茜色の夜に

「「「「「Trick or treat!!」」」」」

そして今宵何組目かの子供達の集団がそれぞれオレンジ色に輝くランタンを片手に、今夜ばかりは開放されている音羽邸の重い門を通り抜け、柔らかく灯を燈された南瓜のランタンの列の向こうにある威風な扉の中央の――厳振たる獅子のノッカーを無邪気に叩く――すると、深く小さな音を立てながらゆっくりと扉が開き――そんな小さな吸血鬼やミイラ男や魔女やお化け達の目の前にメイド姿の若い女性が現れ、穏やかな表情で一人一人に小さなお菓子の包みを手渡していった。

「「「「「ありがとうございました!!」」」」」

「はい、どういたしまして。」

子供達はその女性に丁寧にお礼を言うと、銘々手にしたお菓子の袋を大事そうに抱えながら浮き立つ思いを声に出し、再び音羽邸の門を潜って夜の路へと消えていった。


「・・・・・・・・・・・」


はしゃぎながら門を出て行く子供達の様子を中庭のテラスから見ていた士度は、小さく首を傾げながら珈琲に口をつけた。
秋の夕涼みを兼ねての食後のお茶の時間――
もうとっくに日が暮れたこんな時分に子供達が集団で家々を回りウロウロしている状態も随分とおかしなものだが、
特筆すべきは彼らの格好――ありとあらゆる西洋の怪人達に仮装し、
橙色の西洋のカボチャをくり貫き刻み目を入れた提灯をユラリユラリと揺らしながら歩く様は、
喩えそれが子供の集団であってもどこか滑稽で少し不気味にさえ感じる――東洋のこの地で、それが西洋の習慣なら尚更だ。


「Trick or treatは、昔“死者の日”に干蒲萄が入ったパン・・・・つまりは“魂のケーキ”を乞いながら村から村へと歩いた基督教徒の習慣が転じたものだと言われているんですって・・・・
そのケーキを分け与えて頂くときは、亡くなったその方の親類の魂が無事に天国へ辿り着けるようお祈りをする約束をして・・・。
仮装をするのも、昔西洋ではこの日が一年の終わりという地域もあって、この夜は死者の霊が家族を訪ねてきたり、
精霊や魔女が出てくると信じられていたんですって――そんな霊や魔女から身を守るために仮面を被ったりしていたそうです。」


いつもとは何処か違う夜に不可思議さを感じている士度を好ましく想いながら、マドカは心地よい夜風と子供達の声の中で遠い国の歴史を短く語り――
ティーテーブルの上にあるクッキーの皿を少し彼の方へと寄せてみた――
ハロウィンに因んで今日の手作りクッキーは南瓜のお味――彼のお口に合うかしら?


一方士度は彼女の説明に感心したように相槌を打つと、勧められたクッキーを摘みながら――
じゃあどうしてカボチャが氾濫しているんだ・・・・?――と、今宵は音羽邸の塀の上にも等間隔に綺麗に並べ、灯されている
“ジャック・オー・ランタン”を見つめながら新たな疑問をポツリと口にしてきた。


あら・・・・それは・・・・どうしてでしょう・・・?――


丁度彼とシンクロした疑問に彼女も首を傾げ――タイミングよく珈琲と紅茶のお代わりを持ってきた執事の方へ注意を向けることで、
彼女はその使用人に助け舟を求めた。


「・・・・先程お嬢様が仰られた悪い霊の類を寄せつけない為に、人々はこの夜は火を絶やさなかったとか――
更に南瓜や蕪を刻んで恐ろしい顔や滑稽な顔を作ってそこに火を灯すことによってその悪霊達を怖がらせて追い払う為に、
この夜は家の戸口や上り階段にこの“お化けカボチャ”を置く習慣があるそうです――」


珈琲のお代わりを注意深く淹れながらの執事の言葉にやはり漏れた二人分の感興の相槌に、当の本人はどこか嬉しそうにその口元を小さく綻ばせた。


「・・・・このように元々は西洋の祭りですが、一緒にランタンを作ったり、仮装や飾り付けの準備をしたり、グループで行動したり、
その過程で大人と接したり・・・・子供の情操教育の一環としてよかれと、この近辺の町内会が数年前からハロウィンを取り入れまして――
私どもは今年は“お菓子係”になりましたので、先日お嬢様や士度様にも手伝って頂いて大量にお菓子の包みの用意を・・・・」


まぁ、去年の“カボチャ係”よりは大分楽でしたが・・・・・――


執事はそう苦笑した後、いつも通り丁寧に御辞儀をして再び屋敷の中の仕事へと戻っていった。


「・・・・・“カボチャ係”・・・・?」


士度の疑問の声にマドカは思い出したように微笑んだ。


「去年、うちは“カボチャのランタン”を作る係りだったんです。ナイフやカッターを使うので私はお手伝いをさせてもらえなかったのですが・・・・50個近いカボチャの中身をひとつひとつ刳り貫くことから始めなければならなかったので、それはそれは重労働で・・・・
お庭の一部が黄色に染まったって誰かが言っていました。」

