「馬鹿にしてんのか!!ガキの使いじゃあるまいし、そんなはした金でこの俺様が動くとでも・・・・」
「ガキの使いレベルでしょ!!ただ
「その仕事が気に入らねぇって言ってんだよ!!だいたいなんで俺らが猿マワシのお使いしなきゃならねぇんだ!!」
「卑弥呼ちゃんだってメイドさんとして潜入してるんだから!!アンタもつべこべ言わず協力しなさい!!」
「わぁ〜・・・・蛮ちゃん、俺、卑弥呼ちゃんのメイド服見てみた――ガフ!!な、何で叩くんだよぉ・・・」
「〜〜!!とにかくだなぁ!!・・・・・!!」
GBとヘヴンが喧々諤々と揉めている中、士音と琴音はダル気にHONKY TONKのカウンター席で突っ伏していた。
「暇だ・・・・・」「暇、よね〜・・・・」
「士音君と琴音ちゃんは、夏休みの予定とかないの?」
「明日、友達が夕方から泊まりに来ることになってるけど・・・・でもパパはもう一週間近くお仕事でいなくて、いつ帰ってこれるか分からないし、ママも海外公演であさっての土曜日まで帰って来ないし・・・・」
「で、この一週間、明日まで予定が何にも入って無いから、俺ら父さんの仕事手伝いたいって言ったんだ・・・・そしたら、
「・・・・う〜ん。それは、君らのお父さんが正しいと思うけどなぁ・・・はい、アイスココアとアイスミルク、お待ちどう様。」
「どうも・・・・」
士音が溜息を吐きながらグラスを受け取り、琴音が奥のテーブル席で喚き散らしている大人たちへ呆れた視線を向けたとき、琴音の視線に茶色い封筒が飛び込んできた。中から地図が数枚覗いている。琴音は再びカウンター席に目を戻した。波児は豆を取りに奥の部屋に入って行った。夏実とレナはお喋りをしながら、洗い物をしている。
(・・・・士音ちゃん。)
琴音が小声で士音に話しかけた。面倒臭そうに顔を上げた士音は、琴音の目配せから瞬時に彼女の意図を悟った。
((・・・・・・・))
二人はヒソヒソと何やら話し合うと、士音がリュックからメモ帳を取り出し、一枚破って琴音に渡した。
数分後・・・・
「ごちそーさまでした・・・」 「また来ますね〜!」
カウンターテーブルにお釣りがでないように丁度の勘定を置くと、双子は席を立った。
「あれ、もう帰っちゃうの?」
波児が奥から声を掛けた時には、二人の姿は既に無し。
「・・・・?あら、あの二人、今日はやけに大人しかったわね・・・・!!ちょ、マスター!!ここにあった封筒は!?」
「あれぇ?」 「あ、琴音ちゃんが手に何か持っていたような・・・・」 「あ、置手紙が・・・・」 「な、何よこれぇ!?」
<ヘヴンさんへ 美堂蛮がワガママをぬかしているようですから、わたしたちがこの地図をパパにとどけます。
ガキの使い程度だそうですから、わたしたちにもできるはずです。あ、初仕事なので、お金はいりません。
誰かさんみたいにお金にがめついと思われたくないですもの。 琴音・士音>
「〜〜!!あのガキども〜〜!!人を金の亡者みたく言いやがって!!」 「論点はそこじゃないわよ!!」 「でも、間違ってはいませんよねぇ?」「ねぇ?」 「・・・・オメーら・・・・」 「え?ふ、二人でターゲットの屋敷に潜入するってこと!?それって危険じゃん!!早く士度に電話しなきゃ!!」 「あの屋敷、携帯圏外なのよ!!」 「え〜と・・・今回は弥勒君が付近で待機してるんじゃなかったけ・・・?」 「〜!!そーよ!マスター、Thank
You!!」「・・・・・!!〜〜!!――・・・・」
この喧騒にモーニングを食べに来た客が二組ばかり回れ右をしたそうな・・・・。
「おーい・・・神楽井!!交代の時間だってよ!!飯、食いに行こうぜ・・・・」
「・・・・あぁ、今行く。」
士度は偽名を使ってボディーガードとして石楠花邸に潜入していた。この屋敷の女主人に雇われるボディーガード達が頻繁に行方不明になるという事件が起きたからである。雇われた男たちの家族が心配して石楠花邸に問いただしても 「急に辞めてしまった」の一点張り。政界にも発言力がある石楠花家ということで、なかなか動こうとしない警察に業を煮やした家族たちが、奪還屋に助けを求めたというわけだ。偽名を用意してきたのはヘヴン。身元照会をされたら厄介と、元クライアントの財閥令嬢にコンタクトをとって、彼女の親戚から名を借りたのだ。偽名の話を切り出されたのは、冬木邸のティールームで屋敷の地図を見ながら打ち合わせをしている時だった。
