act as a Lover's proxy

愛の代理人




彼は目の前にいくつも並べられた指輪に何度も目を走らせながら

真剣に悩んでいた。

あまり表情は変えずとも、慣れない選択に大いに戸惑っている姿は
彼のそのワイルドな装いとシャープで怜悧な顔立ちとのギャップが相俟って
見る者に心地よい好意を抱かせた。

それはその男の隣で彼の様子を伺っている小柄な女性も同じらしく――
ジュエリーショップの店員と時折視線を交わし合いながら、そのふくよかな唇を控えめに綻ばせている。

彼はバンダナの下で細い目を悩ましげに眇めると――


ホワイトシルバーが優しげに輝く可愛らしいリングを手に取った。

ハートが軽やかに片翼を伸ばし、その中心には小さなダイヤが柔らかく光っている――


彼が選んだ――いかにもお嬢様が好みそうなデザインに、店員は刹那目を丸くすると、
彼の連れの女性にチラリと眼を泳がせる。

一方彼女は納得したような表情で、そのすらりと細い指を彼の方へと差し出した。


士度は彼女の手をとると、そのサイズを確かめるように左手の薬指を緩く掴んだ。

小さな手が擽ったそうに揺れる――


そして彼は自分の無骨な手には小さすぎる指輪をゆっくりと――連れの女性の指にはめた。


彼女の、褐色の長い指に。









長いストレートの髪が美しい彼女は
目の前に並べられている数多の手袋の手触りを念入りに確かめると、
次に、連れの男性の逞しい手を何度も何度も、その大きさを確認するように触れながら――


「・・・それでは、今度はこちらを試着してみてくださいませんか?」


と、柔らかな肌触りの羊皮の手袋を彼に差し出した。


男はにこやかに微笑むと、彼女に言われた通りにその高級手袋に手を通す。

――如何ですか・・?――

そう問い掛けてくる彼女の漆黒の瞳に


「いいんじゃないかな?」


さっきのよりも、つけ心地がいいし、手も動かしやすい――

そう言いながら無精髭をたくわえている口元がニヤリと笑みをつくった――


マドカは安心したように微笑むと、ブティックの店員に


「それでは、こちらと同じもので・・・ワンサイズ小さなものを出して頂けますか?」


――そう軽やかに述べたのだ。

初老の店員は不思議そうに瞬きをしながら、手袋のサイズを確認し始めた――







「あの・・・こちらのシャープなデザインのリングも、お連れ様にお似合いかと・・・・」

ジュエリーショップの店員は、ダークシルバーで少し厚みのあるシックなデザインのリングを勧めてきた。

士度はそのリングを一瞥するなり、眉を潜めた。


「・・・・マドカはこーゆーの・・・・つけねぇよな・・・・?」


そう言いながら連れの女性に声をかけると・・・


「そうね、これは私好みだけど・・・・彼女にはちょっとねぇ・・・・」


――やっぱり、こっちだと思うわ・・・・――


卑弥呼はピンッと指を伸ばして、薬指に輝くリングに目を細めた。


二人の会話に店員は再び目を白黒させる――

クリスマス・イヴにこの店を訪れたこの凛々しい若者と勝気そうな少女は――いったい何を言っているのだろうか?

店員の、そんな不思議そうな表情に気付いた卑弥呼はサラリとこんなことを口にする。


「あぁ、私は代理なの。」






「あぁ、俺は代理なんだ。」


お連れ様のサイズはこちらで宜しいはずですが・・・・――そう困惑するブティックの店員に、柾は手袋を外しながら事も無げに言った。

マドカは別の店員から手渡された所望の品を確かめると、その唇に美しい弧を描きながら
「私、お会計を済ませてきますね・・・」とモーツァルトと共に店の奥へと消えていった。

すると――頬を緩ませながら彼女の言葉に頷いた来栖の脇腹を、彼の隣にいた女性が力の限り小突いてきた。


「〜〜痛ッ!!・・・・お前・・・・・」


「なによ、さっきからニヤニヤヘラヘラしちゃって・・・!!」


先程までマドカと柾のやりとりをにこやかに見守っていたヘヴンが、マドカが席を外すなり眉を吊り上げながらこの豹変振りだ――
彼女のクリスマスプレゼントの購入を手伝う為についてきたとはいえ、ブティックに入ってからのこの一時間強、柾の態度は軟派男そのものだった。
士度が見たら確実にそのバンダナに怒りマークを貼り付けていたことだろう――


