◇New Year's Eve for busy bees◇


「「「「「本当ですか・・・・・・!!」」」」

「本当です。今年は士度様も年末年始お休みを取られましたし、お嬢様の年越しコンサートの夜のお迎えは士度様がなさってくださるとのことですので、お嬢様は私達にも明日の大晦日の午後から正月三日の午後までお休みをくださいました。」

しかもお年玉は例年通りです――

大晦日前日の朝のミーティングで発せられた執事のそんな言葉におかっぱメイドと金髪メイドの喜びの声が被さり、眼鏡のメイドは嬉しそうに眼を細めた。
ただ、釣り目のメイドだけが一瞬驚いた顔をした後――どこか困った風にその視線を伏せたことには誰も気がつかなかった。

「皆様のご協力のお陰で大掃除も早々に無事に終わりましたし、今日は手分けしておせち料理の準備と、お嬢様と士度様が年末年始を快適にお過ごしできるようにその為の・・・・・・・・・」


メイド達の喜声を受け流しながら、執事は平素と変わらぬ口調で本日の仕事の予定を述べていく。
いつもは正月明けに順番にやってくる年始の休暇が前倒しになったことがそんなにも嬉しかったのか、メイド達は一人を除いて皆ニコニコと機嫌よく聞いていた。

「・・・・・・・・・・・」

話の合間に執事がチラリと釣り目のメイドの方に視線を流すと、彼女は気づいたように曇りがちだった表情をキュッと引き締めた。

「・・・・・・・本日の業務内容は以上です。帰省に際し交通機関の切符の手配等が必要な場合はお昼休みに私のところへいらしてください」


ようやく朝日が僅かばかり顔を覗かせてきた頃合に執事の本日の業務説明は終わり、メイド達はそれぞれの持ち場へと散っていく――

回りに誰もいなくなった瞬間、釣り目のメイドは思わず小さな溜息を吐いた。そして壁にかかっている飾り鏡を覗き込みながら明らかに影が射している自分の顔をピシャリと叩く。

「・・・・・・せっかくお休みをくださるのに・・・お嬢様にこんな顔、見せちゃダメじゃない・・・!」

そう自分に言い聞かせながら釣り目のメイドはエプロンをきつく締め直すと、お嬢様の朝の支度を手伝いに二階へと続く階段に足を向けた――廊下に差し込む柔らかそうな生まれたての朝の光は、今日の彼女には少々眩しすぎるようだった。




「・・・・・・チビちゃんたちのお土産と・・・・・・あ、駅でフワフワバナナ買ってかなきゃ・・・・・・ちょっ!?香楠さん?荷物それだけですか!?」

「・・・・・・たかだか四日間の休みにスーツケースにボストンバッグ大のあなたがおかしいのよ!!」

「・・・・・・・そんな小さなリュックサックだけなのも逆に不思議な気がします・・・・・・あら、遥さんは何をお探しですか?」

「――!?え、あ・・・・・・な、何でも・・・・・・・・・!?」


ビジネスホテル・・・・・・?――使用人棟のロビーにある共用のパソコンに齧りついていた釣り目のメイドの後ろを覗き込んできたのは、眼鏡のメイドの台詞につられたおかっぱメイドだった。

「え・・・・・・遥さん、ホテルで年末年始過ごすつもりですか・・・?」


前は孤児院の皆を訪ねるって、嬉しそうにしてたのに・・・・・――金髪のメイドが“余計なことを訊くな”と眉を顰めたことにおかっぱメイドは気づかぬまま、純粋な疑問符を釣り目のメイドに向けてきた。眼鏡のメイドは話を振ってしまったことを後悔しているようだ。

「・・・・・・今年は正月明けで余裕があったけれど・・・・・・年末年始は孤児院を訪ねる仲間も多いから、予め連絡しておかないと食事や泊まる場所の用意も大変なのよ。院長先生に迷惑をかけたくないし、だから・・・・・・」

すると少し寂しげにもう一度パソコンの画面に視線を落とした釣り目のメイドを、おかっぱメイドは大きな眼をさらに大きくして覗き込んだ。

「じゃあ遥さん!!家に来ませんか?他に約束がないんならそうしましょう!本州の北だから雪ばかりだし凄く寒いし田舎だし何もないところですけど・・・・・・」

「――!!?で、でも他人の私が年末年始に急にお邪魔するなんて・・・・・・・」

慌てる遥をおかっぱメイドの霞はまったく気にしていないようだ。

「あ、うち大家族なんで!!お兄と妹が二人と双子のチビ・・・・・・男の子なんですけどそれと、両親と祖父母の揃ったら十人家族ですし!農家だから家はほんっっっっと古いんですけど遥さんが泊まれる部屋はいくらでもあるんで一人増えたくらいで全然問題ないです!!・・・・・・家の周りに田んぼしかないところで、コンビニは30キロほど先ですけど・・・・・・あと、妹やチビたちが煩いかもですけど・・・・・・それでもよければぜひ!!」

