- a nexus to you -




君の気配が懐かしくなった―― そんなことを言うと、君は笑うだろうか・・・・






長い緑の黒髪がフワリと宙を舞った―― だのにその美しい線を束ねる鈴は、音色一つ立てない。
セキュリティの場所はチェック済み。その僅かな狭間に身体を滑り込ませればすむこと。
トッ・・・・壁を乗り越え、その細い足首は静かに再び地に下りる。
土と葉の香りが花月の鼻をくすぐった。
そしてそれに微かに混ざる獣たちの臭い。
彼等は自分達を覚えてくれているだろうか?そうでなければ大事だ・・・・。
眠っていてくれていれば良いのだが。

そんなことを思っていると、闇の中で何かが動く気配がした。
ゆっくりと気配がする方へ目をやると、大樹の下に煌くのは、肉食獣の獰猛な瞳。
グルル・・・と明らかに殺意をもった唸り声を微かに立てて、此方のほうを凝視している。
・・・・・極力気配を消して入ってきたつもりなんだけれどなぁ。
無限城で暮らしていた獣たちだ。その警戒心はこの穏やかな屋敷の中でも鈍ってはいないらしい。
気がつけば、其処彼処から出てきた犬やら猫やら烏やらに囲まれていた。
どの目もギラギラと光っていて、花月を威嚇している。
君たち・・・寝ていてくれてよかったのに。
彼らの動きを封じることは簡単だが、この数を無傷でというのはちょっとキツイ。
この動物達に怪我をさせたら、烈火のごとく怒る人がいる。
でもここで騒がれて、月夜の晩の丑三つ時に家人たちを起こす破目になるのも、マズイ。
さて、どうしたものか・・・・そう考えあぐねていると、
スッ・・・・と花月のなだらかな首筋に手刀をあてられた。

「!!」

――気配をまるで感じなかった・・・・一瞬にして背筋が凍り、手にした鈴を反射的に翻そうとした瞬間、その細い腕もあっさりと捉えられ、
軽々と後ろへ捻り上げられる。すかさず蹴りをいれようと足を上げれば、逆に足払いをかけられて、花月は後ろ手をとられたまま尻餅をつく形で倒された。
そして急に頤を持ち上げられ、上を向かされる。

「・・・・注意力散漫だぞ。俺にこうやすやすとバックを取られるなんて。」

「士度!」

目に飛び込んできたのは慣れた顔。
君だからだよ・・・・。花月はそう呟くと、士度の手を借りて立ち上がった。そしてパンパンッとズボンに付いた土を払う。
お前、不法侵入って言葉知ってるのか?と呆れた声が目の前から聞こえる。

「・・・・それにしても、随分手荒な歓迎だね。」

結構痛かったよ、手・・・・。士度言葉を綺麗に無視して、微かに赤みを帯びた手首を擦りながら花月は彼を睨みつけた。
そりゃ、悪かったな・・・・と大して悪びれる風もなく、士度は文字だけの謝罪の言葉を述べる。
そして動物たちに、もういいぞ、合図を送った―― 辺りを充満していた殺気が消え、いつもの静かな夜の庭が現れる。

「・・・・お前こそこんな時間にこんな場所で、何やっているんだ?招いた覚えはねぇぞ。」

士度も花月を睥睨する。
おや、冷たいことを言うなぁ・・・・と花月はわざと驚いた素振りを見せると、スッと士度に近づいてきた。
そして下から見上げるようにして、彼にお伺いを立てる。

「今日は酔いたい気分なんだ。一緒にどう?」

「・・・・ハァ!?」

何言っているんだ、テメーは・・・・そんな表情が士度の顔に浮かんだ。

「ちょっとだけだからさ、飲みに行こうよ。」

士度の内心などお構い無しに、花月はそう言いながら士度の腕を引っ張る。

「〜〜!!お前、そーゆーことは昼間に、門から入って来て言えよ!」

こんな時間にコソコソ 入ってきて言うよーなことじゃねぇだろう!―― 時間帯を気にしてか、士度は小声で、それでも怒鳴るように言った。
いーからいーから、ほら!― 花月はまるで握手でもするように士度の手を振り回した後、タッと壁に手をやると、来た時のようにセキュリティをすり抜けて壁の向こうへ消ていった。
チッと短く舌打ちをしながらも、士度も身軽にその塀を乗り越えて、花月の隣に舞い降りる。
そして突然の訪問者に苦言を呈しようと、鈴が鳴る方へ顔を向けると、対象者はニコニコと機嫌が良さそうだ。

