Tiger's Tail


「・・・・痛」

暗い倉庫の中で、士音は一人眉を顰めた。
動いた弾みで、細い針金で後ろ手に縛られた手首が傷ついたようだ。
最初は、古い縄だったけれど・・・鼠に切って貰って縄抜けをして・・・
何とか自力で脱出しようと倉庫の窓を目指していたら、食事を持ってきた犯人に気付かれて・・・
また・・銃で脅されて、それから殴られて・・・で、縄が針金に変わったわけだ・・・

士音は何処とも知れぬ暗く、かび臭い倉庫の天窓に眼をやった。
澄んだ青い空が見えた――もう大分日が高くなっているようだった。

目頭が熱くなったのはきっと、暗がりに太陽が眩し過ぎるせいだ――
士音は窓から眼を逸らし、肩口で目元を拭った。

今日は、数時間前まで――いつものように気持ちの良い朝で――
朝食の時間、明日、一週間振りに帰ってくる母さんの話を皆でしたりして―
(元気かな、とか、お土産何かな、とか――)
仕事の関係で珍しく髪を上げて、スーツを着ている父さんが玄関まで見送ってくれて―
(「この格好は何度やっても首周りがキツク感じる」ってぼやいてたっけ――)

そして琴音と一緒にいつも通り、通学路を通って学校へ向かって・・・そうだ、ちょうど向こう側に校門が見えてきたあたりで、
後ろからゆっくり・・・ミニバンがやってきたんだ・・・・


「や、やっぱり帰してやろうよ・・・もう無理だよ、大兄たいにい・・・」

士音の回想を打ち切るかのように、倉庫の外から声が聞こえてきた。

「馬鹿、せっかくあのガキの方から車に乗ってきてくれたんだぜ?掻っ攫うまでは楽にいったんだ・・・泣き言を言うな!」

「でも・・・それは銃で脅した結果だし・・・アイツが“妹の安全を約束するなら大人しくついて行く”って・・・でなきゃ、あんなデカイ子供ガキ攫うなんてとても無理だったよ・・・それに、小兄ちいにいがもう学校の警備員さん撃っちまったし・・・・これ以上罪が重くなる前に・・・・」

「〜〜ああいう場面で使わなきゃ銃を手に入れた意味がないだろうが!まさ、兄貴が次の電話をかけ終わったら打ち合わせ通り、あの屋敷に行ってみて、いたら妹の方も攫って来い・・・」

「――!!だから無理だって・・・」

「――おい!!約束が違うだろ!?」

唐突に琴音の話が出てきたので、士音は倉庫の中からあらん限りの声で叫んだが、「うるせぇな・・・」の一言で、その声は綺麗さっぱり無視された。

「大丈夫だって・・・さっきお前も聞いてたろ?連絡は全部、小学校の電話にすることにしたんだ、しかも四階に電話を設置しろって指示を出しておいた。屋敷はほとんど空だろうし、エレベーターなんて無い学校だ、警察の行動も鈍くなる・・・もうそろそろ奴の親父が学校に・・・・」

電話は別の場所でかけるのだろうか、犯人たちの声が段々と遠くなっていって――やがて聞こえなくなってしまった。

静けさの中、空の高いところからカモメやカラスの声が小さく降って来る。

(窓さえ開いていれば――鳥たちだれかにこの場所を知らせることができるのに・・・・)

自分はまだ父さんみたいに――指を使わないで獣笛なんて吹けないし、今、手を戒めている針金から抜け出す術も知らない。
士音は自分の無力さに唇を咬んだ。
車の中では目隠しをされていたので、何処をどう走ってきたのかさえもわからない。
ただ、唯一の手がかりは――倉庫に押し込まれる前にした、潮の香り。

(父さん、ごめん・・・・)

誇り高き魔里人の長の子なのに――こんなにも簡単に誘拐されて、監禁されて。

もう一度噛み締めた唇が鈍く痛んで、士音は初めて自分の唇が切れていることを知った。
さっき、殴られたときだ――
組み手や、悪いことをしたときに、極稀に父さんの拳を受けることがあるけれど――父さんは、こんな下手な殴り方なんて、しない。

せっかく習った体術も、銃で脅され、妹を人質にとられ――そしたら、何の役にも立たなかった――いや、自分の未熟さ故、立てられなかったのだ。今、この心を巣食うのは、自分への不甲斐なさと、不安と――

士音は古びた木箱に身を凭せ掛け、項垂れた。
そして声を押し殺しながら肩を震わせる彼の様子を、鼠たちがその足元で心配そうに覗き込んでいた。


「・・・で、朝っぱらから学校前で警備員撃って、士音攫って・・・行方知れずか。」

――いかれてやがる――

不機嫌な台詞を静かに吐き棄てた張本人の出で立ちは、オールバックの髪型にブランド・スーツのベスト、首にはアスコット・タイを締めている。
屈強な体躯と鋭い眼光がその場にいる者を無意識に萎縮させ、彼の隣にいる胸元が大きく開いたパーティー・ドレスの西洋風の女性が、誘拐対策本部に似つかない華を添えていた。

士音略取の一報を受け士度とヘヴンは、仕事の打ち合わせを切り上げて小学校へ着いたばかりだった。
士度の姿を見るやいなや、それまでの気丈さをかなぐり捨てて泣きじゃくる琴音を慰めながら、二人は警視庁職員の説明を聞いている。

