予兆がするのは二日くらい前から。

そして徐々に・・・気分が優れなくなったり、アンニュイな気分になったり。

そんなときは・・・傍にいて欲しいのに・・・。




stay with me   



「・・・・・・・」


早朝のベッドの中で、マドカは一人深い溜息を吐いた。

今月も・・・予定通りに訪れた、女の子の日。

お腹が少し、シクシクと痛む感じで・・・心なしか、身体が重い。
この調子だと、二日目の明日はかなり辛そうだ。


「・・・・・・・」


マドカはそろそろとベッドの中から手を伸ばし、サイドチェストの上にある時計のボタンを押した。

無機質な機械音が、時刻を告げ――もう一度押すと、今日の日付と曜日を教えてくれる。

――電子音の答えを聞いて、マドカの綺麗な眉が悲しげに下がった。

そして彼女はもう一度、その身をベッドへ深く沈める。


――士度さんが帰ってくるのは・・・・明日・・・・――


顔に当たる朝の空気の冷たさに身が震え、マドカは羽毛の掛け布を頭までスッポリと被った。

そしてまた少し、ツキリと下腹部に響く、いつもの痛み。


「・・・・お腹・・・痛いな・・・・」


ベッドの中で彼女は小さな声を出しながら、寒そうに身を縮ませる――今は、広い部屋に一人きり。

メイドが起こしに来るまで――今日はベッドの中にいようとマドカは思った。


(朝食も――今日は
寝室ココでとろうかな・・・だって、士度さん・・・いないし・・・――)


モーニング・ルームでの一人の朝食はきっと寂しい――そう感じるなんて、彼が来る前のことを考えると嘘のようだ。


「痛い・・・・」


マドカはもう一度、小さな声を出す――いつもなら・・・・彼が隣に居て、心配そうに声を掛けてくれたり、手を握ってくれたりするのに・・・・・


マドカは再び目を瞑り、眠りの闇へと自らを投じることで痛みから逃れようとした――自分の底に蟠る、小さな寂しさからも。


腹部に手をあて、胎児のように背を丸め――マドカは瞼を閉じながら、浸透するような痛みと不快感に眉を寄せた。

そして――自分以外の熱を感じないシーツの冷たさに――心が小さく軋む音を――眠りの狭間で、彼女は聴いた。








翌日――お昼過ぎ辺りに――彼はフラリと帰ってきた。

三日振りに感じる彼の気配に、心と身体が自然と安らいでいく気配をマドカは感じた。

彼がシャワーと着替えを済ませる間に、紅茶とサンドイッチの用意をして、お庭の日当たりが良い指定席にシートを引いて・・・・。

彼女の手際の良さを褒めるように、二階のベランダから彼の口笛が聴こえる――微かに香る、水の色。
きっとまたシャツも着ないでそのまま出てきて――タオルで頭を拭いているんだわ。

――風邪、引いちゃいますよ・・・!――

庭からのからかう様な声に空気が伝えるのは、少し肩を竦める彼の気配。

彼の――そんなちょっとした仕草を感じるだけでも――マドカは幸せだった。

彼女の心の音色に合わせるように、小鳥たちも上機嫌に愛の歌を奏でている。


――きっと今日は・・・・いい日だわ――


紅茶の香りを確かめながら、マドカは柔らかに目を細めた。

朝、彼女を苛んでいたいつもの痛みは、どこかへ溶けて消えてしまったようだった。





数十分後――マドカは彼の膝を借りて、木漏れ日の中で心地よい
微睡まどろみの中にいた。

腹を満たした士度は、肩で囀る小鳥たちのお喋りを聞きながら、膝で気持ち良さそうにしているマドカの長い髪を時折梳いてやる。

ちょっとお腹が痛いので・・・・お膝を借りてもいいですか?――少し横になれば・・・良くなりますから――そう恥ずかしそうにマドカがお願いしてくるのは、既に毎月の恒例行事――二人の間の、小さな合図。