「凄い凄い!ちゃんとこの屋敷で赤外線が通っている場所、確認済みなんだね!」

「・・・・当たり前だろうが。それより、お前なぁ!」

「今日は月がとっても綺麗だからね・・・・一人じゃもったいないかと思って。」

ほら、昔は時々一緒に飲んだじゃない?月見酒・・・・士度の言葉に重ねるように、花月は少し寂しそうに笑った。

「・・・・まぁ、いいけどよ。」

そんな花月の表情に虚を衝かれたのか、士度は一度目を泳がすと、
今度からは普通に誘いに来いよ、と煌々と輝く満月を背景に伸びをしながら言った。
月を背負う彼を、花月は一瞬眩しそうに見つめる。
で、何処行くんだ?― 士度のバンダナが夜風に揺れた。
いーところ知っているんだよ♪ リンッと踊るように鈴が鳴り、二人は月夜の散歩へと出掛けて行った。










「お前、月が綺麗だからとか言ってたよな・・・・」   「言ったよ。」
「昔は月見酒を飲んだとかも言ってたよな。」     「それも・・・言ったかな?」

「じゃあ何で地下に潜るんだよ!」

新宿の外れ、雑貨屋やレストランが立ち並ぶ短い通りの中、
深夜だというのに今だ灯りが消えていないビルの地下への階段を花月は当然のように降りて行っていた。
散歩がてらに月はたっぷり見たからいいじゃないか・・・・ほら、行くよ!―― 花月は至極マイペースだ。
どこぞで安い酒でも買い込んで、公園で月でも眺めながらの晩酌かと思えば・・・・。
大きな溜息を吐きながら士度は花月の後へ続いた。
このバーのチェリー・ブロッサムは美味しいんだよ・・・そんなことを言いながら花月は重い扉を押した。






「いらっしゃい・・・おや?」

カウンターでグラスの手入れをしていたマスターが花月に声を掛けた。
そこは照明が極力落とされ、蝋燭の灯りが妙に優しい空間。
調度品の全てはアンティークで整えられていて木の温もりと控え目な芸術を醸し出し、
優美な曲線を描く重厚な木製のカウンターが、仄かな明かりの下でその輝きを放っていた。
天井ではレトロなファンが音も立てずに廻っている。
深夜にも関わらず五〜六組のお客がテーブル席とカウンター席に居た。
其処此処からチラリ、と新しいお客に対する一瞥が花月と士度にも向けられたが、その視線は一瞬で消える。
眠れぬ夜を、静かに楽しむ・・・・そんな人達が集まる空間。

今晩は・・・花月はそう控え目に挨拶をすると、迷うことなく、カウンターの一番奥の席に向かった。
士度もそれに続く。僅かな間隔を空けながら並ぶ蝋燭の火が、士度の眼にも心地良かった。

「・・・・お友達を連れてきたのは初めてだね。ご注文は?」

「・・・・とりあえず、いつものを。」

士度は何にする? マスターの最初の言葉には答えず、花月は隣の連れに声を掛けた。

「・・・・てきとーに強い酒を。」

メニューはねぇのかここは・・・と内心思いながら呟いた士度に、花月はクスリと笑うと、

「それじゃあ彼はマティーニを、ロックで。」

とマスターに注文する。  よく来るのか? とつまみで出してあったピーナッツを一粒口に放り込みながら訊く士度に、
ときどき・・・ね、と花月は淡い紅色のカクテルを受け取りながら答えた。

