最後の夜



私もあなたも、知らなかった――

あの夜が最後になるなんて。





次の日は士度さんの誕生日だった。

HONKY TONKに行けばきっと賑やかなお祝いになるのだろうけれど、
私は何だか彼を独り占めしたくて、
軽井沢の別荘に行きましょう、と彼を誘った。
それは私からのささやかなプレゼント。
新宿よりも空気が綺麗で、ここの庭よりも緑が一杯あって、あなたの疲れた翼を休めることができる静かな憩いの場所だから。

ディナーは私が作るわ。
ここで料理をつくると半分は“コックさん作”、になってしまうから。
私が、あなただけの為に、腕によりをかけて。
ケーキは一緒に作りましょうね、あなたも食べられるように、甘さ控え目の大人の味で。
お散歩に丁度いい森があるの。
あなたと手をつないで歩きたい―― 森の草花の種類を教えてね。
お庭にいるワンちゃんも数頭連れて行きましょうか?
あの良い匂いがする緑の絨毯の上を、思う存分駆け回らせてあげたい。

森の朝の空気はとても清浄。
私はそこで迎える朝が好き。
小さな動物や小鳥たちもときどき挨拶にくるの、きっとあなたと仲良しになりたがるわ。
地下のケラーから、あなたが生まれた年のワインを出してもらったの。
赤い方が好きでしょ?
いいの、値段なんて気にしないで!
二人のグラスが合わさる瞬間が楽しみだわ。
もちろん、バイオリンも持っていくから。
あなただけのリサイタルを、森の中でひっそりと。
可愛いギャラリーたちが集まってくるかもしれないけれど、
それはそれでご愛嬌。


・・・・そこには私もあまり行かないの。
だって、一人には広すぎるし、あの静かな空間に一人でいると、どうしようもなく寂しくなる――。
でも、あなたと一緒なら。
そこはきっとまた違った場所に生まれ変わるはず。




―― こんな話を、夕食の席で少し浮かれた心持でして。
彼はとても楽しみだと言ってくれた。
それが凄く嬉しくて。

ティールームで一緒にお茶をして・・・・他愛のないお喋りと少し甘い囁きが素敵なデザート。
そしていつものように、お休みのキスを。
彼の唇の感触が、好き。
私の唇を掠める刹那の触れあいは、その夜の私に甘美な夢を与えてくれるパスポート。
おやすみなさい・・・また明日。


私もあなたも、知らなかった――

この夜が最後になるなんて。




軽井沢に向かうリムジンの中で、彼は絶句した。
こんなに困った様子の彼を感じるのは久し振り。
コンサートを聴きに来て― そう彼に初めてお願いした時以来かもしれない。
−私どもは二日間のお暇を頂いておりますから−
執事からのそんな答えに、彼の気配が硬くなった。
私にはどうしてなのか分からなかった−御気分が悪いのですか?
そんなことを訊いても、彼はただ、−大丈夫だ・・・−と答えただけ。
そして別荘に着くまで、彼は無言のままだった。




目的地に着いて夕食の材料や食器等をリムジンから運び出したりしていると、
私の隣の存在はいつの間にか、いつもの彼の気配に戻っていて、私を少し安心させた。
三日後に迎えに来るリムジンが走り去る前に、彼と執事が何か言葉を交わしている気配が窓の外から微かにした。
彼の困ったような溜息が聞こえたような気がした――。




そしてゆっくりと穏やかな刻が流れ、いつしか夜の帳が私たちを覆った。

あなたは、私より先に知ってしまったのだ――

昨日の夜が、最後であったことを。




私とあなたの距離がゼロになる前の、最後の夜。





Fin.



士度さんは場所が変わるだけで、いつものようにメイドなり執事なりが一緒だろう・・・そんな風に思っておりました。
マドカはいつもと違う場所で彼がリフレッシュできればいいな、と考えておりました。
そしてせっかくだからついでに使用人たちにも臨時休暇を与えてあげましょう・・・と。
そして最後の夜を追うように、最初の夜が訪れたのです・・・・。
・・・・ということを伝えたかったのですが、読者様に伝わったかどうか・・・。

“最初の夜”についてはいつか月窟で書いてみたいものです。
(・・・というかいつか書きます;)

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