でも今年は・・・お菓子を詰めるお手伝いを士度さんと一緒にすることができたので・・・・なんだかとても楽しかったです・・・・!――


「そうか・・・・」

「はい・・・・!」


ティーテーブルの上に飾られた小さなJack-O'-lanternの柔らかな燈のぬくもりに目を細めながら幸せそうに微笑むマドカの姿は、
士度に心に自然と心地よい安らぎを運んできた――広いレッスン・ルームに、メイド達が大量に買い込んで来た色取り取りの菓子を、
使用人達と一緒に車座になって詰める作業をしたのはつい先日のことだ――
袋の内側をラッピングする係、お菓子を公平により分ける係、袋の外側の飾りつけをする係、リボンを結ぶ係――
秩序正しい音羽邸の内情よろしく、この作業も細かく分担が決まっていて、今年こそは何か手伝いたいと申し出たマドカと、
そんなマドカを手伝う為についてきた自分に与えられた作業は選り分けられた菓子を袋に延々と詰める作業だった――
それも百以上の包みを作るとなるとかなりの労力が必要で――それでもマドカは“手伝える”こと自体が嬉しいのか、
楽しそうに、そして一つ一つ丁寧に――子供達の手に渡る菓子を袋に詰めていった。
黙々と作業をする男二人に構わずの女達の小鳥のようなお喋りも、隣通しに並んで座りながら同じ作業をすることも、
彼女が入れ忘れた菓子を手渡したり、ちゃんと綺麗に菓子が納まっているか確認を求められたり――
そんなささやかな時間はしかしどこか新鮮でいて懐かしいような響きを、士度の記憶にもたらした。

懐かしい――けれどそれは何処かに置き去りにして、忘れかけていた記憶で――


ふとマドカの方へ視線を流すと、彼女は夜の音に耳を澄ましているようだった――


今宵の音はいつもの晩とは少し違う――

異形の姿の衣擦れ、子供達のはしゃぐ声。

灯る火の呼吸、空洞のランタンを抜ける風の音。


そしてもしかしたら・・・・もしかしたら――


「――もしかしたら、“良い精霊さん”も来ているかもしれないですよね・・・・?」


そして追い返されちゃうなんて、なんだか可哀想です・・・・――


女性らしい想像力を少し恥かしげに紡ぎながら、マドカはいつもより少し明るい夜空を見えない瞳で見つめるように仰いだ。


「そうかもしれねぇな・・・・」


塀庭の小路に、塀の上に、テラスの脇に、テーブルの上に・・・・淡く明るく灯されている燈は、しかし弾くだけの力ではなく――


「けどよ・・・・マドカの言う“良い精霊”って奴らは、案外コイツ等を楽しんで・・・・」


テーブルの上のランタンを悪戯のようにコツンと弾いたその音に、そして彼が紡ぐその言の葉に――マドカは刹那、目を丸くした。


逆に寄ってくるのかもしれないぜ・・・?――


「そうでしょうか・・・・?」


彼の言葉に和らいだ気持ちをのせながら、マドカは何かを求めるようにテーブルのランタンに手を伸ばした――
そしてその細く嫋やかな手は――小さなランタンに触れる直前に、士度の厚く逞しい手に絡めとられる。


「・・・・あまり変わらねぇんだな・・・・西の連中も東の連中も、考えてることはよ・・・・・・」


火は悪鬼を浄化し、仮面を被ることで己を守り、霊は刻を視て舞い戻り、依り代の力を借りて邪気を祓う――


それならば・・・・


「この燈が心地良いってヤツもきっといるさ・・・・」


「そう、ですね・・・・」


繋ぐ手から伝わり、心に浸透するこの優しいぬくもりは、テーブルの上のジャックのものではなく――彼の言霊と、私の高鳴る想いの響き――





そしてお前になら・・・・“視える”のかもな・・・


幻想のように淡く輝くこの空間に漂う幽明の姿が――





ランタンの明かりに美しく照らされるマドカの手を見つめながら、士度はもう一度その武骨な指先で彼女の肌を静かになぞった。



そしてふわりと紡がれた愛しい声音も――今宵を照らし出す煖な燈火に良く似ていると

惹き出された微笑を隠さぬままに士度は思い――




やがて導く灯りに誘われるように、彼もまた夜の語りに耳を澄ませた。



Fin.



2007年Halloween限定SSSでした☆幻想世界を日常で感じることができる秋の風物詩を士度マドカで書いてみたくて。
裏に狼さん羊さんver.アリマスv