〜 スクランブル 〜



「もしもし・・・あぁ、私だ。マドカはいるかね?・・・そうか、頼むよ。・・・・・・・・おぉ、マドカ!!元気だったかい?そうかそうか。

ストラディバリウスが無事に戻ってきたと聞いたよ。・・・・・・・・・あぁ、黒部さんが悪い人だったとはね・・・・やはりあまり知らない人からの推薦は

今後、止めた方がいいな。ともかく、マドカが無事で良かった・・・・え・・・?今は代わりの臨時の人が来ているがやっぱり木佐さんを戻して欲しい?

・・・・・そうだねぇ、彼は秘書としても優秀だから、こちらでも重宝しているのだが・・・。

マドカの頼みだからね、彼にも話してみよう。・・・・・いやいや、礼には及ばないよ。・・・・・今度私が帰国できる日かい?

来年のニューイヤーコンサートが終わってから暫くしてからだなぁ、残念ながら・・・・。・・・・マドカ、そんなに悲しそうな声をださないでおくれ。

父様だってマドカに寂しい思いをさせているのは重々承知だし、マドカに一刻も早く会いたいと思っているよ・・・・・え、寂しくない?

新しいお友達でもできたのかね・・・・?今回のストラディバリウスの件で知り合った人?あぁ、仲介屋のへヴンさんとかいう人かい?

違う?それじゃあ奪還屋の・・・・・・え、今は奪還屋をしているが、その当時は敵だった・・・・・?どういうことだい?

話せば長くなるか・・・・・え・・・・・何だって!?今屋敷に滞在して貰ってる??マドカ、今、“彼”って言ったな!?男性なのか!?

“そうよ”って・・・・・マドカ、年頃の女の子が男の人に部屋を貸すなんて・・・・・父様感心しないぞ!?

・・・・・・・・うっ・・・・確かに、“あの屋敷はお前の好きにしなさい”とは言ったが・・・・・。

・・・・・・・・あぁ、確かに“部屋が余ってるからマドカのお友達に貸してもいいかもね”とも言ったけれど・・・・。

そうだ、恵比寿のマンション・・・・!あそこが一室余っていただろう?其処を貸してやったらどうかね?

え・・・・・ペットが一杯で庭付きじゃなきゃダメ?あそこはペット可のマンションでバルコニーも広いから、犬猫の一匹や二匹ぐらい・・・・・

何・・・・?一匹や二匹の数じゃない・・・・?沢山・・・・?アライグマやフェレットや鷹もって・・・・・それはいったいどういった・・・・

え・・・?それにライオンにマンションは狭すぎる?ちょ、ちょっと待ちなさい、マドカ・・・・!

ライオンって言ったのか!?あの動物園にいるライオンか!?

そんな危険な動物が今ウチの庭にいるのかい・・・・!フワフワで従順で士度さんの言うことをよく聞くから心配ない・・・・?

“士度さん”というのかい、その人は・・・・ストラディバリウスの件で知り合ったのだから、知り合ってまだ間もないだろうに・・・・・。

安全な人なのかい?・・・・・・いい人だからそうに決まってる?・・・・マドカ、何なら父様が興信所に連絡して調べて貰って・・・・・

・・・・・・・!!分かった分かった、そんなに怒らないでおくれ・・・・そうだね、そんなことをしたらマドカの信用にも傷がつくことにもなりかねないね・・・

士度さんには絶対に嫌われたくない・・・?あぁ、約束するよ、・・・・そんなことは絶対にしないから、マドカ、機嫌を直しておくれ・・・・。

・・・・・その“士度さん”って人はいったいどんな人なんだい?奪還屋をしているって言ったね?歳は?

21歳?背が高い?きっと澄んだ目をしている・・・・?たぶんワイルドな感じ・・・・?ふ、ふーん・・・・・。

まぁ、でもマドカがそう言うなら、きっといい人なんだろうね・・・・。

そ、その・・・・マドカ、一つ聞いてもいいかな・・・・・?

その彼とは・・・・その、お付き合いをしているのかね・・・・?

あぁ・・・・つ、つまり・・・・・恋人同士かと・・・・・いうことだよ・・・・・。

え・・・・ち、違うのかい・・・・・?“まだ”・・・・・?