(いったい何の仕事をしている人なのだろう・・・)

児童が朝っぱらから誘拐されたという有事にかり出され、小学校の四階の空き教室に詰めている警部に警部補に刑事に巡査、学校の先生やPTA役員の父親たちの頭には、士度や連れの風貌を目の前にして、一様に同じ思考が駆け巡っていた。学校の資料の職業欄にはただ――自由業――の文字が整然と並んでいるだけ。彼の外見・雰囲気からは作家や弁護士という言葉は浮かんでこない――しかも「一緒に仕事をしている間柄ですv」の一言でこの場に納まっている隣の女性の派手な装いとその空気から言って――

(やっぱり前々から噂があるように、ホストやホステスの元締めか何かなのか・・・?)
(――しかし奥さんは世界的に有名なバイオリニスト・・・・)
(まさか、もっと裏の・・・・)

「・・・パパ・・・わ、私・・・・ちゃんと、獣笛吹けたかどうか・・・・分からなくって・・・・」

父親のシャツの袖を力いっぱい握りながらの涙声に、大人たちの思考は我に還った。
―防犯用の笛のことを言っているのだろうか・・・・?

「心配するな・・・もう手は打ってある・・・・」

それまで矢を射る時のように鋭かった父親の眼差しが、刹那、柔らかくなり、その大きな手で娘の頬を優しく撫でた。
琴音は眼に一杯の涙を浮かべながら、父親を見上げ、そして窓の外の空に目をやった――

(士音ちゃんみたいに、もっとちゃんと・・・・獣笛の吹き方を覚えておくんだった・・・)

ミニバンが士音を連れ去った瞬間、無意識のうちに鳴らした獣笛に――近くにいた小カラスが反応したような気がした。
そして、――ただ、周りの喧騒に吃驚して飛び立ったのでなければ――ミニバンを追いかけてくれたはずだ。
しかし、その小カラスは三時間近く経つ今になってもまだ戻ってこない――
琴音が空に向かって落胆の溜息を吐こうとしたそのとき、ガラリ・・・と教室の戸が開いた。

予定外の侵入者を反射的に止めようとした巡査の脇を難なくすり抜けてきたのは、柔和な笑みを眼鏡の下に湛えた雪彦だった。

「誰だい、眠れる獅子を叩き起こしたお馬鹿さんは・・・?」

クスクスと控えめに笑いながら雪彦は士度の隣までやってきて、小さくウィンクをした。

何の許可も無く入ってきた彼を咎めようとする警察関係者に、士度は「身内だ」と短く伝え、自分より僅かに身の丈が低い雪彦を見下ろした。

「・・・覚えがねぇよ」

そして彼はそう言いながら、琴音の背中をポンッ・・・と雪彦の方へ向けて押しやる。

「パパ・・・?」

雪彦に優しく手をとられた琴音は、不安げな表情を士度に向けた。

「お前は、弥勒こいつらと一緒に家で待っていろ・・・俺も士音と一緒にすぐに帰る。」

「・・・!!でもっ・・・!!私だって士音ちゃんをここで・・・・っ・・・・」

「琴音」

父親の厳しさを孕んだ真摯な一声に、琴音はピタリと我侭を言うのを止めた。
親子の様子を見つめていたヘヴンが、感心したように眉を上げる。

――いい子だ――

士度は琴音の頭をクシャリと撫でると、傍らにいた雪彦に何かしら耳打ちをし――
雪彦はそれに緩く微笑むと、眼鏡を外しながら士度を見上げ、彼の首に腕を回した――士度が僅かに眉を顰めた。

「普段のキミも素敵だけど――」

教室にいる面々には背を向けた格好で、弥勒は少し背伸びをする――

「〜〜!!ちょっと――!!」

事態に気がついた琴音が、抗議の声を上げた。

「スーツ姿のキミもそそるわね・・・」

思いがけず漏れた艶かしい声に、教室にいた警察関係者と父兄が息を呑む気配がした。

「・・・・こんなときに遊んでんじゃねぇ、奇羅々。」

唇が触れ合う刹那、彼の口から紡がれた冷えた言葉に、奇羅々の瞳が悪戯っ子のように瞬き、その柔らかな唇が綺麗な弧を描いた。
そして彼女は士度からスルリと手を離すと、クルリと華麗にターンをして、琴音に向き合い、もう一度手を伸ばした。
その姿は既に弥勒雪彦、その人だ。

「さて、行こうか、琴音ちゃん。今日は僕ら・・が君を護るよ・・・」

「もうっ!!パパをユーワクしないでよ・・・・!」

琴音は雪彦の手を半ば強引に引っ張りながら、廊下へと連れ出した。去り際、士度と雪彦は短く目配せをし合う。

(頼んだぞ) (上手くやるよ・・・)

