スイッチ




チラリと彼の視線が動く。


小洒落たブティックが並ぶ歩行者天国で
程好い人波の中――春が近い日差しの下で。


時折――誰かとすれ違うときに。

刹那、ほんの一瞬・・・・彼の視線が向かう先には、
決まって若い女性・・・・の気配。


「・・・・・・」


ほら、また――







「・・・・どうした?」


唐突に――ピタリと歩みを止めたマドカから一歩半遅れて、士度が不思議そうに振り返った。

そして彼女の表情かおを見た瞬間、彼は自分の片頬がわずかに引き攣るのを感じる――


「・・・・・・」


あぁこれは――


例えば彼女が悲しくなったり

不機嫌になったりするときの・・・・・・・・・・・・・

一歩手前の表情だ。



「どなたかお探しですか・・・・?」



どうした・・・――もう一度、今度は慎重に――士度が声を掛けようとした刹那、
マドカがポツリと呟いた。


一方士度は――思ってみなかった彼女の問いに、思わず首を傾げる始末で。


「・・・・だって士度さん・・・さっきから余所見をしてばかりです・・・・」


どこか寂しげに目を伏せる彼女を見下ろしながら、士度は内心密かに安堵する。


――何だ、そんなことか・・・・――


もしかして気づかぬうちに自分は―-彼女マドカに対して何か機嫌を損ねることをしでかしたのかと思ってしまった。


――自分から気を逸らされたのが・・・・気になったんだな・・・――


彼女の―そんな小さな嫉妬心も愛らしく思えてしまう自分に苦笑しながら士度はマドカの背をポンッと押し、歩くことを促した。

彼女は彼の歩みにつられるように――どこか心配そうな顔をしながらも歩を進める。


チラリチラリと余所見をしていたのは些細な理由からで・・・・


「いや・・・最近の女は皆、同じような格好ばかりするんだな・・・・って思ってよ・・・・」


――人真似も、ここまでくれば滑稽だよな・・・――


そう言いながら士度は小さく、吐息で笑う。

そう、先程からすれ違う若い女達は面白いくらいにー―


「同じような・・・・格好・・・・ですか?」


彼の言葉に、マドカが訊ねるように瞬きをすると、あっさりと答えが返ってきた――


「あぁ、何でだろうな・・・・どいつもこいつも皆・・・・白いスカート・・・・・・を穿いている。」


「・・・・・・・!」


その瞬間――
カチリ・・・・と、小さな音が鳴った気がした。

わざわざ彼女を見下ろさなくても、隣で一緒に歩いているだけで分る、ゾクリと感じる・・・・

身に覚えのある・・・・・・・その気配。

珍しく自分に・・・・冷や汗を掻かせる・・・・


「公園を曲がったところにある・・・・ブティックです・・・・」


少し尖った声でそう告げるや否やマドカはモーツァルトを促すと、彼を置き去りにサッサと歩を速めてしまう有様で。


士度は慌てて彼女の後を追った――

怒らせた?――しかしどうして?

だって今日の彼女マドカは格子柄のスカートで・・・




追いついた士度に振り向くことなく、彼女はブティックの扉に手をかける。

疑問符をもう一度口にする前に反射的に――彼は内開きの少し重いガラス扉を押していた。


他でもない、彼女の為に。








「お待たせ致しました。先日ご注文して頂きました春の新作の――」




――白いスカートです――





「「・・・・・・・・・・・・」」




満面の笑みの店員の目の前には、

何故か憮然とした表情の音羽嬢と、ばつが悪そうに右手で顔を抑えるお連れ様の姿が。



「・・・・当店のこちらの商品は今年の春流行の白と、華やかでいて上品なレースのコラボレーションが大人気でして・・・・・」



――・・・・今では大変・・・・手に入りにくく・・・・なっております・・・・・――




ご試着・・・なさいますか?――



相変わらずな表情の二人に、店員は徐々に声を硬くしながらも精一杯のおもてなしを顔に貼り付け問いかけた。



「結構で・・・・・・」


「着てみろよ」



断りをいれるマドカの声に重なったのは、はっきりとした彼の声。



「・・・・だって、どうせ・・・・」



――滑稽なんでしょう・・・・?――



「・・・・いいから着てみろ。」



少し拗ねたマドカの言葉を、再び士度が遮った。

そしてモーツァルトを入り口で待つように促すと――
店員から受け取った白いスカートを彼女の手に押し付け――彼女の身体を試着室の方へと向けてしまう。



「・・・・・・・・・・」



こうなるともう――マドカは店員に手を引かれながらフィッティング・ルームに向かうしかないわけで・・・・



待ち人用に置かれたソファにドカリと腰を下ろす士度の様子を呆れたように感じながら、

マドカは渋々と――試着室のカーテンの向こうへ消えていった。











「いいんじゃねぇか・・・・?」




その一言と同時に――


カチリ・・・・と、別の音が鳴った気がした。



――他の女の子と・・・・同じような格好になってしまいますよ?――



どこか愛らしくご機嫌斜めの、声がする。




「悪かねぇよ・・・・・」




実際、目の前でフワリと――春の木漏れ日色のスカートを翻す彼女の姿は眩し過ぎるほどに可憐で――




――人真似に、なっちゃいますよ?――



わざと意地悪な、声がする。




いいだろう・・・・?――




「お前には、よく合っている・・・・・」




彼の顔を――悪戯っ子のように覗き込んでくる彼女の姿。





「春の・・・・色だからな・・・・」




きっとお前の笑顔に、よく似合う。




――着て帰るか?――




「はい・・・・!」




マドカは士度の頬に柔らかな口付けを落とすと、

やっと咲いた優しい笑顔と共に、もう一度彼の目の前でクルリと舞った。



そして、――タグをお切りします――そう笑顔で申し出た店員に手を引かれながら、
再び試着室のカーテンの向こう側へ――今度はご機嫌麗しく消えていった。




「・・・・・・・・・」




ソファの上で思わず漏れるのは――安堵の溜息。



そんな二人のやり取りを、やはりハラハラと見守っていた店員は――

バンダナの青年がジーンズのマネークリップに手を伸ばしたのを見逃さず・・・・――
















春が近い日差しの下で、

綺麗な花歌と共にユラリ・・・ユラリと白いスカートが優しく揺れる。



そしてそのスカートの白とよく似た――柔らかく、暖かな笑顔が向けられたその先には



眩しそうに目を細める彼の姿が、澄んだ光に幸せそうに映えていた。











Fin.




修羅場明け第一弾、リハビリSSでございました☆
乙女心のスイッチのお取り扱いは慎重に(笑)
どこかに春の気配を感じていただければ幸いですv

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