◆ a happy family ◆

          
          「・・・・なぁ、やっぱりやめようぜ。士音、絶対怒るって!」
          「ここまで来て何言ってるのよ!こうでもしないと、いつまでたっても士音君のお家に遊びに行けないじゃない!」
          「冬木君は毎週土曜日、お父様と山に行くみたいですから、故に決行は日曜日の今日しかないと・・・」
          「お土産一杯もってきたから、きっと大丈夫よ!♪」

          ずぼらそうな外見に似合わず、案外人に気をつかう孝太は、
          やっぱり士音に一言言ってから来るべきじゃなかったのかと少し尻込みをしていた。
          士音がいつまでたっても「ウチに遊びに来いよ」と言ってくれない事を不満に思っていた麻弥は、有志を募って強攻策に出た。
          クラスメイトの冬木君の大きな屋敷内の構造と、動物ランドであるという噂に興味をもった秀一は、
          鉛筆とメモ帳を片手に既に臨戦態勢。
          麻弥の親友の鈴香は、「士音君の家には大きな猫がいる」という話に大いなる期待を持っていた。猫好きにはたまらない。

          士音のクラスメイトの四人は、冬木邸の目の前にある電柱の影から大きな洋館の様子をコソコソと伺っていた。
          「突撃、士音クンのお宅訪問!!」計画は、誰があの立派な門のインターホンを押すかで早くも頓挫。
          四人で背中を押し合いへし合いグズグズしていたその時・・・・門の内側を長い黒髪の女性と、立派な犬が横切った。

          「!!―― 士音君のママ!!」

          その女性の姿を見るなり麻弥は思わず大声を出しながら飛び出した。三人も慌ててそれに続く。
          その盲目の女性と盲導犬が歩みを止めた。そして声がする方を伺うような素振りを見せる。

          「どちら様ですか?」

          愛らしい声が、小学生達の耳に届いた。
 
          「あ、あの・・・私たち、士音君の同級生の・・・・私、北嶋麻弥です。」
          「え―と・・・東崎(あずまざき)孝太です・・・あの、士音君と遊びたくて、迎えに来たんですけれど・・・・」
          秀一が孝太を肘で突いた。
          「南秀一です。迎えに、というより、皆で一度士音君のお家にお邪魔してみたいってことになりまして。もしご迷惑でなければ・・・」
          「お土産沢山もってきました!あ、私、西野鈴香です♪」

          四人から矢継ぎ早に繰り出される自己紹介の言葉を、士音の母親であるマドカはニコニコしながら聞いていた。
          そして門を開けて息子のクラスメイト達を招き入れながら挨拶をする。

          「皆さん、こんにちは。もしかしたら参観日の時にお会いしているかもしれないわね・・・。わざわざ来てくれてありがとう。
          士音もきっと喜ぶわ。今は琴音と一緒に近所のスーパーにアイスを買いに行っているけれど、じきに戻るでしょう。」

          優しく微笑みながら歓迎の言葉を述べるマドカに、一同安堵の溜息を着く。
          この突然の訪問は少なくとも士音の母親にとっては迷惑ではなさそうだ。緊張の糸が少し緩んだ麻弥にいつもの勢いが戻ってきた。

          「私、クッキー焼いてきたんです、宜しければ皆さんで召し上がってください!」
          
          差し出された正方形の缶を、マドカはお礼を言いながら受け取った。
  
          「あ、俺んち、漬物屋なんです!きゅうりとカブの漬物持ってきました。特製です!美味いと思います!」
          
          その缶の上に孝太が四角いタッパーを置いた。あら、士度さんが喜ぶわ・・・・とマドカの顔が綻んだ。

          「これ、どうぞ・・・・母は小さな花屋を営んでいます。ニチニチソウとマリーゴールドを持ってきました。花言葉は“友情”です。」

          良い薫りね・・・・秀一が差し出した花束をそう言いながら受け取ったマドカの手は、すでに土産物で一杯だ。
          足元に居る盲導犬のシベリウスが、少し心配そうに鼻を鳴らした。

          「私のウチ、和菓子屋さんなんです!柏餅と桜餅と蓬餅持ってきました!
           ウチのお母さんが宜しくお願いしますって言っていました♪」

          漬物のタッパーの上に鈴香が菓子折りを三箱置いた。
          まあまあ、ご丁寧にありがとうございます・・・・そうマドカは丁寧にお辞儀をした。
          土産物を一杯抱えながら・・・・。すると、四人組の背後から不意に怒鳴り声が聞こえて、四人の背筋を凍らせた。

