Lady chick







古今東西、女性というモノは占い、おまじない、魔法にジンクス・・・そういった類に目がないもので・・・・

今日もその魅力の虜になった女の子が四人・・・夏実にレナに、ヘヴンにマドカ。
ヘヴンのマンションで本やらパワーストーンやら水晶やら怪しげなお香やら・・・手に入れることができた物を全部広げて、
そんな乙女のお遊びを面白半分に楽しんでいた。

「でね、この蝋燭で作った魔方陣の真ん中に、マドカちゃんが立って・・・・そうそう♪そしてこのエッセンスを振りかけて・・・いい匂いでしょ?で、何か動物の姿を思い浮かべてみて・・・?・・・・いい?そして最後にこのお香を炊き込めると、あら不思議・・・・・!!?え・・・ちょっと・・・!!煙出過ぎ!!・・・・夏実ちゃん・・・・!!お水持って来て・・・!!早く!!!」

ヘヴンの慌てた声と、マドカが咳き込む音が聞こえ、夏実とレナは慌ててバケツの水をひっくり返した。
お香を片手に濡れ鼠になったのはヘヴンで・・・マドカの咳は止まったようだ。ヘヴンのクシャミと、夏実とレナの安堵の声が広い居間に響いた。しかし、マドカはうんともすんとも言わない――

「マドカちゃん・・・だいじょう・・・・ぶ・・・・!!?」

「え・・・?」

「う・・・そ・・・・」

そこにマドカの姿は無く――彼女の清楚な洋服だけが、抜け殻となってフローリングの上に固まっていた――そして、その中で小さく蠢くものが・・・

「そうか、マドカはそのまま仕事に行ったのか・・・」

――夜には帰る予定だったが、急な打ち合わせが入ったので、そのまま仕事に行って・・・それからマンションヘヴンのうち で女の子同士の合宿をしてから戻る――そんなヘヴンのその場しのぎの嘘つきな伝言を、士度は何の疑いも無く受け入れた。
マドカが帰ってこないのは少し寂しい気もするが、最近は仕事仕事で少し疲れ気味のマドカには、たまには女同士の気分転換も必要なのだろう、明日の夕方にでも迎えに行ってやればいい――単純にそんなことを思っていた。
わざわざ伝言をしに車を走らせてきたヘヴンに、「悪かったな」と彼女マドカの代わりに礼まで述べる始末で。

「そ、それより・・・ね・・・?あの・・・この子、預かって貰いたいんだけど・・・・」

ヘヴンは後ろめたさと動揺を精一杯押し殺しながら、後ろ手で隠し持っていたある生き物を士度の前に差し出した。それは――

「なんだ・・・?ヒヨコ?」


―ピヨ・・・!!


士度を見るなりそのヒヨコは一際甲高く鳴いた。

すると士度は――その声を聞くなり眉を顰め、首を傾げた。
そんな士度の様子にヒヨコは驚いたようだった。そしてピヨ!ピヨ!・・・!!と小さな両翼をバタつかせながら、懸命に士度から声を引き出そうとしているが、当の本人は困ったような顔をするばかり。

「え・・・士度君・・・?」

士度のいつに無い様子に、ヘヴンが恐る恐る声をかけると、「いや、ちょっと・・・な・・・」――そんな歯切れの悪い事を言いながら、士度はヒヨコを気にしながらも空に向かって短く獣笛を吹いた。
すると近くにいたカラスや小鳥が反応し、士度の元へと飛んでくる。
ヒヨコはピヨピヨと鳴き続けた――

(士度さん・・・!士度さん・・・!私です、マドカです!!こんな姿になっちゃたけど、士度さんなら、私の言葉、分かるでしょ?)

――どうして何も言ってくれないんですか!?――

そう、ヘヴンの掌に納まっているヒヨコは、女の子達のお遊び半分の魔法でその身をヒヨコへと変えられてしまったマドカであった。
――散々パニックになった結果、動物の言葉が理解できる士度ならこの状態に烈火の如く怒りながらもマドカを受け入れてくれるだろうと・・・怒鳴られるのを覚悟でヘヴンはヒヨコマドカをつれて来たのだが、肝心の彼の反応がイマイチ、鈍い。
士度の肩に止まったカラスや小鳥が囀り始めた。

<シド、呼ンダ?> <シド、遊ブノ?> <シド、ナニ?コノ、チイサイ、トリ・・・>

「・・・そうだよなぁ、お前たちの言葉は、いつも通り分かるんだが・・・」

士度はカラスたちの相手をしながら呟いた。
肩の上で士度に甘えている小鳥が、ピヨピヨピヨ・・・!と士度を呼び続けるヒヨコの向かって首を傾げた。

<ナニ、コイツ・・・鳥ノ言葉、話セナイノ?>

「ああ、俺も、このヒヨコこいつが何を言っているのか、さっぱり分からん。」

「えぇ!!?」

(〜〜!!どうしてですか!士度さん・・・!?)