「だってよ・・・あんな上品な美人さんの綺麗な指で、手をつぶさに触られてみろよ・・・・頬だって無条件に緩むさ・・・・」


――士度の彼女にしとくのがもったいないくらいだぜ・・・・――


ヘヴンの額に再び青筋が浮かんだ。
今日の主役がこの場にいなければ、即座にビンタをお見舞いしてやったのに・・・・。

――後で士度クンに告げ口してあげるんだから・・・!――

そして一睨みでも二睨みでもされるといいんだわ・・・――


未だに目を細めっぱなしの彼氏相手にヘヴンは心の底でそう思いながら、
「お待たせしました・・・!」
と、小さな紙袋片手にモーツァルトと共にやってくるマドカを、飾らないにこやかな笑顔で迎えた。







「全く・・・信じられないわ・・・・」


「何がだよ・・・・」


スタンドで買った珈琲を卑弥呼に手渡しながら、彼女の憮然とした台詞に士度は眉を寄せた。
彼女は短く礼を言いながら珈琲を受け取ると、ベンチの隣に座ってきたビーストマスターをチラリと横目で見ながら言葉を続けた。


「アンタの金銭感覚よ・・・・相変わらずね!!」


普通六桁の買い物、その場で現金で・・・なんてしないわよ、今どき!――


卑弥呼の台詞に士度は――何だ、そんなことか・・・――と大して気にした素振りも見せず、寒さに湯気立つ珈琲に口をつける。

加えて士度が――クリスマスプレゼントに結婚指輪並の値段がするリングを選んだことに、値札を後で確認した卑弥呼はその場で絶句した。
毎年やってくるイベントなんだから、もっと別なものを選んだら・・・?――
そう卑弥呼は提案したのだが、ビーストマスターはもう一度店内をザッと見回すと――
やっぱりこれがいい、別に手持ちが無いわけじゃないんだからいいじゃないか――
そう言いながら札束を取り出し――応対していた店員の言葉を失わせた。


「カード持ちなさいよ、カードを・・・・!!」


「得体の知れねぇもんは嫌いなんだよ・・・」


これも何度か仕事をするうちに、すでに何度か口にしている台詞だ――
現に今日も――音羽マドカへの贈り物を見に行く前に、蛮へのクリスマスプレゼントとしてマフラーを買うのを付き合ってもらったのだが――
十枚以上のマフラーをとっかえひっかえ首に巻かれ、辟易しながら士度が
「・・・これでいいんじゃねぇか?」
と卑弥呼に差し出した“彼の”お気に入り(黒ミンクのファー)は――やはり零がやたらと多い代物だった。
指輪といい、マフラーといい――彼は最初に仕事をしたときから・・・ものの価値は分かるが、ものの値段が分からない男で、それが修正されないまま今に至る。

