婚礼の儀式は、魔里人の隠里で静かに厳かに行われた。
里の人たちが用意してくれた蒼と白で鮮やかに刺繍された婚礼用の民族衣装を身に着け、
一連の儀式のあと、木漏れ日の中、誓いの杯を交わした。
長老様が最後に仰った、「これで二人は何人にも断ち切れぬ永遠の絆を――」という行のところで、
私の見えない眼から涙が零れた。
あぁ、これから彼はずっと私の傍にいるのだ・・・彼は私と、私は彼と、残りの人生を分かち合う・・・
何よりも、誰よりも望んで止まなかった私の生涯で一番大きな夢が、現実になった瞬間――。
そう思うと、私の心は彼への愛しさと喜びで一杯になり、涙は止まるところを知らなかった。
彼が心配そうに覗き込んでくる、違うの、嬉しいのよ。私はこの喜びと幸せをどう表現したらいいのか分からないの・・・。
彼の大きな手が、長くて綺麗な指が、私の涙をそっと拭ってくれた。
魔里人を率いる者として、そして私の生涯の伴侶として・・・私の目の前に立つ彼はいつも以上に壮麗に感じられる。
彼が私の耳元で囁く―― この幸せに勝るものなど、何処にもない、と。
彼が、少し照れくさそうに微笑む気配がする。そうやって、あなたは私の心を弾ませる・・・繋いだ指先がどちらともなく絡まりあい、
そして誓いの口付けを・・・・里の人々と父様と、動物たちから祝福の拍手と歓声が上がる。
やがて、賑やかな宴が始まった――。
そう、この日、私は世界で一番幸せだった。
そしてこの幸福は、永遠に続くものだと信じて止まない。
私たちの指に輝く銀の指輪に刻まれている紋様のように、私たちは別たれない比翼の鳥。
宴の席から少し離れた火炬の下で、彼は私を抱きながら呟いた―― お前の夫になれたことを、誇りに思う ――。
あぁ、大好きなあなた。あなたの妻となれたことは、私にとって、何にも勝る喜びなのです――。
そして、少し照れ屋の彼が、滅多に言わない言葉を口にした。
― 愛してる―― 誰よりも、お前のことを。
約束しよう、お前を必ず幸せにすると ――
私は彼を見上げた。彼の存在こそが、私を照らす唯一の光 ――。
私も、あなたに負けないくらいあなたのことを愛しています―― 二人で、幸せになりましょうね ――。
月がとても綺麗な夜だと彼は言った。まるで私たちを祝福してくれているかのように輝いている、と。
私にとっての月は、あなた。その輝きは、その波動は、私の心を震わせ、私の心を満たしてくれる――。
この日、私たちは身も心もその命の歩みも、永遠の絆で結ばれた。
森の呼吸が、虫の音が、動物たちの吐息が、私たちを優しく包んでくれた。
里の人たちと、父様が私たちを呼ぶ声が聞こえる ―― 今宵はこの幸せに酔いしれましょう、そう私が言うと、
何時までも醒めない宵(酔い)であって欲しい、と彼は笑った。そして私の手をとって、宴の輪の中に入って行った。
「「「えぇ〜!?」」」
HONKY TONKに式を挙げたと報告に行くと、ヘブン・夏実・レナからこの反応だ。
波児がにこやかに「おめでとう、お二人さん。」と言い、今日はお祝いで奢りだよ、とマイセンのペアカップを出して珈琲を淹れた。
士度とマドカは礼を言い、マドカは「これからも宜しくお願いします。」と頭を下げた。波児も、こちらこそ、と返している。
一方かしまし三人組はすっかり興奮状態だ。
「ねぇ、それっていわゆる神前結婚式になるわけでしょ!?じゃあ披露宴は?」
捲くし立てるヘヴンに、お前、もっと他に言うことがあるだろう、と士度が眉を顰める。
「チャペルは?ブーケは?白無垢にウェディングドレスは?」
「誓いの言葉と誓いのキスの感動を分けてくれないんですか!?」
夏実とレナもカウンターから身を乗り出して訴える。
「あの、でも、最初から挙式は魔里人の伝統的な儀式で…ということに決めていたので、披露宴については何も…」
他の知り合いにはカードでお知らせしようと思っているんです、とマドカは少し困った風に答えた。
「でもでも、一生に一度のことよ!今からでも遅くないわ!マドカちゃんだって純白のウェディングドレスに憧れたことあるでしょ!?」
そんなヘヴンに士度が、おい・・・と口を挟もうとする。
「―― 純白のウェディングドレスがどんなものかは、わかりませんけれど、お友達の結婚式で感じたあの幸せな気持ちは
その何倍も、誰よりも感じることができましたから・・・。とても満足しているんです。」
そう晴れやかに微笑みながら答えるマドカに、そう・・・とヘヴンは肩を落とした。
「・・・でもね、士度クンとマドカちゃんの人生の門出なんだから、やっぱり私たちもお祝いしたいじゃない?」
水臭いわよ、あなたたち・・・と、少し寂びしそうにヘヴンは言った。
そんな彼女に士度も、そりゃ悪かったな・・・とぶっきらぼうにだが、いつにない気遣いの言葉をかける。
「・・・・じゃあ、パーティーやりましょう、パーティー!ここでもどこでも近いうちに!」
夏実の提案に、あ、それいいですね!とレナも飛びついた。
そして二人は早速会場探しに情報誌を捲り始める。波児はそんな二人にまずは仕事してよ〜、とぼやくと、
「でも、まぁ、俺らでパーティーくらいはやってもいいよね。」
あいつ等も騒ぎたいだろうし、と士度とマドカに向かってウィンクをした。
それも楽しそうでいいですね、とマドカが士度に微笑めば、士度もそうだな・・・と苦笑する。
じゃぁ私もドレスを新調しなきゃvとヘヴンは早速ブランドマガジンに手を伸ばし、夏実とレナの興奮は、
遅れてやってきた蛮と銀次が加わることによってますますヒートアップしていった・・・。
「なぁ、やっぱり着てみたかったか?」
―― ウェディングドレス・・・・黄昏の帰り道、士度がボソリと呟いた。
そんな彼をマドカは意外、というような顔で見つめる。
「私、そんなに着たそうな顔、していましたか?」
マドカはニッコリと微笑みながらそう言うと、隣を歩く士度の顔を見上げるような仕草をした。
「いや・・・でも、よ。女にとってはやっぱり特別なものなんだろ?そーゆーのって・・・」
「私は、私だけの特別なものを、もう沢山貰いましたから。」
士度の声にマドカの声が重なった。
「これ以上望んだりしたら、きっと罰が当たりますよ。」
―― だから、気にしないで。そう優しい表情をみせるマドカに、士度の心は少し救われる。
ほら、士度さん、私がこう言っているのに、どうしてまだそんなに困った顔をしているんですか?
