― kizuna ―
「――ッ痛・・・・」
士度は覚醒するなり起き上がり、左胸を押さえながらベッドの上で身を屈めた。
痛い程の鼓動が頭に響く―― 自然、息が荒くなり、士度の額に汗が浮かんだ。
胸が、灼ける―― この感覚に覚えがある・・・・鬼魔羅 だ。
今、躯中に針を刺すような疼みを残しながら駆け巡るのは、その歴々の所有者達の記憶と想い―― 見知らぬ魔里人、鬼里人との戦いで散って逝った長老、彼から受け継いだ自分、そして――
亜紋 ・・・・お前、何てことをしてくれたんだ。俺が望んだのはこんなことじゃない!どうしてお前が・・・どうしてお前が“また”死ななきゃなんねぇんだよ!生きろって、言ったじゃねぇか・・・お前には夢があるから――
俺は、あれで良かったんだ、最初(ハナ)からそのつもりだったんだ・・・マドカの為にならこの生命、燃やし尽くしたって・・・・なのにお前は、どうして――・・・・・・・・。
(・・・・士度。)
声が、聴こえた―― 鬼魔羅 の鼓動は激しく鳴り続ける。
亜紋 ・・・・か?
(オレの“あの時”のキモチ、少しは理解してもらえたかな・・・・?)
あの時――?
(士度がオレに鬼魔羅 をくれた時の事さ・・・・せっかく好みの女の子の手に掛かって死ねたのに、また叩き起こしてくれちゃってさ。)
だが、俺はあの時死んだわけじゃねぇ!お前がこんな借りの返し方をする必要はなかったんだ・・・・
(そうかな?君は鬼魔羅 を持っているフリをして、無限城へと下った。鬼里人が魔里人全体に向けていた目を、士度個人の方へ逸らす為にね・・・。正直に、夏木亜紋
が鬼魔羅 を持っているってことにすれば済んだことだろう?なのに士度は勝手に全部背負い込んでさ。・・・・痛かったよ。今、士度が感じているような痛みに、オレも苦しんだ。)
・・・・お前は夢を叶えるべきだと思ったんだ。夢がない俺なんかよりも、ずっと自由に生きるべきだと・・・・
(オレも、士度は死ぬべきではない―― そう思ったから、鬼魔羅 を士度に返しただけだよ。)
・・・・マドカを巻き込んだのは、俺の責任だ。俺の命でケリをつけなきゃならなかったんだ・・・・。
(自分が死んだら彼女がどうなるかって、考えなかった?)
・・・・・マドカは強い女だ。俺がいなくてもきっと・・・・
(美堂蛮が言ってたよ、士度が死んだら彼女だって生きていけないって・・・・それじゃあ何にもならないって、さ。)
・・・・・・
(薫流が泣いていたよ。あの気丈な子が。)
!!
(・・・・劉邦のあんな顔、始めて見た。アイツは士度のこと、戦友として、ライバルとして、とても大事に思っているんだね。)
亜紋 ・・・・
(あの場にいた誰もが、君の死を信じたくなかったんだ。君に生き還って欲しいって願っていた。笑師も、泣いていた・・・・彼はね、士度の為なら命の器から出るって言っていたんだ。士度のことが好きだからって。士度は――
君は必要とされているんだよ。士度の恋人にも、笑師にも、士度の仲間や友達にも・・・・だからオレは思った――士度はまだ死ぬべきではない―ってさ。オレは元々命の器から出てしまった存在だし、士度に鬼魔羅
を返すことで自然の法則に従いたかったんだ・・・)
けど・・・・そのせいで今度は俺がお前の夢を奪っちまった・・・・
(違うよ、士度。君のお陰でオレは夢を叶えられたんだよ・・・・)
どうして・・・・
(士度がオレに鬼魔羅 をくれたから、そして士度が無限城に行ったから・・・・だからオレは生きながらえて、そして笑師という最高の相方に出会えたんだ。人に笑顔を与えることができたし、人を信じるってことを教えてもらった・・・・そして士度や、薫流や、劉邦にも再び会えた――
あの時、言えなかったことを今ここで言っておくよ・・・・助けてくれてありがとう、士度―― だからオレは二度目の最後の日を、最高の日として迎えることができたんだ・・・・)
―― 俺は・・・礼を言われなきゃならねぇことなんて、何もしてねぇよ・・・!
