◇ cakes and ale ◇



「で、士度さん、なんて言ったと思います?」

「え?彼なら無条件に『美味しい』って言いそうなものだけど〜?」

ヘヴンの答えに夏実もレナもウンウン、と頷く。

「・・・・『砂糖の味がする。』 」

「「「〜〜〜!!」」」

なにそれェ!と、一同ドッと大爆笑。
可笑しいですよねぇ、とマドカも一緒にコロコロと笑っている。

「本当に甘いもの苦手なんですね、士度さん!」

と、レナは笑いすぎて出てきた涙を拭いながら、見たまんまなんですね、と付け足した。

「そうなんですよ。他のお料理は美味しいって言って食べてくれるんですけれど、ケーキだけは・・・。
だから私の作り方が悪かったのかな、って思って、銀座や代官山の有名なケーキ屋さんのものも味見してもらったんですけれど・・・」

「・・・全部、『砂糖の味がする』って言ったんでしょ!」

お腹を抱えて笑いながらヘヴンが言うと、そうなんです!それで一口以上食べてくれないんですよ・・・とマドカは少し残念そうな顔をした。
ケーキに失礼だわ!!と、テーブル席を囲む女の子たちの笑い声がまた高くなった。
そんな彼女たちの様子を波児はカウンターの内側から眺めながら、すっかり笑いの種になってしまっている士度に対して密かに同情する。
ケーキを好き好んで食べる男ってあんまりいないと思うんだけどな・・・・と一人言ちながら、
彼はこれから始まるケーキパーティー用のお皿を一人寂しく準備し始めた。


「・・・だから今回もちょっと心配なんです、士度さんのお口に合うものがあるかどうか。」

目の前に並んでいるケーキの甘い匂いをかぎながら、マドカは心配そうに眉をハの字にした。

「大丈夫だよ、きっと!だって皆ベースはお酒だもの。士度さん好みの味も絶対あるはずだよ!」

ホント、どれも美味しそう〜v と夏実は艶やかに光るケーキをウットリと眺めながら言った。

女の子たちのメッカに、今日新規オープンしたばかりの洋菓子専門店「スノー・ライト」。
アルコールベースのケーキが売りという前評判は瞬く間に広がり、開店初日というのに店の前は朝から長蛇の列ができた。
そんな美味しい噂を聞き逃す程、HONKY TONKガールズたちも甘くはない。
「開店記念限定販売、各種ケーキお一人様五種類まで」というのを4人で乗り込んでいって、
キッチリ二十種類のケーキをゲットしてきたというわけだ。

「そんなに心配だったら、ちょっとずつ味見してみればいいじゃない?」

それで彼好みのものを出してあげれば、彼も無駄に食べなくて済むし・・・と、ヘヴンは早速フォーク片手に臨戦態勢だ。
そうですね!とマドカもフォークに手を伸ばす。
じゃあ私も!と、レナのフォークが一番最初にケーキに伸びた。一つが大きいから少しずつなら問題無しですよね!・・・夏実もお皿を持ってきた。

男たちの到着を待たずに、ケーキの味見大会が始まった・・・・。





「あ、士度!」

リンッ・・・と鈴の音を涼やかに鳴らしながら、士度を見つけた花月が駆けて来た。
よう、と短く挨拶をした士度は歩く速度を少し緩める。
久し振りだね、と覗き込んでくる花月は元気そうだ。

「ケーキパーティーだって?お招きありがとう!」

和菓子から洋菓子まで甘いものが何でも好きで、しかも銀次にも会えるというオプション付きで、花月の心は少し浮かれているようだ。
一方、俺じゃなくてマドカがどうぞ、って言ってたんだよ・・・と言う士度の顔は曇っている。