「なんだか、少し残念だったよ。」

徐に言い出した花月に、何が? とマティーニを賞味しながら士度が視線を向けた。
程よい苦味と、サッパリとした口当たりが気に入ったようだ。

「君のお仲間が、僕のこと、覚えていなかったってことさ。」

昔、あのライオン君を枕にして寝たこともあるっていうのに・・・・少し不貞腐れた口調で、花月はグラスを口を軽く弾いた。
桜色の綺麗な爪に触れられて、チンッと澄んだ音が二人の間に響く。

「・・・・覚えていたさ。でも寝込みを急に襲われたら、お前だって怒るだろ?」

そんな言い方をすると、別の意味に聞こえるよ・・・・・士度のあからさまな表現に花月は少し呆れた顔をする。

「でも、僕はちょっとお邪魔しただけで、襲うなんて・・・・」

「縄張りや、自分の居場所を守ろうとするのは、動物の本能だ。そこに立ち入るには奴等のルールを守らないとな・・・。」

グラスの氷を傾けながら、士度は静かに答えた。特に“力”を持った奴が入ってくると、怖いんだよ・・・・だから必死で守ろうとする・・・・。

「そう・・・・君は、慣れたの?」

その質問に士度が片眉を上げた。

「・・・・あのお屋敷に住むようになってから、もう一ヶ月近く経つよね。」

家賃の代わりに、毎晩ああやって庭を見張っているのかい?―― 最後の方は少しからかうように言いながら、花月は士度の顔を覗き込んだ。

「・・・・何かお上品な奴等ばっかりでまだ全然慣れねーよ。・・・・でも、あそこには草も花も木も空もある。俺の連れ達も気に入っているみたいだからな。」

次の居場所が見つかるまで、少しの間世話になるだけさ・・・・ そう言いながら彼はマティーニを一気に飲み干して、僅かに眉を顰めた。

「それに毎晩庭見てるわけじゃねーよ。あんな中途半端な気配の消し方をすりゃ、ライオンじゃなくても気がつくさ。」

知ってるだろう?俺の眠りが浅いことを ―― マスター同じものを・・・士度は氷だけになったグラスをこの城の主に返した。

「ん・・・・。ちょっと最近・・・・不安定だからね。特にVOLTSが解散してからは。周りも、自分も、急激に変化していっていることに今更ながら驚いているんだと思う。
 銀次さんも、君も、新しい生活をしている・・・・十兵衛や朔羅も、進む道を決めたみたいだ・・・でも、僕は?・・・・成すべき事も、辿り着くべき処も、僕は知っているはずなのに、
 時々、頭を掠めるんだよ、士度。・・・・自分は、誰、なのかを。」

ギムレットを・・・・・ カクテルグラスをツッと差し出して、花月は俯いたままマスターに呟いた。士度は黙って花月の話を聞いている。

「僕は・・・・“風雅”のリーダーだった・・・・」            「・・・・昔はな。」

「そして戦慄の貴公子なんて呼ばれたりして・・・」       「・・・・ロウアータウンの連中からだろ。」

「VOLTSでは君と同じ四天王だったよね・・・・・」        「VOLTSが解散するまではな・・・・」

「・・・・そして、風鳥院家の跡取りだ。」              「・・・・十兵衛や朔羅にとっちゃ大事なことだろうな。」

「・・・・じゃあ、君や、銀次さんにとって・・・・君にとっての僕、は何?」

己の言葉を聞いて、花月はハッと我に還った。何て馬鹿なことを訊いているのだろう、自分は・・・・。士度は無表情に自分を見つめている。
今、彼が隣に居ること、それが答えなのに・・・僕は・・・・。

「ただの“花月”だろ。」

その言葉に花月は瞠目した―― そんなはずは無いのに、久し振りに名前を呼ばれた・・・・そんな気がした。
ブランデーベースで何かくれ―― アルコール度数35%は二杯目が既に空になっていた。

「・・・・それとも“絃の花月”とか“戦慄の貴公子”とでも呼んでもらいたいのか、お前は。」

そして俺は未だにビースト・マスターか?―― フンッと鼻で笑いながら士度は挑発するように彼の眼を見据えた。
花月の瞳が揺れている―― そう感じたのは、蝋燭の灯のせいだろうか?