(・・・・それにね、士度。君が里で長老から鬼魔羅 を託されたのには、何か意味があるのだと思う。数多いた魔里人の中から、士度が選ばれたんだよ。それは同時に過酷な運命と共にその人生を歩むことを意味するのだけれど・・・・鬼魔羅
の正統なる後継者は君、なんだ。“刻”は近い―― 鬼魔羅 はそう言っている・・・君は生きて、それに立ち向かって、そして打ち勝たなきゃ・・・・オレは見てるから・・・君の“なか”でちゃんと・・・・だから・・・・)
―だから、生きて・・・・士度、君自身の為にも、そして君を必要とする人達の為にも・・・・君の存在が、彼らの“刻”の道標の一つになるんだ・・・―
“彼”の声がだんだんと遠く、小さくなって逝き、そして、消えた。
―― 何時しか鬼魔羅 の鼓動は穏やかなものへと変化していて、今は静かにその脈を打っていた。
士度の眦に熱いものが溢れ、それは雫となって頬を伝った。
―― バカヤロウ・・・・―― 喉の奥で士度は呻いた。
あぁ、胸を締め付けるこの想いも、そして止め処なく流れるこの涙も―― 戦乱の中の絶望に隠れて、忘れかけてしまっていたものだ。
鬼魔羅 の記憶と士度自身の記憶が交じり合い、魔里人と鬼里人の間に横たわっていた長く暝い歴史を士度の脳裏にフラッシュ・バックさせた――そしてそれはプツリ、と途切れる。そう、終ったのだ――
全て。自分のこれまでの人生に常に纏わりついていた数百年の確執が、家族や一族の仲間を奪い続けた憎悪と殺戮の連鎖が、あの日を境に――そして今、この胸の中で脈打つ鼓動は、新たな“刻”の幕開けの鐘。
怒りも喜びも、士度の心の中には影すら見せなかった。ただどうしようもなく巣食う感情は―― 哀しみ ―― やり場の無い、嘆き。
「・・・畜生・・・・どうして・・・・ッ!!」
士度は指の痕がはっきりと残るくらい強く、自分の左胸を鷲掴んだ。どうしてこんなちっぽけな“心臓”の為に何千・何万という人々の血が流されなければならなかったのか・・・どうして亜紋
は・・・“彼ら”は死ななければならなかったのか・・・・そして、どうしてこれは、今、俺の胸に納まっているんだ・・・・?―― 脳の中ではとっくに整理がついていることを、“心”はまるで理解していなかった。里での束の間の幸せな日々が士度の脳裏を掠めたとき、士度は身の内で感情の箍が外れる音を聞いた・・・・どんなに望んでも、あの頃にはもう二度と還れない――
その血を吸い尽くした塊を糧に、今、俺は生きている―― 畜生!!
「・・・ク・・・・・・・ッ・・・・・!!」
秋の初めの木の葉のように散る士度の声にならない慟哭を、闇夜に静かに浮かぶ蒼い月だけが聴いていた。
<シド・・・・> <・・・・なんだ?>
士度は音羽邸の庭で仲間達の輪の中に埋もれていた。いつものようにライオンを枕にして。ここに住んでいた仲間達も先の戦闘で三分の一程殺されてしまった。あいつ等、ただ俺の傍に居たばっかりに・・・・。
先日マクベスが盛大に行った鬼ごっこ大会で、笑師は亜紋 にサヨナラを言えた。そしてその想い出は永遠になったことだろう―― そして士度は改めて気がついたのだ・・・・一人の人物が持ち得る絆は、その人が想う人の数だけあるのだと――
そう、俺と亜紋 、亜紋 と笑師、笑師と俺・・・・この三つの絃の色も、その形も、皆違う。銀次、蛇野郎、笑師、風雅の連中、マクベス、レディ・ポイズン、ジャッカル、そしてこの俺・・・・あの戯れごとに集った者たちの間にも、士度は様々な繋がりを“見た”。――時にはパートナーとして、そして時には敵として・・・・その深く浅く細く太い繋がりの先に、何かの答えが隠れているような気がした。未だに残る、この心の凝を溶かしてくれるような、何かが――。あれから鬼魔羅は士度に何も言ってこない。静かにその鼓動を伝えるだけ。鬼里人との確執が唐突に終わりを告げた今、士度は自分がこれから進むべき道が判らなかった。確かに、マドカの隣は心地良い――
