As a Wolf...


今年もやってきた南瓜と化け物の祭り。海を渡って入ってきたその祭りは昨今この界隈でも人気らしい。
特にマドカの屋敷がある付近では、
町内会総出でその祭りの飾り付けや子供らに配る菓子の準備を行うことになっている。
十月の最後の日が近づくと、この辺りに多い所謂“屋敷”と呼ばれる家々の塀の上には
橙色をした化け物顔の南瓜の提灯が並び、街灯の光が落とされる――
全く奇妙な習慣ではあるが、揺ら揺らと笑うように瞬きながら路を飾る蝋燭の炎の列はやはり奇麗なものだ。

そして祭の夜になると西洋の怪物の格好をした子供らが隣家を回って菓子を集める――
今年もマドカと一緒に、執事やメイドが菓子を詰める仕事を手伝った。
目が見えないながらも、この祭が伝える子供らの笑い声や南瓜と明かりの匂い――
そして辺りに漂ういつになく不可思議な喧噪がマドカは好きなようだ。
裏庭で執事と俺がマドカの屋敷に飾る分の南瓜の化け物作りに手を黄色く染めている間も、

マドカあいつ)は俺の近くにしゃがみこんで、心底楽しそうにその様子を伺っていた。
そのときの執事の話によると今年のこの町内会の祭りでは、
各家庭から大人が一人化け物の格好に仮装して近所の公園で子供らと触れ合うのが目玉の催しらしい。
クジによってマドカの屋敷に割り当てられた役は“狼”だったので、執事が狼に仮装して参戦するそうだ。
見ると少し離れた場所ではメイドたちが車座になり、獣の耳やら尻尾やら口やら手やらを作っている……器用なものでやけに本物染みていた。
そしてそうか、だから最近メイドたちはうちの犬猫にブラシをかけることに余念がなかったのか……。
庭にいる
仲間たちいつもの連中)に目をやれば、ライオンから犬から猫まで、奴らの毛並みがいつもより妙に艶々していた。
メイドたちの手には奇麗に洗われて心地よさげにフサフサした毛の束が。
仮装の話をする執事はどこか少し恥ずかしげな口調ながらも、やはりまんざらでもなさそうだった――意外にも子供は嫌いではないようだ。
背が高く、ガタイも悪くはない執事が扮する狼は結構な見物だろう……――

そのときは暢気にそんなことを思っていた――
祭の夜は、マドカと共に庭に出て――茶でも飲みながら異国の祭の幻想を共に楽しむ……。
ほんとうに、それだけの予定だったのだが……。









「士度様!!ジーンズは履いていただけましたか!?」

「あ、あぁ……ッ!!?」

「次はこちらの“耳”です!頭ではなく、ご自身の耳にはめる形体になっておりますので、恐れ入りますが少し屈んでくださいませ!」

「あ、口はこちらになります〜!遥さんの自信作なんですよ!けっこうリアルでカッコいいです!……ちょっと喋りにくいですけど!」

「おてては…あ、ピッタリですね。少し動かし難いですが、二時間ですのでご辛抱ください……」

士度は釣り眼のメイドにテキパキと「狼の尻尾付きジーンズ」と「狼の耳」の調整を施され、おかっぱのメイドには「狼の口」を装着され、
眼鏡のメイドに肉球までついた「狼の手」を手袋宜しくはめられて……――

「あ、ほらほらお嬢様!士度様、とても凛々しくていらっしゃいますよ…!」

奥からは金髪のメイドと共にマドカが出てきた――
その姿は真っ黒なとんがり魔女帽子に黒い細身の魔女衣装にどこかキラキラしている黒地のマント。
オマケに化粧までもがいつもより凛と魔女めいて仕上がっている。
モーツァルトも小さなとんがり帽子と魔女服&マントをつけて、ご主人さまとお揃いだ。


「こちらの紐を引っ張ると尻尾が動く仕組みになっております」

「あら、素敵……!士度さん、動かしてみてください!――あらあら、フワフワパタパタしていて可愛いですね……!」

釣り眼のメイドに教えられたジーンズのベルト通しに隠れている紐を引っ張ると、たしかに立派な尻尾がゆらゆらと……マドカは大層喜んだ。

「………………」

目の前の大鏡を見て唯一救われたのは、狼の耳に口に尻尾に手に…これでは誰が誰だか解らないところだ。
本来この「狼」を着るはずだった執事は……昨夜熱を出したままとうとう日が暮れても布団から出られず、インフルエンザの疑い有りと、
メイド達によって使用人棟に隔離されてしまっているとのこと。
夕方になっても復活できなかった執事からインターホン越しに擦れた声で咳交じりの詫びをいれられ、
メイド達に頭を下げられ、マドカに目を輝かせながら促され……。
即席狼魔里人版の出来上がり。