          「お前ら!何やってるんだよ!!」

          買い物袋を片手に持った士音が怒りの形相で門から入ってきた。その直ぐ後ろにいる琴音も、少し驚いたような顔をしている。
          おかえりなさい、お友達がいらしたわよ・・・お土産を沢山頂いたの―― マドカの声は穏やかだ。
          そんな母親の様子と対照的な士音の表情に気圧された級友たちを代表して、麻弥がおずおずと口を開いた。

          「あ・・・士音君・・・その、勝手に来ちゃってごめんなさい。でも私たち一度士音君のお家に来てみたく・・・・」

          「そーじゃねぇよ!!」

          麻弥の言葉に士音の少し興奮した声が重なった。そして士音は級友たちの間を縫って母親の前に立つと、
          彼女の手元を一杯にしている土産物を全て受け取った。彼の手にあった買い物袋はいつの間にか琴音が持っている。

          「両手に荷物持たせたら、母さんが盲導犬のハーネス持てないだろ!眼が見えないんだぞ!?」

          「「「「!!」」」」

          士音の言葉に一同息を飲む。親切心で渡した土産物の数々が彼女の迷惑になるものだとは夢にも思っていなかったからだ。
          ごめんなさい・・・そう言いながら、シュンと項垂れる息子の同級生たちに、気にしないでね・・・とマドカは優しく声を掛けた。

          「ここで立ち話もなんですから、皆さん、中に入ってお茶にしましょ?」

          「・・・え、でも、今日はパパのお仕事の人たちが来てて、中でお話してるんでしょ?」

          琴音がマドカの言葉に眉を顰めた。私たちは外でも遊べるし・・・琴音はそう言いながら士音の顔色も窺った。
        
          「父様はヘヴンさん達とティールームでお話しているから大丈夫よ。士音のお部屋でお喋りすればいいじゃない?
           お天気もいいから後でお庭で動物さんたちと遊ぶのも楽しいんじゃないかしら?」

          マドカの言葉に訪問者たちの顔が輝き、士音が大きな溜息を吐いた。そして彼は玄関に向かって歩き出す。
     
          「えっと・・・・士音君?」
          「いいからお前らもさっさと来いよ・・・・」

          やった!・・・孝太が秀一を見ながら小さくガッツポーズをした。秀一も安心したような顔をしている。
          鈴香の意識は既に琴音の首筋に輝くネックレスにいっており、可愛いわね、どこで買ったの?と眼を輝かせていた。
          麻弥は前を歩く士音の後姿を見つめながら、少し寂しそうな顔をした。


          「お帰りなさいませ。・・・・おや、ご学友をお連れになったのですか?」
          「だたいま。連れて来たんじゃなくて、勝手に来たんだよ。」

          大きな大人と慣れた風に会話をする士音を、四人は不思議そうな顔をして見つめていた。
          自分たちの横を通り過ぎていく白いエプロンを着た数人の女性たちも、「坊ちゃま、お嬢様、お帰りなさいませ。」と声を掛けてくる。
          
          「・・・・誰?」 麻弥は琴音に小声で聞いた。
          「執事の木佐さん。あの人たちはメイドさんたち。」 琴音も小声で返す。
          「・・・・メイドさん、って喫茶店にいる人じゃないのか?」 従兄弟のお兄さんから得た間違った知識を孝太が披露した。
          「執事という職業の人は、現代ではイギリスの貴族達だけが使役するものだと思っていました・・・メイドさんは何人いるんですか?」
          秀一は熱心にメモを取っている。
          「あのレースのエプロン、素敵だなぁ・・・・頭の飾りも可愛いし・・・琴音ちゃんは持ってないの?」鈴香はメイド服が気に入ったようだ。
          そして四人はそのエントランスの広さに今更ながら驚く。「ここだけでもウチの居間くらいあるぜ・・・」孝太はキョロキョロと忙しない。
          
