乱反射

その日・・・

ビーストマスターの機嫌は、すこぶる悪かった。



家出少女(17)の奪還――こんな簡単な依頼を蛮と雷帝が失敗して、依頼人からクビになったおかげで、
その日10日振りに彼女の元に帰れた魔里人の青年は、11日振りのまともな夕食にありつこうとした直前に、
いつもの喫茶店に足を運ぶことになってしまったからだ。
彼は音羽邸に入るや否や外界からの邪魔を拒絶するかのように携帯の電源を切っていたので――音羽邸の電話のベルが夕食時に派手に鳴り、和室に腰を下ろしたばかりの彼は取り次いできたメイドに電話を切れと強くは言えず――結局は望まぬ仕事コールに出る羽目になってしまった。

「・・・あ゛あ゛!?家出娘の奪還!?そんなもん、美堂と銀次にまわせよ・・・こっちは2時間前に帰ったばかりでこれから飯・・・・失敗した?・・・何やってんだ、あいつ等!・・・・とにかく、俺は・・・・」

疲れている――そんなことが本音じゃない。
自分の気配を感じるなり、花が綻ぶかのような満面の笑顔で迎えてくれた――彼女の傍にいたいのだ。

しかし――クン・・・・とシャツの裾を引かれたので、士度はいつの間にか隣にやってきたマドカを見下ろした。

(私は・・・大丈夫。)

彼の本意はお見通し、穏やかな眼差しのもとでマドカの唇が呟いた。

(家出なら・・・親御さんがきっと心配しているわ?)


「・・・・」


かくして、ビーストマスターは細い目がますます釣り上がった仏頂面を手土産に仲介屋の元を訪れ――彼女の綺麗な背中に薄っすらと冷や汗をかかせた。居合わせた銀次と蛮は何故かボロボロ。今夜のパートナーはレディ・ポイズン。某有名代議士の跳ねっ返り家出娘を、麻薬売買の噂が止まない某所の地下クラブ内で捜索、確保、奪還。
彼はいつもの喫茶店で、すきっ腹に珈琲だけを流し込むと、蛮の失敗を「馬鹿じゃないの?」という一言で一蹴した卑弥呼と共に、眠らない街の夜へ渋々ながら足を踏み入れた――




トランス・テクノのアップビートと、ミラーボールのライトの派手な反射のカクテルは、人の心に得体の知れぬ高揚感をもたらす一種のドラッグだ――卑弥呼はスタンド・チェアーに背を預けながら、目の前で踊り狂う人々を冷めた眼で見つめていた。
視線の奥のバー・カウンターで、ビーストマスターがドリンクを注文するついでに、マスターに今回のターゲットの写真を見せている――初老の男性の視線が困ったように細められ・・・・無言で流れた。卑弥呼がその視線の先を追うと、キャラメル・ブラウンの巻き毛の女が、同じようにスパンコールが効いた派手な格好をしている仲間達とカクテル片手に談笑している。――写真と同じ、派手な、メイク。睫が顔から飛び出しているじゃない?――
一方ビーストマスターはチラリとターゲットのことを確認した後、マスターと二言三言交わしながら、グラスを両手にカウンターから離れ、人ごみを縫いながら卑弥呼の方へと向かってきた――卑弥呼がチェアーの背もたれから身を離したとき、彼は人の波の中で別の女性の集団に捕まってしまったようだった――年齢はターゲットよりも少し上――その中からシックな雰囲気の小柄な女性が、笑顔で何やら話し掛けながら士度を見上げている。光の反射で彼女のミドル・ロングの髪がワインレッドに輝いた――彼女の隣にいる女性も、目の前の屈強な男性に艶かしい視線を送っている――卑弥呼は夜のピラニア達に捕まったビーストマスターの少し困った顔に苦笑しながら、彼がどうやって抜け出してくるかを暫し観察することにした――自分が行って彼に声を掛ければ、事は一発で済むのだが。
――すると彼は卑弥呼がいる方を顎で指して――彼の周りにいる女性達の不満そうな視線が一斉に卑弥呼に注がれた――彼女たちに二言・三言応えると、そのまま真っ直ぐ、今回の相棒の元へと戻ってきた。彼が女達から離れる前に――小柄な女性が、それでも士度のシャツを軽く引きながら、彼のジーンズのポケットに何かをねじ込んだのを、卑弥呼は見逃さなかった。