傍に居て、守ってやりたい・・・・けれど自分はそれだけではきっと生きてはいけないだろう―― このままではきっと、どうしようもない“渇き”が俺を満たす・・・・そして今は霧の中を当て所もなく彷徨っているような妙な感覚が士度の心を覆っていた。
<・・・・シド。>
<・・・・お前等の数も大分減っちまったよな。俺が自分勝手な頼みをしたばっかりに・・・・――ッ痛っ!!>
士度の傍らに居たレトリバーが徐に士度の二の腕を咬んだ。血がでない程度の甘噛みだったが、それでも士度の人より厚い皮膚に痛みを伝える程の強い力だった。
<オイッ!何するんだ――ッ!!オイこら!!>
士度がレトリバーを睨みつけようとしたその時、大型犬が数頭、士度にタックルを仕掛けてきた。ライオンに凭れていた士度は彼らを避けることもできず、背後の柔らかい壁と犬たちの頭に挟まれながら、かといって邪険に振り払うことも躊躇われて、かなり痛い思いをした。ライオンは士度に加勢する事無く微動だにしない。
<急に何なんだよ!お前等!!> <シドノ“気”!!グルグル、マワッテイテ、キモチヨクナイ!!>
士度の苦言の声に重なるように、ブチが吠えた。
<サイキン、ズット、グルグルグルグル!!ソレ、バッカリ!> <イツモノ、シド、ドコ!?>
他の動物達からも口々に抗議の声が上がる。仲間達からこんな仕打ちを受けるのは初めてで、流石の士度もどうして良いのか分からず、ただただ途方に暮れるばかりであった。一羽のカラスが士度の耳元でホバリングしながら彼のバンダナを引っ張った。
<ゲンキ、ナイシ!ロクニ、アソンデクレナイシ!!> <アタマニ、カビ、デモ、ハエテルンジャナイ!?>
木の上にいた小鳥たちも降りてきて、士度の髪を好き勝手に突きだす始末だ。
<オイ!お前等!!いい加減にし・・・・・・ゲフッ!>
士度は背後から強烈な猫パンチを食らって庭の土と口付けを交わすことになってしまった。後ろで士度のソファ役を買って出ていたライオンが、その太い前足で士度の後頭部を思いっきり叩いたのだ。そしてその巨体で、前のめりに倒れた士度に圧し掛かってくる。
<・・・・お前まで・・・一体何なんだよ!!>
辛うじて仰向けになることで背後から押しつぶされることを防いだ士度は、その大きな猛獣を睨みつけた。
それに負けじと獰猛な瞳が士度を見下ろしてくる。
<・・・それは、こっちのセリフだ、シド。>
ライオンの声が低く士度の耳に届いた。
<ズットヒきズっていたナヤミがなくなって、オマエはイきてカエッてきて、マドカもブジで、オレタチがいて・・・・オマエはこれイジョウナニをノゾむ?>
ニンゲンとは、ゴウヨクなモノだな・・・・オマエはチガウ、そうオモっていたぞ――ライオンは士度の肩を噛む仕草を見せた。ソウソウ・・・シド、サイキン、ナニカヲ、サガシテ、バッカリ・・・・イッテクレタラ、ボクタチガ、サガシニイッテ、アゲルノニ・・・・グルグルグルグル・・・・シドハ、ワカラナイ、デ、イッパイ・・・・ドウシタノ・・・・?
<お前等・・・・そうだよな・・・・みっともねぇところ、見せちまってたよな・・・・>
仲間達にこんなにもはっきりと伝わってしまうくらいに、自分の心が千千に乱れていることが、士度はどうしようもなく情けなく感じた。今自分が必要としてる“答え”を“望む”前に、未来への一歩を踏み出さなければならないのに、今の俺はただ立ち止まって“待つ”か“迷う”かをしているだけじゃないか・・・?
