a little grumble of Christmas

音楽家がもっとも忙しい時期――

それは人々が幸せを分かち合う、そんな季節。

ニューイヤーコンサート。
バレンタインコンサート。
イースターにハロウィン。
そして一年の締め括りの一歩手前に、
クリスマスコンサート。
大晦日の夜は夜通し楽器を奏でながら、
日付が変わるまさにそのとき、
もっとも煌びやかな音を鳴り響かせ、人々の笑顔に花を添える――


「・・・・・・・・・・・」


そして今年もやってきたクリスマス・シーズン。
音楽家達が息つく暇もない、怒涛の十二月――

そして、今日は、二十四日。


「…………………」

クリスマスコンサートの帰りの車の中で、マドカは疲れた体を少し伸ばした。
今年は想像以上に忙しく、あろうことかまだクリスマスプレゼントの用意ができていない。
――何よりも大切な、あの人のためのプレゼントが。

今日はイヴで、明日はクリスマスだというのに――
自分は明日も朝からコンサートのリハーサルで、昼過ぎと夜の二部構成で本番がある。

「………クリスマス、なのに……」


コンサート会場でも、街のなかでも、恋人達のクリスマスを楽しんでいる様子が
目の見えないマドカにもその耳を通して鮮やかに伝わってくるほどに巷は華やかだ。

それなのに最近の自分ときたら………

(コンサート続きで……朝、お食事を一緒にするくらいだわ………)


彼が聴きにきてくれるときは――舞台の上と観客席で――密かに気配を交わしあい、微笑みあうことができるけれど。

「…………士度、さん………」


冷たく冷えたリムジンの車窓にマドカはコツンと額をつけながら愛しい人の名を小さく呟き、
今日の彼の観客席での気配をそっと思い出す――

彼が小さく微笑んだ気配、心地よさそうに目を瞑る様子、大きな掌からは少しゆっくりとした拍手の音――

いつかそうしたように、舞台から身を離し――どんなに彼の胸のなかに飛び込みたかったことだろう。


「…………………」


不平不満を言っても仕方がないことだと、誰よりもマドカはそれを理解してはいたが、
その柔らかな唇は彼女の意に反して何かを堪えるようにキュッと噛み締められた。

疲れが――マドカの思考をどこか悲しくさせた。

微かに痛む頭に愁眉を顰めながら、マドカはリムジンのシートに身を深く預けた――外の世界は相変わらず賑やかだ。

ただ、今のマドカの心にその賑やかさは、少々酷に響いていた。







「……………?」

玄関に入ると、まだ居間に人がいる気配がした。
暖炉の火もまだついているようだった――

マドカはコートをメイドに渡すと、欠伸をするモーツァルトを促しながら居間へと足を向ける――居間からは、灯りの音がしなかった。

ただ、炎のぬくもりの音が揺れ、カラン……とグラスの中の氷が鳴る音――

そして、ソファに身を預ける彼の気配に、マドカはまた少し泣きそうになる。


「………?あぁ……おかえり――!?」


少し転寝をしていたのだろうか――背後に立った彼女の気配に夢現から覚醒した士度は首をめぐらせながら彼女を迎える言葉を放ったが、
マドカはそれを遮るようにソファ越しに彼の首筋に腕を伸ばすと、無言のまま抱きついてきた。


「……――?どうした……?」

「…………………」


ソファに座ったままの士度に、マドカは甘えるように鼻をすりよせた。

すると優しく、労わるような触れるだけのキスが、彼女の唇に弾力を残した。


「―――!!……士度……さん………」

「ほら、来いよ……」


そう言いながら自分の膝を叩いて彼女を促す彼の様子に、胸が熱くなり――また、泣きそうになる。
マドカはモーツァルトを離してやると彼の方へと回り込み――そして救いを求めるように、士度の胸へとその身を預けた。





「……疲れてるんだな…………」


そう問われると、士度の胸元でマドカが躊躇いがちに小さく頷く気配がした。


「……マドカは凄ぇよな……こんな細い身体からさ、あんだけの観客、喜ばす音を出すんだぜ……?」


コンサート、聴きに行くたびに圧倒されちまう……――

「―――!!そんな………」


マドカを抱く腕に僅かに力を籠めながらの士度の言葉に、彼女の貌は思わず朱に染まった。

だって、私はきっと………貴方が聴きに来ているときはいつも以上に、一生懸命だから――そして、嬉しいから……安心するから……
いつもより弓も弦も楽器も指も――軽やかに動いているのが、わかるわ………――


「……………」

しかしマドカは何も言わず、恥ずかしそうにその貌を士度の胸元に押しつける――

コンサートよりも、こうしている方がずっと好き――

まるでそんな声が聞こえてきそうな面持ちで。


「………今の時期は、さ。マドカは誰かに笑顔を与えるのに忙しいけどよ………」

年が明けたら………――


「年が、明けたら………?」



二人だけで、湯治にでもいくか?――


彼女の耳元を、彼の珍しく甘い声が擽った。


「〜〜〜!!はい……!!」


仄暗かった彼女の貌に急に光が射した――
そして彼女はもう一度甘えるように、彼の胸元に頬をすりよせる――デッカイ猫だなぁ……――
茶化すような笑いを含んだ彼の声も、マドカの心を柔らかく包み込んでいく――あぁなんて……幸せな時間……。


「………?あ………」


不意に――居間に飾ってあるクリスマスツリーの僅かに鳴るイルミネーションの音に、マドカはばつが悪そうに頭を垂れた。


「あの……私……クリスマスプレゼント、まだ用意できてないんです……」

「……あ〜〜……悪ぃ、俺もだ………」

「――――!!」


ここんところ、忙しかったからなぁ……。だから、さ………――


「それも一緒に、買いにいこうぜ?」


漆黒の瞳をパチクリさせているマドカに、士度は苦笑いをしながら「な……?」とお伺いを立ててくる。
そんな様子にマドカが思わずクスリと微笑むと、士度も安堵の溜息を吐きながら彼女の貌を覗き込んだ。


「もー少しだからさ……。お前の音を待ってる奴らがいる………」

「――はい……!こうしていると――私も頑張れるような気がします………」


ありがとう、士度さん……――


暖炉の火の暖かさよりも近いぬくもりに心癒されながら、マドカは目を瞑り、士度の膝の上で僅かに背伸びをした。


今度は少し――大人のキスが、おりてきた――


マドカの長くまっすぐな髪がサラリと零れおち、暖炉に炎がつくる影がどこか煽情的に揺れた。


グラスの中の氷はとっくに溶けて彼の寝酒を薄めてしまっていたが、

そのアルコールの香りよりも彼と彼女が酔いしれることのできる匂いに二人包まれながら――


恋人達は静かなイヴの夜に目を細め、腕のなかの幸せに誰にともしれない感謝を捧げた。

〜Fin.〜


☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..Merry Christmas♪from Mondlicht♪☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..
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