琴音は逡巡しながらも、父親の頼もしい視線に安心したのか、大人しく雪彦に手を引かれながら、廊下の向こうに消えていった。

そんな父親と部外者のやりとりを呆気にとられながら見つめるしかなかった事件担当者が、士度に何か声をかけようとしたとき――

白い電話のベルがやけに甲高く鳴り響き、教室内に緊張が走った。

「親父さんか――?」

「そうだ・・・。息子は無事なのか?」

「・・・・息子さんは元気だよ。とりあえず、三千万円・・・キャッシュで用意しろ―三時までにだ・・・また連絡する。」

「分かった――息子の声を聞かせてくれ。」

「今、ここにはいない・・・次の電話でだ。」

「お前・・・誰なんだ・・・・」

「知らなくてもいいことだ・・・・」


そして電話は唐突に切れる。

不気味なまでに落ち着いた様子で犯人と交渉する父親の姿を、警察関係者と父兄は驚きを隠せずに見つめていた。
無言のまま受話器を電話に乗せ、自分の携帯電話を取り出した冬木氏に、警部が慌てて声をかけた。

「銀行に融資の協力でしたら、警視庁われわれの方から口添えを・・・・」

「その必要はない・・・」

警部に一瞥も向けずに士度は携帯を操作すると、ワンコールで先方が電話に出たようだ。

「俺だ。ああ・・・身代金の要求が来た。ウチの金庫から三千万、出して持ってきてくれ・・・」

「「「「「〜〜!!?」」」」」

「ああ、何でもいい、ケースか何かに入れて・・・そうだ、その際・・・・」

まだ三十を少し過ぎたばかりであろう目の前の父親の言葉に、その場にいた一同の動きが止まった。
そんな周りの反応にヘヴンが人知れず苦笑いしたとき、

「家に現金キャッシュで三千万置いてあるって・・・どーゆーことだよ!?猿マワシ!!」

一同の心の声を代弁する金切り声が飛び込んできた。

「まあまあ蛮ちゃん・・・士度のところはマドカちゃんもお金持ってるし――あ、お巡りさん、ちょっと通してください〜」

本日二人目、三人目の部外者を阻止すべく体を張った巡査は、ウニ頭と金髪にまたしても易々と防護線を突破されてしまい、警部補に睨まれてしまった。一方、父兄らは、その場違いに外見が若い乱入者に目を白黒させるばかりだ。

「どうって・・・テメェらと同じ仕事してるんだ。まともにこなせば十回やそこらで手に入る額じゃねぇか、美堂蛮。」

――それよりテメェ、何しに来やがった・・・呼んでねぇぞ!?
――どーでもいいだろ!!それよりフルネームで呼ぶんじゃねぇ!!
――あ、あのね、俺らはヘヴンさんに呼ばれて・・・――

銀次の言葉に舌打ちをしながら士度は仲介屋の方へ目を流した。
ヘヴンは軽く溜息を吐きながら眉を上げる。

「保険よ、保険・・・私が呼んだの。士度君、赤屍ジャッカル呼べって言うから、その代わりに・・・・」

「〜〜!!ちょっ・・・!!士度、赤屍さん呼んだら、犯人は間違いなく・・・」

「血の海に沈められるなぁ・・・」

銀次の慌てた声と、煙草とライター片手の蛮のノンビリした声に、「そ、それはどういうことですか・・・!?」と警視庁関係者が噛み付いてきて場が一気に騒然となる。

一気にヒートアップした教室内で、PTAの父兄たちは話しについていけないまま、途方に暮れながら窓の外を見た――
空は青く晴れているのに、その蒼天のあちこちに、黒い塊が蠢いている。

「今日は・・・やけに鳥が多いなぁ・・・・」

――天変地異の前触れか?――その声につられるように、誰かがベランダの窓を開けた――
夏が近い涼やかな風が一同の頬を撫でた。
銀次も空の異変に目をやり、誘われるようにベランダに出る――すると派手な轟音と共に、紅い750ccナナハンバイクが校庭に滑り込んできた。
「あ・・・カッコいい〜〜・・・!?って、あれ、士度のところの執事さん・・・?」

「スーツに750って・・・どういうことだよ・・・・」

目を瞬かせる銀次の横で、蛮が呆れたように紫煙を燻らせた。
真紅のメットを放り投げたライダーは、銀色に光るジュラルミンケースを片手に、足早に校内へと入っていく。

「・・・・三千万が到着したらしい。」

士度は窓の外の黒い雲に目を細めながら、警部に言った。

「あ・・・で、では、すぐに紙幣番号を控えさせる手配を・・・」

「ふ、冬木さん・・・大丈夫ですか・・・・?」

父兄の一人が、おどおどと、しかし心配そうに、士度に冷えた水のペットボトルを差し出してきた。
息子が誘拐されたと言うのに、動転の一つもせず、気丈に、冷静に振舞っている彼の心労を慮ってのことだろう。
確か、北嶋とかいう・・・・

「・・・ああ、何も問題は・・・ない・・・」

士度は軽く会釈をしながら水を受け取り、もう一度窓の外を見た。
黒い雲が徐々に―― 一つの塊になっていくのが見えた。

「ほら、次の電話で親父さんと喋れるぞ・・・余計なことは言うなよ・・・」

腕時計を気にしながら、プリペイド式携帯電話を片手に持った犯人の一人が、
サンドイッチをもう片方の手に、士音が監禁されている倉庫に入ってきた。

食っとけよ――そう言いながら男は士音にサンドイッチを差し出してきたが、士音は無言のまま首を振り、拒絶した。
男は一瞬困ったような顔をしたが、やがて大して美味そうにもなく、サンドイッチを頬張り始めた。
士音は黙ってそれを見ていたが――ややして乾いた喉から、声を絞り出した。

