till all's blue


「行ったわよ〜!マドカちゃん!!」

「ハイ!」

「上手いじゃない!」

「あ〜ん、私の方がヘタじゃないですかぁ!」



「いい眺めだね〜!蛮ちゃん、士度!!」

「あぁ・・・大中小の乳の揺れ具合が絶妙だな!!」

「女どもがただボール遊びしてるだけじゃねぇか・・・・」

「・・・・男として誰のモノの見方が健全なんだろうねぇ・・・」


二人で海へ行こう・・・・マドカとそう約束したはいいが、どこから嗅ぎつけたのか、オマケがぞろぞろと付いてきていつの間にか団体旅行になってしまっていた。マドカはヘヴンと夏実とレナと、楽しそうにビーチボールを追いかけている。南国の海の青と同じ色をしたセパレートの水着に、エメラルドグリーンのパレオが彼女の腰元で気持ちよさげに揺れていた。燦々と輝く太陽の下ではしゃぐマドカの姿は、その太陽よりも眩しく士度の目に映った。

(マドカはマドカで楽しそうだしな・・・まぁ、いいか。)

それにマドカが知り合いから借りたこの白砂のプライベート・ビーチには、自分とマドカと、HONKY TONKのいつものメンバーしかいない。
海風が心地良い広く静かなこの砂浜は、自分にとっても骨休めに丁度良い―― 士度はビーチパラソルの下で暫くの間マドカの姿を眺めていたが、ややするとその逞しい体躯を白砂の上に敷いた茣蓙の上に横たえた。そして唐突に訪れる眠気に身を任せる。銀次が「士度!寝るなんて勿体無いよ!!海で泳がないの〜?」と声を掛けてきたが、士度は手を軽く振ることで答えると、そのまま寝の体勢に入った。波児は士度の横で潮風に吹かれながら読書に耽っている。「猿マワシのことなんざほっとけよ!」蛮がボード片手に叫んだ声に士度は軽く眉を顰めたが、そのまま無視してそこら辺に置いてあったタオルを顔に掛けることで日陰の中でも強く感じる太陽を遮った。―― そういえば久し振りの休暇なんだよな・・・・ヘリごと海に落ちて大怪我をしたり、三日間ぶっ通しで素潜りをすることになったり、依頼人とマドカとの板ばさみにあったり・・・・ここ一〜二ヶ月は何かと慌しかった。身体も心も、少し疲れているようだ・・・・弱音を吐くのは柄ではないが、今は何だかそんな自分を虫干しにしたい心境であることは確かだ。

士度は風と太陽と、人工的な木陰に身を委ねた。「ボート!ボート!!」微睡みの中、誰かの弾んだ声が聞こえてきた。
モーツァルトの寝息が、士度の髪を揺らした。





(士度クン!!起きてぇ!) 仲介屋の声が遠くから聞こえてきた。
(おーーーい!!士度ーーーー!) 銀次があらん限りの声で叫んでいる。
((しーーーーどーーーーさーーーん!!)) HONKY TONKの娘たちの高い声だ。
(ねぼすけ猿マワシなんか当てにするなよ!) うるせーぞ、美堂蛮。
(・・・さん・・・士度さん!!) マドカの遠い声がやけにクリアに耳に入った。


士度は顔に乗せてあったタオルを煩そうに退けると、ガリガリと頭を掻きながら渋々と身を起こした。
見ると、沖の方でバナナ・ボートに乗った女たちと、シャチの浮き輪につかまった銀次がこちらに向かって手を振っている。
そして士度の名を連呼し続けながら、自分たちから更に離れた海上を指差して合図を送っている。
彼らのその指先に目を向けると・・・・一頭のイルカが大きくジャンプした。続いてもう一頭、今度はお腹を太陽に向けて。

―― あぁ、そうかよ・・・・――

彼らの意図を察すると、士度は小さな溜息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。
そして大きく伸びをしながら、寝起きで少し重くなった身体を解しにかかった。