マドカは手を伸ばして士度の頬に触れながら、少し怒ったフリをした。
別に困ってねーよ・・・・と士度言うが、マドカにはそんな誤魔化しなんぞ通用しない。
士度さん! ―― ほら、帰るぞ・・・・ 士度は歯切れ悪くマドカとモーツァルトを促すと、夕日に背を向ける。
もうっ!とマドカはモーツァルトのハーネスから手を離すと、士度の腕に縋った。
士度の歩調が、マドカの歩調に合わせるようにその速度を緩めた。
そして二人は夕日に照らされながらゆっくりと家路につく。
一つになった二人の影を踏みながら、モーツァルトは尻尾を振って二人の後をついていった。
隣のティールームからマドカの声が聞こえる―― コロコロと軽やかに響くその言葉は、おそらくイタリア語。
彼女にしては珍しく少し興奮しているようだ・・・・そんなことをボンヤリ考えながら、士度は温室で食後の珈琲を口にしていた。
執事が買ってきた、『山と植物』なんて雑誌を気晴らし程度に捲りながら。
マドカの声が諦めたように急に大人しくなる。
「Si, si,・・・・Grazie・・・・Ho capito, richiamerò più tardi.
・・・・Va bene. Ci, vediamo・・・Ciao.」
そして、チン・・・と電話を切る音がして、長かった会話がようやく終った。
その後ティールームから士度に届いたのはマドカの躊躇う気配・・・そして小さな溜息。
確か、彼女の恩師であるビスコンティ氏に結婚の報告をすると言っていたが・・・・反対されたのか?
先方にとって自分は確かにどこの馬の骨とも分からない輩だろう・・・・それも無理の無いことだが。
そしてモーツァルトとともにマドカがおずおずとティールームに入ってきた。
その表情に悲しみの気配は見受けられないが、はっきりと戸惑いの色が浮かび上がっていた。
そんな彼女の様子に一抹の不安を感じた士度が、その名を呼ぼうとしたとき、彼女の唇が彼の名を先に紡いだ。
「士度、さん・・・・」
そして恥じらいと躊躇いを声に乗せて、彼女は言った。その顔はこころなしか、赤かった。
「やっぱり・・・ウェディングドレス、着てもいいですか?」
彼女の唐突な発言に、士度は一瞬言葉に詰まる。
しかし、自分が考えていた最悪の言葉が彼女の口から出てこなくてとりあえず一安心。
「それは・・・もちろん。しかし、どうしたんだ、急に?イタリアの先生が何か・・・」
「そのことなんですけれど・・・・・」
その後マドカが告げた先程の電話の内容に、士度の顔がみるみると蒼くなっていった。
そして急に訪れた頭痛と眩暈に頭を押さえる。あぁ、どうしてこのパターンを俺は前もって想定しておかなかったのだろう?
そんな士度の様子に、マドカが心配そうに声を掛けた。
「あの・・・・やっぱり無理でしたら、断って・・・・」
「いや、そのまま話を進めてくれ・・・。俺のことは心配しなくて、いい・・・」
そこへ「失礼致します」と、唐突に家庭教師の女性がティールームに入ってきた。
その細面の上品な顔には満面の笑みが張り付いている。
士度は露骨に嫌な顔をした。
「・・・・そんな顔をなさってもいけませんよ、士度様!さぁ、特訓です!」
「「「バンザ〜イ!!」」」
HONKY TONKに事の顛末を報告に行くと、ヘブン・夏実・レナからこの反応だ。
パーティーの話しなんぞその瞬間、綺麗サッパリ頭の中から消えてしまっていた。
「イタリアで挙式なんて凄いじゃない!しかもヴェネチア!?よく会場の予約が取れたわね〜!」
「・・・・ビスコンティ先生と兄弟子たちが、私の花嫁姿をどうしてもみたいから、と仰って・・・。
それに婿殿にも是非お会いしたいから・・・と、急遽手配してくださったんです。
皆様には急なお話で本当に申し訳ないんですけれど・・・・」
「え〜、全然平気ですよぉv私一度行ってみたかったんですよ、イタリア!
