯を説明した。士度の差し障りにならないよう、かなり省略をしながらだったが・・・・。




    「嘘・・・・それって同棲じゃない!?」 「ち、ちがうもの!だからまだそんな関係とかじゃないもの・・・」
    
    「マドカが!?男を拾ったの!?猫の子じゃあるまいし、なんでそんな大胆な・・・」 
    「!!拾っただなんて・・・・行くところがないって言うから、ウチに来ませんか?って言っただけで・・・ほら、私のウチ、部屋も余っているし・・・」

    「・・・・世間ではそれを、“拾った”って言うのよ・・・・。先を越されてしまったみたいね。」

    クスリ、と真由子が笑った。だから、真由子みたいなものとは違うんだってば・・・・とマドカは再び俯いた。友人たちからの攻撃は止まない。
   
    「でも、もう、一ヶ月近く同じ屋根の下なんでしょ?一緒にいるときは何してるのよ、あなたたち?」
 
    「えっと・・・・お庭でお弁当を食べたり、バイオリンを弾いたり、動物さんたちと遊んだり、お茶したり、時々一緒に喫茶店に行ったり・・・・」

    「「「・・・・・」」」

    彼と居ると、とても楽しいの・・・そう言うマドカの顔は幸せそうだ。しかし・・・
  
    「・・・キス、とか、せめてハグとか・・・・何かロマンスはないの?」

    朱実が訊くと、マドカは少し悲しそうな顔をして、フルフルと頭を振った。・・・これは。
    彼女の相手は、よっぽどの唐変木か、奥手か、最悪マドカに気が無いかだ・・・・・三人は気の毒そうにマドカを見つめた。
    ・・・・純朴そうなこの子が、騙されていなければいいのだけれど。

    「いい人、なの。背が高くて、ワイルドな感じで、たぶん、きっと、澄んだ目をしている人なの。
    動物や自然に優しくて、あまり喋らないけれど、私のお話ちゃんと聞いてくれるし、私のこと、助けてくれたし・・・・。」

    「好き、なんだ?その人のこと。」

    美夕がニッコリと微笑みながら訊いてきた。マドカは目を見開く。
   
    「・・・分からないわ。とても気になる人だけれど・・・だって、私、恋とかしたこと・・・・ないもの。」

    俯きながらマドカは小さくなってしまった。だって、真由子が話してくれたような甘い時間なんて、私と士度さんの間にはまだ無いし・・・・。

    「・・・・じゃあ、例えばよ?マドカが、その彼を私たちに紹介するとします。そしてもし彼が私の激好みで、私が彼にアタックってことに――」

    「――!!それは、ダメ!!」

    朱実の声にマドカの声が重なった。三人が驚いてマドカを見ると、彼女の瞳は少し潤んでいた。
    マドカも自分の声に少し驚いたようだ。赤面すると再び俯いてしまった。そして、呟く。

    「ごめんなさい・・・・でも、それは、嫌・・・・」
 
    だって、朱実、素敵な女性だから・・・・士度さんだって、気に入ってしまうかもしれない・・・。

    「・・・例えばの話、だってば。・・・でも、余計な心配させちゃったみたいね、ゴメン。」

    朱実がマドカの肩をそっと抱いた。可愛い妹分の恋に対する初々しさを、抱きしめてやりたいような衝動に駆られる。

    「・・・その気持ちが“好き”ってことなのよ、きっと。」

    真由子が穏やかな口調で言った。そして続ける、――その気持ちは、止められないものなの・・・・――

    「そうなの、かな・・・・?」

    「そうよ、きっと。」 「そうそう♪」

    そうなのかしら・・・・  そう呟くマドカに誰かが言った。

    ― あなたの恋が成就することを祈っているわ・・・・―






  
    「それじゃ、また近いうちにねv」 「電話するわ♪」 「今度は彼、にも会わせてね。」

    自宅の前でタクシーから降りたマドカに、三人は声を掛けた。マドカも今日の御礼を言いながら手を振る。
    そしてゆっくりとタクシーは再び走り出した―― 後ろ振り返り、まだ手を振っているマドカにバックミラー越しに合図を送っていた三人の目に、
    どこかで見た誰かの姿が過ぎった。街灯に照らされながら歩いているその男の姿は・・・・

    「あれ・・・?彼、あの巨乳と一緒にいたバンダナ男・・・!?」 「え?――嘘!?ちょっと、マドカ!何駆け寄ってるのよ!?」
    「やっぱり、騙されているんじゃ・・・・」

    タクシーが角を曲がり、二人の姿が見えなくなった。タクシーの中は大騒ぎ、慌ててマドカにかけようとした電話は、圏外だった。
    煩い客をサッサと降ろそうと、タクシーは密かにそのスピードを上げた・・・・。


    

    「あ、士度さん!!私も今帰ったばかりなんですよ。ご夕食は?」

    「よう・・・。飯は、もう食ってきた。なんだ、随分と機嫌がよさそうだな。」

    「お友達と会ってきたんです。沢山お喋りしてきました。今度紹介しますね!」

    「・・・あぁ。」

    「なかに入ってお茶にしましょう、士度さん?」

    「そうだな・・・。」

    
    
    彼の声を聴くだけで踊るこの気持ちが、もっと大きくなればいい―― そして彼にも届くくらいに、もっと広がっていけばいい・・・・。
    
    携帯電話が暫くの間、鞄の中で揺れていたことにマドカは気がつかなかった。

    彼の存在に心を持っていかれていたから。

    まだ見ぬ愛に、夢を抱いている真っ最中だったから。




     Fin.


   出会って間もない二人、マドカの気持ち、自覚編・・・・でした。
    マドカを昔から知っている存在を出したかったので、オリキャラで補填。
    士度とヘヴンは、いつもの如く仕事の打ち合わせですとも。
    それでもこの後、三人の誤解を解くのは難しそうですね(笑)
    次回、マドカ、点字辞書を引くの巻☆です。