「そういえば、君は甘いものが苦手だったね。」

それでも行くんだ?と此方をチラリと見ながらクスクス笑う花月に、士度はやはり覇気無く答える。

「・・・アルコールベースであまり甘くないとかなんとか言っていたからな。」

それでも、ケーキ、という言葉を思い浮かべるだけで胸焼けがしそうだ。
マドカのあの細い身体に、どうしてあんなに甘くてカロリーが高いものが二つも三つもホイホイ入っていくのか士度には理解できない。
花月(コイツ)にしたってそうだ・・・外見が女みたいだと味覚もそれについてくるのかな、と花月が聞いたら激怒しそうなことを士度はボンヤリと思った。
マドカは、「ケーキを美味しく食べられるようになれば、珈琲も紅茶も、もっと美味しく飲めるようになりますよ。」
と言って士度の参加を取り決めたつもりだが、士度が嫌々ながらも足を運ぶ理由は別にあった・・・“アルコールベース”。

士度は酒が嫌いではない。昔から好んで飲むのは日本酒だが、マドカの家に居候するようになってからは洋酒も少し嗜むようになった。
仕事で疲れたときなど、就寝前にショットグラスで一杯やるのは・・・悪くない。
ウィスキーやウォッカなど、そんな酒を使っているケーキというものがどんな味なのか、少し興味がそそられたのも事実。
ただ砂糖の味がする・・・だけでは無いはず。
それに、マドカが俺にも好きになってもらおうと躍起になっているケーキたる代物に対する見方が変わるかもしれない・・・。
しかしそれより何より、問題は・・・マドカだ。
彼女はアルコール類が好きだ。強い酒こそは飲めないが、家の地下にはワインケラーもあるくらいだ。
士度も時々誘われて、月を見ながらワイングラス片手に・・・という光景もしばしば。
だが彼女は・・・・アルコールが好きな反面、身体はそれにめっぽう弱い。
士度にしてみればほんの少しの量を飲んだだけで、彼女の顔はすぐにほんのりと赤みがさしてくる。
しかも、いつもより饒舌になり、その口調も甘く感じられ、何よりかなり無防備になる。
彼女にしてみれば、酔いが回ったときの浮遊感がかなり気持ちが良くて好きらしいが、
酔っ払って士度にいつも以上に甘えてくる彼女を毎度見ていると、
酒を飲む度にこんな状態になって、よく今まで他の男に襲われなかったものだと、士度は思う。
今回も、ケーキとはいえ、酒は酒。
花月やマスターはともかく、笑師や銀次、それに蛇野郎まで女好きが揃い踏みだ。
酔い任せてどんなことをするか、されるか、分かったものじゃない・・・・。

そんなことを思いながら、花月の十兵衛に関する愚痴を聞きながら、その歩みをまた少し速めると、「士度はん、花月はん!お久し振りやな〜!」
と途中笑師が合流した。そしてHONKY TONKの前で銀次と蛮と卑弥呼にバッタリ出会う。
花月と銀次が少し大げさに挨拶を交わしている中、士度がいつもの喫茶店の扉に手をかけると、
中から女の子たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた・・・スピーカーを使っているのかと思うほどキンキンと。
嫌な、予感がした・・・・。






「あ、やっと来た〜vv」

士度が扉を開けると、もー遅いですよぉ、皆さん!と、夏実の悲鳴に近い声とケーキの甘ったるい香りが訪問者たちを出迎えた。

店の中央では、

「ヘヴンさん、だーい好き〜vv」  「私もマドカちゃんのこと大好きよ〜vv」

と美女と美少女が抱き合っている。

「・・・・何やってるんだ、お前ら・・・。」

士度の呆れたような声に、否、士度の声だけにマドカが反応し、

「士度さん!いらっしゃ〜い!!」

と一目散に士度に向かって駆けて来て、士度に抱きついてきた。

「おい!ッたく危ねぇな・・・走るなよ・・・」

こいつ、自分が“見えてない”ってことすら忘れているんじゃないだろうな、思いながら、士度は飛び込んできた彼女の身体を難なく受け止める。
そんな士度の心配を尻目に、マドカは「大丈夫ですよぉ〜v」と彼の服に頬擦りをした。
モーツァルトは何やってるんだ、と彼女の愛犬を探すと、彼はこの喧騒から逃れるように、一番奥のテーブル席の下で丸くなっていた。
そして士度に、「シンパイシスギ、ダヨ。」という視線を向けて、再び不貞寝に戻る。
職務怠慢(無理も無いが)気味な盲導犬に対して士度は溜息を吐くと、
「お前、やっぱり酔っているだろう・・・・」と少し保護者気分でマドカに問いかける。