「おじさんたち――母さんの知り合い?」

きっと最初はあの屋敷に目をつけたのだ、世界的なバイオリニスト、音羽マドカの家だと踏んでのことだろう――単純に士音はそう思っていた。しかし――

「いや?お前のお袋さんなんて知らねぇよ・・・」

あんな家に住んでるんだ、“マダム”って奴なのか?――それに俺らはまだ・・・“お兄さん”って歳だぜ・・・――

そう言いながら、男はサンドイッチの空包みを倉庫の隅へと放った。士音は目を丸くした。

「・・・・じゃあ、父さんの知り合い?」

「いんや。お前の親父さん、いったい何の仕事してるんだ?あんなでっかい屋敷建てて、使用人を何人もはべらせてよ・・・だけど兄貴の見立ても間違っていなかったってことだな、家の外見どおり、金は持っているみてぇだし・・・三千万って言っても、動揺ひとつしなかったって言うぜ?」

イイ親父さんを持ったなぁ、オイ・・・――

財布についた鎖を手持ち無沙汰に弄りながら、男は少し寂しそうに、ニッと笑った。

「お金なんかなくても・・・父さんはいい父さんだよ・・・」

士音は唇を尖らせた。さっきから、家が大きいだの、金を持っているだの、だから何だって言うんだ。
そんなことは・・・父さんや母さんのほんの、一部分にしか過ぎない。

「父さんは、いっつも命懸けで働いているんだ・・・」

――危険な仕事を沢山しながら・・・そして俺らを、守ってくれている――

士音が遠い空に目を流しながら言った台詞に、男は目を瞬かせた。

「そっか・・・ホント、イイ親父さんなんだなぁ・・・・俺らの親父は酒飲みで借金塗れで・・・そのまま蒸発しちまってよ・・・お袋は俺らがガキの頃に死んじまったし・・・もうその借金取りから逃げる為にゃ、兄弟三人で首を括るか・・・海外に高飛びするしかないわけさ・・・」

政が上手くやってくれりゃあ、倍の金額が手に入るしな・・・そしたら、お前もちゃっちゃっと解放してやるよ――

そう言いながら士音を覗き込んできた男は、士音の唇が切れていることに気がついたようだ。
そして思い出したように士音の後ろ手を確認して――あちゃあ・・・・――と頓狂な声を出した。

「悪りぃ、痛かったろ?兄貴、ときどき乱暴な時があるからさ・・・でも悪いばっかりじゃないんだぜ?今、消毒液か絆創膏かなんか持ってくるわ。」

大人しく待ってろよ――?
男はそう言いながら、倉庫から出て行った。

――警備員さんを撃った人なのに、こんな傷を気にかけたりするんだ・・・――

(変な人・・・)

士音は溜息を吐きながら天窓を仰いだ――すると、青い空をバックに、大小の黒いシルエットが窓の外に張り付いていた。
目を凝らして見てみると――それは大ガラスに小カラス。

じっと此方を見つめていた二羽は、カァ・・・!と一声高く鳴くと、士音が言葉を発する前に、何処かへ飛んでいってしまった。

「何だよ・・・今日は。外が鳥だらけだぜ?」

地震でもくるのかぁ・・・?――救急箱を片手に戻ってきた男の言葉に、士音は目を瞠った。


父さんが――俺を、探している。

三度目の電話が鳴ったのは、一時を少し過ぎた頃だった。


「金は用意した。息子の無事を確認したい・・・」

「やけに早かったな・・・いいだろう。ほら――」

「父さん――!ゴメン、俺・・・・・」

「・・・士音!無事か?怪我していないか?」

「だ、大丈夫だよ・・・だから心配――ぁ・・・・」

「ここまでだ、次の電話で受け渡し場所を指定する――」


そして電話は唐突に切れる。

逆探知に失敗したと、刑事が眉を顰めながら首を振った。
落胆の溜息が其処此処で漏れる中、士度は静かに電話の受話器を元に戻した――そして――

バキ・・・!!

と派手な音が教室内に響いたかと思うと、間髪入れずにガコン・・・・!と鉄がひしゃげる音がした。
見ると、電話が設置されている机の隣にあった学習机の天板が綺麗に真っ二つに割れ・・・鉄製の道具入れや足も見事なまでにひしゃげ、床と口づけをしていた。

士度が怒りに任せて机を叩き割った瞬間であった――それまで沈着冷静だった冬木氏の豹変振りと、机の無残な有様に一同の顔面は蒼白、蛮も珍しく目を丸くしている。ヘヴンは顔を引き攣らせながら「し、士度くん・・・落ち着いて・・・」――と彼の肩に手を置いたが・・・・

「野郎!!士音に怪我させてやがる!!」

ダンッ・・・・!!と堅く握った拳を叩きつけられた別の机が、ピシッ・・・と嫌な音を立てた。
ヘヴンは慌てて手を引っ込めた。

「え・・・でも、士音クンは大丈夫だって・・・」

銀次もおろおろしながらその場を取り繕おうとしたが、士度の鋭い視線に思わず口を噤んだ。

士音アイツの下手な嘘なんざぁ、電話越しでもすぐに分かる!!特に怪我云々に関してはいつもはっきり言えと言ってあるんだ・・・あの言葉の濁しようだと・・・・」

吼える士度の声に、彼の携帯の着信が重なった。ひとまず咆哮が収まり、安堵の溜息を漏らす一同をよそに、
アスコット・タイを緩めながら士度は苛立ちを隠さずに電話に出る。