パスポートだってこの間レナちゃんと韓国に行ってきたのがあるし!ねぇ、レナちゃん?」
レナもそうそうvと満面の笑みでジャーンッ!とどこから取り出したのかさっそくパスポートを見せびらかした。
「・・・・僕らは・・・僕らには・・・パスポートも、ソレを申請するお金も、飛行機代・・・も・・・」
垂れ銀次が涙の中で溺れている。蛮も決まりが悪そうだ。
「おい、波児・・・・」
「わかってるよ、なんとかするよ・・・・。」
全く、お前たちは・・・と波児は珈琲を淹れながら呆れ顔だ。
「銀次さん、蛮さん、飛行機代と宿泊費の方は私たちの方でなんとかしますから・・・」
「ホント!?〜〜マドカちゃん、ありがとう!!」
現金にも銀次は即座に復活し、蛮も「さすが嬢ちゃん!話が早い!」と両手を揉んだ。
「いえ、最初に士度さんがそう仰ったんです。あの二人はどうせ文無しだからと。」
士度が言った通りのことをマドカはサラッと口にした。蛮と銀次は壁際でいじけモードに入る。
「・・・・そういえば、今日は旦那さんは?」
そんな二人に同情の眼差しを送りながら、卑弥呼が見当たらないビーストマスターのことを新妻に訊ねた。
「士度さんは・・・あの、家庭教師の先生に捕まって、イタリア語の練習と英語の復習を・・・」
なかなか離してもらえなくて・・・とマドカは心底気の毒そうだ。
英語の・・・復習?と、ヘヴンが首をかしげる。どこかで以前習ったことあるのかしら?
「はい、あの、この間、ドイツの宮殿で催されたコンサートが、ダンスパーティーも兼ねていて、
エスコート役が必要だったので士度さんにお願いして一緒に来ていただいたんです。
その時、最低限英語と、多少のドイツ語を・・・と先生に叩き込まれていました。もちろん、その、社交ダンスも。だから・・・」
士度さん、もう英語は結構話せるんですよ、とマドカはにこやかに答えた。
へぇ〜vと女性組は感心し、蛮は― 猿が英語にドイツ語に社交ダンスなんて・・・似合わねぇにも程がある!―と思ったが、
流石にマドカの前なのでそれは、言わない。
「それで、愛しい旦那様がいないから今日のマドカちゃんはちょっぴりブルーなわけだ?」
ラヴラヴねぇ〜vとヘヴンはからかいながらマドカを覗き込んだ。
一方マドカは、それもあるんですけれど・・・とその顔は曇ったままだ。
「その・・・士度さん、飛行機ダメみたいなんです。」
その言葉に、へ?と一同の視線がマドカに集中した。
そんな場の雰囲気に少し戸惑いながらマドカは続ける。
「・・・この間のドイツに行くとき、士度さん初めて飛行機に乗ったみたいなんですけれど、ずっと頭が痛いって。
飛行機酔いなのかどうなのか分からないんですけれど、気圧の変化が身体に凄く合わないようで・・・。
士度さんは何も言わないんですけれど、機内でもずっと具合が悪そうで、降りた後も二時間ぐらい頭痛が取れなくて・・・。
心配するな、気にするな、そのうち慣れるからって士度さんは言うんですけれど、あんなに具合が悪そうな士度さんを感じるのが、
私、辛くって、申し訳なくって・・・・だから・・・・」
・・・・今回もまた彼にそんな思いをさせるのはとても心苦しいんです、とマドカは半分泣きそうだ。
これはまた意外な弱点ね・・・、とヘヴンが呟けば、ウンウン、と夏実とレナも同意する。
銀次が、オレ、飛行機乗ったことないからわからないや・・・・と蛮の方をチラリと見ると、
猿マワシのはかなりの重症だぜ?と蛮も驚いた風だ。
まぁ、でも・・・と波児が食器を片付けながら言う。
「マドカちゃんの為なら、士度君にとってはそんなこと、きっと全然大した事じゃないと思うよ。」
「・・・そう、でしょうか?」
「そうよ、きっと!士度クン結構頑丈にできてそうだし!マドカちゃんの為ならたとえ火の中水の中だし!