「え?そんなことないですよぉ、だってケーキ食べただけですから・・・あ、花月さん!」

お久し振りです、いらっしゃ〜い!と士度の台詞をよそに、マドカは士度からスルリと抜けて、隣に居た花月にも抱きついた。
危惧こそしていたが、あまりにも唐突で無防備な彼女の行動に、士度はゲッ!と目を見張った。

「!?・・・お久し振りです、マドカさん。大分ご機嫌のようですね。」

そんなマドカに驚きつつも、しっかり挨拶の抱擁を交わしている花月と、「美味しいケーキのお陰です〜」と心底気持ちよさそうなマドカの姿は・・・・
二人の長く美しい黒髪が戯れあう、お姉様と妹の、百合のような絵姿だ。
ヒュ〜、と後ろで蛮が口笛を吹き、卑弥呼が「・・・ったく何処の女子高よ。」と呆れた声で呟いた。

「あ〜!!カヅっちゃんいいなぁ!!マドカちゃん、オレもオレも!」

銀次が臆面も無く花月とマドカの周りをビチビチ跳ねると、「はいはい、銀次さんもいらっしゃ〜いv」と可愛らしい声が店内に響き、
マドカは銀次をキュッと抱きしめた。士度の額に青筋がくっきりと浮かんだのを、大人組は見逃さなかった。
銀次は士度のことなど忘れて、彼女の腕の柔らかさに頭は天国へ一直線状態。抱きしめられて振り回されるがままだ。

「おやおやぁ、士度クン、銀ちゃんに焼きもちやいてるの〜?」

ほろ酔い加減のヘヴンがケタケタ笑いながら士度にしなだれかかってきた。

「バ、馬鹿!ちげーよ!!それよかアンタも大分酒臭・・・・!!?」

オンナノコにそんなことを言っちゃダメ〜!!と半分壊れたヘヴンが士度の口にブランデーケーキを押し込む。
「マドカちゃんの為にも好きにならなきゃ、ケーキv」と、士度の耳元で囁きながら、その豊満な胸が彼の背中に押し付けられる様を目の当たりにして、
蛮が「代われ!猿マワシ!!」と吠えながらヘヴンを士度から引き剥がそうと彼女の腰に手をかけた・・・・
と同時に、ヘヴンの回し蹴りが蛮にヒットして、彼と彼女のいつものファイトが始まり、場はさらに騒がしくなる。

そんな二人から抜け出した士度の口の中では、ブランデーのほろ苦い味とカステラの甘い香りが広がっていた。
かなりキツイ味だ・・・と士度は眉を顰める。
そして思い出したように、本日のメインディッシュであるカウンターに並んだケーキに目を走らせた。
―― カウンターにずらっと並ぶホールケーキやロールケーキは、キチンと綺麗に切り分けられていたが、
やはり元の大きさよりかなり減っているようだ。中にはシューケーキやフルーツケーキも混じって華を添えている。
それらの匂いと言えば・・・・ウィスキー・ブランデー・ウォッカ・コニャック・キュラソー・ベルモット・シェリー・ワイン・・・・ご丁寧に日本酒の香りまで
士度の利く鼻に飛び込んできた。マドカの家のミニ・バーにあるアルコールの数々とほとんど同じ匂いが、狭い喫茶店の中を漂い、
それにチョコレートやスポンジケーキやカステラやクリームの甘い匂いが絡み合って眩暈と頭痛を誘った。
加えてワインも数本、既に空になっているようだ。もうやめときなよ〜、と言う波児の傍らで夏実とレナが上機嫌にシェイカーを振り回していた。
「卑弥呼さんもお久し振りです〜vv」「え・・・私も!?」少し照れたような卑弥呼の声が士度の耳に入った。女同士なら問題は・・・無い。
士度は口に入れられた分のケーキを無理矢理嚥下して、再び眉を顰める。そんな彼の様子に、「美味しくないのかい?」と花月が訊ねてきた。