――夕方、一緒にバイオリンを弦を買いに行きましょう――たむろしてきた犬や猫達からサンドイッチを死守していた士度に、先程マドカは微笑みながら言った。

――帰りには喫茶店で、珈琲でも・・・・一緒にお散歩をするのも、久し振りですね?――

本当に、久し振りだ――夕日の中を歩く、彼女の姿を見るのも、きっと。
一緒に外を歩くことが――今日のような日は沈みがちの彼女の気分転換に――少しでもなればいい。

まだ高い陽の光に刹那目を眇めると、彼は少し肩の力を抜いた。

背中のライオンも、軽食のお裾分けに満足したのか、大欠伸をしながらゴロゴロと喉を鳴らしている――

春の足音が近い穏やかな日差しの中、指先を滑る彼女の髪を感じながら、士度は膝の上の愛しい存在に優しげな眼差しを向けた―― ここはまるで、楽園のよう。


すると不意に――士度やマドカや庭の動物たちが銘々に太陽の光と心地良い時間を享受していた、そんな中――
士度の横で午睡をしていた大きなブチ犬がピクン、と耳を揺らし――次の瞬間長い首を起こすと、その目は真っ直ぐにティールームの方を向き――彼はそのままそちらの方へと駆けて行った。


「・・・・・?」


士度が不思議そうにそのブチ犬の動向を目で追うと――彼はティールームのソファの上から何かを銜えると、再び真っ直ぐコチラへと戻ってくる。


「・・・・・・・」


尻尾を振りながら戻ってくるブチが口に銜えているものを見て、士度は内心舌打ちをした――それは着信の点滅をしながら揺れている、自分の携帯電話だ。

やがてブチは士度の手の上にポトリと電話を落とすと、

<デンワ、ユレテタヨ?>

そう言いながら褒めてと言わんばかりに士度に頭を差し出してくる。
あぁ、やっぱり――仲介屋からの着信だ。


「・・・・ありがとよ」


それでも、良かれと思って彼の所持品を持ってきた犬の頭を、士度は力強く撫でてやる。
ブチは尻尾を振りながら、再び士度の隣に寝そべり――士度はしつこく点滅している機械のボタンを押しながら耳元に当てた。
膝の上でマドカが――小さく身動ぎをするのを、目の端に収めながら。


「あぁ・・・・俺だ。何だ・・・・・?・・・・・・・・仕事?今さっき報告済ませたばかりじゃねぇか・・・・・・・・・・あ゛ぁ?銀次達に回せよ・・・・・・別の仕事が入ってる?珍しいな・・・・・じゃあジャッカル・・・・・馬車のおっさんと動いているのか・・・・・どっちにしろ機械絡みの作業は俺には・・・・・いや、ガードが多いところに女一人は確かにマズいよな・・・・・・」


士度が会話を続けている間、いつの間にかマドカは彼の膝から身を起こし――背後のライオンに背を凭せ掛けた。
そして、肩に掛けてあった膝掛け用のキルトをそっと手前に引き寄せ膝を覆い――黙って士度の会話を聞いている。


「・・・・・あぁ、分かった・・・・・今からそっちに行く・・・・・・」


不承不承に返事を返すと士度は電話を切りながら、急に身を離してしまったマドカの方に視線を流す。

すると彼女は、気持ち拗ねた表情をしながら――プイッと顔を逸らしてしまった。


「悪ぃ、起こしちまったな・・・・」


身を離しても、彼女はすぐ隣に座っている――士度が少しすまなそうに声を掛けると――マドカは俯いたまま彼のシャツに手を伸ばし、ギュッと握り締めてきた。
――士度が不思議そうに目を瞬かせる。


「少し・・・・早いですけれど、お散歩に・・・・」


――話を――聞いていなかったのだろうか?


