月夜の晩に・・・




誰よりも大切な人の誕生日が近づいていたのに・・・・。



士度はマドカ彼女に何をプレゼントしたらいいのか、皆目見当がつかなかった。

彼女は・・・自分士度の誕生日を精一杯の気持ちと愛情を込めて祝ってくれたというのに・・・・。

彼女の生まれた日を祝うために自分がしてやれること――それが何も浮かんでこない自分の要領の悪さを士度は呪った。


とりあえず、いつもの如く仲介屋に相談を持ちかけてみると・・・彼女は嬉々として士度を街へと連れ出した。

雑貨屋に家具屋に洋服屋に時計屋、果ては宝石屋にまで彼を引っ張りまわし、

「私だったら・・・・」 「マドカちゃんだったら・・・・」

という台詞を繰り返した。

しかし――

どんなに可愛らしいものを見ても、どんなに綺麗な宝石を目の当たりにしても、
不思議なことにピンとくるものは何一つ無かったのだ。

店を回るにつれ、途方にくれる表情が濃くなる一方の士度を見て、
へヴンも仕舞いには匙を投げた。


「士度クンからのプレゼントだったら・・・・マドカちゃんはきっとなんでも喜ぶと思うわよ?」


HONKY TONKで士度の奢りのブルーマウンテンを味わいながら、へヴンは困ったように微笑んだ。
HONKY TONKガールズも

「「そうですよ、きっと!!」」

と声を揃えてエールを送った。


「馬鹿だなぁ、猿マワシは!ここは最初から馬に擬態して一ぱ・・・・ガフッ・・・!」


蛮の下世話な提案は、卑弥呼の肘鉄によって封殺された。


「・・・・それは三番目くらいよねぇ?」


呆れたように付け足したへヴンの台詞を受けて、士度と波児は顔に乾いた笑みを貼り付けるしかなかった。


「で、でも士度、ほら!まだ一週間あるわけだし・・・・!」


銀次の励ますような言葉に「・・・そうだな。」と士度が控えめに答えたとき、夏実が

「あれ・・・?一週間後なんですか?マドカさんの誕生日。」

と首を捻った。


「ああ、11月の2日だ・・・・!?」


「「「「あ・・・・」」」」



士度が何かに気がついたのと同時に、波児・へヴン・レナ・卑弥呼も思わず声を上げた。
蛮と銀次だけが不思議そうな顔をしている。


「11月2日って・・・・」

「確かマドカさん・・・・」

「・・・・コンサートだったわよね?」

「私も招待状貰ったし・・・・」

「あ、俺にも来てたわ・・・・で、ほい、お前らの分。」

「おい・・・波児・・・・」

「今、話題に上らなかったら、また僕らに渡すのを忘れてたんじゃ・・・波児さん?ちょっと、豆挽きに逃げないで・・・」


士度も先日マドカから貰ったばかりのチケットをポケットから取り出し、改めて日付を確認した。
一と二の数字が上品な白の上で踊っている。


ソリストの誕生日と重なるのだ――コンサートの後、音楽家仲間の間で彼女の誕生日を祝うパーティーが催されることだろう、きっと。
それにこんな大きなコンサートの日は――彼女は大抵朝から忙しい。
コンサートには行けたとしても、自分が彼女の誕生日を祝えるのは・・・・おそらく深夜がいいところだ。



士度は小さく溜息を吐いた。
そしてポケットから無造作にお札を一枚取り出しカウンターに置くと、そのまま席を立った。


「ごちそーさん」


「え・・・ちょ、ちょっと!士度クン・・・!?」


慌てて彼を呼び止めるへヴンに士度は振り向かぬまま片手を上げることで答えると、そのままHONKY TONKを後にした。


「いくらへヴンさんに奢るからって・・・・」

レナが呆れたようにカウンターのお札を見た。


「士度さんったらまたお札を確認しないで・・・・」

こっちでお釣りが溜まる一方なのになぁ・・・と夏実が苦笑混じりに目を細めた。


「・・・・へヴンちゃん、折角だからブルマンもう一杯いっとく?」

カウンターから士度が置いていった二千円札をピッ・・・と取り上げると、波児はへヴンに向かってニカッと笑った。


「〜〜!!あの似非ブルジョア野郎――!!許さん!!俺が直々に成敗してくれるわ!!」

「蛮ちゃん・・・・やっぱり僕らが惨めになるだけだからやめよーよ・・・・」

「・・・・ビーストマスターのアレはどー見ても天然でしょ?」

アンタはがめついから金の方から逃げていくのよ・・・!!