「ブランデーと・・・・砂糖の味がする。」

やっぱり酒は酒だけの方が良い、と士度は改めて思った。
花月がどれどれ、と士度の手にある余りをひょい、と摘むと、ポイッと口に放り込んだ。

「!!美味しいじゃないか!士度、こんなに贅沢な味がするものを、君は砂糖の味だなんて・・・・」

花月はそう士度を気の毒そうに見ると、並ぶケーキを目指していそいそとカウンターの方へ向かって行った。

「笑師さんもいらっしゃーい!!」「待ってましたで〜vvマドカは〜〜んvv――!!」

キュッと笑顔で抱きついたマドカの肩を嬉々として抱きしめようとした笑師の手が止まった――
士度の、バシリスクの如き一睨みが笑師の背筋を氷点下にまで凍らせたのだ。

(〜〜〜!!あぁ、マドカはん、ワイは解かっているんや!!ここでその肩を抱かねば男やないって・・・しかしワイかて命が惜しいんや!
 マドカはんの事で士度はんを敵に回したら〜〜半殺しもいいとこや!・・・・あぁ、でも仄かに乳の感触がvv)

宙に浮いた手をワキワキと動かしながら、涙を流しながら、束の間の僅かな幸せに頬を緩めて天を仰ぐ笑師に、「あんた、気持ち悪いわよ・・・」
と容赦ないツッコミを入れて、卑弥呼もカウンターに向かった。
士度もマドカを気にしつつ、しかし、よもや笑師は自分を怒らせるようなことはするまいと思ったので、珈琲を注文しにとりあえずカウンターへ向かう。

「・・・・マスター、ブレンド。濃いヤツを。」

・・・君もいろいろと気苦労が多そうだねぇ、と苦笑しながら、波児は豆を挽き始める。
士度の横では花月が数種類のケーキを目の前に置いて、嬉しそうにフォークを口元に運んでいる。

「・・・・美味いのか、花月?」

カウンターを彩るケーキのアートに多少ウンザリしながら士度は昔馴染みに訊いてみる。

「美味しいよ?士度、ケーキって言ったって全部が全部“甘いだけ”じゃないんだよ。ホラ、コレとか士度でも食べられるよ、きっと。」

花月は皿の上の茶色い一切れをフォークに刺すと、「はい。」とその切っ先を士度の口元に向けた。
士度はその、やはり甘ったるい香りにゲンナリした様子だったが、とりあえずパクリ、とその一切れをそのまま口に入れる。
士度がその味を感じる前に、「「キャ〜〜vv」」という小さな悲鳴が、夏実とレナの口から上がった。
花月の隣で珈琲を飲んでいた卑弥呼も唖然とした様子でこちらを見ている。
「「?」」その悲鳴と視線の意味が解からず、士度と花月は顔を見合わせた。「何だ?」とマスターに問えば、
「いやぁ、美男美女がケーキとフォークでそういったことをするとねぇ・・・」・・・・絵になるわけだよ、と波児は笑いを噛み殺しながら言う。

「僕は“男”です!」

いつものことだが、やはり多少ムッとしながら花月は反論した。

「・・・ようするに、“箸が転んでも可笑しい年頃”なんだろ?」

少し違った解釈をして士度は頭の中で勝手に納得してしまった。一方卑弥呼は、

(こいつらは男同士・・・だからビーストマスターにとって浮気にはならないけれど・・・・男同士であーゆーこと平気でするっていうのもどうなのよ!?)