「・・・・神楽井?・・・・あの神楽井美也子のか?」
その姓を訊くなり、士度は眉を顰めた。
「ピンポーンvその美也子さんに士度君がその名前使うって言ったら、快く承諾・・・・」
「・・・・夏彦、お前が俺の変わりに潜入しろ。」 「ちょっと!士度君!!美也子さんは貴方だからいいって・・・・」
「断る。屋敷の敷地内とはいえ、いろいろと人目につく職業らしいからな。俺たちではやりにくくてかなわん。何だ?その神楽井というのは?」
「噂によると、そこのお嬢さんとマドカさんが昔ビーストマスターを巡って派手なバトルを・・・・」
「〜〜!!してねぇよ!!大方あの蛇ヤローから聞いたんだろ、レディ・ポイズン!?」
「え〜違わないと思うわよ・・・士度君。」 「僕が銀次さんから聞いたところによると・・・・・やっぱり違わないみたいですよ。」
花月はクスクスと笑いながら士度の方を窺ってくる。
「・・・・とにかく!いくら仕事とはいえ、俺が一時的にでも神楽井姓を名乗るってマドカが聞いたらだな・・・・・」
「はい!緘口令を引きます〜弥勒君も卑弥呼ちゃんも花月君も、マドカちゃんには黙っててねv」
「・・・・よくわからないが、了解した。」 「・・・・夫婦喧嘩には巻き込まれたくないわよ。」
「こんな面白いこと・・・切り札にとっておくべきですよね。」
「というわけで、士度君!来週から少なくとも一週間は“
「・・・・・ったく。どーなってもしらねぇからな・・・・。」
途中、士音と琴音が友達を連れてティールームの前を通りがかった。
「二人とも大きくなったね・・・・特に士音君なんか君にそっくりだ。」
君の小さい頃もあんな感じだったのかな?――雪彦が士音を見て目を細めながら、士度に囁いた。
「愛想がねぇところもよく似ててよ・・・・困ったもんだぜ。」
士度は苦笑しながら息子の後姿を見つめた――
――あの打ち合わせから既に二週間近く、そしてこの屋敷に潜入してから一週間が過ぎようとしている。大分慣れてきた仕事仲間から聞いた話によると、行方が分からなくなった連中は本当に唐突に、何の前触れも無く、忽然と姿を消してしまうらしい。――気がついたら、いないのだ。そしてこの家の秘書から告げられるのは、「辞めてしまった」の一言だけ。
「それがさ、消えた連中のは皆・・・・ガタイがよくって、顔もそこそこイイ奴等ばっかりなんだ。入ってからだいたい一週間や二週間でさ・・・・。オレみたいに体育馬鹿っぽい感じの奴等ばっかりいつも残って、最近雇う連中は消えた奴等に似たような感じの・・・・神楽井、お前もそのタイプに入りそうな感じだから、気ぃつけろよ・・・・やっぱりこの屋敷、何か・・・あ、ヤベェ!秘書の奴がこっちに来るぜ・・・・」
使用人の休憩所で一緒に食事を取っていた仕事仲間の松井が、士度に目配せをした。細い眼鏡を掛けた背の高い女性秘書が二人が陣取っているテーブルに向かってカツカツとヒールの音を響かせてやってくる。他のテーブルにいる使用人たちにも緊張が走った。
「・・・・神楽井さん。奥様が地下室のワインケラーでお呼びです。棚の一番上にあるワインを取っていただきたいとのことで・・・・」
美人だが、どこか冷たい感じがするその女性秘書が無機質に士度に告げた。
「・・・・分かりました。」
士度は松井にじゃあな、と短く言って席を立つと、秘書の見えないところで松井の口が、<用心しろ>と動いた。士度は小さく頷き、秘書の後に続いた。
途中、廊下でメイド服を着た卑弥呼と出くわした。秘書の後ろを歩く士度に、卑弥呼も何かを感じ取ったらしい。士度が目で合図を送ると、すれ違いざまにキュッ・・・と小さく瓶の蓋が開く音がした。そして微かに香るこの匂いは・・・・追尾香だ。“ターゲットが動き始めた・・・・”――
士度と秘書が地下への扉の奥に消えるのを確認すると、卑弥呼は連絡係として庭に潜入している花月の絃に合図を送った。
ツー・ツー・・・・地下への階段を降りている途中で、士度が携帯してる無線機が不意に鳴った。
「どうした?」 士度が反射的にその無線機を取ると、先を行く秘書の歩みも止まった。
「神楽井か!?どうも子供が二人、男の子と女の子らしいんだが・・・この屋敷に紛れ込んじまったらしい。さっき運転手のおっさんが見かけたって言っててな。見つけ次第、放り出せって話だ。宜しくな!」
(〜〜!!あの馬鹿共が!!)