他の化け物が大勢いるんだから、狼が一匹いなくたっていいだろう――
狼に化けることを頼まれたときにそうポツリと呟くと、なんでも昨今、狼が活躍する絵本が巷で人気らしく――
狼を楽しみにしている子供は少なくはないようだ。
そしてメイド達も自分たちの力作を、来年のこの日まで箪笥の肥やしにしてしまうのは忍びないらしく――
頼み込んでくる勢いが尋常ではなかったのも事実。

「ちょっと狼に仮装して、二時間ばかり子供たちと写真撮ったり遊んだりするだけですから……!!」

「写真……」

「――!!あ、大丈夫です!!狼の口をつけちゃえば誰だか分らないですし、笑う必要もありません!!」

――そして丸め込まれて今に至る。
しかも今日は住宅街付近が通行止めだから、この恰好でマドカと歩いて公園まで行けと言う――
それなら公園で着替えた方がいいんじゃないかと呆れると、

「大丈夫です!――ほらっ!!」

玄関先まで連れていかれると、公園での催しが近いせいか、包帯男やら頭に釘を刺した男やら妖精の格好をした若い娘やら
化け猫やら牙が目立つ洋装の輩やら……数多の化けた大きな人たちが談笑しながら住宅街を闊歩している…。
やがてマドカと共にそのまま送りだされてしまい……。


普段と違う衣裳が嬉しいのか、マドカは道中ご機嫌だった――モーツァルトまでもどこか浮き足立って歩を進めている。
狼の口をつけていて声が小さくなるせいで、マドカの問いかけにも唸ったり頷いたりする程度にしか返事ができなかったが、
それでもマドカはニコニコと愛らしい微笑みを浮かべながら隣を歩いていた。


公園に着いてみれば、
何のことはない、そこかしこにいる大きな化け物たちを相手に小さな化け物たちが勝手に戯れついてくるので、その相手をする――
その程度のあっさりとした交流らしかった。
士度は下手をすれば狼の真似事でもさせられるのかと気が気ではなかったのだが、ようやく気持ちを落ち着けることができた。
そしてマドカを促し、その辺のベンチに適当に座った――

公園のそこらじゅうでパシャパシャと親子連れのカメラの音がひっきりなしにしているが――
こんな眼つきの悪い狼に、わざわざ寄ってくる子供なんざいないだろう。


しかし暫くすると――「――魔女さん!犬さん!」

お姫様の格好をした三つくらいの齢の女の子が懸命に駆けてきて、マドカの前で目を輝かせた――
あとから追いついてきた若い両親は双方ともにクラシックのファンでもあったらしく、
魔女姿のマドカに嬉しい悲鳴を上げると、彼女の了承を取りながら女の子と一緒の写真を撮っている。

「………?」

ふと気がつくと――娘の写真とクラシック談義に夢中になっている両親の傍らで、
海賊の格好をした五つくらいの男の子が士度のことをジッと見つめていた。

「……オオカミ、さん?」

恐る恐るの子供の言葉に、士度は黙ったまま頷いた――男の子がおっかな吃驚に、しかし好奇心が勝ったのか手を差し出してきたので
狼の手で握手をしてやると、その肉球の感触が気持よかったのか、子供の顔から不安が消えた。
そして子供は狼のフサフサの尻尾を見て、立派な耳に視線を合わせ、凛々しい口に驚き――最後に二人の目がかちあった。


「おめめ……恐い。」

「〜〜〜!!コレッ!!なんてことを言うの!!?」

子供のそんな言葉が耳に入るなり、マドカとのお喋りに興じていた母親が慌てて息子を叱りつけ、
「いや、ほんとうにすみません……!」――父親もカメラを抱えながら士度に向かって恐々と頭を下げた。

「………狼だからな。」

シレッとそう言ってのけた士度に、マドカは隣でクスクスと笑っている――男の子は母親に叱られながらも、まだ大きな狼を見つめていた。

「………………」

そのまん丸い瞳に根負けしたかのように、士度が無言でもう一度片手を差し出すと、「パパ…!写真とってっ…!」

男の子は父親に向かってそう言いながら、士度に飛びついてきた――仕方なしに狼はそのまま軽々と男の子を持ち上げ――
少し乱暴に肩車をしてやった。
子供にはその乱暴な反動が嬉しかったらしく、その子供は両親がハラハラするなか士度の肩の上ではしゃいでいる。

いつもよりずっと、ずっと高い視線から見えたのは――オレンジ色のお祭りの世界。

「――!!おにいちゃん、ずる〜い!!」

わたしもっ〜〜!――士度の肩の上で遠くを見ながら歓声を上げる兄を見て今度はお姫様姿の妹もせがんできたので、
こどもの両親が平謝りする中、士度は男の子を肩に乗せたまま――
フワリと片腕で女の子の方も持ち上げた――先程よりは、少し、丁寧に。