と一人釈然としないまま、珈琲を啜った。

「なぁ、アンタらこのケーキ全部味見したのか?」

まさかマドカも・・・と士度が夏実とレナに問いかけたとき、

「蛮さんも!遅くなりましたがいらっしゃ〜いv」

というマドカの声が士度の耳を通過して、彼はカウンター席から飛び上がった。
「嬢ちゃん、カモ〜〜ン!!vvv」と蛮は両手を広げて、短い距離を駆けて来るマドカを抱きしめる気満々だ。

「!!〜〜ッちょっと待て!マドカ!!」 

ソイツだけは止めとけ!!と、士度はすんでのところでマドカを、蛮の胸に飛び込む前に捕まえると、
蛮の方へ伸びているその柔らかな両手も一纏めにして、自分の方へ引き寄せた。

「――!!オイッ!猿マワシ!!邪魔するんじゃねぇ!」蛮が喚いて抗議する。
「?どうしてですか??」と、マドカも、酔いで仄かにピンク色に染まった顔で、愛らしく士度を見上げて訊いてきた。

(((((揉むからだろ・・・・)))))

と、大人組は思ったが、さすがに士度も、そんな赤裸々なことを今を楽しく過ごすマドカに伝えるようなことはしたくない。

「―――――。」

士度が何事かをマドカの耳元で囁いた。

すると、マドカは気がついたように、「あ、そうですね!」 と、納得すると、

「じゃあ、蛮さんとは握手v」

と言って、一方的に蛮と短く握手をして、パッとその手をすぐに離した。

「・・・え?嬢ちゃん、ハグは?」

「蛮さんとは禁止ですv」

「何で?」

「ナ・イ・ショですv」

そうニッコリと笑うと、マドカは身を翻してヘブンと夏実とレナに誘われるまま、カウンターの方へ戻って行った。

「・・・・オイ、猿マワシ!オメー嬢ちゃんに何言ったんだ!?」

「何だっていいだろ!」

「いいわけないだろ!!」と喚きまとわりつく蛮を引き摺りながら士度もカウンター席へ戻る。
そこでは女性陣+花月がケーキの前で頬を緩めていた。笑師と銀次は二人で特盛パスタを食べている。

「・・・・マドカ、俺は奥の席で待っているから、帰りたくなったら声をかけてくれ。」

この人数と、このケーキの匂いで、カウンターにいることはもはや無理だと判断した士度が、
波児から珈琲を受け取りながらそう言うと、マドカから「わかりましたv」と可愛らしい返事が返ってきた。
「じゃあ、僕も彼といろいろと話したいことがあるし・・・奥へ行きますね、銀次さん。」花月は銀次に一応断りを入れると、
数種類が盛られたケーキ皿のうち一つを士度に持たせて、彼と共に奥の席へ向かった。
そんな士度と花月の様子に対してマドカが少し気になる素振りを見せたことなど、波児以外は誰も気がつかなかった。





「ホラ、士度!これは絶対美味しいから!!」

「・・・・もう無理だ・・・。勘弁してくれ、花月。」

花月が正面から突きつけてくるフォークに刺されたケーキを、士度はさっきから食べたり食べなかったりして、こんな会話を交わしている。
二人を知らない連中が外でこの光景をみたら、間違いなく馬鹿ップルだ。

「何か、やけに仲がいいわね、あの二人・・・。」

卑弥呼が呆れたように呟く。いいことじゃないか、と波児が言えば、

「あの二人は四天王の頃からずっとあんな感じだよ〜」

と銀次はニパッと笑った。

「カヅっちゃんの周りには十兵衛とか朔羅とかグループの連中とか沢山いたけれど、“絃の花月”はリーダーだったじゃん?
 それは何だか今もあんまり変わってないみたいでしょ。それにカヅっちゃんはカヅっちゃんでオレに対しては妙に敬語だし。
 そんな中で士度はカヅっちゃんを“ただの花月”として見て、接してくれる、数少ない友達なんだと思うよ・・・・」

