Chocolate



二月の半ばだというのに、今年のこの日は小春日和。

小鳥達は楽しそうに囀り、犬は庭を駆け回り、猫達は惰眠を貪る――青く澄んだ空の下で、音羽邸の庭は今日も平和なことこの上なく。

そんな動物達に混じって、士度もライオンの身体を枕に、午睡に興じていた。

先ほどココでマドカと一緒に食べた握り飯も和え物も美味かった――少しずつ、少しずつ、
マドカあいつは料理の腕を上げてきている――


いつの日だったか、簡単な手料理を作ってやったら――マドカが少し悔しそうな顔をしたことを士度は思い出し、午後の木漏れ日の中で士度は密かに苦笑した。


作ったものは士度にしてみればささやかな軽食だったのだが――おにぎりとサンドイッチとお菓子以上のものにチャレンジしたことが無かったマドカにとって、

フライパンや鍋を使ったり、塩や胡椒で味付けをしたり――魚を下ろしたり野菜を上手に切ったりする士度の様子に少なからず刺激を受けた模様。


それから――二人が庭でピクニックよろしくのランチをするときは、マドカは必ず一品・二品、お手製のおかずを用意してくるようになった。
点字の料理の本を読んだり、使用人達に教わったりしながら。


――メイドさんやコックさんのお料理はもちろん、凄く美味しいですけれど・・・・――



そんなある日のランチタイム、少し恥ずかしそうにマドカは言った――



――だって、嬉しかったから・・・・――



美味しそうに食べてくれる、あなたの気持ちが。











不意に――寝そべる士度の顔の近くでフワリと小さく風が舞う。

隣に静かに腰を下ろしてきたマドカのスカートが、冬の緑の草の香りを士度に優しく運んできた。


士度は眼を瞑ったまま心地よさげに首を巡らしたが――次に微かに――鼻腔に入ってきた甘い匂いに、不本意ながらヒクリとこめかみが動く。


士度は極力さりげなく――その匂いから逃れるように寝返りを打ち、マドカが膝の上にのせてあるバスケットに背を向けた。



しかし聞こえてくる――はにかむような、彼女の声――



「あの、デザートに・・・たまにはチョコレート・・・如何ですか?」



「・・・・・・・・」



背後で――バスケットから何やら取り出す音がする。
甘い香りが強くなった――濃厚でいて、その味さえも嗅覚から伝えてくるような、深い――砂糖の匂い。


心地よい日差しも、食後の気持ち良い満腹感も、優しい午睡のひとときも――
西洋菓子の慣れぬ匂いが全部一纏めに包んで何処かへ運び去ってしまうよう。


急に――眠気が襲ってきたような気がした――マドカには悪いが身体が、心が――この砂糖の塊から逃れたがっている気がする――本能的に。



「いや・・・・今は・・・・・・」



士度は彼女に背を向けたまま小さく肩を竦めた。



――いい――



士度からの眠たそうな生返事に、マドカの見えぬ瞳が瞬いた。



「そう・・・・ですか・・・・」



気落ちした、小さな声に――士度の広い肩がピクリと揺れる。



――士度さん、甘い物、苦手でしたものね・・・・――



寂しさを誤魔化すような心なしかの明るい声に、士度の眠気は掻き消された。


チラリ、と首だけを巡らす事で後ろの様子を伺うと――小さな透明のボックスを膝の上にのせたまま、悲しげに俯くマドカの姿。


<シドガイラナイナラ、チョーダイ?>


モーツァルトがマドカの隣で尻尾を降ると、


――ごめんね、これは士度さんのなの・・・・――


そう諭すように言いながら、マドカは文句を言う愛犬の頭を優しく撫でてやっている。



「今年は・・・・手作りにしてみたんです。士度さんでも食べやすいように、トリュフのビターチョコにブランデーやリキュールを入れてみて・・・」



――今年は・・・・――



その言葉に、士度は刹那、眼を瞠ると――自分の不甲斐なさに内心舌打ちをした。



――マドカが・・・・俺に・・・苦手なモノをわざわざ勧めてくるなんて、理由があって当たり前だろうが――



「またいつか気持ちが向いたときにでも食べてみてくだ――!?」