士度はもう一度、今度は困ずるような視線をマドカに向けると、マドカの頬にそっと触れた。


「さっきの電話、仕事の依頼でな・・・・すまねぇ、散歩はまた明日にでも・・・・・マドカ?」


いつもなら――残念な気持ちや心配する想いをその貌の端に覗かせながらも――それでも微笑んで、送り出してくれる彼女が、今日は沈んだ顔のままだ。


腹部の痛みが蘇ってくるような気がして――マドカは士度のシャツを握る手に力を籠めた。
そして彼女の心を襲うのは、得体の知れない不安と寂しさ。


――傍にいて、欲しいのに・・・・――


ただそれだけで一杯になりそうな心に、何かが警笛を鳴らしているのに――

太陽は、雲に隠れてしまったのだろうか――風が――横になっていたときよりも冷たく感じ、マドカの睫を震わせる。


「お仕事・・・・行かなくても・・・・・・」


不意に、彼女の口から飛び出してきた、細く――小さな棘を持った声。


「行かなくても・・・・
お屋敷ココに居れば何も・・・・・――!」


シャツを掴んだ手をそっと撫でられ、マドカはふと我に還った。

――何、も・・・・?――自分は今、何を――・・・・・


そして一瞬で彼女の顔は朱に染まり、マドカの心は逃げ出したい気分に駆られ――普段は自然と研ぎ澄まされている聴覚に急いでベールを被せる。


「多分夜には戻れる。」


彼の声は、音としてマドカの耳に入ってはきたが、彼女は怖くてその感情を感じることができなかった。
心臓が――煩いくらいに早く、強く・・・・怯えるように鳴っている。


――行ってくる・・・・――


ポンポンッ・・・・と幼子にするように撫でられたときも、俯いたまま――はい・・・――と返事をするのが精一杯で・・・・掴んでいたシャツがいつ、手から消えていったのかすら分からぬまま、マドカは去っていく士度の足跡を早まる鼓動の中で聞いていた――風がまた少し、冷たく感じた。


やがて彼女はポスンッ・・・と力が抜けたように、ライオンの毛皮に頬を寄せた。
枕の代わりにされたライオンはどうしたのかと首を曲げてくる。


「士度、さん・・・・怒っていましたか・・・・?」


泣き出したい気持ちを抑えた声が、ライオンの背中に響いた。

そんな彼女の台詞を聞いた動物達は顔を見合わせたり、首を傾げたり。
訊かれたライオンは一つ、大きな欠伸をした。


<怒ッテイルノハ、マドカノ方ダロ・・・・?>


マドカの大きな瞳からはコロン・・・と小さな雫が零れ落ちる。


<人間ハ、難シイ生キ物ダナ>


――士度ハ、イツモ通リダッタサ・・・・――


ライオンのザラリとした舌が、ペロリと彼女の涙を掬い取る。


「私・・・・嫌な子です・・・・」


誰も、もちろん彼も――何も悪くないのに。
身の内に巣食う微痛も――毎月のことなのに・・・・不意に飛び出してきた、痛みの欠片。

マドカは左手でライオンの
たてがみを握り締め、暫くの間彼の毛皮を涙で濡らした。
モーツァルトが心配そうに鼻を鳴らし、小鳥やリス達も急に泣き出してしまった彼女に首を傾げる。


――きっと士度さんのこと・・・・・傷つけてしまった・・・・・――


いくら後悔しても――時間も、言葉も、戻すことはできない。

後に残るのは
しこりと自己嫌悪――そして、深い哀しみ。


「痛・・・い・・・・・」



浅く、ジワリと広がるような痛みが、彼女の躰と心をチクリと刺していく。

肩を震わせるマドカに、ライオンは優しく頬擦りをした――席を外したご主人の背のぬくもりを、心細く泣く彼女に伝えるかのように。

悲しむ子供を、あやすかのように――







――行かなくても・・・・お屋敷ココに居れば何も・・・・・――

 



「困らねぇ・・・・よなぁ・・・・?」


背後から真っ直ぐ突いてきたナイフを肘で叩き落し、反動で回し蹴りを放ちながら士度は無意識に呟いた。

後ろでは卑弥呼が隠し金庫の電子ロックと格闘中。前からは武器を持った非合法なセキュリティガードが性懲りも無くゾロゾロと――主人の盗品を守るべく、鬼のような形相で次から次へとやってくる。
奪還の仕事なのに――まるでこっちがこそ泥扱いだ。


確かに、ずっと
マドカの屋敷あそこに居れば――実際、食うに困らず寝るに困らず。
こんな連中の相手をする必要も、こんな風に弾を避けたり、拳銃を捻り潰す手間もいらない。

奪還屋を開業したての頃、「仕事に行く」と言ったら一瞬不思議そうな顔をしたマドカを思い出して、士度は小さく苦笑しながら相手の警棒を叩き落し、ついで骨を砕くことで相手の動きを沈黙させた。


ずっと・・・無職の居候と暮らす気だったのだろうか――否、今では
彼女マドカもちゃんと分かっている――俺が この仕事奪還屋をする理由も、その思いも。

だから今日はきっと――


「依頼の品は手に入ったわよ――!?ちょっと!!どうやって戻るのよ!!」

――退路が無いじゃない!!