「・・・・もてるわね。私、睨まれちゃったじゃない・・・どうやって抜け出してきたのよ?」

士度が相棒が待つバー・テーブルにやっとのことで戻ると、こんな質問がすぐさま飛んできた。

「別に・・・一緒に遊ばねぇかって言われたから仕事中だって応えて・・・それでも仕事の後のご予定は?とか訊いてくるもんだから、それは連れに訊いてみてくれ言っただけさ・・・」

「・・・・・」

馬鹿正直過ぎる答えだ。まぁ、こんな嘘偽り無い性格が醸し出す真っ直ぐな雰囲気に――男の善し悪しに敏感な女達が惹かれて寄ってくるのだろうけれど。

(まぁ、彼には音羽マドカのような清純派の彼女がいるなんて、ここにいる連中には想像できないでしょうけれど・・・)

彼女もどうして、
ビーストマスターかれを選んだのかしら・・・?――そんなことをボンヤリ思いながら卑弥呼は士度から差し出されたグラスを見るなり、眉を寄せた。
「何よ、コーラじゃない・・・」――私が注文したのはソルティ・ドッグよ?

「未成年だろ?それにアンタは酒に弱いって以前美堂蛮が言ってたぜ?」

酔っ払っちまったら仕事になんねぇだろうが・・・――そう軽く揶揄するように片方の口角を上げる士度の姿が、ミラーボールの光の中で揺れるように――今は亡き兄の姿に重なった――卑弥呼は上昇した身体の熱をごまかすように、ワザと不貞腐れた顔をしながらグラスを手にする。先程までご機嫌斜めだったビーストマスターの雰囲気がこころなしか柔らかくなったような気がした。

「しっかし・・・なんで“あの馬鹿共”は今回みたいな簡単な仕事を失敗なんざ・・・」

したんだ?――そう言いながら隣の彼が口をつけているのは、ロックのウィスキー・・・・腹が減っていると言っていたのに、アルコール度数が半端無く強いものをわざわざ飲んでいるあたり、彼にとってアルコールは水と同じようなものらしい。

「やっぱりナンパとかされたみたいよ。あの二人、黙ってれば“見た目だけは”まあまあじゃない?アンタと違うところは、そこから調子づいて手ぇ出しちゃったりして・・・お客からのクレーム殺到でココのボディーガードに凹られたうえ、放り出されたんだって。ターゲットを確認する前によ!?」

ったく信じられない・・・!――八つ当たりするように小さく呻いた卑弥呼に、――アイツ等らしいな・・・・――と士度は苦笑しながらグラスを傾ける。

卑弥呼はそんな今夜のパートナーの横顔をチラリと盗み見た――頭に直接響くようなDJの声や、ラップ・ミュージックのシャウトの喧騒の中で、ビーストマスターはのんびりと酒を煽りながらも、その眼はターゲットから外していなかった。
ビーストマスターこの人 とパートナーを組むと、いつも以上に気分が楽なことに卑弥呼は気がつく――GBと組むと、蛮に対しては時折愛と憎悪の念が邪魔をし、雷帝には嫉妬心が芽生える。赤屍が仕事のパートナーの時も案外楽だ・・・・自分の鋭利シャープな部分が解放され、プロとしての自覚と、この仕事をしていく上で必要な冷徹さを――改めて自分の心に刻み付けることができる――ただ、仕事を終えた後、そんな自分の心に残るのは、哀しみを孕んだ心のざらつき――何故なら振り向いて欲しい人はきっと・・・こんな私を望んでいないから。
そして今夜のパートナーと組むときは・・・・何故だろう、ナチュラルな自分がそこにいるような感覚を覚える。彼自信が自然児故か、五つ年上という年齢差と自分を見つめる少し大人びた眼差しが――邪馬人アニキに少し似ているからだろうか?――あぁ、兄貴が死んでから・・・もうどのくらい・・・・

「ターゲットがこっちへ来るぞ。」

士度の声に、卑弥呼は我に還った。
彼女の目の前で彼の逞しい上腕が上がり、士度はグラスの中身を一気に飲み干す。
卑弥呼が慌ててフロアに眼を走らせると、バー・カウンターの方からターゲットが巻き毛を揺らしながらこちらに近づいてくる。