途中冷や汗混じりに声のトーンを落としながらではあるが霞の真摯な訴えに遥はどこか擽ったそうに眼を細めた。

「じゃあ……お世話になろうかしら……」

「――!!やったッ!!じゃあ私実家に連絡入れてきますね……!!」

そう言いながら携帯電話を片手に霞はロビーから出て電波が入りやすい場所へと移動していった。

「よかったですね…!」

眼鏡のメイドの笑顔に、遥は気恥ずかし気に微笑んだ。

「……絵麻さんは帰りは?バスか飛行機かとれたんですか?」

照れ隠し半分に遥が聞けば、絵麻は既に綺麗に荷づくりがされているボストンバッグにチラリと視線を移しながらにこりと微笑んだ。

「木佐さんが富士山の元旦のご来光を見にいかれるそうで……通り道だからと仰って、実家近くの駅まで乗せて行っていただくことになったんです」

当日は新幹線も飛行機もお値段が高くなるので本当に助かります……――

「「・・・・・・・・・・・」」

普段は聡明な彼女も車を運転しないせいか、道路事情には少々疎いらしい――お茶を淹れながら微笑む彼女に、金髪のメイドと釣り目のメイドは笑顔で相槌を打った。
絵麻さんの実家に通じる路は、実は大きく迂回ルートなんですよ……――そんな言葉を、二人で目配せをしつつ飲み込みながら。

「――遥さん!布団も部屋もまかせとけってお兄が……あ、香楠さん荷物ホンッとにそれだけなんですか?年末年始は何処に……」

「Y米軍基地のダーリンが当日迎えに来てくれるのよ♪」

この寒い中ホットパンツの私服から伸びる長い脚を組みながら、茶目っけたっぷりにウィンクをする金髪メイドに、

「はぁ……そうですか……」(いつデートをする暇があるんだろう……)「それは素敵な年越しになりそうですね…!」

と、呆れ半分のおかっぱメイドをはじめとするそれぞれの反応が返ってきた――

使用人棟の玄関にはすでに帰省の荷物が旅立ちを待ち侘びるように並んでいる――そしてお嬢様はきっと……




「皆さん、良いお年をお過ごしください……!」

「ありがとうございます…!お嬢様も士度様もどうかよいお年を……!」

眼鏡のメイドの明るい声に続いて釣り目のメイドとおかっぱのメイドが笑顔とともに会釈をした。
金髪のメイドは会釈を繰り返しながら、高級住宅街には不釣り合いの迎えのハマーに乗り込み「良いお年を…!!」そう叫びながら去って行った。
居候殿はメモを片手に執事からの留守の間の注意事項や段取りの説明を、至極真面目な顔をして聞いている。

お嬢様は――きっと笑顔に溢れた年末年始を過ごされることだろう。
恋人と広いお屋敷に二人だけの、蜜月のようなひとときを。






「……行ったな」

「えぇ……皆さん、とても嬉しそうでしたね……」


執事の車を見送り、溜息を吐きながら分厚いメモの束に苦笑する士度を、マドカが少し遠慮がちに見上げてきた。
そんなマドカの頬を士度はあやすように撫でながら、少し冷えてきたな……入るか?――と呟いた。マドカの瞳が不安そうに揺れた。


「……そんな顔、するなよ。俺が帰る場所っちゃあ、もう……」

ここしかねぇんだからよ……――「――!!……はい………」

彼女の方を振り向かずに聞こえてきた彼の声にマドカの漆黒の瞳がどこか申し訳なさそうな色を含みながらも、安心したように和らいだ。

「……蕎麦も雑煮も、上手く作れなかったら勘弁しろよ?」

「じゃあ、私が作りますよ?士度さんは隣で作り方の説明を……」

「……正月早々手ぇ切られちゃ堪らんからやめてくれ………」

そんな士度の言葉にマドカはクスクスと笑いながら、玄関へと向かう彼の腕に甘えるように縋った。
彼の微笑む気配が、彼女に纏わりつく冬の空気にぬくもりを与えた。


ずっと……一緒に……――


繋ぐ手の暖かさに互い密かに想う願いはただひとつ。

新しい年を共に迎えることができる喜びを噛み締めながら、二人は珍しく誰もいない玄関へと足を踏み入れた。

きっと静かな年越しになるだろう――そしてきっと、誰よりも幸せな年明けの予感を、二人は微笑みあいながら感じていた。

〜Fin.〜


♪゚+.o.+゚♪゚+.o.+゚♪゚+.o.+゚♪゚+.o.+゚♪゚+.o.+゚♪A Happy New Year from Mondlicht!!☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..

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