父親としての直観か、士度はその二人が士音と琴音であることを瞬時に判断した。そしてその心内には怒りと冷や汗が・・・・。それでも士度は努めて冷静に“了解した”と返礼すると、無線を切った。
「・・・・どうかなさいましたか?」
秘書が振り返り、表情を変えずに訊ねてきた。
「子供が二人、敷地内に紛れ込んだそうです。私も地下の仕事が終り次第応援に・・・・」
無線機を腰のポーチに仕舞ながら士度が応えていると、秘書が階段を上ってきて士度のすぐ傍まで来た。
「・・・・・貴方のココでのお仕事は、一生涯終ることができないものですから。」
「!?――グッ!!」
秘書の冷徹な言葉が地下階段に響いた刹那、士度の身体にスタンガンが押し当てられ、110万ボルトの電流が士度の身体を瞬時に駆け巡った。
「――!!な、何を・・・・」
迂闊にも双子のことが気になって油断していたのも確かだが、いくらスタンガンとはいえ、こんな出鱈目な電圧で攻撃されるとは夢にも思わなかった。士度にしてみれば軽く意識を飛ばす程度で済むが、下手をすれば相手の死さえ厭わない行為だ。
自分の身体を一部を傷つけて意識を保つ余裕は士度にはあったが、彼はあえてそうしなかった。抵抗するなら次の段階だ――そんなことを考えながら階段に倒れ伏し朦朧としていると、秘書が暗がりの中、士度の意識を確認するかのようにもう一度電流を彼の身体に容赦なく流してきた。――畜生、黙っていれば好き勝手なことを・・・・――
内心悪態を吐きながら、士度は意識を手放した。
「・・・・パ・・・・パパ・・・・パパ!!」
琴音の心配そうな声が聞こえて、士度は叩き起こされたかのように覚醒した。
「こ、琴音!!お前、こんなところで何をやって・・・・痛ッ・・・・」
「動かないで、パパ!士音ちゃんが今・・・・」
手首に鈍い痛みを感じたのでそちらに目を向けると、自分はいつの間にやら手枷を嵌められ、垂直に立てられた石棺に磔にされていた。士音が父の手を傷めているその手枷を外そうと、悪戦苦闘している――またこのパターンかよ・・・・士度は軽い眩暈を感じた。どうも世の中のお偉いさんには変態が多いらしい・・・・拉致監禁するなら、もっと別の方法もあるだろうに。
「士音!!お前がついていながら、どうしてこんなところ迄来たんだ!!」
士度は自分が置かれている状況はともかく、この子供たちをなんとか屋敷から脱出させなければれば、といろんな意味で痛む頭をフル回転させ始めた。
「・・・・ごめん、父さん・・・・。お説教は後でいくらでも聞くからさ・・・・卑弥呼さんの追尾香の匂いがしたからそれを追ってきたら・・・・とにかく今は早くコレを外して、ここから逃げなきゃ!!」
「パパ、ごめんね・・・・。私が最初誘ったようなものなの!だから士音ちゃんは・・・・あ、足音がするよ!誰かコッチに来る!!」
士度は舌打ちすると、己を戒めている手枷を壊そうと力を入れた。しかし、その手枷は擬態の力を持ってしてもビクともしなかった。この感触はあの・・・・。とにかく、今はこんなところにコイツ等をウロウロさせておくわけにはいかない。
「士音!!琴音を連れてそこの通風孔へ隠れろ!!早く!!」 「!!でも、父さんがまだ・・・・」
「俺は自分で何とかできる!早くしろ!!」