「あ゛あ゛!?・・・よし、五分で吐かせろ。」

そう一言いうと、士度は電話を切った。「ふ、冬木さん・・・?」――刑事が恐る恐る電話の内容を確認してくる。

「・・・犯人の一味がウチを覗きに来たそうだ。恐らく琴音を攫いにでも来たんだろう・・・突捕まえたそうだから、これから士音の居場所を・・・・」

「〜〜!!ちょっ!?それは・・・・確保だ、確保!!人員を急いで冬木邸に〜〜!!」

場が一気に騒然となり、慌てた警部補が士度に何かを確認しようとしたとき、大ガラスと小カラスが、教室のベランダの手すりに舞い降りてきて首を傾げた。士度は警部補の話を聞かず、ジュラルミンケースを手に取ると、そのままベランダへ出た――

「――そうか・・・良くやった・・・・」

士度に頬を撫でられた二羽は、嬉しそうに目を細め、頭を差し出して彼に甘えた。
なんだなんだとベランダには父兄やらその場に残った警察関係者が集まってくる――伝書・・・カラス?
そして再び士度の携帯が鳴り響いた――

「ああ・・・そうか、その場所はこっちでも確認した・・・犯人?とりあえず生かしておけ・・・・・・・・・・・。警察がそっちへ向かっている・・・元に戻しておいて、行ったらそのまま引き渡せ・・・・ああ、よろしく頼む。」

「「「「――!!?」」」」

気のせいでなければ今、冬木氏はとても物騒なことを言わなかったか?
士度はそれまで気配を消していたかのように大人しく控えていた執事に目配せをして、電話に注意を向けさせた。
主人の意図を理解したのか、執事は深く頷いた。
そんな彼らのやり取りには気がつかず、「し、士度・・・?誰から・・・・?」――と皆を代表するかのように、銀次が声を発した。

「雪彦だ・・・軽く拷問をかけたら犯人が士音の居場所を吐いた。烏達こいつらが探し出してきた居場所と一致した・・・・」

士度が不敵に目を細めたとき、校庭に10tトレーラーが器用にスピンをかけながら入ってきて、辺りに砂埃を巻き上げた。
ヘヴンから連絡を受け、別の仕事の帰りに真っ直ぐ此処へ飛ばしてきた、馬車と卑弥呼だ。

「遅くなってスマンかったのぉ・・・!」

運転席から顔を出した馬車が士度に向かって声を張り上げ、助手席から卑弥呼も軽く手を上げている。

「いいタイミングだ・・・」

士度が手すりに手をかけたとき、彼の次の行動を察したヘヴンが思わず声を上げた。

「――!!ちょっと、士度君・・・!士音君は今何処に・・・」

「東京湾だ。ちょうどいいだろ?犯人やつらを海に放り込めばサメの餌にできる・・・骨も残さねぇよ!」

先に行くぞ、お前らは自慢の足で追って来い!!――士度はそう言うや否や、ヒラリとベランダの手すりを跳び越した。
二羽のカラスも彼に続くように滑降していく。

「〜〜!!?ちょっ!!冬木さん!ここ四階・・・!!?」

警察関係者や父兄が慌てて手すりに駆け寄り、下を覗き込んだときにはもう、士度はトレーラーに乗り込むところだった。

「ほら!アンタ達も行くわよ!!」

ポルシェのキーを手にぶら下げながらヘヴンは蛮と銀次を促し、三人はバタバタと騒がしく階段を降りていく。

「猿マワシの野郎、頭に血が上ってやがる・・・・」

蛮の面倒臭そうな声に続いて、警察関係者も教室を飛び出して行った。

後に残されたのは、数名の刑事と巡査、そしてPTAの教師や父兄たちで・・・・。

「・・・・今、“とりあえず”生かしておけって・・・」

「“軽く”拷問・・・・?」

「サメの餌って・・・言わなかったか?」

「・・・骨も残さないって・・・・」

「ここ、四階だよな・・・?」

一同が冷や汗混じりに呆然と士度の言動を反芻しているとき、メキッ・・・・と嫌な音がしたかと思うと――グシャリと音を立てながら、士度の拳の犠牲になっていた二番目の机が、突如その身を粗大ごみに変えてしまった。

「「「「「・・・・・・」」」」

「・・・痛ッ!!」

体育教師が机を叩き割ることを試みてみたが、手が赤く腫れただけだった――父兄は彼を呆れた表情で見ながら、皆疲れたように椅子を引き寄せ、腰を下ろした。

今は放置されている、白い電話が鳴らぬ事を祈りながら――



しかし、無常にも電話は鳴り響いた。
下っ端刑事や父兄たちは視線を交わしあい、困惑を分け合っている。
電話をとって、“父親は四階の窓から飛び降りました”――そう伝えれば納得してもらえるだろうか?――刑事の一人がそんなことを考えながら受話器に手を伸ばしたとき、今まで慇懃に無言で突っ立ったまま、何の言葉もリアクションも発しなかった執事がその受話器を取った。