「・・・・なんで?」

ターゲットの方から接触してくれると、一気に仕事が楽になるのは間違いないのだが・・・

「さっき、カウンターのマスターに、ターゲットが来たら俺等が探しているって伝えといてくれって言っておいたんだ。」

「・・・・」

相変わらずの直球勝負だ。それで逆に警戒されて逃げられでもしたら、どうするつもりだったんだ――そんな言葉を卑弥呼は飲み込んだ。現に事は順調に進んでいる。
ターゲットが人込みに時折顔を顰めながらも、機嫌良くこちらへやって来るのは、一重にビーストマスターの見栄えがそこそこ良いからだろう。――もっとも本人が其処まで計算していたとは到底思えないことだが。
やがてターゲットは二人の目の前に辿り着き――あどけなさが残る顔で精一杯の妖艶さを出そうと努力しながら士度に向かって色目を使ってきた。

「あなたが私のことを探しているって聞いたんだけど・・・・」

期待を含んだ声と眼差しが、ミラー・ボールと騒音の競演の中で甘く響く。

「ああ、アンタの親父さんから、アンタをここから連れ出すように言われて、さ。」

ビーストマスターの言葉に卑弥呼は眉間に皺を寄せ、ターゲットの顔は不満げに歪められた。
早く仕事を終わらせて彼女の元に帰りたい気持ちも分からないでもないが・・・ここは(似合わないまでも)嘘でも甘い言葉の一つや二つ囁いて、外へ連れ出すのが何よりも得策なのに!
卑弥呼が士度のわき腹を小突こうとしたその時、「何よ!アンタもパパのスパイなの!?」そう叫ぶとターゲットは泣き出しそうな顔をしながら踵を返して走り去ろうとした――しかし間髪居れずに手首を士度に掴まれ、その場から動くことができない。

「離してよ!大声だすわよ!!」

士度の手を叩いたり引っ張ったりしながら少女はがむしゃらに暴れるが、細い手首は男の片手からどうやっても抜け出せない。

「いいぜ、出せよ?そんなことをしても俺等はアンタを担いでココから抜け出すまでだ。」

お転婆娘を相手に表情一つ変えることなく、士度は抑揚無く告げた。

「嫌よ!パパのところなんかに帰らない!パパはお仕事ばっかりで・・・・私のことなんてどうでもいいんだから!!」

「・・・・どうでもいいなんて思っていたら、私達を送り込んでまでアナタを連れ戻そうなんて思わないと思うわ?」

人の表情の仮面と真実の面を読み取る術は・・・これでも今までの人生の経験上、自信がある方だ。
依頼人であるターゲットの両親の涙は――本物だった。こんな怪しい裏のクラブに迷い着いてしまうまで、自分の娘を放っておいたことを心から悔いていた。

「・・・・アナタのことを心配していたわ、心の底から。そんなご両親がいるアナタは幸せよ・・・」

卑弥呼の言葉に、少女は暴れるのをやめた――しかしまだ、納得がいかない様子で。

「でも・・・・じゃあ、帰るけど・・・・・友達が魔法のカクテルを予約するって・・・・それ高いからキャンセルしてから・・・・」

その言葉を聞くや否や、士度はターゲットの少女を引き寄せた。少女は吃驚しながらも、彼の力強さと迫ってきた顔の近さに頬を染める。

「それはきっと麻薬入りのドリンクだ。アンタ、ここに通い続けると知らない間に薬漬けにされて身も心もボロボロになって・・・・見ろよ、あそこで踊っている連中を・・・あいつ等みたいに死んだ魚のような目になっちまうぜ?ここから黙って抜け出して、もう二度と近寄らない方が利口だ。その友達にもな。」

耳元で低く囁かれたその言葉に脅えたように揺れた少女の瞳はダンス・フロアに向けられ――意識して見て初めて気付く、思考や意志を飛ばし、ただ止まることのない音の羅列に流す彼等の陶酔の眼差しとステップを。

「・・・・帰る・・・・わ・・・・」

少女は脅えたように士度のシャツを握り、彼は彼女の手首から手を離すと、背に手をあて、出口へと促した。
卑弥呼も小さく安堵の溜息を漏らし、二人の後に続く――と、その時。