オレに対する敬語は何とかならないかな〜って思ってるんだけどね・・・と銀次は困った風に苦笑いしながら言った。
そーいえば花月はんも昔っから士度はんのこと全く怖がらへんかったもんなぁ、と笑師も思い出したように言う。
蛮はチラリ、とマドカの方を窺ってみる・・・・マドカとヘヴンと夏実とレナは、
カウンターの出口に近い席に固まって、士度と花月を気にする風もなく、ワインとチーズをお供にのんびりまったり、楽しく談笑中だ。
でも普通、ケーキをアーンなんて、恋人同士がやることじゃないか・・・・それこそ、士度とマドカのような・・・・。
蛮と卑弥呼の思考回路が珍しくリンクしたらしく、二人は顔を見合わせて溜息を吐いた。




「・・・・でね、俊樹ったら朔羅の――!ッ痛・・・・!」

仲間たちの噂話をしていた花月は小さな声で呻くと、急に眼を押さえて俯いた。

「どうした、花月?」

正面に座る士度が、友人の異変に声を掛ける。

「―――ッちょっと・・・眼にゴミが入ったみたいで。痛いなぁ・・・」

もう、と花月は俯いたまま左目を擦った。

「おい、あまり擦るな・・・見てやるから顔を上げろ。」

士度はそう言うと、テーブル越しに身を乗り出して花月の頤を持ち上げ、その端整な顔を覗き込んだ。

「・・・・ン。」

花月は眼を刺す痛みから、少し涙目になっている。
そんな花月の左目を覗き込んだ士度は、その瞳に僅かながら違和感を感じた。

「―――?花月、お前左目に何か・・・・?」

その小さな違和感を確かめようと、士度が己の顔を花月のソレにさらに近づけたとき――
クンッとシャツが引っ張られ、士度の意識は一転、そちらに向かう。
見ると、何時の間に来たのか、マドカが士度のシャツを掴んで、彼の傍らに立ち尽くしていた。

「・・・どうした、マドカ?帰りたくなったのか?」

マドカの幼い仕草を可愛らしいと思いながら、士度が問いかけてみると、

「・・・・イヤ、です・・・士度さん・・・」

酔いからか、少しフワフワした口調でマドカはポツリと呟いた。その表情は俯いていて、見えない。そしてチョコン、と士度の膝の上に座る。

「「?」」  士度も花月も彼女の言葉と行動の真意がわからない。

「・・・・私以外の人に、そういうこと、したら、嫌です・・・・」

「?そーゆーことってどういう――!!」

士度が疑問を最後まで紡ぎ終える前に、マドカがいきなり士度の唇に自分の唇を重ねた。

「「「「「「「「「―――!!!?」」」」」」」」

パリンッ・・・銀次が手にしていた珈琲カップを握りつぶした音がHONKY TONKに木霊した。
笑師が盛大に珈琲を吹き、それを諸に浴びた波児は持っていた珈琲豆をカウンター内にばら撒いた。
蛮は口からポロリと煙草を落とし、彼のズボンから燻り始めた煙に卑弥呼が慌ててお冷やをかけて大騒ぎ。
ヘヴンはワインに思いっきり咽て咳き込み、夏実とレナは手を取り合って仰天、という言葉をその顔に張り付かせていた。
花月も眼の痛みは何処へやら、目の前でいきなり始まった恋人たちのスキンシップに目を瞬かせていた。

士度の唇を味わうような、マドカからの、ほんの数秒のディープ・キス。
口付けの瞬間、最初は驚いたような顔をした士度だったが、
マドカの、眼を瞑り、恥ずかしそうに、けれど必至な様子で自分を求めてきているそんな姿にその心情を察し、すぐにその身を委ねた。
やがて、どちらともなく唇が離れる――― 驚愕で満たされた店内に、恋人たちが再び二つに分かたれる音だけが響き、
僅かに衒った二人の唇が、そのキスの深さを物語っていた。