「せっかく気持ち良さそうに寝ていたのに、御指名がかかっちゃったね。」

波児が気の毒そうに声を掛けてきた。

「・・・・アンタは泳ぎに行かねーのか?」

羽織っていたパーカーを脱ぎなら士度は、読書を決め込んでいる波児に何となく訊ねた。

「腰の調子が思わしくないんでね。太陽を楽しむことにするよ。」

気にしないで行っておいで・・・・―― そう答える波児に、あぁ・・・と士度は短く返事をすると、海に向かって駆け出した。




「凄い凄い!士度さん、マグロみたい!!」

海岸からあっという間に沖のボートに泳ぎ着いた士度を迎えた第一声がこれだ。

「もっとマシな表現はねぇのかよ・・・」

濡れた髪をかきあげながら、士度は声の主であるレナに向かって顔を顰めた。

「え、でも、この間夏実ちゃんと行った水族館にいたマグロは、もの凄いスピードで円水槽の中を泳ぎまわっていたんですよ!」

「じゃあ、ペンギンとか、アザラシとか!」

夏実が口を挟んできた。士度は再び閉口する。

「せめて、イルカとかだな・・・」 「でもイルカって何だか可愛いイメージがあるじゃない?」 

ヘヴンがニシシッと笑いながら士度の顔を上から覗き込んだ。

「士度さんって、泳ぐのも得意なんですね!今度教えてください!」

マドカが士度に触れようと手を伸ばしてきた。
すると士度は彼女の手を取り、「今、教えてやるよ。」と言いながら自分の方へ引き寄せようとした。
すると、マドカは身を後ろに引くことで、小さく抵抗をする。

「?」 「あ、あの・・・士度さん、私・・・」

バシャッ!! 

マドカが言葉を最後まで紡ぎ終える前に、イルカがその愛らしい顔を水面から士度の胸元へ押し出してきた。
見ると他にも数頭のイルカが士度の周りを泳ぎまわって、彼の気を惹こうとしている。

「士度、凄い凄い!!獣笛吹かなくても士度のところには集まってくるんだね!!」

銀次の感嘆の声に士度はその斜めになりかけていた機嫌を少し持ち直した。

<コンニチハ、シド?> <トモダチ?シド?>

<シド?アソボ?> <ゲンキ?シド?>

イルカたちはキュウキュウと喉を鳴らしながら、その長い鼻先を士度に押し付けて甘えてくる。

<士度、だ。よろしく。お前たち、悪りぃけれどこいつらの相手してやってくれねぇか?お前たちと遊びてぇんだとよ。>

士度が初対面のイルカたちに挨拶がてらに頼んでみると、彼らは快く了承してくれた。

「おい、遊んでくれるってよ――ッ!!・・・オメェら・・・」

士度がGOサインを出すと同時に、夏実とレナとヘヴンは歓声を上げながらバナナボートから海に元気良く飛び込み、早速イルカ達とスキンシップを始めた。見ると銀次もそれにチャッカリ便乗していて、蛮は一人サーフボードの上で(海の上にも関わらず)煙草を吹かしていた。その手にはご丁寧に携帯灰皿まで持っている。
バナナボートにはマドカが一人残された。

「マドカ、奴等と一緒じゃなくていいのか?」

ボートに腰をかけて顔を曇らすマドカに、士度は問うた。

「あの・・・私もイルカさんたちと遊びたいんですけれど・・・。私、泳げないんです・・・」

足がつかないところでは、海に入ったことが無いんです―― だから、怖い・・・―― マドカは不安そうに士度に訴えた。
そんなマドカの言葉に、士度は少し意外そうな顔をした。
実際、マドカは今日まで“海水浴”というものをまともに体験したことがなかった。
海岸線を歩いたり、潮風に吹かれたり、水遊び程度のことならしたことはあったが、友達とビーチボールを追いかけたり、ボートで沖に出たりすることは初めての体験だった。ましてや、自分の身長よりも遥かに深い海に身を浸すことなど、したこともなかった。
そうやって一人逡巡するマドカの手を士度が再び取る。