「・・・・違うよ。君は僕の――」

ジリリリリリ・・・・・・・・・・・

花月が言葉を紡ぎ終える前に、けたたましい電話のベルが店内に鳴り響いた。
客たちの身体がビクリと動き、視線が一斉にカウンターに向く。
花月も少し驚いたような顔をしている。
失礼・・・・と客たちに軽く会釈しながらマスターがその受話器を取ったことで、囁くような会話と控え目なBGMだけの世界がまた店内に戻ってきた。

「・・・・やっぱ、お前本調子じゃないみたいだな。今日は朝まで飲んで、溜まってること全部吐き出しちまえよ。」

いつの間にか出されていたハーフ・ロックの琥珀を掲げながら、今日は俺が奢るぜ、と、彼にしては珍しい笑みを花月に向けた。
そうだね・・・・――花月もフワリと微笑んだ。

「マドカさんには悪いけれど、今夜は君を朝まで帰せないな。」

明けのカラスが鳴くまで付き合ってもらうから覚悟してよね!――  マドカはかんけーねーだろー!?
マスター!ニューヨークを追加!
                      ・・・・・・・・・・・・!――――!!
そして雀の声が聴こえてくるまで杯は重ねられ、小さなバーの主人の手は、休む暇さえ与えられなかった。









「・・・・・・今、何時だ・・・・おい、花月、そろそろ帰るぞ・・・・・」

30分程前からカウンターに突っ伏してしまった花月を、士度は揺り起こした。
そして、手に残ったシカゴを飲み干して、グラスをカウンターに静かに置いた。

「・・・・・う〜ん・・・・・・分かった・・・・・その前にちょっと、御不浄へ・・・・・」

席から立ち上がり、フラリと揺れる花月を士度は支えてやる。

「大丈夫か、お前?」

ついていこうとする士度に、一人でもへーきへーき!とヒラヒラと手を振り、フラフラとトイレへ向かう花月を士度は溜息混じりに送り出した。

「・・・・彼はあんな風に笑って、こんな風に話す人だったって、今日始めて知りましたよ。」

士度と共に花月の後姿を見つめながら、マスターは静かに言った。

「・・・・?アイツ、よくここへ来るんじゃないのか?」

「時々フラリ、と立ち寄られますけれど・・・・いつも一人でしたよ。黙ってグラスを空けて、2時間程で帰られるんです。
 美人さんなんで男性にも女性にもよく声を掛けられるんですが、ほとんど相手にしないで・・・・」

だから彼の、今日みたいな楽しいお酒を見るのは初めてですよ。―― 金縁眼鏡が上品に似合うバーの主人は、ニッコリと微笑みながらそう告げた。
そうなのか・・・・・・勘定を払いながら士度は空いた花月のグラスを見つめた。
最後のジャック・ローズが奴には相当キたようだ。








「〜〜ッ!清清しい朝だね、士度!少し頭痛がするのが傷だけど・・・・・」

夜が明けたばかりの薄く冷たい空気を吸い込みながら伸びをして、花月は後ろからついて来る士度の方を振り向いた。
すると、何か赤いものが綺麗な弧を描いて花月の方へ飛んで来た。

「・・・・?林檎?」

パシリ、と花月の手に納まったのは、鮮やかな赤。

「お前が席立ってるときにマスターから貰ったんだよ・・・・喰っとけ。サッパリするぞ。」

「ありがとう・・・・でも、君の分は?」

手ぶらの士度を見て花月は首を傾げた。

「俺は、いい。」

別に特別酔っ払ってるわけでもねーしな・・・・と士度はジーンズのポケットに手を突っ込んだ。

「そう?それじゃあ遠慮なく・・・・〜〜!!何コレ!!」

半端なく酸っぱいじゃないか!!―― 半分涙眼になった花月が士度を見ると、彼はククク・・・と小さく笑っている。

「〜!士度!君知ってたね!!」

花月は齧り掛けの林檎を士度に向かって放り投げた。
動物や植物、自然についての知識が豊富な彼のことだ、その熟し具合や色からそのくらいのことを判断できても不思議ではない。

「お、酸っぱかったのか?しょーがねーな・・・・俺が半分喰ってやるよ。」

友達
(ダチ)だからな!