「どこへ行くんだ、お前・・・?」

数人の男達が士度と少女の目の前に立ちはだかり、その中心にいる長い茶髪の男が胡乱げな視線で三人を睨みつけていた。

「友達か?」――士度が少女を見下ろしながら訊ねると、彼女は顔を蒼くしながら小さく頷く。

「新しい男が出来たから逃げようってぇのか・・・?せめて
魔法のマジックカクテルの味見をしていけよ・・・絶対また飲みたくなるから、さ?」


トランス・ビートがアップテンポになり、ミラーボールやフロアの此処其処から発せられる七色のライトの瞬きが音に乗って輝きを増す中、地下クラブの端にある出入り口へと続く階段の前で、三人は思いがけず足止めを食うかたちになってしまった。
少女に向けられた嘘臭い甘えた声音に士度は軽く眼を顰める。

「保護者代理でね・・・コイツが帰りたいって言っているんだ。“お友達”なら黙って通してやれよ。」

抑揚の無く紡いだ士度の言葉に、リーダーらしき男は鼻で笑った。

「せっかくの
金蔓かねづるを・・・早々に横取りされて溜まるかよ!」

女は数のうちに入らない、男だけなら五対一だ・・・・分は圧倒的にこちらにある――男の自信はありありと顔に表れ、従う四人はジリッ・・・と士度を威嚇するかのように一歩ずつ前に踏み出した。

「・・・・本音が出たな?怪我、させたくねぇんだ、黙って通せよ。」

穏やかな口調とは裏腹に、ビーストマスターの眼光は鋭さを増している――卑弥呼はどのパフュームを使うか、決めかねていた――この狭い通路では今、快眠香や退化香なんて使えないし・・・今夜の相棒が上手くこの場をこなしてくれれば、自分の仕事は最後の詰めだ。

「寝ぼけたこと言うなよ・・・数から見たって怪我をするのはどう考えてもお前の方だろ!」

パチンと鳴らされた指の合図と共に、三人を囲んでいた男達が次々にジャック・ナイフやバタフライ・ナイフをどこからともなく取り出し見せ付ける。
士度の背後に隠れ、肩を震わせ小さく脅える少女とは裏腹に、士度はそんな男たちの行動に呆れを隠さず、卑弥呼も面倒臭そうに眉を寄せた。

「ほら、流血沙汰になる前にそこにいる女を大人しく・・・・・!!!!?」

派手なシンセサイザー音の撃つようなラスト・サウンドに合わせて――男達の目の前のコンクリート剥き出しの壁に――ゴッ!!と硬い音と共にクレーター状の穴が大きく開いた。
その衝撃波と破壊音は男の声を有無を言わさず中断させ、ダンスとクスリと異性漁りに夢中な参加者の視線を――階段前で揉めている八人に一斉に集中させた。

軽く威嚇する為に士度が力任せに叩いた壁からパラリ・・・とコンクリート片が剥がれ落ち、無残な壁に亀裂が走る――目の前で起こったことに男達が驚愕と恐怖で固まっている隙に、士度は足が竦んで動けない少女を肩に担ぎ上げると、卑弥呼と共にさっさと出口目指して階段を駆け上る。その際、階段脇に飾るように重ねて置いてあったビール樽を蹴り飛ばし階下に転がしたものだから・・・・道を塞がれ、男達は我に還っても三人を追いかけることができなかった。

「畜生!!覚えてろ!!」

男の醜い捨て台詞がフロア一杯に木霊したが

「忘れなさい。」

卑弥呼が外に出る直前に忘却香をたっぷり地下へと流し込んだので――今宵の出来事は全て霧の彼方、もしくは夢か現かになることだろう。
彼女が扉を閉めて重い閂を下ろした時には既に、外で幅をきかせていた用心棒達は全員、士度によって片付けられていた。

「・・・!?パパ・・・・!!ママ!」

クラブの入り口から数十メートル離れた処に停まっていた高級車から慌てて飛び出してきた両親を確認した少女は、彼等に向かって一目散に駆けて行った。
涙ながらに抱き合う親子を、卑弥呼はどこか優しげな眼差しで見つめていた――

