止められない


目が見えないお姫様のドレスを選んでくれるのは
優しいメイドや、いつもドレスを買う店の商人たちでした。
10着ドレスを試着したら8着は
“お似合いですよ”
と言われてしまいます。
お姫様はその言葉にいつもすぐに退屈になってしまい、
早くお買い物を切り上げる為に、助言されるがままのドレスをお買い求めになりました。
そしてドレス選びに段々と興味が無くなってきてしまいました。



そんなお姫様にも好きな殿方が出来ました。
彼はお姫様をとてもとても大事にしてくれます。
全身全霊でお姫様のことを守ってくれます。
お姫様もそんな彼のことが好きで好きで堪りません。
彼の為にもっとキレイになりたい・・・いつしかお姫様はそう思うようになりました。
お化粧品を少し変えてみました。
素肌に近い感じが好きだと彼が言ったからです。
髪のお手入れもより念入りにするようになりました。
彼がお姫様の髪に戯れに触れたとき、“柔らかくて気持ちがいい”と言ってくれたからです。
香水は自然に近い香りを選びました。
彼は緑の香りを愛する人だからです。

お姫様はふと・・・ドレスのことが気になりました。
いつも彼女の傍にいるその騎士殿は、お姫様のドレスについて一言も話題にしたことがありません。
そのことがお姫様には少し悲しく思えました。
けれどお姫様は彼のドレスに関する好みなど知る由もありません。
お姫様は意を決してお庭にいる騎士殿に声を掛けてみました・・・・。






「・・・で、俺はここで何をすればいいんだ?」

「これから私がファッション・ショーをするので、そこに座って眺めて・・・士度さん好みのお洋服を選んでくださればいいんです。」

「好みって・・・・着るのはマドカだろ?」

「そうなんですけれど・・・その、色とか、デザインとか私はよく分からないので・・・いつもはメイドさんやお店の人に選んで貰っているんですけれど、
今日は士度さんに選んでもらいたいなって・・・・。嫌、ですか?」

「嫌じゃねぇけどよ・・・。俺、そーゆーのに疎いから・・・・。」

「・・・ものは試しです!似合うとか似合わないとか、ちょっと言って下さるだけでも参考になりますから!」

「・・・・分かったよ。」

一瞬、考える素振りを見せた士度がそう呟きながら傍にあった高級ソファにドカリと腰を降ろすと、マドカの顔がパッと華やいだ。

あまりお時間はとらせませんから・・・!

マドカはそう言いながら数着の衣装を抱えた店員と共に目の前にある試着室へと消えて行った。
「ごゆっくりどうぞ・・・・」――ソファの傍らにあるサイドテーブルに、マイセンのカップに淹れられた芳香漂う珈琲が出された。
士度はその珈琲に口をつけながら、小さく溜息を吐く。
同じ珈琲を飲むのであれば、こんな窮屈なところよりも、やはりいつもの喫茶店がいい・・・。
ソファの上からもう一度店内を見渡しながら、士度はいつもよりキツイ首周りを人差し指でほんの少し緩める。

(こんななりで、こんな処で買い物だなんて・・・・)

やっぱり金持ちがすることってよくわかんねー・・・

――不意に昼過ぎの出来事が思い出された。





「あの・・・・士度さん、これからお時間、ありますか?」

庭でライオンを枕にして小鳥たちのお喋りを聞いていた士度に、マドカが遠慮がちに声を掛けてきた。
今日は仕事も入っていない。何もなければ一日中日光浴をするつもりだった。

「ああ・・・どうした?」

「お買い物に行きたいんですけれど・・・・もしよろしければ士度さんとご一緒に・・・・」

「――?いいぜ。弦でも買いに行くのか?」

いつもなら、「お買い物に行きましょう。」と明るい声で誘ってくるマドカが、今日は何故だか躊躇いがちだ。

「あの・・・・お洋服を買いに・・・・士度さんと行きたいなって・・・」

――?普通の買い物じゃないか。なんだ、この雰囲気は・・・?