「・・・・甘いな。」

ペロリ、と自分の唇を一度確かめるように舐めながら士度が呟いた。

「!!・・・・ごめん、なさい・・・。士度さん、甘いの、嫌いでしたよね・・・。」

自分の口元を押さえながら、マドカの瞳は潤んでいる。

「・・・いや、こんな甘さなら歓迎だ。」

そう言いながら士度がクスリと笑うと、マドカは、幼子が親に抱きつくように、士度の首筋にその小さな顔を埋めた。
酔いからか、キスの熱からか、彼女の体温がいつもより高い―― 
士度は微かに震えるマドカの背を、彼女を膝の上に乗せたまま、あやすように優しく叩いてやった。

「・・・もう、帰ろうな。マドカ。」

少し酔いが回り過ぎたみたいだしな、と士度が穏やかに言うと、マドカはそのままコクコクと頷いた。
そして士度はそのまま花月の方を向いて、眼は大丈夫か?と訊ねた。

「・・・!あ、あぁ・・・吃驚しちゃったから忘れてたよ。」

いつの間にか痛くないし・・・と花月は確かめるように眼をパチパチさせる。
そりゃ悪かったな、と士度は苦笑すると、ヒュッと口笛を吹いてモーツァルトを呼び、そのまま彼女を横抱きに抱えたまま立ち上がった。

「じゃあ、俺ら、帰るからよ。」

そう士度が一同に声を掛けたことで、石化していた皆が我に還る。

「お疲れさん、またね。」と、波児は何事もなかったかのように二人に向かってのんびりと言った。
あぁ、世話になった、と士度は首を巡らせて波児に返す。

「・・・・!!ちょっと、マドカちゃん、大丈夫!?」

士度の腕の中で動かないマドカの様子を心配して、ヘヴンが慌てて駆け寄ってきた。
マドカは彼女の声にピクリ、と反応し、大丈夫です、ヘブンさん、おやすみなさい・・・と、トロンとした声で言いながら、
少し身を捩じらして彼女の頬へキスをした。そして再び彼の胸に身を預け、眼を瞑る。

「銀次・花月・笑師、またな。」士度は昔馴染み達にそう言い残すと、
片手で器用にドアを開け、彼女と、彼女の愛犬と共に、その扉の向うへと消えて行った。



カラン・・・といつものベルの音がして、パタン・・・と扉が閉まる。
士度の挨拶に対して力なく手を振っていた三人の腕が、パタリ、と落ちて、どこからともなく大きな溜息が洩れ、広くはない店内を満たした。

「・・・・甘い・・・甘過ぎるでぇ・・・」

いったい嬢ちゃんは急にどないしはったんや!?と笑師がずり落ちていたサングラスを元に戻しながら一人言ちた。
そんな彼の言葉に、ねぇ!?と夏実とレナも顔を見合わせて同意する。