だから飛行機の中くらい何でもないわよv」
それに彼は案外適応能力もありそうだから、飛行機にも体がすぐに慣れるわよ・・・と卑弥呼も珈琲片手に賛同する。
「ま、嬢ちゃんは余計な心配しないで、奴のこと引っ張っていけばいいんだよ。」
片目を瞑りながら威勢良く言う蛮の言葉に、マドカは遠慮がちに微笑んだ。
そして膝の上でエンゲージリングをそっと撫でる。銀細工で模られ、ダイヤで飾られた比翼の鳥がマドカの指先に舞った。
どうか、今回の旅で士度さんが辛い思いをしませんように・・・・マドカはその守り神にそっと、願いを託した。
そして半月後―― 一同は機上の人に。目指すは一路、イタリアへ―― 水の都、ヴェネチア。
――海に浮かぶ街を、翼を持った獅子が守る都 ――
その日のイタリア行きの便はいつにも増して賑やかだった。
半月前の急な告知にも関わらず、HONKY TONKの常連客の他、笑師や卑弥呼、音羽邸の執事と家庭教師とメイドたち、
それにマドカの音楽院時代の友人たちも嬉々として参加してきた。
新郎新婦はファースト・クラス、残りの客人たちはビジネスとエコノミーにそれぞれ分乗して、空の旅に身を委ねた。
ま、せいぜいお大事にな、猿マワシ!と搭乗前の蛮の挑発を、士度は覇気無くウルセーと返しただけだった。
そんな彼の様子から事情を知る者には彼のこれからの試練が気の毒でならなかった。
快適な空の旅を― と簡単に言えれば良いものを。
新郎はどうやら飛行機に弱いらしい―― そう聞きつけた音羽邸の使用人やマドカの友人たちから大量に酔い止めの薬が提供された。
その薬の山を目の前に、士度はただただ途方に暮れるばかりだった――。
夕食が終わり、機内は消灯時間に入る――
マドカは機内食の半分ほどにしか手をつけなかった士度の体調が気になって仕方がなかった。
飛行機が離陸してから、士度はあまり言葉を発しない。具合が悪い素振りを見せるわけでもないが、
マドカにはその気配や雰囲気から、彼の調子が良くないことが感じられた。
周囲から眠りの気配が感じられる・・・・隣にいる士度はフルフラットシートに身を預け、読書灯をつけてまだ起きていた。
ノートを捲る音がする。以前彼は確か、頭痛がするときは他のことをしていれば眠気に誘われて良いと言っていたような気がする・・・・。
「士度さん・・・」
マドカは少し身を乗り出して、小声で士度を呼んだ。士度はゆっくりと頭を巡らし、マドカの方を見やる。
「どうした?眠れないのか?」
周囲に配慮してか、彼も小声で返事をしてきた。その穏やかな声に、マドカは少し安堵する。
「・・・・士度さん、具合悪くないですか?ごめんなさい・・・私の我儘でこんなことになって・・・士度さんに辛い――!」
不意に士度がマドカの後頭に手をやって彼女をソッと引き寄せると、その言葉を紡いでいる唇に徐に口付けた。
そんな彼の唐突な動作に虚を突かれたマドカだったが、ゆっくりと進入してきた彼の舌に口蓋をなぞられると、
その甘美な熱に落とされる――。上がりそうになる快楽の声を自ら殺し、その代わりといわんばかりに彼のシャツを握り締めた。
ピチャッ・・・と甘い音がして、二人の唇が離れる。士度はマドカの濡れた唇にもう一度触れるだけのキスを落とし、言った。
「・・・・言ったはずだ、気にするな、と。それにお前の恩師には前回会うことが叶わなかったからな。いずれこっちから挨拶に
いかなければと俺も思っていたところだ。それが少し早くなっただけだろう?マドカ・・・お前がそんな顔をしていると、
俺の頭痛はますますひどくなるばかりだぞ?」
最後の方は彼にしては珍しくおどけるように言いながら、士度はマドカを覗き込んだ。
彼女の瞳が揺れている。
「何か、私にできることはないですか?」
彼の手を握り締めながら、マドカは縋るように士度に問うた。
「もう、寝てくれ。明日は朝一で着いて、そのまま昼過ぎには式だろう?花嫁が寝不足だったら台無しだぞ?
俺ももう休むから・・・・」
あぁ、手はこのままにしておいてくれないか?お前の“気”は心地良い・・・・。
彼からの滅多に無いお願いにホッとする自分をマドカは感じた。そして、そう言いながら微笑む士度の頬にソッと口付けた。
彼もマドカの額に唇をあてると、おやすみ、と言って彼女に毛布をかけてやった。
明日の朝、私たちは太陽の国に降り立つ―― そこで士度さんが少しでも癒されればいいな、とマドカは思った。
カチリ、と読書灯のスイッチを切る音が聞こえた。しかし彼の瞼が閉ざされる気配はいつまでたっても感じられない。
ふと、マドカの心配を読み取ったように、繋いでいる彼の手が、その親指が、そのまま優しくマドカの手をなぞった。
―― それは、大丈夫、の合図。
そんな彼の無言の優しさも、この温もりも、私のかけがえの無い宝物・・・・こうやって私は宝石箱の中身を増やしていくのね・・・・。
彼の“気”に眠りを誘われるように、マドカは夢の世界の扉を開けた。
そして彼の人の手を引きながら、その向こうへと駆けて行った――。
Something New
〜何か新しいもの〜
Something Old
〜何か古いもの〜
Something Borrowed
〜何か先に結婚した人から借りたもの〜
Something Blue
〜何か青いもの〜
そして左の靴に六ペンス銀貨を一枚・・・
"Something four " ―― それは花嫁が幸せになるためのおまじない ――