蛮と銀次と卑弥呼の漫才をBGMに、へヴンが“せっかくだから・・・・”と波児に向かって笑顔で頷いたとき――
彼女の携帯電話の着信音が店内にけたたましく鳴り響いた。



そしてへヴンは翌朝――士度に頭を下げながらブルマンを奢ることとなり・・・・

その仲介屋から、マドカの誕生日当日迄の二泊三日という急な仕事を入れられてしまった士度は・・・
結局マドカのコンサートには行けないことになってしまった。










「・・・・私も行きたかったのにな、マドカさんのコンサート。」


十一月二日。
夜の七時を過ぎた時刻――卑弥呼は仕事を終え峠道を行く馬車のトラックの助手席で一人言ちた。


「それは後ろの兄さんが一番辛う思うてることじゃろう?」


馬車は苦笑しながらバックミラーでチラリ・・・と後部座席を見た。
士度は体を横にしてはいるものの、眼を開けたままトラックの天井を見つめ、何か考え事をしているようだった。


「ねぇ・・・・決めたの?」


卑弥呼が話しかけても返事は無く。


「・・・・ちょっと!ビーストマスター・・・・!」


「・・・・?俺か?」


通称を呼ばれてやっと士度が反応した。
仕事の時はテキパキと動いていたのに・・・帰りの道中、彼はずっとこんな感じだ。
心此処に在らず、一人無言で、気配までもが大人しい。


「そう、あんたよ・・・!もう決めたのかって聞いているの!」


「・・・・何をだ?」


士度は僅かに身を起こし、不思議そうな表情で卑弥呼を見つめた。
そんな彼の無防備な表情に、卑弥呼は一瞬、言葉を詰まらせる。
普段は頼れる兄貴肌なのに・・・彼はときどき不意に、卑弥呼を困らせるような顔をする。
彼女の脳裏に、亡き兄を思い起こさせるような、そんな表情を。

卑弥呼は軽く頭を振ると、気を取り直して今回の相棒に問い質した。


「何って・・・余計なお世話かもしれないけれど、マドカさんの誕生日プレゼントよ。あんたアレだけ悩んでいたじゃない?」


卑弥呼のその言葉を聞いた途端、士度の眉が情けなく下がった。
そして再びゴロンと横になると


「いや・・・・」


と小さな声が返ってきた。


「・・・・あと5時間しかないのよ?」


今日という日は・・・・

卑弥呼の溜息交じりの声に、士度は「ああ・・・・」と小さく呟いただけだった。


馬車は、若い二人の会話をどこか懐かしそうに聴きながら、峠の小道を大型のトラックで器用に曲がった。

すると山端から――見事な満月が一行の目の前に現れた。


「ほら、お二人さん、見てみい・・・これで酒でもあったら良いのにのお!」


それじゃ、馬車サンは飲酒運転になっちゃうじゃない・・・

そう言いながらも卑弥呼は煌煌と輝く満月をフロントガラス越しに仰ぎ見て目を細めた。

士度も彼女の背後からその月を眺めていたが・・・彼は何かを思い出したかのように唐突に口を開いた。


「おっさん・・・此処は何処ら辺だ?」


後部座席の窓を開け、士度は冷えた夜風を感じながら馬車に訊いた。


「ちょうどK峠を越えた辺りじゃけぇ。」


月見の運転に気分が良いのか、鼻歌混じりにハンドルを回しながら馬車は答える。


「悪りぃけど、トラック止めてくれ。降りる。」


士度の突飛な言葉に、卑弥呼と馬車は目を剥いた。


「お、降りるって、ビーストマスター!?」


ココは山のど真ん中よ・・・!?

卑弥呼の驚きの声をよそに士度は脱いでいたベストを着ながら、

「仲介屋への連絡は任せたぜ。」

と勝手にトラックを降りる身支度を始めた。

馬車は苦笑しながらも、他に車の通りもない静かな夜の道端にトラックを止めた。
都心からは程遠いその山道の片側は崖、もう片側は深い森だというのに、この若者はトラックを降りると言う。

トラックの後部座席から身軽に飛び降りた士度に卑弥呼は思わず声を掛けた。


「ちょっと、あんた・・・!こんなところでいったい・・・・」


「探し物だ・・・!じゃあな!!」


ビーストマスターはそう言うと、足早に森の中へと消えていった。

そんな彼を呆然と見送るしかない卑弥呼の横で、馬車がククク・・・と笑いながら呟いた。


「・・・・お月さんが狼を狂わせたのかのぉ?」











目の前に広がったまあるい月を見て・・・思い出したものがあった。

昔から物にあまり執着することがなかった士度が幼い頃、唯一の宝物として持っていたもの。

大切すぎて・・・外の世界の者達に奪われるのが怖くて――無限城へは持っては行かず、
滅びた里に密かに隠してきたもの。


月明かりに照らされた獣道を士度は力の限り走った。
枯れ葉色の野原を駆け抜け、月光に煌く沢を下り、夜の光が細く差し込むいくつもの森の中を士度は風のように疾走した。


獣と鳥と虫と・・・・樹木の音が士度を迷わすことなく目的地まで導いた。



やがて頬に感じる――懐かしくも哀しい里の空気。


士度は少し荒くなった息を整えながら、顔に伝う汗を手の甲で拭うと
思い出に縋ろうとする己の心を突き放して、荒れ果てた里の入り口に歩を進めた。
途中で摘んできた、紫色の花の束を手にして。