「こーなると、二十種類のケーキも形無しよねぇ・・・・」

しかしホント一体全体マドカちゃんどうしちゃったのかしら?とヘヴンも疑問形だ。

「まぁ、アレだろ・・・」「アレかもね・・・・」蛮と卑弥呼の言葉に、銀次がどれどれ!?と顔を突っ込む。

「マドカちゃんは、花月君に嫉妬したんだよ。」

散った珈琲豆を片付けながら波児が可笑しそうに言った。
「僕にですか?」何でまた・・・と花月は首を傾げる。

「オメーら、キスしようとしてただろ?」

新しい煙草に火をつけながら蛮がニヤリと笑った。

「・・・何言ってるんだ、アレは僕の眼に入ったゴミを士度が・・・あ・・・もしかして・・・」

「勘違いしちゃったってこと、マドカちゃん?」

「アンタたち、端から見ればかなりソレっぽかったわよ・・・。見えてないし、お酒も入っているし、
 普段の彼女の鋭敏な神経もバグったってとこじゃない?」

お気の毒に・・・と卑弥呼はもう一度溜息を吐いた。

「しかし嬢ちゃん、お酒入ると萌え萌えやな〜v」

普段のおしとやかな感じと全然違うやんか〜vと笑師は今日の彼女の感触を思い出しながら自分を抱きしめるフリをした。

「いいなぁ、マドカちゃん!酔っ払ってもああやってラブラブで〜!」

ねぇ〜?と夏実とレナは、私たちも甘い思いをしたーい!!と叫びながら再びケーキを漁り始める。

「まぁ、あれだな、いっぺん猿マワシのいないところで嬢ちゃんに酒を飲ませれば・・・・」

ニシシシ・・・とイヤらしい笑みを浮かべる蛮に、「そーいえばアンタ一人だけハグを断られていたじゃないv」とヘヴンは意地悪く訊ねた。

グッと言葉に詰まる蛮の顔を、「あ、それなんでだろ?」銀次も不思議そうな顔をして見る。

「・・・・士度が彼女に何を言ったのか知りませんが、ハッキリしているのは、彼の判断は正しい、ってことですよ。」

珈琲に口をつけながら花月はシレッっと言った。

 何だとこの男女がぁ!!元はといえばオメーと猿マワシが――――!!  ・・・・・!!・・・・・!!

――――HONKY TONKの喧騒と灯りは、この夜、日付変更線が変わるまで消えることがなかった・・・・。





「えーと、えーと・・・士度さんが、私に、蛮さんは煙草臭いからどーのこーのって言ったり・・・」

「・・・・それと?」

「ケーキが一杯で気持ち良くなって・・・・」

「誰彼かまわず抱きついたりもしてたよな。」

「!?え・・・嘘!!そんなことしてたんですか!?私・・・」

「ああ。俺とキスしたことも覚えていないのか?」

「―――!!え・・・皆の前でですか!!?」

「そう。」

「〜〜〜!!ど、どうしてそんなことしたんですか!?」

「どうして?お前からしてきたんだぜ?」

「!!わ、私からですか??え・・・〜〜ッ!!何故ですか!?」

「さぁな。こっちが訊きたいくらいだぜ?」


羞恥に顔を赤らめながら、それでも懸命に昨夜の記憶を手繰ろうとするマドカを見つめる士度は、心底楽しそうだ。
一方、マドカの心とは裏腹に、二日酔いで痛む頭の中には、ほとんどお酒とケーキの味しか残っていない。

「士度さん、どーしよう・・・私もう、皆さんに会わせる顔が・・・」

ベッドの中でグスグスとべそをかくマドカの頭を、ベッドサイドのスツールに座っている士度は優しく撫でてやる。

「そんなことないさ。皆楽しんでたぜ。」

もちろん、俺もな・・・・と穏やかに笑う士度の言葉に、マドカは少しホッとする。

「あ・・・、士度さん、ケーキは美味しかったですか?」

自分が昨日一番気にしていたであろうことを、マドカは口にした。

「・・・・・あ〜、その、なんだ・・・」

ばつが悪そうな顔をしながら言い淀む士度の答えは、一つだ。
マドカもクスリと笑うと、彼の口調を真似る。



「「砂糖の味がした。」」


お前の唇もな。



Fin.




◇cakes and ale◇-ケーキとエール(アルコールの一種)…転じて“人生の快楽・世俗的な楽しみ・どんちゃん騒ぎ”という意味です。

弊サイト開設当初からお世話になっている、士マドイラストサイト『雪あかり』のななは様へ、サイト復活記念として贈らせていただいたSSです。
お題は <酔っ払いマドカちゃんと、それにてこずる士度。いつものメンツが揃っているホンキートンクで、
お酒を使ったお菓子を食べて酔っ払ってしまったマドカ嬢。酔うと男女かまわず抱きついて(と言っても軽くきゅっと可愛らしく抱きつく感じで) 
士度をあわてさせる・・・あと花月も出演希望。>でしたv
ななは様のご期待に添えているのかどうか、激しく不安ですが・・・貰ってやってくださいませ;
弊サイト初参戦の花月でしたが・・・管理人は彼を書いていて楽しゅうございました(笑)特に士度と一緒にいる彼を♪
酔っ払いマドカは大変美味しいシチュですので、またぜひ書いてみたいと思います(^^)
ななは様、サイト復活おめでとうございます!&これからも宜しくお願い致しますv
朋−TOMO−(2005.5.28)