「――分かった。電車で行くか?それとも歩いて・・・・」

「――ありがとうございます!あの、荷物が多くなりそうですので、今日はお車で!」

マドカの弾む声を聴きながら、士度は立ち上がった。

「よし、すぐ出られるか・・・?」

「はい!士度さんの着替えが終り次第すぐにでも!」

「・・・着替え?いつもの格好じゃマズイのか・・・?」

士度は自分の服装を確かめた。
ジーンズにシャツにベスト・・・・洋服屋に行くくらいなら問題ないと思うのだが。

人の気配がしたのでそちらに目をやると、執事が奇麗にクリーニングされたスーツを数着持ってこちらへやって来た。
そして人好きのする笑みを浮かべながら宣った。

「士度様、どれになさいますか?」





服を買いに行くのだから、スーツを選ぶ為に以前仲介屋に連れて行ってもらったデパートの類だとばかり思っていた。
しかし、実際に連れてこられたのは・・・・。
なんでも会員制のブティックだとか。
豪奢なシャンデリアがぶら下がり、歩きにくいことこの上ないフカフカの絨毯が敷き詰められた広い店内では、
お上品な格好をした連中が其処此処に輪を作り、
これまたお上品な衣装の数々を品定めしていた。
ソファに座って、珈琲や紅茶を片手に優雅なものだ。

マドカと俺が店内に入るとすぐに初老の紳士が足早にやって来て(どうも店長らしい)、マドカに慇懃に挨拶をした。
お付きで来ただけの俺にまで懇切丁寧に自己紹介と歓迎の意を述べたあげく、
足元にいるモーツァルトにまで
「ワンちゃんもお元気そうで!」
ときたものだ。
そして他の客を尻目に俺らをすぐに、これまたただっ広い別室へと招きいれ・・・・今は大きなテーブルに衣装を並べるのに余念がない。
・・・おいおい、何着出してくる気だ?
まさかマドカにコイツをすべて試着させる気か?
勘弁してくれ・・・・。



空になった珈琲カップに、新たに珈琲が注がれた。
この店の上お得意様である音羽マドカ嬢が今日初めて連れてきたお客様。
背が高く、屈強な体格に上物のスーツを身に纏っている。
マドカ嬢以外とは口を利く気はさらさら無いらしい・・・・。
彼女と話している様子から、ご兄弟ではなさそうだ・・・ご親戚?ご婚約者?・・・音楽関係の方か・・・?
オールバックの髪型に精悍な顔立ちは、今は少し不機嫌そうだ。
禁煙の店内で煙草が吸えないからか?
珈琲の味にご不満か?
それとも望まぬ御来店だったのか・・・?

店員たちは音羽マドカ嬢が連れてきた随行者の観察に神経を尖らせた。
ここで彼に対して何か失礼なことがあって、それがマドカ嬢のお耳にでも入ったら・・・・。
考えたくないことだ。
なんとかしてこの店に好感を持っていただかないと・・・。

そんな彼等の視線も士度のいらつきの一端であることなどつゆ知らず、
商売人たちは士度から視線を外さなかった。




シャッ・・・・と試着室のカーテンが開いた。
一同の視線がその音がした方へと集中する。
赤い紅葉色のワンピースを着たマドカがそこにいた。

「どう・・・ですか?」

ワンピースの裾を少し持ち上げながら、マドカは小首を傾げて士度に訊ねた。

よくお似合いで・・・!

商売人達からお決まりの賞賛が飛ぶ前に


「・・・・少し派手じゃねぇか?」


士度の容赦ない感想が明るい室内に響いた――

―― その一言で店員達の動きが一気に慌しくなった。






――おかしい・・・いつもなら“とてもよくお似合いで御座います”・・・と薦められた品物をそのままご購入になり、
一時間弱でお帰りになられるのに・・・――

店長はチラリ・・・と壁掛け時計に目をやった。
彼女たちが来店してからすでに二時間半が経過しようとしていたが、音羽マドカ嬢のファッション・ショーはまだ続いている。

「士度さん、これなんかどうでしょう?スッキリしたラインが気持ちいいと思うんですけれど・・・・」

「・・・・いいんじゃねぇか?何か物足りねぇ感じもするけどよ・・・」

「そ、それでしたら、こちらのコサージュをお付けになったらいかがでしょう!?淡いピンクの薔薇が派手過ぎず、地味過ぎず丁度良いかと・・・」

「あ、素敵な形ですね・・・!士度さん、どうですか?」

「・・・・いいんじゃねぇか?」



そうだ、彼女がお連れになったこの青年が元凶だ・・・。
ただ座って適当に感想を述べるだけかと思いきや、

「似合う」「似合わない」「派手だ」「地味だ」「好きだ」「嫌いだ」
etc.