士度の額に怒りのマークが浮かんだことを士音は見逃さなかった。琴音はそれに気がつかずまだ手枷をガチャガチャ鳴らしている。
「〜!!わ、分かった・・・・行くぞ、琴音!!」 「嫌ァ!パパァ!!」
士音はぐずる琴音を担ぎ上げると、壁の通風孔に身軽に飛び乗って身を潜めた。
やがてギ・・・・・と不気味な音を立てて開いた重い扉から、赤いスーツに身を包んだ背の高い女と、例の女性秘書が入ってきた。
赤いスーツの女は士度を見るなり、「おや?」と言った顔をした。そして手に持った扇子を口元に当てながら秘書に告げる。
「結構頑丈そうだからスタンガンMAXで眠らせたって聞いたけれど、もう目が覚めてるじゃない?どーいうこと?」
「も、もうしわけありません・・・・そんなはずは・・・・」
まあいいわ・・・・スーツの女は優雅に微笑むとツカツカと士度の前に歩み寄り、扇子で士度の頤を持ち上げながらウィンクをした。
士度は露骨に嫌な顔をする。この屋敷の女主人、石楠花艶子だ・・・・・四十に近い歳だと訊くが、そのプロポーションからは歳を全く感じさせない。世間一般から言うと、シャープな美人の部類に入るのだろう。しかし・・・その風貌も性格も、士度の好みから大幅にズレていた。何より、彼女の全身を覆うキツイ香水の匂いが、犬猫並みの士度の鼻には堪らなく辛かった。塗り壁のような厚い化粧も士度には妙に浮き上がって見えた。士度はもう一度手枷に力を入れてみる・・・・鎖の音がなっただけで、やはりビクともしない。そんな士度の様子に艶子はクスリ、と笑みを漏らすと、スーツの胸ポケットから銀の鍵を取り出して士度の眼の前でチラつかせる。
「駄目よぉvその手枷は何でも無限城とやらの何とか合金製らしいから、いくらタフなスポーツマンでも千切れないらしいの。この鍵でないと外れないわよ。さて・・・・神楽井クン・・・・」
艶子は士度から距離をとると、再びクルリと振り返り、苦々しく艶子を睨みつける士度をビシッ!と扇子で指すと、いきなり高い声で突拍子もない問いを投げかけてきた。
「アナタ、エラリー・クインとアルセーヌ・ルパンとシャーロック・ホームズだったら、どの人物がお好みかしら?」
「・・・・ハァ?」 「お答えなさい!」
士度が“何の話だ?”と眉を寄せると、間髪いれずに艶子から叱責が飛んだ。・・・・ここは大人しく答えておいたほうがよさそうだ。しかし・・・・
(・・・エラリー?誰だ?ルパンは確か・・・・泥棒だって琴音が・・・・。あぁ、この間珍しく士音にねだられて『ホームズ全集』とかいう本を買ってやったっけ。しかし、どんな人物かは・・・・)
――どれも、知らない。この答えがこれからどのような意味を持つのかも、もちろん知らないが・・・・
「あ〜・・・・ホームズ?」
士度はとりあえず、士音のお気に入りを上げてみた。通風孔で様子を窺っていた士音が密かにガッツポーズをした。琴音も、“さすがパパ!”・・・と妙なところで感心している。艶子が歳に似合わず、キャァ♪と甲高い叫び声を上げて喜んだ。
「やっぱりね!思ったとおりだわv背が高いアナタにはピッタリだと思ったの!もう衣装は揃っているのよ!アナタがベースだと、きっと素敵な新生ホームズの蝋人形ができるわ!」
「!!――蝋人形だと!?」 ((えぇ〜〜!!))