          「それでは、皆さん、ゆっくりしていってくださいね。」
          
          不意にマドカに微笑みながら会釈され、訪問者たちは「「「「ありがとうございます!」」」」と声を揃えながら慌てて頭を下げた。
          
          「ほら、お前ら行くぞ!」
 
          土産物を厨房に置いてきた士度が再び顔を出した。そして二階の自室へ行こうと階段に脚をかける。

          「ねぇ、士音くん、こんなに広くて素敵なお家なんだから、案内してもらいたいな・・・・」 
          
          麻弥が控え目に、少し上目遣いでお願いしてきた。うんうん、と他の三人も士音に期待の眼差しを向ける。
       
          「別にいいけどよ・・・・変わったところなんて別に何もねぇぜ?」

          士音は呆れたように言いながらも、一同を引き連れて「冬木邸ツアー」を渋々ながら敢行することにした。
          士度、孝太、秀一、琴音、麻弥、鈴香の順に列を成して、一行は広い屋敷内を散策し始めた――。

         

         「・・・・ここは、洋風銭湯かよ・・・・」 大理石が輝く広い浴室に、孝太は溜息を吐いた。
         「ここが一番広いお風呂場なの。あとはパパとママの部屋に浴室が一つあって、客室にも一つあるのよ。」
         ここほど広くはないけれどね・・・琴音は少し得意そうだ。「お風呂が三つもあるんですか・・・」メモを取りながら感心する秀一に、
         「執事の木佐さんやメイドさんたちが住んでいる離れにも、大きな浴室が一つと、それぞれの部屋にシャワーがあるの。」
         と琴音がつけたして、彼からさらなる感嘆符を引き出した。
         「いいなぁ・・・・ねぇ、琴音ちゃん、今度お泊りに来てもいい?このお風呂入ってみたい!」鈴香が琴音に縋りついて来た。
         「あ、私も!」すかさず麻弥も便乗する――「もちろんいいわよ♪」そうにこやかに答える琴音の耳元で士音が、
         (勝手に決めるなよ・・・)と困った風に囁いた。ペロリ、と舌をだした琴音に、しかし悪びれた様子は微塵もなかった。

         
         「お前ンちのトイレと俺んちの風呂場・・・・同じ広さだ・・・」 孝太がガックリと膝をつく。
         「最新式のウォッシュレットですね!あ、トイレはいくつあるんですか?」 メモをとる秀一の手は止まらない。
         「南・・・お前そんなことメモってどうするつもりだよ・・・」 
         ビッシリと文字が並んでいるメモ帳を気持ち悪そうに覗き込みながら士音が訊ねた。
         「それは・・・・企業秘密です。」 眼鏡を片手でクィッと持ち上げながら、秀一は優雅に微笑む。
         「お前、プライベートの・・・・」言いかけた士音に、「もちろん、侵害になるようなことはしませんよ。」 さも当然のように級友は答える。
         (こいつって、イマイチよくわかんねーんだよな・・・・) いい奴だけれどもよ・・・そう思いながら士音は歩を進めた。


         居間へ向かう途中、一行はティールームの前を通った。
         中では数人の男女が上等なソファに腰掛けながら、何やら真剣な表情で話をしている。
         彼らはチラリ、と一瞬子供たちの方へ眼をやったが、その視線はすぐに、テーブルに置かれた地図に戻された。
         防音になっているのか、中の声は聞こえてこない。
         訪問者たちの足がピタリ、と止まった。その視線は中の大人たちに釘付けだ。
         そしてヒソヒソ話が再び始まった――。

         「ねぇ、士音君のパパのお仕事の人たち・・・?」 麻弥が士音の服の裾を引っ張って訊いてきた。
         「そーだよ」 士音は訊かれた事をただ短く答える。
         「お前んチの親父さん、何の仕事してるんだ?」 ガタイいいから、何か力仕事か?
         ―― 孝太がティールームの奥にいる士度のことをチラチラ見ながら訊ねた。
         「リキャプチャー・エージェント。奪還屋とも言う。よーするにハードな探偵業・・・ってところかな?」
         「探偵?ハードな?・・・・・どんな仕事が全然想像つかねぇよ・・・」
         「リキャプ・・・えーっとダッカンヤ?“奪い還す”という漢字でいいんですか?力を伴う探偵業・・・・っと。年収はどのくらいなんですか?」
         「・・・・知るかよ、そんなこと。悪くはないんじゃねぇのか?だいたいそんなことガキの俺らが気にすることじゃあ・・・・」
         「あ、でも、パパのカードって金色のと黒いカードよね?便利だからってママが作らせたみたいなんだけど。」
         「カードの色で何か違うの?」「空港にいったら特別なお部屋に入れるんだって!」「カードって飛行場入るときに必要なのか?」
         「クレジットカードの色は金と黒・・・あとでこの意味をインターネットで調べなければなりませんね。」
         「ねぇ、士音君、お小遣い幾らぐらい貰ってるの?私は・・・・」
         「・・・・金の話はもーいいだろ!ったく何しに来たんだよ、お前ら・・・・」
         再び不機嫌な顔になった士音に萎縮した麻弥の後ろから、鈴香が慌てて違う話題を振った。
         「ね・・・今、お仕事のお話をしているのよね?ハードなのに、女の人と一緒にするお仕事なの?」
         女の人が三人と・・・男の人が一人、あとは士音君のパパだけだし・・・・彼女は精一杯不思議そうな顔をした。
         「・・・・男は全部で三人だろ。父さんと・・・夏彦、さんと、あと父さんの隣にいる髪が長い人は、あれでも男、花月さん。」
         ヘェ〜!!男の人でもあんなに綺麗になれるんだ・・・・髪につけている鈴が可愛いわ♪
         ―― 話題は見事に摩り替り、感嘆の声が其処此処から上がる。
         「女の人たちは外人さんたち?皆外国語でお喋りをしているの?」 麻弥が琴音を見上げた。
         「卑弥呼さんは肌の色が黒いけれど、日本人よ。ヘヴンさんは・・・外国の血が混じっているのかな?でも日本語でお話しするわ。」
        