短く簡潔だが馬鹿正直に嘘偽り無く自分が思ったことをそのままマドカ嬢に伝えるものだから・・・・。
しかもマドカ嬢もそれをいちいち真に受けて、
その度に彼の感想に合わせるように試着の注文をなさって・・・・。
そろそろ彼女の意に沿う様な秋物新作のストックも切れてきたことも悩みの種だ。
直に彼女の相手をしている部下たちから店長に向かって助けを求めるような視線が向けられる。
そんな彼等に店長が答えあぐねていると、ソファに座っていた青年が口を開いた。


「マドカ・・・お前、いつもこんなに時間をかけて服を選んでいるのか?」


その言葉に非難めいた色は無く、ただ純粋に問いかけているようだった。
士度にしてみても、最初は“どれだけ時間がかかることやら・・・”と多少ウンザリしていたのは事実だが、
自分が述べる感想に一喜一憂しながら心底楽しそうに試着を繰り返すマドカの笑顔を見ていたら、
そんな些細なことはどうでもよくなってしまっていた。


「いいえ?いつもはメイドさんや店員さんが“お似合いです”って言ってくれたものを買い求めるんですけれど・・・。
今日はいつもと違って、士度さんが色々と感想を言ってくれるから何だか楽しくなっちゃって・・・。
こんなに沢山試着したのも初めてです・・・!」


――でも、もうそろそろ決めなくてはいけないですよね・・・。

少し寂しそうな顔をして、マドカは呟いた。

「士度さん、どれがいいと思いますか・・・?」

マドカは士度の隣まで出てくると、彼のスーツの端を引っ張った。

マドカの言葉を受けて士度はソファから立ち上がると、大理石のテーブルに並べられた衣装に目を走らせる。
そして士度の答えを大人しく待っているマドカをチラリ・・・と見た。

「今着ているソレと・・・飾りもいれてな。」

薄桜色のワンピースを着たまま士度を見上げていたマドカの顔が綻んだ。

「・・・その茶色のロングスカートと兎みてーなハイネック、あとは・・・あの白いブラウスと・・・あっちの草色の帽子とスカートだったか?
で・・・そっちのワイン色の“ケープ”ってヤツがあればいいだろ?」

そう言いながらマドカを見下ろしてくる士度に、
マドカは満面の笑みを浮かべながらコクコクと頷いた。

「はい!・・・それじゃあ、今士度さんが選んでくださったお洋服、全部いただきますね・・・!」

値段の確認もせずに・・・しかもザッと見積もっても、いつもの三倍以上のお買い上げ。
そんなマドカ嬢の至極ご機嫌な声に、店長はじめ、店員一同、
「「「ありがとうございます!」」」」
と声を揃えた。
そして買い求められた品のラッピングに慌しく取り掛かる。

「士度さん、私、着替えてきます・・・!」

―― すみませんけれど、もう少し待っていて下さいね・・・

マドカはそう言いながら士度の手をキュッ・・・と握った後、鼻歌交じりに試着室へと入っていった。

あぁ、と士度は彼女に短く返事をし、マドカの姿が試着室に消えた後、その体躯を僅かに店長の方へと向けた。
お得意様のお連れ様の始めての行動に、店長は少し緊張する。

「勘定。」

士度は店長を見るなり、表情を変える事無く一言そう言った。
店長は一瞬固まった。支払いはいつも通りマドカ嬢がするものだと思っていたからだ。

「勘定だよ・・・。金、ここで払わなくていいのか?」

青年の訝しがる声に店長は我に還ると、

「も、申し訳御座いません・・・!只今・・・!」

と一礼しながら、あたふたと店員に合図を送った。

やがて銀のトレイに乗った書付が恭しく士度の前に差し出される。

士度はその金の縁取りが眩しいカードに書かれている金額を一瞥すると、スーツジャケットの内ポケットに手を入れた。

「お支払いはカードで宜しかったでしょうか・・・?」

落ち着きを取り戻した店長が努めて穏やかに訊いてきた。

「いや、現金だ。」

「「「――!!」」」


青年の口から当たり前のように出てきた一言に従業員一同言葉を失い、
彼の内ポケットから出てきた札束を見てさらに絶句する。


士度はマネークリップに挟んだ札束を無造作に一度だけ数えると、
その中から取り出した三十枚近い諭吉をポン・・・と銀のトレイに乗せた。
そして従業員たちの様子を気にする風もなくソファまで戻り、その下で寝こけているモーツァルトを起こしにかかる。

(((今日のお連れ様は、マドカ嬢のパトロンか・・・!?)))