戻ってきた赤を難なく受け止めた士度はわざとらしくそう言うと、素手でその赤い果実を綺麗に二つに割った。
そしてその半身を再び花月に放る。

「少しでも喰っとけよ。お前の胃の中アルコールだけだろう?」

こんな林檎でも胃には優しいはずだぜ?  そう言いながら士度はシャクリ、とその味を気にするでもなく、大地の恵みに歯を立てた。
花月も渋々ながらも、もう一度、その映える色を口にする―― 確かに・・・・口元の酸味が通り過ぎると、胃の中に新鮮な空気が舞い込んだような気分になった。
な、悪くねぇだろ?そう言いながらこちらを見た士度の双眸が、花月にはとても優しく感じられた。




小さな風見鶏を頂く音羽邸が見えてきた―― すっかり朝帰りだね・・・・と花月が笑うと、別に誰も気にしやしねーよ・・・・と士度は首を鳴らした。
しかし、遠く門の前に人影が見える・・・・盲導犬を連れた、長い黒髪の小柄な少女。キョロキョロと辺りの気配を窺いながら、何となく落ち着きが無い。
あれ、マドカさんじゃないのかい?花月が最初に彼女に気づく。士度も一瞬遅れてその姿を眼に入れ、僅かながらだが驚心したようだった。

「君のことを待ってるんじゃないのかい?」

だったら早く行ってあげないと・・・・彼女の周りの空気が不安を纏っているように花月には感じられた。

「知らねーよ、だってまだ六時前だろ・・・・牛乳屋でも待ってるんじゃねーか?」

何でもないように彼は答える。―― でも、お邪魔したら悪いから、僕はもう帰るね・・・・ そう花月が言いながら身を翻したとき、士度が花月の名を呼んだ。

「――何?」

彼の瞳はいつも真っ直ぐだ。

「―― 花月、俺の前では強がるなよ。」

これからもな ――― それだけ言うと、士度もまた身を翻し、再び帰途へついた。

「・・・・うん。」

朝日に眼を細めながら、花月は彼の後ろ姿を見つめた。
小さな返事も彼に届いたようだ・・・・士度が振り向かずに手を上げて軽く振ってきた。

「――!士度さん!!」

少女が彼の名を呼ぶ声が聞こえる―― それは安堵と喜びの表情が混ざった音。
何も言わずに消えた彼を、彼女はいつから待っていたのだろうか?
盲導犬とともに彼女は走ってくる―― 士度もその歩を早めた。・・・・・・今はまだわからないけれど―― いつか、 其処が君の還る場所になるのかな・・・・。
そして彼のバンダナが朝風に靡いた。

マドカに手を取られて困惑する士度の姿を、少し離れた樹の上から花月は何となく眺めていた。
胃の中で林檎が溶けていく感触が、身の内側から伝わってくるような感覚に襲われる。
この樹の上で少し休んでいった方が良さそうだ―― 太い幹に背を預け、花月は木漏れ日を囁くその傘を通して空を見た。
そしてバーでの彼との語らいを思い出す・・・・日頃の鬱屈やら戯言まで、あまりにも喋る自分に驚いていた僕。いつになく饒舌だったような気がした、彼。
おかげでこの青い空のように、今の心は晴れやかだ。

昨夜、僕は―― 心の雨を凌げる場所を探していた・・・・それは、ただの通り雨かもしれなかった―― けれども僕は・・・・・。
僕は樹を、見つけた。
否、昔から、知っていたのだ。
その雨宿りができるくらいの、大きな樹を。
少しだけ、そこに座らせて。時々でいいから。君の傍に居ることは、心地良い・・・・いつか君が枯れそうになったときに、僕も潤う水を届けにいくから。