         士音と琴音はティールームにいるメンバーを改めて確認した。
         自分たちの父親である、奪還屋の士度。士度の昔馴染みで案内屋の花月。士度とチームを組むことが多い運び屋の卑弥呼。
         久し振りに眼にした、護り屋の弥勒、そして仲介屋のヘヴン・・・・。
         これだけのメンバーが集まって、真剣に話をしている・・・・しかも、いつも打ち合わせをする喫茶店ではなく冬木邸で。
         ―― これは近々何か大きな仕事があるのかもしれない。
         琴音が不安そうな視線を士音に向けた。士音は妹の眼を見ながら唇の形を読ませることで“大丈夫だ”と伝える。
         しかし、その実は琴音と同じ心境だ。
         ―― 母さんはどう思っているのだろう?――
         そんなことが士音の脳裏を過ぎった。
         父さんが仕事でいないときの母さんは、いつもと変わらない―― でもそれは父さんが帰る前の日迄だ。
         父さんが帰ってくる日は朝から何だかソワソワしている。
         いつもより神経を鋭敏にして、父さんが門をくぐる足音を逃さないようにしている。
         父さんの気配を―― 探している。見えない眼で空を仰ぎ、不安そうな顔をする。
         連絡無く父さんの仕事が延びたときなんかは、最悪だ―― 母さんは朝まで起きて父さんのことを待っている。
         そして寝不足を父さんに悟られないように気をつけながら、いつも通り玄関で父さんを迎えて、「おかえりなさい」と言うのだ。
         嬉しそうな、そして半分泣き出しそうな笑顔で。―不安、なんだと思う。いつもは何も言わないけれど、父さんの仕事のことが。
         「それでも、父様は今までそうやって生きてきた人だから。そしてこれからもそうやって生きていくのが父様の為になるから――」
         いつか、そんな風に母さんは俺らに話したことがある―― そして、父さんのそんな面も大好きだと母さんは言った。
         ― それに、“士度さん”は約束を破らない人だから・・・・ちゃんと私の、私たちの元に帰ってきてくれるでしょ?―
         
         ―― 「ただいま」―― そういいながら母さんの額にキスを落とす父さんの表情はいつも見えない。
         そして、母さんはこうも言った――

         「ただいま」―― 父さんから紡がれるこの言葉は、魔法の言葉だと。 
         心に巣くっている不安を、溶かしてどこかへ流してしまう二人の大切な言霊。
  
         父さんからこの言葉を聞く時の母さんの表情―― 俺らの隣にいつもいる母さんとは違う、別の女性がそこにいる。

         「・・・私も、いつかあんな表情をする大人になれるかな?」―― 琴音が俺に訊いてきた。
         俺は―― 誰かにあんな表情をさせられる大人になれるのだろうか?