足元で呻いている数多の黒服達の向こうの扉から、押し合い圧し合いやってくる男達の多さに卑弥呼は思わず金切り声を出した。すると、次の瞬間――


「後ろからだ。」

「〜〜!!?」


士度は卑弥呼を肩に担ぎ上げるや否や、彼女の背後にあった大きなガラス窓を破り・・・・そのまま広い庭へと着地すると同時に今回の相棒を担いだままノンストップで駆け出した。


「〜〜!!三階からってアンタ・・・何無茶してるのよ!?もういいから降ろしなさい!!」

「いいから黙って担がれてろ。
奪還品ブツ、落とすなよ。」


背後からの怒号や喚き声は見る間に遠ざかり――士度はそのまま大樹を踏み台にしてターゲットの屋敷の高い塀をも飛び越え――そのまま安全なところまで、顔を真っ赤にしながら悪態をつく卑弥呼を担いだまま、日が暮れた住宅街を軽やかに走り抜けて行った。





「・・・・ったく・・・あんなことしなくても、私はちゃんと・・・・・」

事前に打ち合わせをした人気のない夜の公園で、卑弥呼は膝に手をつき息を整えながら――やはりどこか顔を紅くしたまま、士度に苦言を呈していた。

いくら仕事仲間とは言え、男の肩に後ろ向きに担がれて――恥ずかしがらない女はいないわ、きっと・・・――そう頭の中で言い訳をしながら。


「“ちゃんと”ってなぁ・・・最初潜入するとき、いつもより動き、鈍かったじゃねぇか。それに今日は体調が悪い日なんだろ?」

――女って大変だよなぁ・・・・

「〜〜〜!!?ちょっとアンタ・・・・!!何で知ってるのよ!!?」


公園のベンチに腰を下ろし、奪還した品――小さな宝石箱――の中身を確かめながらサラリと言った士度の言葉に、卑弥呼は沸騰したかのように噛み付いてきた。
確かに今日は“月のもの”の日――体調だって芳しくなかったけれど――仕事に影響が出ないように振舞っていたはずなのに・・・・しかもなんでビーストマスターはそれが“ただの体調不良”ではなく、“その日”だって断言してるの??


「何でって――普通分かるだろ、雰囲気とか、匂いで。」


それで今日はマドカも機嫌が悪かったしな・・・・――さも当たり前の如く、士度は悪びれることもなく言ってのけた。


「〜〜!!臭い!?何ですって!?それに今日もマドカもって――だいたい普通分からないわよ!!」


どーゆー嗅覚してるのよ、アンタは!!――呆気にとられたり怒ったり――顔色を朱から元に戻せないまま、卑弥呼は夜中の公園で喚き散らした。

“デリカシー”――そんな言葉が卑弥呼からついて出るまで、士度はいつものクールさをかなぐり捨てたレディ・ポイズンの様子を、不思議そうに見つめていた。


ほらやっぱりな――今日のマドカや今のこの運び屋のように――女って生き物は月に一度は情緒不安定になったり、体調が悪くなったり、沈み込んだり――里に居た頃だって、飯の世話をしてくれていた姐やや、いくら屈強な女戦士だってそうだった――それは雰囲気や、気の流れの違いで容易に察しがつくもので、匂いだって――
運び屋コイツが気にするほど滑稽なものではない――雌の――“そういう匂い”だ。

恥ずべきことではないのだ――
おさはそう教えてくれた――生きとし生けるものを産み、育む――女の性にとって自然な現象――むしろ敬うべきものなのだ――と。それでも――子供なりに気を利かせて痛み止めの薬草を姐やに摘んできてやると彼女は顔を真っ赤にしたし、闘いの邪魔になると――武を操る里の若い女は時折嘆いていたりもした。
マドカだって――そんな日はいつも具合が悪いのに――なるべく明るく振舞おうとしたり、いそいそと恥ずかしそうにしたり。
今日は――きっと間が悪かったのだ、色々と。
仕事で帰らない日が続いて、やっと帰ったその日にまた・・・・――あぁ、そう言えば・・・・具合が悪いときは誰かに傍に居て欲しいって
マドカアイツがいつか言って・・・・――


「――ちょっと!!聴いてるの!?“臭い”って・・・いつものアンタらしくないじゃない・・・・蛮じゃないんだから発言にもうちょっとデリカシーを・・・・」


――デリカシーって・・・まぁ
運び屋コイツだって話せば分かる相手だからな・・・・


しかし自分は話下手――自分の(もしかしたら話す必要がないかもしれない)概念を説明するのに骨が折れそうだ――そんなことを考えながら、士度は重たく口を開く――なるべく、短く、簡潔に話が済む単語を頭の中でフルに選びながら。