親子の驚愕など露知らず、艶子はペラペラと喋り始める。
「そうよ!若い殿方の身体に蝋を塗って、蝋人形を作るの!あ、息はちゃんとできるし、点滴で栄養補給もしてあげるから安心してね。でも中の人はだいたい半年ぐらいで発狂したり死んでしまったりするらしいけれど・・・・それでも外側の美は永遠に残るのよ!素晴らしいと思わない?最近はアジアの若者の美が国内外のセレブに人気なの。注文をとったら闇では結構な人気でね・・・・明日には他の9体と一緒に船便で優雅に発送よvベースが生身だから後はこの新開発の速乾性の蝋を塗って服を着せるだけで・・・・・」
(し、士音ちゃん!どーしよう・・・・パパがお人形さんにされちゃうよぉ!!外国に売り飛ばされちゃう!!)
(黙ってろ!!こーなったら絶対に助けないとな・・・・タイミングを見計らって・・・・)
「・・・・他の9体って・・・・俺の他にも既に人形にされた奴等がいるってことか?」
士音と琴音が慌てに慌てている中、士度の静かな声が地下室に響いた。
「・・・・そうよ。お屋敷のボディガードって案外楽で給料も高い美味しいお仕事だから、応募が沢山あってね。イイ男を選びやすかったわ。今は東京湾の倉庫で旅に出る時を大人しく待っているのよ。明日がその初出荷・・・。ねぇ、神楽井クン・・・アナタ、私の好みだからアナタが動いている姿、もっと眺めていたかったけれど・・・・あぁ、アナタは私の手元に置いておくのもいいわね・・・・この肉体美だとホームズじゃなくて、ヘラクレスでもイケるわね・・・・」
畜生、やっぱりコイツも変態だ・・・・士度は内心ウンザリしながら、精神を集中させて逃亡の準備を始める。こんな仕事はさっさと終らせて、一刻も早くマドカの元へ帰りたい・・・・士度は図らずともそう思ってしまった。
一方、艶子は肌蹴た士度の白いワイシャツから覗く彼の逞しい胸板を赤いマニキュアで彩られた両手で撫でながら、秘書に“蝋職人を呼んできて頂戴”と短く命令した。秘書が一礼をして元来た扉から出て行った。
「さて、神楽井クン・・・・アナタには最後に特別甘美なひと時を与えてから、お人形にしてアゲル・・・・」
「〜〜!?――!!」
艶子が士度の首を撫で上げ、その鎖骨に徐にキスを落とした。その赤く彩られた唇は士度の首筋に赤い条を残しながら、徐々に彼の顔へと迫っていく。士度の全身が鳥肌に覆われた。今回の仕事は特別手当を貰わなければ絶対に割りに合わない。
(!!し、士音ちゃん!パパのテーソーの危機だよぉ!!何とかしてぇ!!)
(・・・・その言葉の使い方は間違っていると思うぞ、琴音。あ゛〜も゛〜今飛び出すしかねぇのか!?こんなこと母さんに知れ――!!)
艶子の欲に濡れた唇が士度の唇を捉えようとした、まさにその時・・・・窺うようにして士度の眼を覗いた艶子の動きが止まった。そして急に身を起こすとフラフラと士度から離れて士度の目の前で立ち尽くす。その瞳はまるで夢をみているように焦点が合っていない、ボンヤリとしたものだった。
「・・・・鍵を、出せ。」 「は・・・・い・・・」
士度の冴えた口調の命令に艶子は従い、胸ポケットから鍵を取り出した。一体何が起こったのか、士音と琴音にはさっぱり分からなかった。
「その鍵で、この手枷を外せ。」 「わかりまし・・・た・・・・」
艶子はノロノロと鍵を使って手枷を外し始めた。やがて、ガチャリ・・・と音を立てて手枷が落ちる。
少し痛む手首に顔を顰めながら、次に士度が艶子に命令したことは・・・・
「眠れ。」
その一言を発した士度の眼を見た瞬間、艶子の身体はガクリ、と糸が切れた操り人形のように床に倒れ伏した。
目を瞬かせながら父親を行動を見守っていた双子の耳に、「もう出てきていいぞ・・・」と言う声が聞こえてきた。
士音は再び琴音を抱いて、トン・・・と身軽に通風孔から飛び降りる。
「凄いや、父さん!いったいどうやって・・・!!あ、その目・・・・」