士度は廃墟を越え、無数に並ぶ墓を横切り、里の奥に昔と変わらない様子で佇む樫木の巨木の前に立った。
そして子供の頃したように、その樫木に手をかけ、ゆっくりと上り始める。

途中一羽の梟が、“ヒサシブリ”と声を掛けてきた。


「あの洞にはまだ・・・・俺が置いて行ったものが残っているか?」


木の頂に近い部分を目指しながら士度が梟に尋ねると、

“栗鼠ガ悪戯ヲシテイナケレバ、マダアルハズダヨ”

と賢者は答えた。


やがて士度は目的の場所まで辿り着き、丸く、小さな木の洞の横にある枝に腰掛けながら、
自分の手がようやく入るその洞の中を探った。
小さな入り口とは裏腹に、その中は広く・・・士度が里を出る前に納めた物が全てそのまま残っていた。

彼は記憶を頼りに手探りで目的のものを探した。
そして指を掠めた小さな小箱を手に取ると、慎重にそれを洞から出した。

繊細な木細工の小箱の蓋を開けてみると――士度が満月を見て思い出したものが、中央に鎮座していた。

それは月の木漏れ灯に柔らかく煌き、微笑みながら士度を見つめているようだった。

士度は懐かしげに目を細めながら手にしたものを暫し見つめると、
やがてそれを大事そうにジーンズのポケットへ仕舞い、小箱は元の洞の中へ返した。

そして士度は滑るようにして樫木を降りていった。








「闇の怖さも安らぎも・・・・そして自然と、俺の“言葉”も・・・理解してくれる大切な奴と巡り逢うことができたんだ、おさ・・・・」


紫の花をその墓に手向けながら士度は語りかけた。


「だからコレ・・・長にとっても大切なものだろうが・・・・アイツにやってもいいよな・・・?」


ポケットに掌を当てながら、士度は祈るように呟いた。

すると涼しい夜風がまるで返事の代わりのように、士度のバンダナを優しく揺らした。
士度は微かに眼を眇めた。



「・・・・また来るぜ。今度はアイツも連れて、さ。」



そう言うと士度は目頭に熱いものが込上げて来る前に、墓の前で踵を返し、もと来た道を駆け出した。



鬼魔羅の鼓動が――いつもより早い。



そうだよな、懐かしいんだよな・・・・・



でも今、俺は――急いで帰らなきゃなんねぇんだ。



アイツの元に――。



自惚れでなけりゃ、マドカあいつはきっと――








里の外へ出た士度は月を仰ぎ見た。


もう大分高く上がってしまっている。



このままだときっと、日付が変わる前に戻れない――

士度が半ば絶望的な気分になっていると、不意に頭上から一羽の大鷲が声を掛けてきた。



<送ッテイッテヤロウカ?>



雄雄しい鷲は木の枝の上で羽繕いをしながら士度を見下ろした。


「ありがたいけれどな、お前らは夜だと眼が・・・・」


鳥目に夜飛べというのは少々酷ではないかと士度は思った。


<オ前サンガ、案内ヲシテクレレバ、ナントモ・・・。ソレニ、早ク帰リタイノダロウ?>



「ああ、きっと・・・・アイツは俺を――」




待っている。





誕生日の事など、マドカあいつ自身の口からは出なかったけれど・・・それに俺の誕生日のとき、アイツは言った――

自分の誕生日のときには、傍にいて欲しいと。




<ジャア、行コウカ?>





そして士度は大鷲と共に月夜に舞った。



晴れた夜空に輝く月に、鳥と人の二つの影が綺麗に映しだされた。




ジーンズのポケットの中身と、手にした紫花を落とさぬよう気をつけながら、士度は月風を頬に受けつつ帰途についた。




今宵、彼女の笑顔が見られることを祈りながら。



この月のように綺麗に、優しく、自分を照らしてくれるあの微笑がどうしようもなく懐かしかった。








Fin.







月窟/3000getter鈴美様からのリクエスト、「マドカの誕生日話」でした。
11/2UP予定の「マドカお誕生日記念FreeSS」の前話、マドカお誕生日話のSide:士度ver.ということで・・・フライング掲載でございます。
内容的にFreeSSとリンクするお話になってしまいましたが・・・平にご容赦を・・・!
士度が洞から出したもの、手向けた花の種類についてはSide:マドカver.で明らかになります。
そちらはきちっと彼女のお誕生日に掲載予定。
里やお墓のエピソードもまた書いてみたいものです・・・!
マドカ嬢の為に今宵は駆け足でしたが・・・・。

鈴美様、タイムリーなリクエストをどうもありがとうございました・・・!
またの挑戦をお待ちいたしております☆

(ハッ!!士度は眉無しのはずなのに・・・!;)