飛行機はミラノに降り立ち、一行はそのまま列車で目的地に向かった。イタリアの長閑な風景を眺めること3時間弱―― 目的地のサンタ・ルチア駅でビスコンティ氏と
彼の付き人であるマリーニ氏、そしてマドカの兄弟子や留学時代の学友が新郎新婦の到着を待ち侘びていた。
<先生!>
電車から降りるやいなや、マドカは恩師の声がする方へモーツァルトとともに一目散に駆けて行った。士度も慌ててそれに続く。
<あぁ、マドカ!よく来てくれたね・・・。早く君の愛しい人を紹介しておくれ。>
<Piacere. Molto lieto. Mi chiami Shido Fuyuki. (初めまして。お会いできて嬉しいです。冬木士度です。)・・・>
「凄い〜!士度さん、イタリア語話してますよ!あ、英語に変わった?」
「英語の方がまだ得意だからって・・・気の毒に、本当に叩き込まれたのね、新郎はv 蛮クンも負けてられないんじゃないの?」
そのうち語学の数で負けちゃうわよ〜v とヘヴンはニンマリと蛮の方を見た。
「ウルセー!俺の方がまだ上だ!イタリア語はわかんねーけど・・・要は中身だ!」
本ッ当に似合わねぇことしやがって、猿マワシが俺に勝とうなんざ十年早えぇんだよ!と蛮は息巻いたが、
「・・・・身長、収入、恋人、結婚・・・アンタの白星ってどこよ?」
と卑弥呼に突っ込まれて撃沈する。その隣では「士度、かっこいいなぁ〜!蛮ちゃん、俺にも外国語教えてよ〜v」と銀次が一人向学精神に燃えている。
「ホンマ、愛の力は偉大やな♪」
ワイも早く嫁さん貰いたいわ〜vと笑師のその眼は誰を思ったのかハートマークだ。
「あ、移動するみたいですよ〜!行きましょ!」
夏実とレナははしゃぎながら手を取り合って士度とマドカの後を追った。
他の面々もそれに続く。マドカの身内に囲まれて、戸惑うように会話する士度の後姿を微笑ましく思いながら。
夏の初めの香りがする六月のヴェネチア―― 太陽はその水面を宝石のように輝かし、ゴンドラとヴァポレット(水上路線バス)が運河を行きかう水の都。
一同がヴァポレットで向かったのは式場となるゼノービオ宮殿の最寄となる波止場、アカデミア。
そこから徒歩で少し、木陰がある広場、貴族の邸宅を縫いながら裏路地を行くと、緑の木々に包まれた赤レンガ色のゼノービオ宮殿に着く。
17世紀末に建てられたバロック建築のその外観は上品で落ちついた貴族の風貌。その一方で、一度その館に足を踏み入れると、そこは豪華絢爛な貴族の世界。
著名な画家たちによって描かれた飾り漆喰の壁、華麗な舞踏室、輝かしいフレスコ画で彩られた天井・・・・一行がその豪奢な造りに見蕩れている間に、
新郎新婦はそれぞれの控え室へと消えて行った・・・・。
「だいぶ、緊張していらっしゃるようですね、士度様。せっかくの祝いの日なのですから、どうか気を楽になさってください。」
仕立て屋にモーニングの最終調整をしてもらっている士度の様子を見て、執事の木佐が声を掛けてきた。その言葉に士度は僅かに苦笑する。
「そうだよな・・・。けど、こんな西洋風の仕来りとか風習とかに― まだ慣れてねぇからな。」
なかなか気持ちがついていかねぇんだよ、と一人言つ士度のアスコットタイを直しながら、飛行機と同じです、そのうち慣れますよ、と執事はにこやかに励ました。
そこへマドカの兄弟子であるカルロとマーリオが賑やかに入ってきた。
スコディックグレーのモーニングを着こなし、髪を後ろへ撫で上げた士度の姿を見てマーリオは思わず口笛を吹く。カルロも満足そうだ。
< Bello !(カッコいいじゃないか!) やっぱりスーツはイタリア製が一番だろ?
しかし、俺とだいたい同じくらいの身長だってマドカが言っていたから、俺に合わせて採寸したんだが・・・。
おい、仕立て屋さん、裾直しをしているってどーゆーことだ?彼の方が俺より足が長いってことかい?>
ブルネットの髪でガッチリとした体格の好青年であるマーリオが肩眉を上げながら仕立て屋を見下ろした。
<その通りでさぁ、旦那。>
仕立て屋はクスクスと笑いながら士度の足元で手早く裾を下ろして見栄えを纏めている。ここいらでみる日本人はもうちょっと小さい人たちばかりなんですがね・・・と、
東の国の人間にしては大柄な士度と木佐を見ながら不思議そうな顔をした。
<まさかマドカがこんなに早く結婚するとは僕らも思ってはいなかったからね・・・・。場合によっては新郎を一発ぶん殴って追い返してやろうかと思っていたが、
君のことを見て気が変わったよ。敵いそうにもない。>
いろいろとね・・・・ 背中まで伸びたプラチナブロンドの長い髪を後ろで結わえている物腰柔らかな青年カルロは、その風貌に似合わず物騒なことを言った。
<・・・・彼女の結婚に反対だったのですか?>
東京で感じた不安を、とりあえず士度は口にしてみた。駅からの道中観察してみたところだと、マドカとこの二人は兄と妹のような関係らしい。
現にマドカも彼らのことを“お兄様”と呼んでいた。
<そりゃあ、もちろん、最初はね。彼女のことを誰よりも可愛がってきた俺らの知らないところで勝手に彼氏を作って、そいつとそのままゴールインなんて・・・。
音楽仲間皆で賭けてたんだぜ?俺とカルロ、どっちがマドカのハートを射止めるかって。その賭けを台無しにしやがって!>
結果、シモーネの一人勝ちじゃないか!と、何に対してどこまで本気だか分からない答えをマーリオは捲くし立てながら一人大げさに頭を抱えた。
<僕もあと二、三年は待とうかと思っていたのだが・・・ちょっと慎重になりすぎたみたいだね。まぁ、先生も君のことを気に入ったようだし、これから宜しく頼むよ。>