パシャリ、パシャリと高そうなカメラの音が鳴った――
子供たちはレンズの方を向いたようだったが、何も言われないことをいいことに、士度は撮影に気づかぬ振りをした。

狼に、カメラ目線なんぞ、関係ない。

「オオカミさんのおみみ、ウソみみじゃないのね!」

ママ、おばあちゃんちのジョンみたいに、ちゃんとフワフワしてるのよ!――
士度の狼耳を引っ張りながらの娘の台詞に、母親と父親は強面狼を目の前に、「やめなさい…!」やら「すみません…!」やらを繰り返している。
耳に装着型なので、引っ張られると正直――ちょっと痛い。
妹に乗じて男の子の方も士度の耳を引っ張ろうと掴んできたので、ギロリと見上げてやると子供はパッと慌てて手を引っ込めた。

「……………」

その子供の顔が悲しそうに少し曇ったので、“例の紐”を引っ張って尻尾を動かしてやると――
士度の肩の上からそれに気づいた男の子は目玉が零れそうになるくらい目を大きく開けて――
ゆらりゆらりフサフサと揺れる狼のシッポに釘づけになった。
そんな兄の様子に気づいた妹も、「ママ!ママッ!!」と尻尾を見つめながら大興奮。
しかしママもパパも狼の背後の尻尾のことなど知る由もなく……

「ほら、あんまり長く乗っていると狼さんが疲れるでしょ・・・!」

母親の言葉に妹と男の子は少しぐずる素振りを見せたが、
士度はやはり黙ったまま、まずは妹の方を丁寧に、兄の方を再び少し乱暴に下してやった。


「バイバイ!!オオカミさん…!!」「オオカミさん、バイバーイ!」

子供に弄られすぎた狼さんの代わりに手を振ったのはお隣で狼さんを見守っていた魔女だ。

オオカミさんのシッポも、ウソシッポじゃなかったんだから!!――
ホントに振ってたんだよ!おばあちゃんちのジョンみたいに!!――

パパとママに手を引かれながらはしゃぐ女の子と男の子の遠ざかる声を聞きながらマドカは目を細めると、
くるりと華麗にマントを翻しながら士度の方へと向き直る。

「お疲れ様でした、狼さん!」

さきほどの奥様が屋台の珈琲券をくださったので、一休みしましょう?――

そんなマドカの言葉に、狼はようやくホッと息を吐いた。

「……そうだな。一杯飲んで帰るか……」

まだ公園に来てから三十分しか経っていないのに、慣れないボランティアに辟易した狼は最早帰る気満々だったが、
マドカはそんな目の前の狼に慈しみの視線を送っていた。
しかし……

「あ、きっとアレアレ!!あのオオカミさん!!」

「おとーさん!はやくぅ!!」

「ボクもおーかみさんとしゃしんとりたい!!」

公園の向こう側から複数の親子連れがワイノワイノとこちらへとやってくる――
士度の貌がサッと蒼くなったのをマドカは気づかず、モーツァルトが気の毒そうに細く鳴いた…。






「士度様も狼耳もヨレヨレ…ってことは……子供達には大好評だったみたいね!」

――徹夜の造り込みをした甲斐があったわ!

金髪メイドのそんな言葉に、おかっぱメイドも満足そうに頷いた――
一方、夜のティールームでは、狼の変身を解かれ、いつになく行儀悪くグッタリとソファに身を預けている居候殿に、
膝枕を提供している未だ魔女姿のお嬢様。


「……狼さん、大人気でしたね?」


あの後もたっぷり一時間半――
狼はすっかり子供のオモチャにされ、何度親達に頭を下げられたのか知れない。
マドカの膝の上で目を瞑っている士度の貌を優しく撫でながら、彼女の微笑みは穏やかだった。


「……お前は、いつまで
魔女のこんな)格好をしているつもりだ?」


手元のマントをクイッと引っ張りながらのはぐらかすような彼からの台詞に、マドカは僅かに頬を染めた。


「だって……こんなコスチュームを着られるなんて、今日くらいしかないんですもの……」


そんなことを言いながら、マドカは士度の頬にもう一度その柔らかな指を滑らせる。

彼の唇が擽ったそうに音なく笑った。


「それに、今なら………」


士度さんアナタ)に魔法をかけられそうな感じがします……――


マドカの貌が魔女の帽子と一緒にゆっくりと士度の顔へと近づいてきた。


「どんな、魔法だ……?」


二人の唇が触れる刹那、マドカの丹花が恥じらいを隠すように囁いた。


元気がでる、魔法です――


それなら、貪るような
ヤツキス)がいい――


そんな言葉を飲み込んで、士度は彼女の愛らしい魔法にありがたく身を委ねた。



Fin.