そして、僕らは―――




君は、大切な人を奪われて、そして文字通り生命をかけてその人を奪り還した。
君の愛と友情への誠実さと、其れがもたらす哀しみと痛苦の叫びを僕等は聴いた。
そして穏やかに眠る君と彼女を見たとき―― あぁ、彼は辿り着いたのだと・・・・守るべき、居場所に。彼が還り着くべき最後の処に。
君は変わっていく―― 穏やかに、ゆっくりとその葉を広げていくのだ・・・・そんな泉を君は見つけた。





僕は――過去への井戸を探し続けて、そしてようやく見つけた其処に、大切な者を落としてしまった。
その井戸は果てしなく深くて―― 手を伸ばしただけでは届かない。奪り還さなければ・・・・最後の音がその井戸から響いてくるその前に。
失われた刻が、無限城の変化が、僕の心を枯渇させていく―― その渇きから逃れるように、今の僕が浴びているのは血――。
探しモノが見つからない苛立ちが、僕を変えていく。失ったモノ、亡くしたモノ、見つからないモノ・・・・未来が見えない―― そして僕は過去に翻弄され続けるばかり。

心の雨と血の雨が―― 止まなくなってしまった、そんなとき、僕は絶望から忘れかけていた樹に再び出会う。

「答えを探しに行くなら付き合うぜ?」

あの時の林檎の酸味が口の中に広がった。
・・・・少しだけ、隣に居てもらってもいいかな。あの月夜の晩のように。君が傍に居てくれると、見失いそうな自分を繋ぎとめられるような気がするから。

「ありがとう・・・士度・・・・」

もう一度、雨宿りをさせて、君の葉の下で。こんな血溜りの中でも、今僕の脳裏に浮かんだのは、綺麗な放物線を描いて宙を舞ったあの鮮やかな赤。
そしていつかもう一度、あの夜と朝を君と笑い合いたい。それは憂いから目覚めた希望の過去。そして望むべき未来・・・・。



そう、今はゆっくりと眠るといい。鳥も獣も人間も、大空を舞うその翼や大地を駆け抜けるその脚や、内側で廻るその心が疲れたときには、安らぎが必要だ。
探しモノはきっと見つかる。心の餓えと渇きを潤してくれる泉もきっと現れる・・・・。お前があのとき俺の隣を走ってくれたように、今度は俺がお前の隣を駆けよう。


そういえば、花月のこんな穏やかな寝顔を見るのは、あの月夜の晩に飲んだとき以来だと士度は思った。
この闘いが終ったら―― もう一度花月と一緒にあのバーを訪ねてみようか。
そして朝まで語り明かし、飲み明かそう。
そうしたら花月
(コイツ)のとびっきりの笑顔をまた見られるかもしれない―― 昔から、俺の調子を奪うのが上手だった、あの笑顔を。




君の気配が懐かしくなった―― そんなことを言うと、君は笑うだろうか・・・・

辛いとき、苦しいとき、安らぎを分かち合いたいとき・・・・気がつけば僕の隣にいる、

そんな君は―――  ボクノ、トモダチ。






Fin.



Mondlicht3333キリリクをMISSA様より、『VOLTS解散後の士花をややシリアスで』からでした。
士度と花月の語り−酒でも飲みながら−ちょっと今の本誌のエピソードに繋げたいかも・・・・という発想の流れからこんな話になりました。
本誌と連動して士度&花月の友情が脳内でかなり祭り状態な管理人は、嬉々として書かせていただきました素敵なリクエストでしたv
しかし・・・MISSA様好みの士花になっているかどうか今までになく超絶に不安です・・・・スミマセン;
よろしければどうぞお持ち帰り下さいませ・・・・もちろん返品可です;
頭の中で士花士花!とリピートしながら書いたのですが、
それでもマドカをチラッと登場させてしまうあたり、私のマドカ好きも相当なもの・・・・と自覚してしまいました。
MISSA様、キリ番申告とリクエストをどうもありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します♪

作中カクテルが七種類登場しますが、どんなカクテルなのかを知りたい方は、
「カクテルガイド」でググッてみれば、いろいろなカクテルが製法付きで拝めます。
(注:見るのは自由、お酒は20歳になってから☆)