金縁の眼鏡の奥でキラリと眼を光らせながら、カルロは士度に握手を求めてきた。
これは手強い小舅になりそうだ・・・。そう思いながら、上から下から服装を整えられるという苦しい体勢の中、士度もとりあえず右手を伸ばす。
マーリオもそんな二人の手の上にポンッと両手を乗せると、
<さて、諸君、我らが愛しの天使の姿を拝みに行くとしますかね!>
と、士度とカルロの肩を掴んでご機嫌宜しく微笑んだ。
Something New ― ビスコンティ先生が用意してくださった純白のウェディングドレス。
Something Old ― 士度さんのお母様の形見の、真珠のペンダント。
Something Borrowed ― マーリオお兄様のお母様からお借りしたレースのハンカチ。
Something Blue ― 士度さんが用意してくれた、オオルリの羽飾りがついたブレスレット。
そして左の靴に六ペンス銀貨を一枚・・・・これはカルロお兄様のコレクションから。
"Something four " ―― それは花嫁が幸せになるためのおまじない ――
<とても綺麗だよ、マドカ・・・・>
まさか生きている間に君の花嫁姿を眼にすることができるとは思わなかった・・・・そう涙ぐむ恩師の言葉に、マドカの瞳も自然と潤む。
<よいパートナーを見つけたみたいだね・・・・彼が君のことをとても大切に思ってくれているのがよくわかるよ。>
<彼に勝る私のお婿さんはいませんわ、先生。>
マドカがそう答えると、コンコン、と少し硬いノックの音が控え室に響いた。
応対にでたメイドが、すっかりお支度ができていますよ、と士度に向かって微笑んだ。
「マドカ・・・」
彼女の名を呼びながら控え室に入ってきた士度は、彼女の姿を見て一瞬言葉を失う。 そこには ― 聖女が形を成して立っていた。
スレンダーラインで袖や胸元がシースルーになっているウェディングドレスには繊細なレースの刺繍が細かに施され、
クラシカルで上品なスタンドカラーの襟元には金の鎖の真珠のペンダントが優美に輝いていた。
パコダスリーブの先から覗く白く柔らかな手には白や桃色の薔薇のブーケがその衣装に華を添えている。
イタリアンシルクで作られたシルクオーガンジーのミドルベールを被った様子は、聖母マリアを彷彿とさせた。
士度の声と気配を感じたマドカが声を弾ませ彼の名を呼んだことで、刹那彼女に見惚れていた士度は我に還った。
「士度、さん?どうしたんですか?」
やっぱり少しお疲れですか?と何も言わない士度を心配したマドカが駆け寄ってくる。
「いや・・・・お前のこの姿をこの眼に焼き付けることができて・・・良かったって思ってさ。綺麗だぜ、マドカ。」
少し照れくさそうに告げる士度に、ほんとうですか!とマドカが破顔する。手にしている花のように、その笑顔は眩しく輝いていた。
士度の後ろでそんな妹分の様子を見ていたマーリオとカルロは顔を見合わせて互いに目配せをする。
(悔しいけれど、マドカのこんな笑顔を見ちまうとさ・・・・) (・・・・やっぱり僕らでは敵わないって思うんだよね。)
そんな若い夫婦と二人の愛弟子の様子を見つめるビスコンティ氏の表情は幸せに満ちていた。
式は宮殿の鏡の間で清雅に執り行われた。
過去と現在の贈り物と、未来への願いをその身に纏う花嫁は、花婿の新たな道しるべ。
花婿が歩む一歩一歩は、花嫁を包む希望 ――
厳かに誓いの言葉を交わし、キャンドルの儀式を終え、祝福の祈りに入る。誰かの啜り泣きがその広間に小さく聞こえた。
そして誓いのキスを・・・・。士度はゆっくりとベールを上げた。現れた彼女の眼に、もう涙は無い。
その表情は幸せへの確信をもった、とても穏やかな大人の表情だった。
ふと、士度がマドカの耳に顔を寄せ何かを囁いた―― 瞬間、フワリとマドカの顔が綻び、その微笑みに会場は魅了される。
そんな彼女を見つめる士度の眼は優しい ―― それはきっと、彼女に与えられた表情だと、昔の彼を知る者達は思った。
やがてそよ風に戯れる二枚の花弁のように二人の顔は自然に近づき、永遠の恋人たちはその愛の証を参列者たちに贈る――。
鏡の間を彩る惜しみない祝福の拍手に混じり、いつの間にか持ち込まれていた楽器の数々が、マドカの同僚である名手たちと共に更なる華を添えた。
ヘンデルの「水上の音楽」よりAlla Hornpipeが高らかに響き渡る―― 新郎新婦を青空の下に送り出すように、音楽隊はその音を奏でながら列を成した。
マドカのウェディングドレスが陽の光を浴びると、祝福の鐘が空を駆け、彼らはライスシャワーで迎えられる。
サン・マルコ広場から列を成して飛んで来た鳩の群れも、宮殿の上に広がる蒼天を大きく旋回して、異国のカップルに挨拶をした。
<ブーケトスを!>
そんな誰かの声に、女性たちは一斉に反応する。新婦がクルリと身を翻し、そのたおやかな腕を上げると、空に吸い込まれるように幸せの象徴が弧を描く。
その曲線を追うように女たちの腕も踊るように揺れた。幸運を求める女性たちの悲鳴と、それを見物する男たちの歓声の中、その輝きをキャッチしたのは・・・・。
HONKY TONKの仲間たちや参列者、音楽隊に賑やかに導かれながら裏路地を抜け、士度とマドカは波止場に向かった。
そこで待ち受けていたのは、通常のものよりも一回り大きく、船首に雄雄しい金のドラゴンが模られたエンパイアブルーのゴンドラ。