         「・・・・くん、士音君?」

        
         麻弥に呼ばれて士音は我に還った。 「どーしたんだ、ボンヤリして?」孝太が心配そうに覗き込んでくる。
         「なんでもねーよ・・・いくぞ。」―― そう言いながら士音は級友たちを急かして先に行かせた。そして琴音の手を取る。
         雪彦、がこちらを見ながら士度に何か囁いていた。士度が苦笑する姿が、士音の目の端に入った。
         ―― あぁ、そういえば、母さんの海外公演も近かったんだっけ・・・・。
         父さんの仕事と重なるんだろうか―― そうしたらまた・・・・「冬木君!この部屋は何ですか?」
         レッスンルームの前で秀一が士音を呼んだ。琴音は士音の手をキュッと握ると、士音の代わりに秀一に返事をした。
         士音は一人物思いに耽りたい気分だった――。



         「・・・・お前の部屋、小学生の部屋じゃないよな。」 士音の部屋に入って開口一番、孝太が言った。
         「・・・・普通の部屋だろ。」 別段興味が無い風に士音が返事をする。
         「ゲームが無い、机にシールの一つも貼っていない、図鑑と本だらけで、散らかってすらいなくて、
          床に転がっているのはダンベルだけ――というのは明らかに小学生の部屋ではありませんね。」
         まぁ、僕の部屋もダンベルが無いだけで似たようなものですけどね・・・・
         秀一は士音の机の上にある、パソコンのメーカーを調べながら言った。

         「士音君、ギター弾くの?」 
         鈴香が本棚の横に立てかけてあったアコースティック・ギターを見つけて、その弦を爪弾きながら訊いてきた。
         「ときどきな。」 「士音ちゃん、上手なのよ。」 双子の声が重なった。

         「じゃあ、私、聴いてみたいな――・・・」

         「母さんが焼いたマフィンとオレンジジュース持ってくるからここで適当に待ってろ。いくぞ、琴音。」

         麻弥の言葉を最後まで聞かずに、士音は子供部屋から琴音と一緒に出て行った。
         麻弥は既に泣き出しそうだ。

         「・・・・私、士音君に避けられているのかな?」  「・・・・いえ、ただ、君の言葉のタイミングが悪いだけかもしれませんよ?」
         「でも・・・・今日の士音君、何だか冷たいよ・・・」 「え?そうか?いつもあんな感じだろ?でもなんか悪い気はしねぇんだよな。」
         「私のこと、嫌いなのかな・・・・」           「あ、士音君のお部屋、琴音ちゃんのお部屋と扉一枚で繋がってるんだぁ♪」

         ぬいぐるみが一杯で可愛いお部屋ね!――「「「・・・・・」」」  どこまでもマイペースな鈴香であった。


         秀一が士音の動物図鑑や植物図鑑の出版社名を片っ端から書留め、孝太が机の上で見つけた恐竜の模型を弄り、
         鈴香と麻弥が「士音君のご機嫌を向上させる方法」を話しているとき、双子がティーワゴンを押しながら再び部屋に入ってきた。
         
         「おまちど〜」 そう言いながら士音は折りたたみ式のティーテーブルを広げると、琴音と一緒におやつのセッティングを始めた。

         「あんなに沢山のメイドさんがいるのに、冬木君が自分でやらなければいけないんですか?」
         「俺、てっきりあの綺麗なねーちゃんのうちの誰かが来るかもって期待しちゃったよ・・・」

         「・・・・働いている父さんや母さんならともかく、ガキの俺らが大人使うって変だろ?
          自分で出来ることはなるべく自分でしろって父さんにも言われているし、
          父さんも母さんも早く自立出来るように子供の頃から努力してたみたいだしさ。
          それでも、木佐さんやメイドさん達の仕事を取らないように、案外気ぃ使ってるんだぜ?」

         そうそう、なんでもやりすぎは禁物なのよ〜―― フォークを並べながら琴音がのんびりと言った。

         「お、美味いよ!コレ!!」――士音の話の半分も、孝太は聞いちゃいなかった。



         「士音君、大きな猫がいるんでしょ?私見てみたい!」

         学校の噂話をしている途中に鈴香が唐突に士音にお願いしてきた。
         士音は眉を顰めたが、琴音が「レオ、ならいいんじゃない?」と耳打ちしたので、庭に向かって鋭い口笛を短く吹いた。

         「おぉ!でっかいな!!」 窓から子供部屋に入ってきた動物に孝太の目が釘付けになった。
         「可愛い〜!!抱っこしてもいい!?」 そう言いながら鈴香は早くもその“猫”に手を伸ばしている。
         「耳飾があってフサフサしていて、ライオンさんみたいね!」 麻弥の言葉に士音が片眉を挙げた。秀一の眼鏡がキラリ、と光る。
    