そう言えば――このビーストマスターと、こんな風に軽口を言い合えるようになったのはいつからだろう・・・・――

そんなことを思いながら、もう一度彼の方をチラリと見ると

彼はこの身を切るような寒さの中、素手で珈琲のカップを持っている。

確か、この間一緒に仕事をしたときは――マフラーに手袋の標準装備だったはずだが・・・・

そのことを卑弥呼が問うと、士度は苦笑しながら答えた――

先週、庭に手袋を置き忘れ翌朝取りに行ったら――かや鼠がその手袋の中で赤ん坊を産んでいた――と。


「・・・鼠でしょ?」


出せばいいのに・・・・――


「野鼠だ・・・別に出さなくてもいいだろう・・・・」


それに手袋の皮はもう、親鼠の餌になってたしな・・・・――


「新しい手袋を買えばいいのに。」


今日、蛮のマフラーを買いに行ったところに売ってたじゃない・・・――


「選ぶのが面倒だったんだよ・・・・」


別に手袋なくたって一冬越すのには問題ない・・・・――


「彼女の指輪選ぶのに2時間掛けたくせに・・・・」


卑弥呼は目の前を通り過ぎていく雑踏に目を向けた――ご丁寧にカップルばかりだ。

世間から見たら――こうして珈琲片手に互いに正面を向いたまま、不毛な会話をしている自分たちも、十分恋人達に見えるのだろうが・・・・


片や唯一絶対の愛に生きる男、

片や恋した男は実の兄、な女。


まったくもって見事なコントラストだと卑弥呼は思った。


「そもそも何で・・・・クリスマスが男と女にとって特別なんだ?」


もとは・・・異国の神が産まれた日なんだろう・・・?――


野生児の純粋な疑問符に、卑弥呼はもっともだ・・・――と目を伏せる。

今日とて・・・音羽邸の執事やメイド達や、ホンキートンクの娘たち、それに仲介屋や運び屋にまで
(たとえ彼がその風習を知らなかったにも関わらず)


「「「「「「彼女がいるのにプレゼントを用意していないなんて信じられない・・・・!!」」」」」」


とせっつかれ、士度のポケットの中には指輪の箱。


「恋人達の聖夜なんて・・・・そんな奇特な習慣があるのは、日本くらいよ・・・」


そう言いながら白い息を吐いた卑弥呼の視界の向こう側に、仲介屋とその彼氏と――

隣にいる男が、誰よりも愛する女性の姿が見えてきた。


士度はゆっくりと立ち上がると、残りの珈琲を飲み干し――カップをベンチ脇のゴミ箱に投げ入れた。


さて、と・・・・――


そう言いながらビーストマスターがコキリと首を鳴らす音に、卑弥呼はマフラーの下で小さく笑みを作った。


「士度さん・・・・!!」


柔らかなオレンジ色のロングコートを軽やかに揺らしながら
永久の愛を手に入れた女性が、幸せ色の微笑と共に駆けてくる。


士度はそんなマドカにおう・・・と返事をすると、


「つき合わせて悪かったな、運び屋さんよ・・・」


――と、首だけを巡らし卑弥呼を見た。


「お互い様よ・・・・」


卑弥呼は疾うに空になっていたカップをゴミ箱に放りながら答える。


――上手くやりなさい・・・・――


――アンタもな。――


マドカの方へ視線を戻した士度は、手を軽く振ることで卑弥呼に挨拶をすると、マドカのもとへと駆けて行った――


彼の恋人の微笑む姿は、この季節に相応しく――まるで天使のようだと卑弥呼は思った。



そう思った刹那――マドカが卑弥呼の方へペコリと会釈をし――



予想だにしなかった光景に卑弥呼は面食らいながらも手を振って応えたが――



彼女が盲目だということを思い出したのは、二人の姿が小さくなってからのことだった。


「・・・・・・」


卑弥呼がフッ・・・・と白い息を吐きながら立ち上がった丁度その時――ヘヴンがポルシェと駆りながら、通りすがりに卑弥呼に声を掛けていった。


「なぁに?クリスマス一人ならうちにでも来て・・・・」


「蛮が天野銀次を連れてターキーをたかりにくるわ・・・・」


事も無げに述べられた卑弥呼の言葉にヘヴンは小さく眉を上げると、少し声のトーンを上げる。


「あなたも早く兄貴から卒業して、恋人の一人や二人でも作りなさいな・・・・!!例えば私たちのような熱々の・・・・」


「少なくともアンタ達みたいな “ど突き愛” はゴメンだわ・・・・」


卑弥呼は半ば冷めた声でそう言うと、デパートの紙袋を片手に帰路へと向かった――帰りに、明日の料理の材料を買っていかないと――


そんな彼女の台詞にヘヴンは絶句し、ポルシェの助手席では柾が腹を抱えながら笑っていた。



一方、冬の小道を優しい恋人達は――手を繋ぎながら、冴えた空気の匂いとお互いの気配を慈しみながら――


クリスマスソングが遠く聴こえる帰り道を、ゆっくりと、ゆっくりと歩いて行った。


恋人の明日の反応を心密かに・・・・・待ち遠しく思いながら。







Fin.



★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*MerryChristmas!!from Mondlicht★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*


アンケが次点だったので糖分控えめ、それでも気持ちしっかり士度×マドカの士マド前提士度&卑弥呼話でしたv
とりあえず12/24&25限定作品、再掲は年明けにGalleryに☆


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