宿泊先のホテルまで、新郎新婦は海上で途中夕日を浴びながらゆったりと運河の旅というわけだ。
先に舟に飛び乗った士度に抱きかかえられるようにして、その青いゴンドラに舞い降りた花嫁を、タキシードを着た愛犬が波止場の端まで追ってきた。
その口元には先程のブーケが・・・・。
そして麗しの飼い主にその白い花束を返還する。
それをにこやかに受け取るマドカに女性陣は羨望の眼差しを向けながら、一方でモーツァルトを睨みつけている。
「せっかくのブーケトスを・・・・犬に取られるなんて!」
こっちは死活問題なのよ!と喚きながらヘヴンはモーツァルトの首輪を引っ張った。
<トロイカラ、イケナインダヨ!>
そう抗議する彼の声は、士度とマドカにしか届かない。
「酔ったりするなよ、猿マワシ!」そんな声に送られて、この日の主人公たちは短い船路についた・・・・。
「街の気配と・・・・海の匂いがこんなに近いなんて!」
素敵ですね!士度さん!と、マドカは式の高揚感もそのままに心底嬉しそうだ。
ゴンドラから身を乗り出し水面の感触を楽しむマドカを、士度は落ちないようにさり気なくその細い腰を支えてやっている。
宮廷従者の格好をした船頭は鼻歌交じりにゆっくりと舟を漕ぐ ― その一際目立つ豪奢なゴンドラに眼を奪われない観光客はいない。
赤いビロードの席に座り、束の間の舟旅を楽しんでいる新郎新婦の華やかさが加わればなおさらだ。
そして四方から、各国の言葉で<おめでとう!>と祝福の声が飛んでくる。
マドカはそれにブーケを降って笑顔で答えている。
潮風が、士度の頬を掠めた ― それが妙に心地良い・・・。
<ダイブ、ゴキゲンダネ、ダンナサン。>
戯れに飛んで来たカモメが士度に声を掛けた。
<・・・・そう、見えるのか?>
幸せそうなマドカを見つめていたせいで、いつの間にか頬が緩んでいたのかと士度は少し顔を引き締めた。
<カオ、ジャナイサ― アンタノ、ココロガ、オドッテイルヨ・・・・>
そんなカモメの言葉にマドカも反応して、士度の顔を覗き込んだ。
自然、二人の距離が近くなる。
舟は白く秀麗なリアルト橋に差し掛かろうとしていた。
橋の上はすでに、この珍しいゴンドラと華麗な新郎新婦を一目みようと観光客や地元民が鈴なりだ。
マドカが彼の鼓動を確かめるように、その繊細な手を士度の胸にそっと触れさせた。
彼の鼓動も・・・・弾んでいる・・・・?
橋が近づくにつれ、船頭は舟の速度をさらに緩めた。
そして両手を振って、見物客に煽れ煽れと合図する。
一方、 彼女の唐突な行動と、半分抱き合うような体勢、そして近くなるギャラリーとの距離に、士度はもう気が気でない。
<キスを!>
頭上から観客から声が飛んだ。
<キスを!>
その幸せを分けてくれといわんばかりに、いつしかそれは合唱となって橋の上から降ってきた。
「・・・・ですって、士度さん。どうしま・・・・・!!」
そのコールに心動かされたマドカが士度に悪戯っ子のように尋ねたとき、その言葉は途中で遮られた。
橋の上から歓声と拍手と口笛が木霊し、誰が用意したのか薔薇の花弁が二人の上に振ってきた。
そして舟はゆっくりとその優美な橋をくぐる ―― 「俺も少し浮かれているみたいだ・・・・。」
橋の下で、自分に戸惑うように士度が呟く。
マドカは予想だにしなかった士度からの先制攻撃に、彼らしくない行動に、喜びからの笑いが止まらない。
クスクスとマドカは笑い続ける―― そんなに笑うことないだろう、と士度は文句をいいながら、
後は任せた、と橋に背を向けた。
暗い橋の下を抜けて、舟がまた日の光を浴びる ―― ゴンドラに合わせて橋の片側に移動してきた観客から、もう一度拍手と、<おめでとう!>のコールが上がった。
その祝福にマドカは優雅に一礼することで答えた―― 新郎がその柄に似合わず照れていることは、その背中を見れば誰の目からも明らかであった・・・・。
「・・・・・あんな士度はん、ワイ初めて見ましたわ・・・・。」
えらいカルチャーショック(?)で、何や一人モンでいるのがますます馬鹿馬鹿しくなってきましたわ・・・・と笑師は早速、式の参列者の女性に眼を走らせている。
「レナちゃん・・・・」 「はい・・・・夏実さん。」 「私、結婚したい・・・・・」 「・・・・・それは相手を見つけてから・・・・あぁ!もう!マドカさん羨ましい!!」
「いや・・・案外近くにいると思うんだけどなぁ。」・・・・しかしホント素敵なカップルだねぇvと波児が一人言ちれば、
ホント、世の中不公平よね・・・・と卑弥呼は大きな溜息を吐いた。マーリオが隣で一生懸命何かを言っているが、卑弥呼には馬耳東風。
お前、結婚式でナンパってどーいう了見だよ・・・とマーリオの隣ではカルロが眉を顰めていた。
観客に混じって、式の参加者の面々がいたことにすら、士度は気がついていなかった・・・・。
一方、蛮と銀次は路地裏でナンパ中に迷子、ヘヴンはブランドショップの前で目を輝かせていて、それどころではなかった。
陽が沈む・・・・青い都の透明な絨毯が赤に染まる時刻。
♪ “Che bella cosa 'na iurnata 'e sole,
n'`aria serena doppo 'na tempesta
! pe' ll'aria fresca・・・・” ♪
士度は真っ赤に燃える夕日に目を細めた。一日の終わりの光が二人を照らす――。
その陽を、その燃える橙と運河を走る煌きを、士度は美しいと思った ――
そしてその光を浴びて、純白のドレスを黄金色に染めているマドカの姿も。