         「・・・・本物の“ライオン”がいるって僕は聞いたのですが・・・・」 いるのでしょう?
         ―― 秀一はそのメインクーン種の猫をスケッチしながら士音に訊いてきた。

         「・・・・都の許可はちゃんと取ってあるんだよ、ウチの連中は。」  
         ヘヴンのお色気と卑弥呼の傀儡香と忘却香を視察に来た都職員にばら撒いた結果だが、
         正式な飼育許可証が居間のサイドテーブルの引き出しにいくつも入っている。

         「許可とか、そういうのは別にいいんです。ただ、そんな貴重な動物の生態を、動物園より間近で見てみたいな〜と思いまして・・・・」
         「マジで!?本物のライオンがいんのか?俺も見てみてぇ!!」
         「ライオンさんっていう名前の猫じゃなくて?ホンモノなの?触れるの?」
         「アライグマもいるって聞いたよ!ねぇ、士音君、お庭に出ようよ!!」

         士音は無言で鈴香から大きな猫を取り上げた。そして体重が7キロはあろうかという彼を抱っこしながら囁く。

         <レオ、父さんは?>

         <“オキャク”ガカエッタカラ、マドカト、ニワデ、オチャヲ、ノンデルヨ。アノコ、ボクノミミヲ、ヒッパッタ・・・・>

         鼻を鳴らしながら抗議をするレオに堪忍な、と士音は謝ると、「じゃあ、とりあえず父さんに訊いてみてから・・・」と腰を浮かせた。
         すると、訪問者たちは喜びの声をあげながら、士音と琴音を置き去りにして階下へとバタバタと駆けて行く。
         「おい!お前ら!!」 「・・・・まったく。面倒くさいわね。」 廊下ではいつにない騒がしさに、メイドの一人が目を丸くしていた。
         


         孝太と秀一と鈴香と麻弥は、冬木邸のエントランスを出て裏庭へ向かった。
         「いた!!」 孝太が徐に叫んだ。
         裏庭の大きな木の木陰に、マドカがティーセットを前に腰掛けている。その隣には士度の姿が・・・。
         士度はライオンを枕にして寝そべっていた。マドカもそのライオンを背凭れにしている―― そして士度の額にそっと手を置いていた。


         ガヤガヤコソコソと、士音の級友たちが裏庭に入ってきた。
         気がついているはずなのに昼寝を決め込んでる士度に、マドカは優しい表情を向けた。
         彼らは冬木夫妻とライオンから数メートル離れたところで足を止めた。その動物の大きさに驚いた様子だった。
         士音と琴音も追いついてきた。
         
         「あの・・・・そのライオンに触らせてもらえませんか?」  
         もし宜しければ・・・・と興味が恐怖を上まっている秀一が、オズオズとマドカに礼儀正しく声を掛けた。
         
         <・・・・ですって?どうします?>

         マドカがライオンと士度にお伺いを立てる。

         <カンニンシテクレ・・・・オレモ、モウトシダシ、コドモノ、オモチャニハ、ナリタクナイ。>

         ライオンは心底嫌そうな顔をして士度とマドカに訴えた。

         「悪ぃけれど、危険だからダメだ。そこから見るだけにしてくれ。」

         ライオンの言葉を聞くや否や士度は少し身を起こしながら小学生たちに答えた。
         「「「「えぇ〜・・・・」」」」と子供たちから遠慮の無い抗議の声が上がる。
         「文句言うなよな!」 士音が少し声を荒げた―― その時、士度が軽く獣笛を吹いた。
         すると庭の其処此処から、どこに隠れていたのか大型犬や猫やリスやアライグマやその他様々な小中動物の群れが現れ、
         士度の元へ駆け寄ってくる。その動物たちの数と従順な様子に、訪問者たちは圧倒されて声も出ない。

         <あいつ等と少しの間遊んでやってくれ――怪我をさせないようにな。>

         動物達を撫でながら士度がそう指示を出すと、彼の仲間たちはパッと散ってそれぞれ子供たちの元へと向かって行った。
         そしてわざと甘えるような仕草を見せて、遊ぼう、と誘う。小学生たちのはしゃぐ声が聞こえる――
         「士音。」士度はそんな友人たちの様子を呆れた風に見る息子の名を呼んだ。
         何?と、士音はすぐに駆け寄ってきた。そして父親の前で膝をつき、その目を覗き込んでくる。