でも?“でも”・・・・なんだい、マドカ?

・・・・・・・・そうか、マドカもそんな年頃に・・・・・恋をする年頃になったんだなぁ・・・・・。

父様は嬉しいやら寂しいやら・・・・。

・・・・そうか、ヴィスコンティ先生も同じようなことを仰ったか・・・・。

でも、ね、マドカ・・・・まだよく知らない人なのだから、頼むから慎重に行動しておくれ・・・・。

ほら・・・父様から言うのは何だけれど、“男は皆、狼”っていうじゃないか?だからもしものことがあったら・・・・。

・・・・・!!分かった、悪かったよ・・・・!“士度さん”はそんな人じゃないんだね!?マドカ、そんなに大声を出さないで・・・・。

でも、優しいマドカのことだから、気になった人に“部屋を貸してくれ”って言われたら、きっと断れなかったんだろう?

・・・・・うん?“士度さん”はそんなこと一言も言っていない?・・・・・“私から”って・・・・・

マ、マドカがウチに来てくださいって言ったのかい!?

そんな・・・・!!いったいどうしたんだ、マドカ・・・・!!

え、“士度さん”が戻ってきた?

ちょ、ちょっと待ちなさい、マドカ・・・!話はまだ終わっていないぞ・・・!?

そりゃあ、いつでもお話はできるけれど・・・・その“士度さん”とだって・・・・マ、マドカ?

待ちなさい・・・・!おい、マドカ!?」



ツ――ツ――ツ――



そして電話はプツリと切れ、初老の男性は受話器片手に呆然と立ち尽くした。
いつもの上品なノックと共に、執事が一礼をしながら入ってきた。


「旦那様、お茶が入りました・・・・・?どうなさいましたか?」


いつもは柔和な笑みを称えている主の表情は茫然自失、顔面蒼白であった。


初老の男性は自らを落ち着かせようと、震える手でマッチを擦り、パイプに火を点けた。
そして僅かに声を上ずらせながら執事に話しかける。


「き、木佐君・・・・マドカが・・・・屋敷に男を住まわせているらしい・・・・・」


執事に背を向け、窓に映る夕焼けを眺めながら、どこか空ろな表情で男性は述べた。


「・・・・お嬢様にボーイフレンドができたということですか?それはようございました。」


「――!!」


主の驚愕など露知らず、執事はそう答えながらティーポットを傾けた。
お嬢様のあの性格、あの容姿、あの才能・・・・それに世間一般ではまさに恋するお年頃。
今までそういった話の一つや二つも浮かんでこなかったのが不思議なくらいだ。
そして賢明なお嬢様のこと、悪い人など選びますまい。
幸せな恋愛を祈るばかりだ。


「そ、そうかね・・・・なんでもその男は数多のペットを連れて・・・・しかもウチの庭をライオンが占拠しているらしい・・・・」


「・・・・ライオン、ですか・・・。それは都の許可をとらないといけませんね・・・・。
しかし、数多のペットとはまた魅力的ですね。私も動物は好きな方ですし・・・。」


スコーンの用意をしながら、執事はのんびりと答えた。

一方、主はその返答に軽い眩暈を覚えた。
まったく、ウチの娘といい、この執事といい・・・・優秀なのには変わりないが、双方共に危機感が欠けているのではないか?
それに今は大人しくしているのだろうが、屋敷のまだ見ぬ居候殿も所詮は“若い男”だ。
大事な娘にいつ牙を剥くか分かったものじゃない。
しっかり者の娘も・・・・今は恋で浮かれている状態なので、果たしてその男の本性をキチンと正確に見抜けているかどうかも怪しい。
自分がいの一番に日本まで飛んでいって、娘についた虫を追い払えればよいのだが、
残念なことに残酷なスケジュールがそうさせてはくれない・・・・。
父親としてできること・・・それは・・・早急に番犬を送り込むことだ。


「・・・・君は動物が好きか。それは、いいことだな・・・・。ちょうどマドカから“ぜひ木佐さんを戻して貰いたい”との要望もあったことだし・・・。
すまんが、日本に戻って再びマドカの世話をしてやってくれないだろうか?」


「それは・・・・ようございますが・・・・随分と急なことでございますね・・・・」


いきなり話が自らの人事異動に飛躍したので、執事の木佐は軽く目を見開いた。
一方、主はそんな執事の言葉を聞くと、僅かに顔を綻ばせながら少し早急な動作で受話器をとった。