不意に――マドカの膝の上からボックスが消え、隣でシュッとリボンを解く音がした。


「・・・・そうか、今日はチョコレートの日か。」


女が・・・男に、この菓子を贈る日だとかなんとか。
確か去年もマドカは――洋酒入りのチョコレートを用意してくれた。
珍しく戯れに――二人で、食べて――


「バレンタイン・デーって言うんです・・・・」


擽ったそうな、嬉しそうな表情をその美しい貌にのせながら、彼女はそっと、彼との距離を縮めた。

チチチ・・・と士度の肩に小鳥達が舞い降りて来て、彼の手にあるものをおねだりしてくる。


「駄目だ、
チョコレートこれ食うとお前ら中毒起こすからな・・・・」


そう言いながら彼は箱の中にあった濃い茶色の塊を摘み上げると、ポイッと無造作に口に放り込んだ。

口に広がるのはやはり砂糖の味と、甘い匂いと――そして珈琲によく似た、ほろ苦さ。
ブランデーの、豊かな刺激。



「・・・・・悪かねぇな。」



親指の指先についたチョコレートもペロリと舐めながらの彼の言葉に、マドカの口元が花咲くように綻んだ。



「美味い、ぜ・・・・」



そしてカサリと、もう一つチョコレートを取る音が。


マドカは幸せそうに眼を細めながら、士度の肩口に顔を寄せた。


そしてそっと、彼の気配に心を澄ます――口に入れたチョコレートの味を、確かめるように咀嚼して・・・・飲み込むときは、でもやっぱり、少し困った風に・・・・


あぁ、
彼の隣ココは・・・・・優しさで満ち溢れている――





「好きよ、士度さん・・・・・」





士度が三つ目のトリュフを口に放り込もうとしたとき、不意に紡がれたマドカの綺麗な声が庭を彩った。




「なっ・・・・・」




眼を円くする、彼の気配。




――なんだよ・・・・いきなり・・・・・――




照れ隠しついでか――士度が慌ててトリュフを口に放り込む様に、マドカはもう一度眼を細めた。
彼の背後でライオンが可笑しそうに鼻を鳴らす――士度は眉を顰めながら、凭れている背中にわざと、少しだけ――体重を掛けた。



「今日は・・・・女の子が素直になれる日なんです。」



彼の首筋に甘えるように頬を寄せながら、マドカは彼の――太陽と草の香りと、今は不釣合いに香るビターチョコの匂いを愛しそうに吸い込んだ。




マドカおまえはいつも、素直じゃねぇか・・・・・」




カサリ・・・ともう一度、小さな箱を探る音。


そろそろお紅茶を淹れてあげなきゃ・・・・。




「・・・・いつもより、もっと、ずっと・・・・・・」




首筋に―不意に柔らかな弾力を感じ、士度はチョコレートの箱を草の上に置いた。




「食べ過ぎた・・・・」




マドカを膝の上に乗せながら、士度は少し掠れた声を出す。




「お腹、一杯ですか?」



士度の頬に触れながら、マドカがクスクスと覗き込んでくる。




「・・・・あぁ。だから今度はこっちで・・・・」





――腹ごなしだ・・・・――





ひどく男らしい声の深さは――チョコレートの香り以上にマドカを酔わせた。

ビターテイストのキスを深く受け止めながら、マドカは心の中に満ちる幸せを――愛の言葉を、音無く反芻する。




そして耳に届く彼の鼓動の速さが――音色が――唇に囁くキスの温度が


彼の想いを正直にマドカに伝え――






また少し重く圧し掛かる――今度は二人分の体重に、ライオンは眉間に皺を寄せながら諦めにも似た深いため息を

咆哮混じりに広い庭に響かせた。










Fin.



せっかく年に一度のイベントなので・・・・。
“逃げ腰士度”+“今ならもれなく特別サービスでマドカちゃんが誘ってくれます”ver.Valentineでしたv
ネタ提供感謝です♪

ちなみに本日2007.2.14はGB連載終了一話手前にて士度がめでたく復活・・・!
私事ですが愛鳥の1歳のBIRTHDAYだったりもします。
いろいろとおめでとうです、自分(笑)


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