         「・・・・士音。友達(ダチ)は大事にしておけ。・・・・それだけだ。」 

         息子の頭をポンッと軽く叩くようにして撫でると、士度は再びゴロリと横になって目を瞑り、昼寝の体勢に入る。

         「・・・・わかった。」

         父親の言葉を士音は真摯に受け止めた。・・・・確かに、自分は級友に対して少し冷たい態度を取っていたのかもしれない。
         ―― 父さんは友達といる俺をほんの少し見ただけで、そんな俺の態度に気がついたってことか・・・。――
         
         ――やっぱり父さんには敵わないや・・・――

         そう思いながら、士音は友人たちと動物の群れの中に戻っていった。
         そして麻弥にリスに餌を上手に与える方法を教えてやる―― 彼女の今日一番の笑顔が輝いた。


         広い庭がいつになく賑やかだ―― そんな様子にマドカは目を細めながら、傍らに寝そべる士度に話しかける。
 
         「士音は、感情を表すことが不器用だけれど、とても優しい子・・・・大丈夫よ、きっと。」

         「・・・・俺があの位の歳の頃は・・・すでに鬼里人とドンパチやってたがな、それでも亜紋 や劉邦や薫流とよく遊んでたものさ。」

         ―アイツは体動かしたり本を読んだりすることは好きだが、今まであまり友達の話とかはしなかったからな・・・・琴音と違って。―

         そう言う士度を、マドカは愛しそうに見つめた。

         「士度さんみたいな父様がいて、士音も琴音も幸せね。」

         そして、私も・・・・マドカが士度の手を握った。士度はその手を取ると、そっと口付けを落とす。
         しかし、孝太が犬にとって来い!と投げたボールが二人の間に飛んできて、レトリバーがそれを取りに割って入ってきたので、
         甘い時間は数秒で崩れ去り、二人は苦笑するしかなかった。



         「お邪魔しました!」「お土産のマフィン、どうもありがとうございます!」「またお伺いさせていただきます。」
         「じゃあね、琴音ちゃん!また再来週宜しくね♪」

         夕暮れの中、賑やかな訪問者たちはマドカに礼儀正しく挨拶をしながら機嫌よく冬木邸を後にした。

         「・・・・再来週?」  士音が琴音をチラリと見た。
         「再来週、皆ウチに泊まりに来るって。金曜の夜から二泊三日。」  「!!?〜〜ッだから!勝手に決めるなって!!」
         「ママは丁度海外公演から帰る前だし、さっきパパにも聞いたらその頃はお仕事でいないからって・・・。
         木佐さんもメイドさんもいるから心配ないだろうって。それにそーゆー約束はさっさと完了しておいた方が後が楽よ。」

         パパとママがいない時期なら、迷惑かけることもなく丁度いいじゃない?どうせ再来週は士音ちゃんも山に行けないんだし――
         琴音の最もな意見に士音は反論ができない。

         「父さんは友達を大事にしろって言ったけれど・・・・。また厄介な事になりそうだよな・・・・。」
         「何事も修行よ、士音ちゃん!」
 
         さ、厨房までアイス取りにいこうよ!―― 琴音に手を引かれながら士音はガシガシと頭を掻いた。
         
         裏庭では子供たちに容赦なく弄られた士度の仲間たちが、疲れ果てて伸びていた。
         

        
        
         「この漬物、美味いな。」 「士音のお友達の・・・孝太君、でしたっけ?彼のお家、お漬物屋さんなんですって♪」
         
         「・・・この塊は、何だ?」 「クッキーって言っていたんですけれど・・・・塊、なんですか?」

         「何で餅が山積になってるんだ?」 「それでも半分はヘヴンさんと卑弥呼さんと花月さんと緋影さんに差し上げたんですよ。」
 
         「日日草と山椒菊?変な組み合わせだな。」 「マリーゴールドの和名って山椒菊っていうんですか!勉強になりました♪」

         「やっぱり家族で静かに団欒が一番よね〜v」
 
         「ホントだぜ・・・友達を家に呼ぶのはたまにでいいよな・・・。」


         緑茶片手に冬木一家は和室で和んでいた。
         琴音が今日の出来事をお喋りついでに報告する中、士音は麻弥が作ってきたクッキーを恐る恐る口に放り込んでみた。
         ・・・・外見の割には、その砂糖の味も悪くはなかった。