船頭が高らかに歌い始めたのは、太陽を讃えるカンツォーネ。
「私、地上にサヨナラを言う瞬間の太陽の匂いが好きなんです・・・・」
夕陽を一身に受けながら、マドカは言った。
「私の一番近くまで降りてきてくれる瞬間ですから。」
だから、見えない私でも太陽がどんなものか、想像がつくんです・・・・
暖かくて、優しくて、私をそっと包んでくれて――
それはまるで・・・・・
「俺も、好きだぜ・・・・」
士度の言葉にマドカの顔が上がる。
「その温もりと、輝きは―― お前によく似ているから。」
そしてそれは想い人を太陽になぞらえる歌。
♪“ 'o sole, 'o sore mio stanfronte a te, stanfronte a te ! ”♪
<太陽、私の太陽、君の輝く瞳の太陽!>
お前は俺の
―― 何よりも美しい太陽 ――
あなたは私の
目的の波止場が見えてきた―― 皆が手を振っている。
二つの太陽の到着を待ち侘びている。
長い夜が始まる――
路地裏から抜け出した蛮と銀次は既にワイン瓶片手にほろ酔い加減。
「猿マワシ、今夜は寝かせねぇぞ!」「・・・・それは言う人も言われる人も違うと思います・・・」
早くも酔っ払いの戯言を述べている。
「「「食後の珈琲は我らにお任せ!」」」と三銃士よろしく波児と夏実とレナは珈琲セットが入ったカバンを振っている。
卑弥呼はマーリオから逃げ回り、ヘヴンはカルロといい雰囲気。
「士度はん!イタリア語で<愛してる!>って何て言うんや〜!!」
教えてーな!と上陸した士度に飛びついてきたのは笑師だ。
ビスコンティ氏の号令の下、音楽隊がおどけたメロディーで結婚行進曲を奏で始め、
ハーメルンの笛吹きのような長い行列が、陽が暮れた水の都を賑わした。
暖炉の上に飾られているのは、その時の想い出。
Something four のお守りを身に着けた私と、モーニング姿の彼の写真。
真珠のペンダント・オオルリのブレスレット・六ペンス銀貨はガラス細工のオルゴールの中で輝いている。
おまじないの効果は抜群だったわ ― 私はいつでも胸を張って言える。
その効果は今でも継続中。
だって、私や士度さん以外に、
その想い出の品に触れ、
見えない私の代わりに、その写真を見てくれる家族が増えたもの。
そして私の耳の奥には、
あの月の夜の森と、太陽と水の都の記憶が
いつまでも色褪せることなく残っている。
私の月と太陽は、その輝きを変えることなく
今も隣で私を照らしてくれている。
Fin.
月窟777キリ番ゲッター鈴美様からのリクエスト「士度とマドカの結婚式の話」として書かせていただきました。
鈴美様、キリリク申告どうもありがとうございました!
士度とマドカには魔里人とイタリア側両方を大事にしてもらいたかったので、ダブルウェディングにしてみました。
あ、イタリア語は素人翻訳ですので、その点ご容赦を!;
何だか長くなってしまって申し訳ないですけれど・・・勝手に海外にやってしまいましたけれど・・・
何だかオリキャラちょこっと混ざってますけれど・・・
士マドにとっては一生に一度のウェディングですので、愛はたっぷり籠めましたv
少しでもお気に召していただけば幸いです♪
今回はリクエスト多謝でございました!これからも宜しくお願い致します☆
・船頭が唄っている歌はイタリアの有名なカンツォーネ「オー・ソレ・ミオ('O sole mio)」=“我が太陽”という曲です。
「嵐が去ったあとの、爽やかな空気の中、輝く太陽はなんと美しいのだろう。
でも私には、もうひとつの太陽、もっと美しい太陽がある。ああ、私の太陽!君の輝く瞳の太陽!」と高らかに唄われるその
ロマンチックで情熱的なメロディーは管理人の大のお気に入りです。
・Something four−マザーグースの詩の中にもあり、4つの何か(Something)を花嫁が結婚式当日に身に着けていくと必ず幸せな生活が送れると詠い伝え。200年以上も前よりヨーロッパで語り継がれている幸福な結婚のためのおまじない。◆Something New◆これから始まる2人の真っ白な未来そのもの。新しい生活へ踏み出す大事な第一歩をあらわす。幸せな毎日が過ごせますようにという願いを込め、
新しく用意したものをおろす。◆SomethingOld◆古いものは謙虚な心を意味し、祖先から伝わる経済安定を表すもので、これから始まる2人の生活に豊かな経済を願い、代々その一族に受け継がれてきたものを大切に譲り受けていくという想いを込め、花嫁が身につける。◆Something Borrow◆幸せな結婚生活を送っている友人などから、その幸運を分けてもらうという意味を表す。それは家族だけではなく周囲の人々から愛されるというおまじないでもある。◆Something Blue◆青は「青い鳥」同様、幸運を呼ぶ色と言われており、忠実・信頼を象徴とされている。さらに花嫁の純潔や貞操、清らかさを表す。もともと青色は古代、女性の慎ましやかさや誠実な心を象徴し、欧米では聖母マリアのシンボルカラーとして知られている。その青は人目に付かぬよう花嫁の身に付ける事とされている。◆そして一枚のの六ペンス銀貨を花嫁の左靴に入れておくと、経済的にも精神的にも満たされ、豊かで幸せな人生をもたらすというイギリスのおまじないがあります。しかし、六ペンス銀貨は1551年から1967年まで製造されていましたが、現在では製造されておりません。なかなか入手の困難な代物だそうです。