犯人に何と伝えるか、一同が固唾を呑んだとき――


「――ただ今、留守にしております。発信音の後に、お名前とご用件をお知らせください。FAXを送られる方はそのまま送信してください・・・」

「「「「「〜〜!!?」」」」」

そんな無機質な声を出した後、執事は自分の携帯電話から甲高い発信音を白い電話に向かって流した。

「・・・え?ちょっと、兄貴・・・番号が・・・・」

困惑した声が受話器の向こうから聞こえてきたかと思うと、電話はガチャリと唐突に切れる。

そんな当たり前のように行われた奇妙な行為をポカンと口を開けながら見ている面々に、執事はにこりと優雅な笑みを湛える。

「新宿から東京湾まで15キロ・・・・犯人たちが困惑している間に、主人が士音様の元にたどり着く事でしょう・・・・」

――皆様、珈琲でもお飲みになりますか・・・?

執事は不釣合いに背負ってきたリュックから、魔法瓶と紙コップを取り出した。

――士度様にお出しする時間がなくて・・・・残念でした――そんな台詞と共に眉を下げながら、執事は取り残された面々に珈琲を入れて回った。一同はギクシャクと会釈をしながら、淹れたての珈琲に手を伸ばす。

そして最後の一杯は――たまには私が頂こう――そしてもうすぐ帰ってくるであろうご主人と坊ちゃまを・・・・

ここでゆっくり待たせていただこう。

遠くでカラス達が啼いているのが聞こえた。

いつもより多く、いつもよりほんの少し、凶暴に。

「え・・・・っと・・・・電話、おかしかったんだけど・・・・・」

あ・・・もう少しで充電も切れちまう・・・!!――真ん中の弟の困惑した声に長兄は舌打ちすると、

「早く充電してこい!30分後にまたかければいい・・・!!」

と尖った声でまくし立てた。「わかったよ・・・」――政やつ、連絡ねぇけど上手くやってるのかなぁ・・・――そんなことを言いながら、弟の方は倉庫の出口に向かっていった――一方、長兄の方はチラリと士音の見下ろした――まだ幼いながらも、挑むような視線が返ってきた。

「坊主・・・・さっきは殴って悪かったな・・・・」

俺もあんなことしたくねぇから、もう余計なことはすんなよ・・・・?――誘拐犯からのまたもや意外な台詞に、士音の目が丸くなった。
もしかしたら、いい人たちなのかも知れない――そんな考えが一瞬、頭を過ぎったが、士音は頭を振ってその考えを打ち消した。
“誘拐”は悪いことだ――それに父さんや琴音をきっと心配させているし、お金を払えって言って困らせている・・・・“三千万円”なんて、何がどのくらい買えるのかなんて知らないけれど・・・きっと、高い金額なんだろうな・・・・母さんが帰るまでになんとか家に戻らないと・・・きっと母さん、泣くだろうし・・・・
士音は誘拐犯から目を逸らし、後ろ手に針金で縛られている手を少し動かしてみた――さっき消毒してくれたけど、まだ痛いものは、痛い・・・・―まず、この戒めからどうやって抜け出せばいいんだろう・・・あとは銃からどうやって身を・・・――

士音の神妙な面持ちに、誘拐犯が呆れたように溜息を漏らしたとき・・・・ギギギギギ・・・・――と派手なブレーキ音がこの倉庫の前でした後、バタンッ・・・!!と乱暴に車のドアを閉める音がした。

「――!?警察サツか!?そんな、まだこの場所を探知できるはずが・・・・」

長兄はズボンのポケットから銃を取り出すと、慌てて士音を掴み上げるようにして立たせた。
弟の方は裏口から息を切らせて走ってくる。

「あ、兄貴・・・!!外に鳥が・・・・ワンサカ・・・・それにトレーラーと誰かが・・・・・」

弟が最後まで報告し終える前に・・・・

「約束の金を持ってきたぞ・・・・!!息子を返してもらおう!!」

凛とした声が港と倉庫に響き渡った――士音の目が輝いた――父さん・・・・!やっぱり来てくれた・・・・・

「なっ・・・親父だと・・・・!?俺らはまだ身代金の受け渡し場所を教えてねぇぞ・・・・!?」

長兄の興奮した声は倉庫の外にも漏れたのだろう、

「だからこっちでわざわざ調べて、足運んでやってんじゃねぇか・・・・!!さっさと息子を出しやがれ!!」

半ば切れ気味の怒号が犯人と士音の耳をつんざき、その身を震わせた。

「畜生・・・!舐めやがって・・・!!」

予想外の展開に思考が着いていかず、犯人は銃の撃鉄を下ろした。

「や、やめろよ・・・!!俺のことは撃っていいから、父さんのことは撃たないでよ・・・!!」

顔を蒼くしながら半ば悲鳴のような声を出す士音を「黙って歩け・・・!!」と犯人は引きずるように、盾にするようにして倉庫の外へと押しやる。
午後の涼やかな風が、少し強く士音の頬に当たった。