         「麻弥は今日、士音君のお家に行ってきたんだって?どうだったかい?」
   
         会社から帰ったばかりの麻弥の父親が、背広を脱ぎながら愛娘に訊いてきた。

         「あのね、士音君のお家は映画にでてくるみたいな立派なお家なの!
         士音君のママは目が見えないからいつも大きなワンちゃんを連れている凄く可愛い人で、パパは何だかお兄さんみたいなの。
         お腹全然出ていないし、背が高くて、カッコいいの!士音君にとても似ているのよ。
         あ、士音君のパパはティールームって処でお仕事の話をしていたわ。胸が凄く大きな外人のお姉さんと、
         色が黒い日本人のお姉さんと、女の人みたいに髪が長くて綺麗なお兄さんと、目がとっても怖いお兄さんと一緒にいたわ。
         それにね、士音君のお部屋はあんまり子供っぽくないの。青とか白とかが好きみたい。
         士音君はギターを弾いたりダンベルでトレーニングをするのが趣味なんだって。お庭にはライオンもいたのよ!ホンモノなの!
         危ないからって触らしてはもらえなかったけれど、士音君のパパはライオンさんを枕にしてお昼寝をしていたわ。 
         お庭には他の動物も沢山いて、えーと・・・子供動物園!にいるみたいで楽しかったわ!アライグマって、黄色くなかったのね。
         ラ○カルと全然違うのよ、私初めて知ったわ!あのね、士音君が私にリスに上手に餌を上げる方法を教えてくれたの。
         リスが肩に乗ってきてとっても可愛いかったんだから!今度は鎌倉で試してみようっと!
         それでね、再来週の金曜日から日曜の朝まで士音君のお家に皆でお泊りに行くことにしたの!
         琴音ちゃんが・・・士音君の双子の妹ね、いいって言ってくれたのよ。士音君のパパとママはお仕事でいないけれど、
         ヒツジさんとメイドさんがいるから心配ないだろうって。そのヒツジさんって人はちょっと怖そうな人なんだけれど、
         いい人なんだって琴音ちゃんは言っていたわ。メイドさんは全部で4人いて、
         皆素敵なエプロンと可愛い飾りをつけてお仕事をしているのよ。それでね・・・・」

         「ふ、ふ〜ん・・・・。麻弥、士音君のお父さんは何のお仕事をしているんだい?」

         余りにも突飛な話の数々に、麻弥の父親は冷や汗を掻きながら訊ねた。隣では母親がクスクスと笑っている。

         「リキャ・・・えーと・・・忘れちゃった・・・。あ、ハードなお仕事だって言っていたわ!」

         「そ、そうなのかい・・・」

         ・・・・ホストやホステスの元締めでもやっているのだろうか?そんな考えが父親の脳裏を一瞬横切ったが、
         彼は慌てて頭を振ってそれを打ち消した。去年の運動会で見たときは・・・・やけに若いお父さんだと思ったが・・・。
         ペットの卸業者でもやっているのだろうか?ペットブームだし、儲かるのかもしれない。
         ・・・・それにしても執事やメイドが日本に存在するとは・・・。

         「士音君ね、ちょっと冷たいところもあるけれど、時々とっても優しくていい人なの。
         今度のバレンタインデーは、パパと士音君にチョコをあげようかな〜あ、士音君のパパにもあげたら喜ぶかな?」

         ねぇ、パパ、どう思う?―― 娘に訊かれた麻弥パパは、新聞の影で目を潤ませるしかなかった。
         あぁ、娘もとうとう自分の父親だけではなく、他の男に目を向ける年頃になってしまったのか・・・・。
         お嫁に行くわけじゃないのよ―― 麻弥ママがお茶を差し出しながら麻弥パパの肩をポンッと叩いた。
         
 
         その夜、冬木邸に関する噂話が、四つの家庭で飽く事無く延々と語られていた。



         



Fin.





        “a happy family”には「同じ檻に入っている異種の動物たち」という意味もあります。
        小学四年生s+双子で掛けてみました。

        秋南様の月窟1400キリリク「双子+士マドで双子の友人が冬木邸突撃訪問。」からでした☆
        士音の学友である孝太・秀一・麻弥・鈴香はいかがでしたでしょうか?
        個人的には秀一がお気に入りなのですが・・・・。
        少しでもお気に召していただければ幸いです。
        双子リクエストが続いておりますので、お話のほうも続きとしても単品としても行ける双子話がリクエスト内で亀に続きます。
        そちらも合わせてお楽しみ下さいませ。
        
        それでは、秋南様、素敵なリクエストをどうもありがとうございました!またの挑戦をお待ち申し上げております!