士度を見上げた士音は、父親の眼の変化に気がついた。琴音もハッと息を呑む。
「百獣擬態、
今や士度の眼は表情の無い爬虫類の瞳そのものになっていた。士音がゴクリ・・・と生唾を飲んだ。その瞳をさらに覗き込もうとした琴音を士度の片手が制した。
「この眼は見ないほうがいい、酔うからな・・・・お前ら、ここに来た理由は後でゆっくり聞かせてもらう。とりあえず今はレディ・ポイズンと花月を連れてこの屋敷を出るぞ。」
双子にそう述べた父の横顔に、静かなる怒りを感じた双子は、急にしおらしくなり、「「はい・・・・」」と頭を垂れた。
士度はそんな二人を促して地上へと続く階段を上って行った。途中秘書と蝋職人にバッタリ出くわしてしまったが、士度は彼女等も有無を言わさず一睨で眠らせてしまった。
そしてこの屋敷でペットとして飼われていた二羽のオウムを使って、卑弥呼と花月に、情報収集の任務完了と屋敷から撤退する旨を伝える。そして彼等はそれぞれ難なく屋敷を抜け出し、近所の公園で弥勒と落ち合うことにした――。助けに行く手間が省けて良かったわ、この格好じゃ動き難くって・・・・卑弥呼が途中メイド服を脱ぎ捨てながらホッと息を吐いた。
ゴン!!ゴンッ!!
人気が無い黄昏の小さな公園に、派手な拳骨の音が二回、響いた。
「〜〜!!この馬鹿野郎共が!!俺はお前らをそんな風に育てた覚えはない!」
続いて士度の怒号が響く・・・・既に涙眼の双子達にとっては地獄のような長い説教タイムが始まった・・・・。
――10分ほどして、石楠花邸の様子を外から確かめていた弥勒が公園に姿を現した。
「あらぁ、ちゃんとパパしてるのねぇ♪」
奇羅々が双子を叱り飛ばしている士度を見て暢気に言った。花月と卑弥呼は苦笑するしかなかった。
――さらに30分後・・・・
「長ぇな・・・・みろ、琴音なんか泣いちまってるじゃねぇか。」
椿が珍しく同情するような視線を双子に向けた。士度の声のトーンはだいぶ前から既に落ち着いてはいたが、子供たちを諌める言葉は止まる気配を見せなかった。
「士音も半ベソ状態よ・・・・普段寡黙なビーストマスターの口から、よくこうも延々と言葉がでてくるものね。」
呆れ、というよりはむしろ感心した風に卑弥呼が士度を見つめる。
「でも、そろそろお説教タイムも終るんじゃないかな・・・・ほら・・・・」
花月が気がついたように、夕陽に染まる親子の姿に眼を向けた。
「あぁ・・・・ああやって素直に親子が抱き合えるって、素敵なことだよね・・・・本気で怒って、抱きしめてくれて。幸せな子供達だよね・・・」
雪彦の眼が優しく細められた、その時・・・一台のタクシーが公園の前に止まった。
「遅くなってすまんのぉ!」
馬車がタクシーから降りて、こちらに向かって歩いてきた。「おや、いつの間に?」と一同は厳つい彼の方へ顔を向ける。
士度も双子の手を引いて公園の奥からやってくる。
「馬車サン、すまねぇがこいつ等をウチまで送り届けてやってくれねぇか?もうそろそろ暗くなってくるから、子供だけで外を歩かせたくねぇんだ。」
「了解したぜよ。アンタも一緒に乗るんかね?」
「いや、俺達はまだもう一仕事あるからな。運賃はこいつ等がウチについたら執事に支払うように言ってある。悪ぃが頼んだぜ。」
「まかしちょき!おぉ、坊に嬢ちゃん、大きゅうなったのぉ・・・」
「こんにちは・・・馬車さん・・・・」
士音は涙を拭きながら気丈にも挨拶をした。琴音も士音の服の端を握り締めてグスグスとベソをかきながらも、小さな声で「こんにちは・・・」と呟いた。
「・・・・じゃあな、お前等。暫くウチで大人しくしてろよ?」
士度の優しい言葉に、双子はコクコクと頷いた。不意に琴音が士度に飛びついて鳴き声交じりに訊いてきた。
「パパぁ!いつ帰ってくるの・・・?日曜日にはお家にいる?この一週間、ママもパパもずっとお家に居ないから琴音寂しいよぉ・・・・」