「士音・・・!!」

さらされた日の光に目を細めた士音の様子に、刹那安堵の声を漏らした士度であったが、微かに漂ってきた血の匂いと・・・士音の唇の下に張られている絆創膏を目にした瞬間、その額にハッキリと血管が浮き上がり、傍にいた卑弥呼がヤバイ・・・・と口元を引き攣らせた――

「テメェ!!誰の許可を得て士音ソイツに傷負わせてんだ・・・!!」

咆哮と共に前に出ようとした士度を牽制するかのように、「動くんじゃねぇ!!」と長兄が叫び、銃口を士音の額に向けた。
士度の動きがピタリと止まった――すると、犯人は今度は銃を士度の方へと向けてきた――

「そ、そのケースの中に、金が入っているんだな・・・確認する・・・・その場から動かず、ゆっくり・・・・開けろ」

犯人の声が士音の頭上で震えていた――弟の方はジリジリとケースに向かって近づいている――士度は射殺すような眼光を犯人たちに向けたまま、ジュラルミンケースをコンクリートの上に置くと、ガチャリ・・・とその留め金を外し、蓋を開けた――

その瞬間・・・・突風が一同の前を駆け抜け――札帯で留められていなかった三千枚の福沢諭吉は一斉に空を舞った――

「「「「「「「あ゛〜〜!!!」」」」」」」

三千万が〜〜!!!?――重なった声は、犯人たちと・・・・現場に到着した蛮に銀次、そして警察関係者達の声であった――

そして犯人たちの視線が空を飛ぶ万札に向けられた刹那――その風よりも早く目の前に現れた士度によって長兄の手にあった銃は握り潰され、同時に彼の体は倉庫の壁に叩きつけられていた。

「――!!?兄貴―――グフッ・・・・・・・!!」

自分の背後で突如として起こった異変を感知する間もなく――弟のほうは鳩尾に回し蹴りをくらい、昏倒した。
そして倉庫の前で悶絶していた長兄は、士度に片腕で首筋を掴まれ、宙に上げられる――その時、士音は見た――

限りなく残酷に、氷のように冷たく光る、父親の殺意の瞳を――

「貴様らだけは・・・・」

低い声と共に、士度の握力がメキッ・・・と唸りを上げると・・・力なく項垂れていた犯人の顔が苦しそうに上がった――

「〜〜止めて!!銀ちゃん、蛮くん・・・!!」

士度の暴走に気がついたヘヴンの声が上がると同時に、散らばる札束を掻き集めていた蛮が「チッ・・・!」と舌打ちをしながら飛び出すと、銀次も冷や汗交じりに後に続いた――しかし・・・・

「駄目だよ!父さん・・・・!!」

銀次や蛮より先に士度に体当たりをしたのは――他でもない、士音だった。
士音のその声に、士度は犯人を吊り上げたまま、息子の方を見下ろした。

「士音・・・・」

「お、俺は大丈夫だからさ・・・!父さんが来たから、俺はもう・・・・」

――だから離してあげて・・・――

後ろ手を針金で縛られたまま涙声で訴えてくる士音の様子に、士度の殺気が瞬く間に失せていき、彼は犯人を放り出すと、鋭い爪で一閃、士音の戒めを解いてやった。そして――


「士音・・・・」


士度は跪き、目線を士音に合わせた・・・・士音はそんな父親の表情に小さく息を飲んだ――こんな顔をした父さんは初めてだ――


不安と、悲しみと、安堵感が――綯い交ぜになったような、今まで見たことがない・・・・そんな表情。


「遅くなって・・・すまなかった・・・・」


ついさっきまで冷たかった瞳はもう、とても暖かくて・・・・


「・・・殴られたのか・・・怖かっただろう・・・?」


頬に触れてくる手は、拳を作っていたそれとは違うもののように優しくて――


「へ、平気だったよ・・・・俺、父さんの子だから・・・・」


こんなことくらいで・・・――たった数時間、離れていただけなのに・・・・父さんの匂いを意識したら、涙が溢れてきて・・・・


「もう大丈夫だ・・・家に帰ろう・・・・」


そして父さんの逞しい腕に抱きしめられたら・・・何故だろう、もう、涙が止まらなくなってしまったんだ・・・。


「士音・・・・」


“男は簡単に泣くものじゃない”――普段、父さんはそう言っているけれど・・・・そのとき、俺が泣いても、父さんは叱ったりしなかった。

パトカーの音や、お巡りさんの声や、カラスやカモメ達の鳴き声の喧騒の中で


いつまでもいつまでも、抱き締めてくれていて――


怖かった――そんな思いを――溶かして、どこかへ置き去りにしてくれたんだ。





そして、後でこっそり教えてくれた・・・・


一番怖い思いをしたのは俺だ――って。


士音オマエを絶対にかえす――そんな自信の片隅で――士音オマエを失うことを、誰よりも恐れてた――って。




その夜は・・・・飛行機を早めて帰ってきた母さんに、無事で良かったと、やっぱり泣かれた。

飛行機の中でも12時間、散々泣いてきたっていうのに、それでもまだ俺を抱き締めて涙を流して――父さんにも抱きついて延々と泣いていた。
琴音ももらい泣きして・・・・俺と父さんは二人の涙で溺れてしまうんじゃないかって思ったくらいだ。



保護されたあと、とりあえず学校で飲ませてもらった木佐さんの珈琲は美味しかったけれど・・・やっぱり、こういうものは家族みんなで飲んだ方が美味しいって――なんだか優しい気持ちになれるって――家に帰って初めて分かったんだ・・・・黙って珈琲カップに口をつけている父さんも、きっと同じ気持ちだよね・・・・?

