【6】



朝、目を覚ましても自分の目の前に広がるのは、いつもの漆黒の闇だ。

早朝の冷たい空気の感触と、目覚めたばかりの森の緑の薫りがマドカの肌と鼻を掠めた。

そして、耳を擽ったのは、大好きな彼の声・・・・・。


「マドカ・・・・」


愛する人が隣にいる、いつもとは違う、朝。

まだ半分眠りの世界にいるマドカは、士度の声とその気配が単純に嬉しくて、

甘えるようにしてその厚い胸元に頬を寄せた。

彼の体温も、人肌の温もりが残るブランケットも、なんだか妙に心地が良い。

士度はそんな彼女の行動に多少困惑しながらも、その身体を抱きながら歯切れ悪く問いかける。


「その・・・なんだ・・・大丈夫か?」


そんな心配そうな声が降りてきたので、マドカは小首を傾げて不思議そうな顔をした。


「・・・・ッ・・・あの、な・・・昨日は、無理させちまったから・・・だから・・・」


困却の色を滲ませながら小さく呟かれた士度の台詞が脳に届くや否や、

マドカの意識は眠りの世界から叩き出された。


「―――!!あ・・・・ッ――やっ!あの・・・その、私――ッ!」


昨夜の出来事が――

彼に触れられた感覚と夜の帳に響いた音と声の数々が身体中にフラッシュ・バックしてきて、

マドカは恥ずかしさのあまりパニックに陥った。

そして自分が一糸纏わぬ姿で毛布の中で士度に抱かれていることに今更ながらに気がつき、

朱に染まっていた小さな顔はますますその彩を深めた。


「あ、あの・・・ご、ごめんなさい!!」


頭がどうしようもなく混乱する中、

とりあえず口を衝いて出てきたのは、こんなあられもない格好で士度に擦り寄ったことへの謝罪の言葉だった。

そして慌てて彼から身を離そうと躯を起こしたそのとき――


「――ッ!!ア・・・・う・・・ン・・・・」


下腹にシクシクと苛むような痛みが貫き、マドカは僅かに顔を顰めて腹部を押さえながら動きを止めた。


「!!・・・痛むのかっ?」


マドカからの謝罪の意味が分からず逡巡していた士度は慌てて彼女の肩を掴み、

もう片方の掌を腹部に当てられているマドカの手の上に重ねた。

士度の手がマドカの手に触れた瞬間、マドカはピクリとその痩躯を震わせた。

そんな彼女の反応から士度は反射的にその手を引っ込めようとする。

しかしマドカは彼に誤解を与えたことに瞬時に気付き、空いている片手で士度の腕を掴んだ。


「・・・・・あの・・・」

「・・・・悪ぃ。その、何も言わねぇで・・・・触っちまって・・・・」


士度は俯きながらばつが悪そうに呟いた。

彼のそんな気遣いと言葉に、マドカは胸がキュンと締め付けられるような疼きを感じた。

そして彼女も俯きながら、恥じらいながら呟く。


「いえ・・・あの・・・士度さんに触られるの・・・・全然嫌じゃ・・・・ないです・・・・」


―― ・・・・むしろ、嬉しい、です・・・・――


付け足した言葉は、消え入りそうなくらいの小さな声で伝えられた。


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」


士度が眼を瞬かせている気配がする。

そして彼は照れ隠しなのか、ガリガリと頭を掻いて再び沈黙してしまった。

マドカも羞恥のあまり次の句が告げられない・・・・。




どのくらいの間、手を取り合いながら、体に熱を籠もらせながら無言であったのか――

それは唐突に、しかし同時に二人の唇から言葉が紡がれた。




「ありがと、な」 「ありがとうございます」




互いの声が軽やかな音となって、二人の耳に入ってきた。

二人はやはり同時にパッと顔を上げて、驚心の表情で暫く見つめ合っていたが

その擽ったい感謝の言葉を紡いだ口元からはどちらともなく自然と笑みが零れ、

やがてマドカは再び彼の腕に抱かれた。



――ありがと、な・・・お前の初めてを俺にくれて――


――ありがとうございます、私の初めてを受けとめてくれて・・・・――


声に出さなかったメッセージは確かに伝わっていたことを、触れ合う肌の感触から二人は感じ取ることができた。




「なあ・・・・」

「はい?」

「・・・もう少しこのまま――」




――こうしていないか・・・・?


そう言おうとした士度の言葉はしかし、ガチャリ、と誰かが寝室のドアノブに手をかけた音で遮られた。


「「!!?」」


マドカは反射的に士度の背に手をまわし、士度も彼女を守るようにして身構える。

そこに現れたのは――








<シド〜!オナカヘッタヨ〜!!>

<アサゴハン、マダ〜?>

<モー、フタリトモ、オネボウサン、ナンダカラ!!>

<マドカ〜!アサノ、ブラッシング、シテヨ!>



尻尾を振りながら、抗議の声を上げながら、雪崩れ込んできた愛犬達の姿。

ピレニーズが器用にも前脚をドアノブに掛けて、薄い寝室の扉を開けてきたのだ。

レトリバーとピレニーズは前脚をベッドにのせて、両サイドから士度とマドカに戯れついて、二人の顔をペロペロと舐めながら朝の挨拶をした。

ボーダーとモーツァルトはピョンッとベッドに乗っかってきて、二人の間に割って入ってくる。


「〜〜!!コラ、お前らッ!!」

「キャッ!ちょ、ちょっと、くすぐったいから・・・!」


主たちの声などどこ吹く風、愛犬達の朝の催促は止まらない。


<ハヤク、フタリトモ、フク、キテサ!>

<ゴハン、タベテ!>

<サンポニ、イコウ!>

<キョウハ、トッテモ、イイテンキ!>




二人はカーテン越しに挨拶する太陽の輝きと温もりに、遅ればせながら頬を緩めた。

雨上がりの晴れやかな青空が眩しかった。

小鳥たちの朝の囀りと元気な夏風に舞う木々のお喋りが耳に遊んだ。



そうだ、今日はこれから――



バスケットを片手に森の中を散策しよう


バイオリンケースも忘れずに


そして目覚めたばかりの空と大地と太陽と木々を感じに行こう


朝露の香りをデザートにして



そして・・・



きっと、いつもとは違う情景を映し出す世界を――


きっと、いつもとは違う音を奏でる世界を――


新しい朝を、楽しもう


二人で迎えた、最初の朝を。



そして、この跳ねる心の鼓動を、


喜びを、


愛しさを・・・・


朝の光に包んでもらい、心の宝箱にそっとしまおう。



その輝きはきっと永遠のはずだから。










Fin.




                               go to the last night【4】

                         go to the first night【5】[R:18]




【5】を飛ばしても雰囲気が伝わるような話に果たしてなっているのかが問題ですが・・・。
なんにせよ、期日中に完結することができました、朋−TOMO−的二人の“最初の夜”。
最後は“最初の朝”で締めくくってみたり。
二人の幸せを願いつつ、何気ない日常と二人のこれまでの関係・葛藤・新たなる一歩を全六話で書いてみました。
やはり一度は書いてみたかった初夜話。いかがだったでしょうか?
HPの性質上、表と裏の二重掲載、閲覧にご面倒をお掛け致しておりますが、平にご容赦を!