「奪還、無事完了ね。」

卑弥呼が士度の方を振り向くと、

「そうだな・・・」

――やっと飯が食える・・・・

卑弥呼と同じように親子の再会を見つめていたビーストマスターは一度首をコキリ・・・と鳴らすと、「行くぞ・・・」と踵を返した。
お礼を言うように手を振る少女に小さく手を振り返しながら、卑弥呼は士度の後をついていった――仕事を終えた後の爽快感が今夜はある――無言で歩くビーストマスターの広い背中を追いながら、卑弥呼は久し振りに感じる心地良い夜の風に目を細めた。
すると士度が思い出したかのようにジーンズのポケットを探りはじめ――そこから小さな紙切れを取り出した――名刺だ。
卑弥呼が少し背伸びをして覗き込むと<XXビューティー・コンサルティング社長>の文字が・・・・
士度の目は一度だけ、ざっとその名刺の文字を辿ったが、彼は惜しげも未練も何の反応も示さずに――その名刺を歩きざまに破り捨て、仲介屋が待つ喫茶店の方へと足を向けた――彼の歩調が少し早くなったことに、卑弥呼は口元に微笑を浮かべる――本当は、真っ直ぐ彼女の元へ帰りたいでしょうに――

そして、そんな彼を、彼を待ち侘びている彼女を羨ましく思う――心の拠りどころとして、どこまでも素直に、真っ直ぐに寄り添う恋人達――そんな揺ぎ無き愛の姿は、周りの人々に幸せへの希望と勇気を与えるということを・・・・きっと彼等は知らないだろう。

「報告、私が全部しておくわよ?」

早く帰りたいんでしょ・・・?――少し茶化すような卑弥呼のモノ言いに

「あ゛ぁ!?帰り道だしちゃんと最後までやってくさ・・・・!」

少し照れたような、慌てたような、今宵初めての声音が返ってきて、卑弥呼の貌に再び笑顔を咲かせた。

二人が歩く街の灯りは、地下の輝きよりも美しく、暖かく――眠らない夜に輝いていた。













「俺が飯を食ってる姿、想像して・・・・楽しいのか?」

士度が音羽邸に戻ってきたのは日付が変わってからだというのに・・・・マドカは士度の気配を感じるや否や起きてきて、士度が夜食にありつこうとしていたキッチンまでやってきた・・・・今は一人食事をする士度の目の前で、湯飲みをお供にニコニコと機嫌が良い。

「はい・・・!あの、お味噌汁・・・・美味しそうに飲むなぁって思って・・・・」

眠そうな気配を全く見せず、マドカは幸せそうに微笑する。

「・・・・美味いぞ。今夜の味噌汁は・・・・俺はあまり違いが分かるほうじゃないが、何だかいつもより美味い・・・・気がする・・・・・」

器と箸がかちあう音や、物を食べたり飲んだり咀嚼したりする音の・・・・どの辺りがマドカにこんなにも幸せそうな微笑を与えるのか、士度には皆目見当がつかなかったが、とりあえず正直な感想を述べてみる――するとマドカの顔が太陽の輝きの如く華やぎ、士度は再び目を丸くした。

「本当ですか!?そのお味噌汁、私が作ったんです・・・!」

士度さんがこんなにも喜んでくれるなんて・・・お菓子だけじゃなく、私これから、もっとお料理頑張りますね・・・・!――マドカは頬を紅潮させながら、愛らしく目を細める。

士度の方から見れば、言葉足らずな自分の一言二言の感想で、マドカがこんなにも喜ぶなんて・・・女とはやはり不思議な生き物だ。

「そうか・・・・上手くなったな・・・・」

そう言いながら静かに微笑む士度に気配に、マドカの心は天にも昇る。

やっぱり飯は家で食うに限る・・・・――そんなことを当たり前のように思った自分に気がつき、士度ははたと箸を止め、目の前にいる彼女を見つめた。

「?」

彼女は愛らしく小首を傾げながら、見えない瞳で真っ直ぐに――こちらを、“士度を”見つめている。

「いや、なんでも・・・・」

ねぇ・・・・――彼女の幸せの一端を、士度は理解出来たような気がした。

デザートには、葛餅を作ってみたんです・・・!――そう言いながら急須を傾ける彼女の姿に安らぎを感じながら、士度は再び箸を動かした。


その夜、音羽邸のキッチンの灯りに浮かび上がる二つの影には――慈しみと暖かさが彩を添えていた。







Fin.


とあるお方のリアル卑弥呼にインスパイアさせられて(スミマセン;)・・・士度と一緒にいる卑弥呼が書きたくなったので☆
仕事上のパートナーとしてこの二人は色恋沙汰無しに上手くやっていけるような気がします。
最後に士度が感じた辺りの感情はまた何処かで。
“乱反射”はクラブの雰囲気と――士度と卑弥呼の想いに重ねてみました。
士度&卑弥呼はまたチャレンジしてみたいところです。


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