「海に入ってみろよ、マドカ。」

士度はマドカの手を引っ張った。

「!!・・・・でも、士度さん・・・・」

「俺がついているから、大丈夫だ。」

「!!」

マドカの眼が見開かれた。

「俺がお前を離さないから、安心しろ。」

当たり前のように士度は言う。その言葉がマドカの心をどんなに落ち着かせるのか、まるで感知していないかのように。

士度の言葉を聞いて急に抵抗を止めたマドカを、士度はそっと持ち上げると、その痩躯を海へと浸した。ビクンッ!とマドカの身体が大きく揺れて、彼女の細い両手が士度の二の腕を縋るようにしながらしっかりと掴んだ。珍しくポニー・テールにしているマドカの髪先が、波に遊んだ。肩まで水が来ている。今は士度に腰を支えられ、彼の手を自分がこれでもかというほど強い力で掴んでいるので、頭はかろうじて海面に出ているが・・・・その手を離されてしまえば、空気の無い世界がやってくるのだと思うと、やはり怖くて仕方がなかった。そして、足元に何も無い、不安。加えて海の中はきっと匂いも音も無い世界なのだろう―― 自分を支える大地も、肺を潤す空気も、鼻を擽る薫りも、そしてマドカの世界の大半を構築する音さえも無い・・・・それは闇よりも深く自分を飲み込んでしまうのではなかという恐怖がマドカから離れなかった。

「まだ怖いか、マドカ?」

目の前で士度の穏やかな声がした。マドカはコクコクと頷いた。そして彼の腕を掴む手に、さらに力を込めた。

「大丈夫だ・・・海は―― 自然はそれを恐れなければ、温もりをもって返事をしてくれる。」

士度はマドカを更に自分の方へと引き寄せた。
水面下で二人の身体が触れ合った。
士度は彼女の頬に触れると、その手を滑らせて彼女の頤をそっと持ち上げた。

「マドカ、潜ってみるか?」

前に話したように、海の中は心地良いぜ?―― そんな士度の言葉に、マドカは大いにうろたえた。
あと数十センチで世界が変わる―― 士度が言った“青い”世界を知ってはみたいが、自分にはそこに踏み出す勇気がどうしても湧いてこない。

「でも、息が・・・・シュノーケルもありませんし・・・」

躊躇うマドカの耳元に士度は唇を寄せると、そっと囁いた。

「お前、結構長い間息を止められるだろう?」

「え・・・?どうしてです――ッん!!」

マドカは唐突にその柔らかい唇を奪われた―― そして士度は肩の力を抜き、彼女を抱きながらそのままの姿勢で水中へと沈んでいった。




(ア・・・・・)

身体が、宙に浮くような・・・・否、優しい何かに包まれているような錯覚にマドカは陥った。
水の分子が自分と士度の間を隙間なく満たしているせいか、その口付けは普段のものより、より深く、甘く、マドカの中に浸透してきた。
いつしかマドカも彼の広い背にその細い腕を回していた。

外界と遮断され、感じる存在は今触れ合っている“彼”だけ・・・・
遠くイルカの声が聞こえる・・・・
肌を滑る海流の感触が、自分が今居る場所を伝えてくれる・・・・

私、今このまま永遠に沈んでいっても、きっと後悔しない―― 彼と、一緒なら――

マドカが士度の背に添えている手に少し力を込めたとき、二人の身体はゆっくりと上昇していき、マドカは太陽の熱が近くなるのを感じた。
そして二人は再び青空の下に顔を出した。
外の空気は肺に冷たく響いた。確かめるように小さく深呼吸を繰り返すマドカの乱れた髪を、士度は片手でそっと整えてやる。

「怖かったか?」 「・・・いいえ。」 マドカは頭を振った。

―― だって、あなたが私を捕まえていてくれたから ――

「苦しかったか?」 「いえ・・・・だって・・・・」

―― 潜っていたのはきっと、いつものキスと同じ長さだったから ――

サッとマドカの頬が朱に染まった。そして士度の首筋に顔を埋める。彼の皮膚から潮の香りがした。

「お前の中に、“海の青”が加わればいいと思う・・・」

「“見え”ました―― やっぱり、士度さんの色(おと)に良く似ていました・・・・」

「そうか・・・・」

それは、私にとって何よりも大切な色(おと)――。

海の中で二人の指が絡まったその時――

<シド!アソボ!!>

一頭のイルカが士度とマドカの間にヌッと顔を出した。そのイルカは甘えるように士度の顔をつつくと、マドカにも握手を求めてきた。
マドカの顔から今日の太陽のような笑顔が零れ、それにつられて士度も珍しく破願する。