士度は自分を見下ろしているライオンの向こうに広がる、澄み渡った蒼天を仰いだ―― 倒れる士度に向かって差し伸べられている“手”が見えた。
―― 立とう、士度!そして“刻”を歩み、前へ進もう・・・・そうしたら探しているモノは光となってきっと見えてくる・・・それに ――
――君が既に見つけた大切なモノが、その嵐の道を支えてくれるはずだから・・・・――
士度を導こうとするその“手”と“声”の主は、確かに一人ではなかった。
「・・・・そうだよな。俺は・・・・もう・・・・」
ヒトリジャナイ―― それに、自分は一人だと、孤独だと思っていた頃も、決してそうではなかったのだ。共に闘う戦友(なかま)がいた。生きようと望む心の中では、一族の想いと教えが自分を支えてくれていた ―― 今なら、それが分かる・・・そして、その心の支えは今も変わらない。むしろ、その絆も、想いも、より一層強く、優しく、俺の心の中を満たしている。それに何よりも大切な光と闇が、俺の心に安らぎを与えてくれている・・・・“道”が新しくなっただけだ――
進むことを恐れる理由は、何もないじゃないか・・・・。
士度は右手で鬼魔羅 の鼓動を感じながら、空いた手を高い天(そら)に向かって伸ばした。すると彼の長い指先に、優しい感触が滑り込んできた。
仰臥する士度を覗き込みながら、マドカが彼の手に指を絡めたのだ。
「喧嘩・・・しているんですか?」
にこやかにマドカは訊いてきた。
「・・・・いや、そーじゃねぇ・・・」 <シドのココロがグルグルしていたから、ミンナでコらしめてやっていたトコロだ>
ライオンはその巨体を士度の上から退けながら、マドカに答えた。マドカは静かに微笑んだ。
「・・・・私の心も、グルグルしていました。でも、もう大丈夫・・・・」
彼女のその言葉にハッとした士度を余所に、隣、いいですか?とマドカは一応断りを入れて、起き上がった士度の隣に背中合わせに腰を降ろした。そしてその小さな背中を、士度の広い背中にそっと合わせる。
「オイ・・・俺、今泥だらけだから・・・」 「いいですよ。」
白いブラウスに土がつくことを、マドカはまるで頓着しないようだった。そして彼女は静かに言う。
「士度さん・・・・ごめんなさい。」 「・・・・マドカ?」
「私・・・目が醒めたとき士度さんが隣にいてくれなかったら・・・もし、あのまま永遠にサヨナラだったなら・・・きっと、士度さんのこと追いかけて行ったと思います。」
「!!」 ―― 士度さんが命懸けで助けてくれた命だけれど、それでもきっと・・・・――
士度の背が大きく揺れたことを感じながら、マドカは続けた。
「私、ちっとも怖くなんかなかったんです。攫われたときも、身体の中に別の魂が入ってきたときも・・・だって、士度さんが迎えに来てくれることをずっと信じていましたから。私の中の士度さんの存在が、私の心を恐怖と不安から守ってくれていたんです。そしてあなたは来てくれた・・・・今もこうして私のお隣で・・・・けど・・・・」
マドカはその頭(こうべ)を士度の背中に預けた。士度は黙って彼女の言葉を聴いている。
「・・・・士度さんが・・・・私の目が醒めたとき、もしあなたがいなかったらって、想像してみたんです。・・・・凄く、怖かった。“初めて”光を失う恐怖を感じました。想像しただけなのに、息がとても苦しくなって、涙が止まらなくなって・・・・士度さんが私の中の闇を照らしてくれたから、私は強くなれたって思っていました。でも・・・私は、その光がないと、きっともう生きてはいけないんです・・・・だから、もう・・・・」
マドカが士度の手を取った。
―― お願い、私を一人にしようなんて、思わないで・・・・ ――
マドカの唇が、士度の背中に告げた。彼女に背を向けたまま、士度はその細い手を握り返した。
「・・・・お前が・・・お前さえ、生きて、幸せになってくれたらいいと思っていたんだ。」
「・・・・士度さんがいない幸福(しあわせ)なんて・・・・私はいらない・・・・」
「お前を失うことだけは・・・・耐えられなかった・・・・お前の為ならこの身が滅ぶことなんて怖くなかった・・・・」
「流れてきた士度さんの心、とても痛かったです・・・それでも、あなたの存在を感じていられることが、嬉しかった・・・そして、分かったんです・・・この繋がりが消えてしまったら、私の心もきっと壊れてしまうって・・・」
「・・・・マドカ――」
「・・・だから二人で――」
マドカはその頬を彼の背に寄せて、背後から彼を抱きしめた。
―― 一緒に強くなりましょう?傍にいるときも、離れているときも、心はいつも一つでいられるように・・・・――
士度の彼女の手を握る力が強くなった。
「士度、さん・・・?泣いているのですか?」
「いや・・・」
繋いだ二人の手の上を、熱い雫が伝うのをマドカは感じた。微動だにしない彼の背中越しに伝わる、穏やかな鼓動・・・