何を誤解したか知らないが目の前で眉を吊り上げている
今回の相棒レディ・ポイズンと、今後もまともに付き合う為に。









「マドカ・・・・?入るぞ?」


まだ時計が日付変更線を越える前の時間――士度はマドカの部屋の扉をノックし、返事が無いのでそのままドアノブを回してみた。
鍵は――かかっていない。ベッドサイドランプだけが灯る仄暗い部屋の中で、マドカは柔らかな掛け布に頭までスッポリと埋まっていた。

それはまるで――叱られるのを恐れている子供のよう。そんな彼女の様子に、士度は音無く苦笑する。

彼は手にしていた大きめの茶碗がのっている盆をサイドチェストに置くと、彼女が眠る――毛布の中で寝たふりをしている――ベッドの端にそっと腰掛ける。


「身体・・・・もう大丈夫か?」


マドカの身体が掛け布の下でピクリと動いた――彼の方から漂ってくるのは、温かい緑の香り。


ヨモギを煮出して茶を作ってみたんだが・・・・月の障りの痛みによく効くと、里の女達が飲んでいた・・・」


――よかったら、試してみてくれ。無理は、しなくていい。


静かにそう言うと、士度はそのまま部屋を出ようと腰を上げかけた――そのとき――クンッ・・・と彼のシャツを引っ張ったのは、彼女の小さな手。

彼は微かな微笑を湛えながら、再びそのまま腰を下ろす。


「・・・・ごめん・・・・なさい・・・・」


士度さん・・・・ごめんなさい・・・・――恥ずかしそうな、切なそうな細い声と共に、マドカがおずおずと毛布から顔を覗かせる――その貌はやはり――ほんのりと朱に染まり――


「何かあったのか・・・?」


士度の声は穏やかに、優しく――マドカの心に素直に浸透してきた。怒って・・・いないのかな・・・・――


「昼間、具合が悪くて・・・・私・・・士度さんに・・・・八つ当たりをしました・・・・。ごめんなさい・・・・」


優しく触れてきた士度の手に顔を埋めながら――マドカは恥じらいながら声を絞りだす。

何だ、そんなことか・・・・――士度はそう呟きながら、マドカの手を柔らかに握った。
マドカの瞳が少し驚いたように瞬いた。


「男には分からない痛みらしいからな・・・・それに比べれば、何でもないさ・・・・」


士度のその言葉に、マドカがお礼を言うように、心から安堵するように微笑んだ。
そして彼女は士度に手を取られながらゆっくりとその身を起こす。


「お茶・・・・頂いてもいいですか?」


どこか甘えるように士度の肩に頭を預けてたマドカに返ってきたのは、


「苦いぞ?」


――そんな、珍しく揶揄するような言葉と、持つには少し重たい――大きな抹茶茶碗。


彼に支えられながら口にした初めてのお茶は――少しほろ苦く、けれど沁みるように温かく、マドカの身体の隅々まで浸透していった。


「温かい・・・・美味しい、です・・・・」


彼のぬくもりが身体を優しく巡る穏やかな錯覚が、マドカの心と身体の痛みを心地良く解していくようだ。


――今日は外行けなくて・・・悪かったな・・・・


彼女の髪を戯れに弄りながら、士度がポツリと呟いた。


――明日が、ありますもの・・・・。


マドカは幸せそうに微笑みながら、手にした碗を愛しそうに撫でた。


「また作って・・・くれますか?」


彼の優しい気配に、マドカは少し甘えてみる。


「あぁ・・・お前が望むならいつでも作るさ・・・・」


彼の深く、慈愛に満ちた声が――彼女の貌を美しく綻ばせた。



仄かに香る草の香りと彼の心に暖められながら――そして彼女の微笑みに癒されながら――


二人は眠りの帳が下りるまでしばし――優しい夜の中、穏やかな睦言を分かち合っていた。




Fin.



ひょんなことから話題に上がった“デビュー中@あの日のアンニュイなマドカ嬢話”でしたv
ちょっとブルーなマドカ嬢も、顔を紅くする卑弥呼嬢も好物なのですよ・・・・☆
ネタ提供スペシャルサンクスでした姐さんv!!

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