「私、イルカさんに初めて触りました!癖になっちゃいそうな感触ですね!!」

マドカはイルカの胸ビレを両手に持って、ダンスをするようにクルクルと回っている。
さっきまで士度から離れるのを怖がっていたのがまるで嘘のようだ。

「・・・・水に大分慣れたみたいだな。今度は泳いでみるか?コイツが先生だ。」

<オヨグノ、スキ!>

イルカがマドカからスッと離れて士度の方へ行く素振りを見せると、マドカはやはり慌てて士度の方へ手を伸ばした。
士度は沈む前に彼女の身体を受け止めてやる。

「やっぱり、まだ誰かに触れていないと・・・・今日は士度さんとイルカさんから集中レッスンを受けなきゃですね。」

泳げるように、なりたいです―― マドカは士度の手を握りながら、背後の彼を見上げるようにしてそう答えた。
彼が静かに微笑えむ気配がした――。







「街の夕陽と海の夕陽は違うんですか、士度さん?」

イルカ達とひとしきり戯れた後、真っ赤に海を燃やす太陽を右手に、士度とマドカは海岸を散歩していた。
サンダルを片手に持って、マドカは素足で砂の感触を楽しみながら前を行く。
少し冷たくなった風に長いポニーテールとバレオが揺れた。

「ああ・・・。街の夕陽は少し淡い感じがする。海の夕陽は・・・・炎のようだな。」

空のオレンジも街のそれよりはっきりと士度の眼を刺した。
波が二人の足跡を消していく。

「あ・・・水辺じゃないのに水があって、水辺なのに水が無いんですね。」

「・・・・?」

謎掛けのようなことをマドカが口にした。

「“三水”ですよ、“淡い”という漢字は“三水”に“炎”と書くのでしょう?」

マドカはクルリと士度の方を向くと和やかに微笑んだ。
あぁ・・・・士度もマドカが言わんとすることに気がつく。

「・・・・街は太陽にとって潤いが足りないのかもな。」

クスリ、と士度が小さく笑った。

―― あなたはあの街で・・・・水辺を見つけましたか?――

マドカは無言で立ち止まった。
士度が近づいてくる。

「―― 潤い、足りていますか?」

不意にマドカが士度に問い掛けた。
時折二人の足元を波が擽る。
士度が眩しそうに眼を細めた。
茜色に染まった風がヒンヤリとマドカの肌を掠めた。

「十分すぎるほどだぜ・・・・」

少し冷えたマドカの肩に、温もりが降りてきた。
士度が着ていたパーカーを脱いで、マドカの肩に掛けたのだ。

「風が冷たくなってきたな・・・・。もう戻ろう。」

はい・・・足元を濡らす冷たい水に、マドカは心の中でサヨナラを言った。
そして士度の手そっと握る。

「士度さん・・・私、海が好きになりました。」

「・・・・そうか、良かったな。」

「また一緒に来ましょうね・・・イルカさん達ともまた遊びたいですし。」

「そうだな・・・奴等も喜んでいたしな。」

「また泳ぎ方、教えてくださいね・・・」

「ああ・・・」

夕陽の赤がまた鮮やかになった。
士度は振り返ってもう一度その輝きを視界に納めた。
モーツァルトが砂を蹴りながらこちらに向かって駆けてくる。
HONKY TONKの連中たちが呼ぶ声が聞こえる。
迎えの車も来たようだ・・・・。


海を感じるときは―― いつも隣に太陽がいて欲しい。

―― マドカは彼の手の温もりを感じながらそう思った。

今、この瞬間のように。

街にいる輝きとは、また少し違った温もりを感じることができるから。

一頭のイルカが暮れ行く太陽を背に、綺麗な曲線を描きながらジャンプした。

その水飛沫の音が、二人に今日という日の穏やかな余韻をプレゼントした。





Fin.




"till all's blue”=“遠ざかる船が青い水に消えるまで”&“いつまでも”という意味があります。

Mondlicht5555キリ番リクエスト、鈴美様より「士度&マドカ、(+HONKY TONKメンバー)海へ行く
でした。
月窟999キリリクの「blue of love」の続編になります。
リクエストを頂いて、“海の中でキスをする二人”を無性に書いてみたくなったので、こんな感じになりました。
(そしてせめて“シャチ”ぐらい言ってやれよ、HONKY TONKガールズ;)
少しでもお気に召していただければ幸いです。
4月に書いた作品「early Summer triangle」が〜「blue of love」〜「till all's blue」と、ちゃんと“夏”の7月まで続いたのは、
リクエストを下さった鈴美様と応援してくださっている皆様のお陰でございます!ありがとうございますv

それでは、この度は素敵リクエストを多謝でございました!また懲りずに挑戦してやってくださいませ♪