――しかし、三時間近く頑張っただけのことはある・・・!
今日は素晴らしい新規様を手に入れたることができた・・・。

先程の士度に対するささやかな恨みはどこへやら、
銀トレイの上に鎮座するお勘定を確認しながら、店長は内心さめざめと喜びに浸っていた。
一方士度は・・・・

(女の買い物は高くつくって、前に誰かが言っていたよな・・・。このスーツの三倍か。
あ、でも服の枚数からいったらかなり安く上がっているってことか・・・?)


モーツァルトを起こしながら間違った計算をして、一人納得していたのであった。





シャッ・・・と試着室のカーテンが再び開いて、マドカが来店時と同じ格好をして出てきた。
薄桜色のワンピースも、先に試着室を出た店員の手によってすでにラッピングされてある。

「・・・・よし、行くぞ。お前、どっかでお茶したいって言っていたよな?」

一度この荷物を車に置いてこないとな・・・・。

そう言いながら士度はマドカにモーツァルトのハーネスを持たせた。


「あ・・・私、お会計を済ませなきゃならないんで、士度さん先に行って――」

「ああ、それならもう済ませた。」


マドカが言葉を紡ぎ終える前に、士度はシレッと言ってのけた。
その台詞を聞いてマドカは目を丸くする。

「え・・・?」

「ほら・・・何、ボーッとしてるんだ・・・?行くぞ。」


士度の後ろでは大きな真新しい紙袋を三つ抱えた店員が既に待機していた。


「――ッ!!でもッ・・・・!士度さん・・・・!」


あの数、あの質・・・・結構な値段がしたはずだ。
けれども士度が初めて選んでくれたものだから、それに値するとマドカは当然のように思い
支払いに対しては何の躊躇も無かったのだが、まさか当の本人に先を越されてしまうとは思ってもみなかった。

クンッ・・・とマドカは士度のジャケットを引っ張って抗議の態度を示したが、
士度はそんなマドカの頬を一撫ですると、


「苦情は聞かねぇからな・・・?」


そう言いながら彼女の肩を抱いて出口へと促した。

(心臓が・・・・ドキドキいっている・・・・)

外へと続く扉へ向かう途中、マドカは縋るように士度を見上げた。
こちらを見つめながら彼がクスリ・・・と笑う気配がした。

(これって・・・・プレゼントよね・・・・?)

――士度さんが一緒に来てくれて、士度さんが選んでくれて・・・・――


「・・・・ありがとうございます、士度さん・・・!」


喜びのあまり声が少し上ずって、震えてしまった・・・それでも繋いでいる彼の手が、
キュッとあたたかく握り返してくれて・・・。


士度さんとお出掛けできるのが嬉しかった。
士度さんが飽きる素振りも見せず、私のお洋服を真剣に選んでくれるその気持ちに心が躍った。
それだけでも、今日は一日、とてもとても幸せな気持ちだったのに・・・・。

(もし私の背中に翼が生えていたら・・・・)


私、パタパタと士度さんの周りを飛び回っているわ・・・きっと!



頬を染め、喜びを噛み締めているマドカの愛らしい表情を見ていると、
士度の貌も自然と綻ぶ。


――マドカのこんな表情を見れるんだったら・・・・――


また来るのも悪くない・・・


ブティックの重いガラス扉をマドカの為に開けてやりながら、士度はそんなことを考えていた。





その日の姫君は常にご機嫌麗しく。

その小さな身体から喜びの音を惜しむ事無く響かせながら、
愛しい騎士殿の傍から一日中離れようとはしませんでした。





Fin.




止められないのは何でしょう・・・?
ファッション・ショー?お買い物?それとも恋をすることでしょうか・・・?
士度は結構無頓着にお金を使いそうです。持っている割にはその価値をよくわかっていなさそうです。
絆編で用立てたあの1000万近くの金はいったいどこから・・・。


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