「え〜!!?卑弥呼ちゃん、犯人の記憶、消しちゃったの!!?」

翌日、昼食時のHONKY TONKに、銀次の声が木霊した。

「そうよ、なんか色々と同情の余地がある犯人だったらしくて・・・士音君曰くだけど。ビーストマスターも息子のお願いには甘いのねぇ・・・それに犯人の末弟は・・・弥勒に関節全部外されて、監禁場所吐かされて・・・それから精神的ショックを受けたまま現場に連行されてきてたから・・・やっぱり、マズイでしょ、ついでにね。ビーストマスターも報酬、弾んでくれたし・・・あら、蛮・・・何凹んでるのよ?」

卑弥呼の隣では、蛮が「諭吉が・・・諭吉が・・・」と呟きながら、カウンターに突っ伏して涙を流している。
見るとその体は絆創膏だらけで傷だらけだ。

「アンタ、風に舞った万札を結構な数、意地汚くも回収してたじゃない・・・それにその怪我・・・」

どうしたの・・・?――卑弥呼の言葉に、同じく軽いかすり傷をいくつも負っている銀次が苦笑いしながら答えた。

「え・・・っとね・・・・お札、回収してたら・・・カラスとかカモメに襲われて・・・諭吉、全部持っていかれて・・・・凄いよね、士度に褒めて貰いたくて、お金はみんな、士度のところに持っていくんだ・・・」

だから、蛮ちゃんの手元には一枚も残らなかったんだよねぇ・・・・俺も蛮ちゃんを助けようとしたらトバッチリを受けて・・・――銀次も力尽きたかのようにカウンターに突っ伏した。

「そうそう、それで風に飛ばした三千万円のうち、行方不明なのは百万程度で・・・・それもそのうち戻ってくるだろうって、士度君は気にも留めていない風だったわ・・・・」

蛮の目の前でこれ見よがしに報酬の札束を数えながら、ヘヴンが優雅に微笑んだ。
猿マワシのくせに・・・あの似非ブルジョアめ・・・!!――蛮が眉を顰めながら煙草を取り出すと、

「ああ、俺も聞いたけど・・・あそこの夫婦も凄いよなぁ・・・マドカちゃんなんて、“士音の値段はバイオリン一台、二台分なんかじゃないわ・・・!!”って言ったんだって?」

やっぱり、コイツらとは金銭感覚や金運が違うのかねぇ・・・と波児が畳み掛けるようにニヤリと笑い、夏実やレナは「士度さんとマドカちゃんって・・・やっぱりお金持ちだったんですねぇ!!」とはしゃいでいる。

「でも・・・あのお屋敷の金庫に三千万円あったんでしょ?犯人は誘拐なんて面倒くさいことしなくても空き巣に入れば良かったんじゃない?」

卑弥呼が思い出したように言えば、

「あ〜・・・でもあそこには・・・・ライオンやら犬やら猫やら鷹やらがワンサカいるから・・・・どの道、犯人は無事じゃ済まないよ!」

それに士度もいるしね・・・!!――銀次が何故か胸を張りながら応えた。

「まあ、虎子を得るのも虎穴に入るのも・・・・いずれにせよ・・・・あの普段は大人しい虎の尻尾を踏むようなお馬鹿さんは、命を懸けなきゃってことよね?」

今回の犯人も、上の二人は軽くいなされただけでも全治三ヶ月だって言うし・・・記憶消されたとはいえ、軽過ぎない罰でしょう?――

そんなヘヴンの台詞に、一同から引き攣った笑いが漏れた。

そして噂をすれば・・・

「あ、あのエンジン音は・・・きっとリムジンですよ!今日は久し振りに家族で来てくれたのかな?」

夏実がカップの用意をし始めた。

「俺らに昨日の報酬を届けに来たんだろ!?」

「んな訳ないでしょ?結局アンタは何もしてないじゃない・・・!!」

「そうだわ、依頼の続きを頼まなきゃ・・・」

「・・・ヘヴンさん、依頼、こっちにも回してくださいよ・・・」

「あ、来ましたよ♪」

「いらっしゃい・・・!」


――そしてまた、いつもの賑やかなティー・タイムが始まった。





Fin.



UMIさんからのリクエストで、『パラレル双子@士音誘拐編』でしたv
お楽しみ頂けましたでしょうか?リクエストの内容は
「双子が誘拐されるお話。いつも甘えん坊の琴音ではなく、いつも、お兄ちゃんしてる士音が誘拐されちゃう話。 是非、父(パパしてる士度を!)x息子(本当は琴音と同じくらい士度ぱぱに甘えたい士音)の絆話な感じでクラスの父兄に囲まれる士度パパも交えた感じも読みたいです。マドカママは、海外公演で留守だと良いかも。」
とのことでしたが、ちゃんとご希望通りのお話になったかどうか(汗;)
久し振りに書いたSSでしたので難産でしたが、これを皮切りにまた量産していきたいと思います・・・!
書き応えがあるリクをありがとうございました・・・!またの挑戦をお待ちしておりますv