<もしもし・・・・○×航空ですか?えぇ、明日の朝一の東京行きの便にまだ空席があるかどうか・・・・>


しかも自分は明日、朝一番の飛行機で日本に帰国しなければならないようだ。
こちらの知人には事後報告という形になる。
・・・・まぁ、自分は異国での生活よりも、日本での生活に馴染みがあるし、あのお屋敷も居心地が良いし、それに・・・・。


「木佐君!!運良く明日の飛行機がとれたよ・・・・!悪いが明日早速日本に帰国してくれたまえ・・・!
マドカも、他のメイドたちも、君が戻ってくるのを首を長くして待ち侘びていることだろうよ・・・!
そしてついでと言ってはなんだが・・・・その、今屋敷に住み着いている若者について・・・何か不審な点があったら、逐一私に報告してくれたまえ・・・!
もちろん、マドカには内緒でな・・・・。いや、マドカの言葉を信じないわけではないのだが、やはり親としてその辺は・・・・。」


「・・・・かしこまりました。それでは、荷造りの準備がありますので、今日はこの辺にてお暇させていただいても宜しいでしょうか?」


「あ、あぁ・・・!宜しく頼むよ、ご苦労様・・・・!」


ニコニコとぎこちない笑顔の主に一礼しながら、執事はその場を辞した。
・・・ついでがメインだということは百も承知。
やはり娘を持つ父親とは・・・気苦労が絶えないらしい。
そして、そんな親を主としてもつ使用人もしかり、だ。
幸い自分にとっては、そうでもないのだが。

執事は廊下でコキリ、と首を鳴らした。
そして通りすがりの同僚に、サヨナラを言った。






マドカの父は革張りのデスクチェアに背中を預けた。
そしてデスクの上に飾ってある写真立てを手にする。
ダブルフレームのそれには二枚の写真が並んでいた。
一枚はバイオリンを奏でるマドカの姿。
もう一枚は、今は亡き妻と、自分と、幼い頃の娘の笑顔が・・・。

いつまでも幼いと思っていた娘が・・・今、恋に落ちている。
彼女がその恋に悲しい涙を流すことがなければよいのだが・・・・。
幸せになってくれれば、よいのだが。
・・・・そもそも、彼女をあんなにも夢中にさせている男とは・・・いったい・・・。
ちゃんとマドカを愛して、幸せにしてくれるような男なのだろうか?


――父様が一番好きよ――


その言葉から卒業してしまった娘の成長に、彼は僅かな喜びと深い寂しさを感じた。


「私は――いつまでもお前のことを一番愛しく思っているよ・・・・マドカ。」


彼は写真の中で微笑む幼いマドカにそっと触れた。


(そして・・・天国にいる君も永遠に・・・・)


彼のその指は、マドカの隣の女性の方へもツ・・・と滑る。


「いったい、どんなひとなんだろうね・・・・?」


そう言いながら彼は再びパイプを燻らせようとしたが、物思いに耽っているいる間に火は消えてしまっていた。

そして彼は思い出したようにティーワゴンへ目を向け、デスクチェアから立ち上がるとティーカップを手に取り、執事が淹れてくれた紅茶の香りを吸い込んだ。
いつも通り、彼は完璧にお茶を淹れる――しかし今日は何故だか・・・・


娘が淹れてくれた紅茶の味が、無性に懐かしかった。







Fin.






突発的に書いてみました、本編で何故か出てこないのでオリキャラ、マドカパパのお話でした。
勝手に海外在住設定、勝手に奥様はお亡くなり設定・・・・(しかし、ホントにいったい何処にいるのだマドカパパ・・・)
そしてアンケート反映SS第一弾でもあったり・・・。
本日迄で「登場して貰いたいキャラ」で笑師に次いで、薫流とタメで多く票が入っていたので。(5票だけど(笑)←貴重な5票です♪)
おそらく今までのSSの中で最速で書けたのでは(笑)
同じくオリキャラの執事の木佐さんのもう一つの日本でのお楽しみは裏設定でしっかりあったりします。
いつか、書ければいいな☆


◆ブラウザを閉じてお戻りください◆