―― ごめんなさい・・・そして、ありがとう、士度さんを助けてくれて・・・・――
マドカはもう一度その鼓動に、自分の正直な気持ちを伝えた。そして目の前にいる彼の熱い涙の記憶を、その耳の奥の宝箱に仕舞った。
互いの温もりが哀しみの雨を溶かし、癒しの光に変えていった。
夕映が近い蒼空がまるでその光を慈しむかのように、二人を優しく包んでいた。
<シド・・・・> <・・・・なんだ?>
士度は音羽邸の庭で仲間達の輪の中に埋もれていた。いつものようにライオンを枕にして。午後はお庭で一緒にお茶をしましょう、美味しいハーブティーを淹れるわ・・・――
そう言いながらマドカは仕事に出掛けて行った。
<イツモノ、シドダネ・・・・> <ソレニ“気”ガ、マエヨリモ、キモチイイヨ・・・>
<そうか?・・・ちっとはマシになったってことかもな・・・・>
頭を摺り寄せてくる猫の喉を掻いてやりながら、士度は秋の気配がする旻を見上げた。澄んだ冷たい空気が素直に士度の肺を潤した。天が落としていった心地良い微睡が士度を誘う。
<・・・・シド。> <・・・・うん?・――ッ痛っ!!> 士度は朝の柔らかな光に目を細めていたのだが・・・・。
<シド!デンワ!!ユレテルヨ!!> レトリバーが士度の二の腕を先日に続き、またしても甘噛みしたのだ。
<オイ・・・お前、最近咬み癖ついてないか?> 文句を言いながら携帯を手にする士度の背後で、彼の枕が可笑しそうに喉を鳴らした。
「・・・・俺だ・・・マクベス?―――花月がどうしたって・・・・・・風雅が!?」
―― 同じように一族を滅ぼされて、そして無限城へやってきて・・・・そんな似たような境遇にいるのに、何故かな・・・その怒りのベクトルが君のと花月のは全く違うような気がする
――
裏新宿へ向かう途中、先刻のマクベスの言葉が士度の頭の中でリピートした。
―― 士度・・・君の怒りが“哀しみ”だとしたら、花月の怒りは“憎悪”だと僕は感じたんだ・・・違うかな・・・・? ――
―― そうかもしれない・・・・――
花月(アイツ)と俺は、性格も外見も戦いのスタイルも、相対する位置にいる―― それでも、何故だかつかず離れず今まで案外上手くやってきた仲だ・・・それはきっと心の深いところが似ていたからなのだろう。そして俺たちはきっと・・・・同じ“怒り”の違う側面を、互いを見ることで忘れまいとしていたんだ、無意識のうちに。
――君は・・・その“哀しみ”を癒す場所を見つけた。けれど花月は今その“憎悪”に呑まれ様としているよ・・・そして、僕等の“刻”も、再び大きく動き出す気配がするんだ、士度。――
血の匂いが士度の鼻を掠めた。遠く断末魔の叫び声が聞こえる。そしてどうしようもないくらい切ない鈴の音が――
―― お前も泣いているのか・・・・花月?――
士度は血の匂いと鈴の音を頼りに、その歩みを速めた。そして、彼もまたその脳裏に“刻”の足音を聴いた。鬼魔羅 が一度大きく波打った。
―― この俺に・・・何ができるのかなんて、まだ分からないが・・・・
“刻”よ、動きたければ、動き出せ―― 俺は・・・俺達は信じられる者達がいる限り、もう決して迷うことは無いのだから ――
そして俺は―― 自分の心を力強く支えてくれている仲間を、戦友を、そして愛する者を―― 守りたい。
もう誰にもそいつ等の光を、奪わせたくない。
視線の先に花月(とも)の背中が見えた―― あぁ、あれは、ついこのあいだまでの俺だ・・・・
彼の中にある、長く暝いトンネルに早く一筋の光がさせばいい、そう士度は思った。
ヒトリジャナイ―― だから俺達は、これから足を踏み入れるであろう未知なる“刻”の中でも、迷わず希望を持ち続けられるはずだから。
士度は、今は背を向けている友人に向かって、言の葉を紡いだ。
Fin.
士度中心素敵イラストサイト『VITCH』のMISSA様へhappyBirthdayプレゼントとして僭越ながら贈呈させていただきます。
リクエストは「絆編〜無限城編2までの間のエピソード」を 「大人の雰囲気になるまでの士度の朋的なエピソード」とのお言葉付きで頂きました☆
・・・で、こんな感じになりましたが、いかがだったでしょうか;きっと鬼魔羅 や亜紋 やマドカやこれまでのことを色々とグルグルグルグル考えたんだろうな、そしてあるとき吹っ切れて、
大人の雰囲気になっていったのかしら、だったら大人士度初登場時の花月のエピソードもいれてみたいな、と思ったら、自然「a nexus to you」の最後に微妙に繋がる形になりました。
少しでもお気に召していただければ幸いです!
それでは、この度は素敵なリクエストをどうもありがとうございました&お誕生日おめでとうございます!
(MISSA様の士度中心素敵イラストサイト『VITCH』へはLinknから飛べます☆)