そんな琴音の服を士音が、「父さんを困らすこと、言うなよな・・・・仕事なんだから!」 と言いながら引っ張り、もう帰るぞ!と促した。
「・・・琴音。仕事が終り次第すぐに帰るからな・・・・もう少しの間我慢してくれ。」
琴音の頭を撫でながら士度は少し困ったように答える。そして士音の顔を見つめながら、「琴音を頼んだぞ?」と短く言った。士音は力強く頷いた。
「――親父さんに怒られたのは久し振りか、おんしら?」
タクシーの後部席で大人しくしてる双子に、運転席から馬車が話しかけてきた。
「うん・・・・でも、俺等が勝手なことしたのが悪かったんです。俺等に何かあったら、父さんも母さんもどうなってしまうか分からないって言われたんだ・・・・だから・・・・」
「自分の力を過信するな、とも言われたの。まだ子供なんだから、無理して大人の真似をしたり近づこうとする必要ないって・・・・子供でいられる時間は短いんだから、そっちを大事にしろって・・・」
「・・・・そうか。えぇ親父さんやのぉ・・・・。」
「・・・・そう、だね。・・・・ねぇ、馬車さん、今度トラックに乗せてよ。琴音と一緒にさ・・・・」
「!!素敵ね!猫の子一匹、連れて行っていいですか?馬車さん!」
「よしよし、今度な。高速で飛ばしたるわ!」
タクシーが賑やかに冬木邸に着いたときには、もうとっぷりと日が暮れてしまっていた。
「士度・・・・首筋が口紅?だらけだよ。」
公園で花月がからかいながら士度の首筋にハンカチを当てた。
「〜〜!!忘れてた・・・悪ぃけれど、拭いてくれ・・・・」
「・・・・まったく、地下室で誰と何をやっていたことやら・・・・しかも子供の前で!」
「冤罪だ!さっきも説明しただろーが!!むしろこっちは被害者・・・・」
「・・・・奥方がこれを知ったらどうなることやら。」
「緋影・・・勘弁してくれ・・・・」
卑弥呼と弥勒から攻撃されている士度を庇うように、彼の首筋の口紅を拭きながら花月が皆をまとめる。
「さて、もう一仕事だよ、皆!ちゃっちゃと片付けて早くこのお父さんをお家に帰してあげなきゃね!」
「ビーストマスターに貸しを作っておくのも、いいかもね〜」
「おい・・・・レディ・ポイズン。お前最近あの蛇野郎に似てきたな・・・・」
「〜〜!!なんですって!!」
「お前、琴音にはもうちょっと優しくだな・・・・」
「?椿君は琴音ちゃんがお気に入りなのかな〜?」
「――!!馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!絃の!!」
・・・・!!――!!〜〜!!
沈み行く夕陽の中、大人たちの東京湾までの騒がしいかけっこが始まった。
石楠花邸のボディーガード達は、“今度は神楽井が消えた!”と大騒ぎ。
双子の父親が家に帰れたのは、それから二日後のことだった。
Fin.
題の“deep cover operation”は“潜入捜査”という意味です。
神楽井美也子嬢の話はrequestに展示してある“blue of love”から、
ティールームで打ち合わせのシーンは同じくrequest展示の“a happy family”のワンシーンと微妙にLinkしております。
UMI様からMondlicht/6000のキリリク、『仕事絡みで捕らわれの士度(磔mode)。双子がその現場に潜入。』etc.でした。
頂いた詳細リクエストから微妙に外れてたりしていたら、ひたすら平身低頭で御座います;そしていろいろとツッコミ所満載ですが・・・少しでも楽しんでいただければ幸いですv
蛇瞳擬は勝手に作ってしまいました〜。蛮の邪眼に似ているのと、使用後は軽い頭痛がするということで、士度はこの技、あまり好きではないという裏設定。
当サイト、馬車さん初登場。土佐弁イイなぁ、馬車サン。また出してみたいところです。
それでは、UMI様、素敵リクエストありがとうございました!またの挑戦をお待ちいたしております☆