ヘヴンが目を瞠り、ヒヨコがヘヴンの上でさらにバタバタと慌て始めた。

――俺もこんなことは初めてだ・・・――士度は困惑の色を隠さずに、ヒヨコを覗き込んだ。

近くなった彼の気配に、ヒヨコは恥ずかしそうに瞬きをした。

士度の予想外の反応に一時呆然としていたヘヴンだったが・・・・即座に作戦を変えたようだ。

「で、でも・・・・!言葉が分からなくても、動物の扱いに慣れている士度君は、この子の世話くらいなんでもないわよね!?いろいろあって置いていかれた子だけれど、飼い主が戻ってくるまで・・・よろしく・・・!!」

「・・・・って、オイ!?」

(・・・ぇ・・・えぇ・・・!?ヘヴンさん!!そんな!理由も話さずに・・・!!)

言うことだけ言うと、ヘヴンは挨拶もそこそこにポルシェに飛び乗り、まだ高い太陽に向かって脱兎の如く去っていった。
魔術に詳しい蛮は仕事で遠く沖縄――こういうときに頼りになるマリーアとも連絡がつかない。
しかし士度が事態を把握し怒り狂う前に・・・何とかして彼女を元に戻す手立てを先に見つけたほうが、万事丸く収まる・・・

――そんな画策をものの数秒で弾き出したヘヴンは、書物やインターネットをフル活用してマドカを元に戻す方法を調べている夏実とレナが待つマンションへと時間を惜しむかのように車を飛ばした。


――そして取り残されたのは、途方に暮れた士度と・・・正体を気付かれぬままの、ヒヨコマドカ。

「さて・・・と。」

士度はヒヨコを見下ろした。

<ドウスルノ?コノ子・・・>

士度の掌にいるヒヨコを、肩の上のカラスが見下ろした。そんなカラスの様子には気がつかず、ヒヨコはピヨ・・・と一声、戸惑いの声を発した。その様子に士度は眉を上げ――ヒヨコの目の前で掌を振ってみた――ヒヨコの瞳は手の動きを追わない。

「見えて・・・ないのか?」

士度はヒヨコを持ち上げ、自分の目線まで持ってきた。光を映さぬまあるい大きな瞳が、何かを訴えるように瞬いた。
よくよく見てみれば、ヒヨコにしてはなかなかの器量良しだ。

「・・・マドカに少し似てるな、お前。」

士度はヒヨコに向かって目を細めた。

(――!!似てるんじゃなくて・・・マドカなんです・・・!)

しかし、ヒヨコマドカの喉から出るのは、ピヨ・・・!という音だけ。

「ま、眼が見えなくても、言葉が解らなくても、ヒヨコだし・・・庭にいる鶏が世話をしてくれるだろうよ。」

<ソウダネ!>

(え・・・!?私は、士度さんと一緒がいいです・・・!!お庭に置き去りなんて・・・!)

士度とカラスの会話に内心蒼くなったヒヨコマドカはピヨピヨと抗議をするが、

「やけに鳴くなぁ・・・腹でも空いてんのか?」

<キット、ソウダヨ!>

士度と鳥たちのまるで見当違いな会話に、ヒヨコマドカの焦りは増すばかりで。

キョトキョトと落ち着かないヒヨコを肩に乗せ、士度はエントランスからそのまま庭へと向かった。

(〜〜!!やめて!やめてください・・・!!無理です!!嫌です・・・!!食べられません・・・・!!士度さん、助けて!!)

音羽邸の庭にヒヨコの悲鳴に近い鳴き声が響き渡る。
士度にヒヨコを託された雌鶏は、少し痩せているヒヨコマドカに「ご馳走よv」と言わんばかりに、太くて長いミミズを押し付けてきた。
もちろん、マドカはあらん限りの力と声をもって拒絶し・・・抵抗した。
ミミズの滑った感触や、生々しい臭いがヒヨコマドカの目の前でうねり、マドカが後ずさりする度に雌鶏は「お食べ?」と、それを近づけてくる始末で・・・。
庭にいる動物たちは、動物じぶんたちの言葉が解らないヒヨコを不思議がり、贅沢な餌を前に暴れるヒヨコに呆れていた。

「どうした?こんなに立派なミミズ、外じゃ食べれないぞ?・・・食えよ。」

救いを求められたはずの士度は、ミミズをつまみながらヒヨコマドカを掴み上げ・・・あろうことかその愛らしい口元にミミズを押し当ててきた。

(〜〜!!!嫌ァ〜〜!!!!)

「――痛ッ!!」

カプッ・・・・――マドカはショックのあまり反射的に士度に噛み付き、士度はヒヨコを落としこそはしなかったものの、咬まれた長い指を跳ね上げた――咬まれたところから、ほんの少し、血が滲んだ――マドカは自分の行動と、突然の血の臭いに驚いてポカンと口を開けたまま動きを止め・・・やがて恐怖のあまり強張っていた小さな体は急に萎んでしまったかのように力が無くなり、ヒヨコは悲しそうに頭を垂れた。

(ゴメンなさい、ゴメンなさい・・・でも、どうしてもダメなんです・・・)

ピヨ・・・・ともすれば泣き出しそうな、少し擦れた小さな鳴き声が、震えながらヒヨコの嘴から漏れた。
そんな人間じみたリアクションに士度は目を丸くし、同じく驚いた風の動物たちと思わず顔を見合わせる。

「あ〜・・・ちょっと掠っただけだから、さ・・・・気にすんな・・・?」

士度の言葉に、ヒヨコはオズオズと顔を上げ・・・・こころなしかホッとした表情をしたようだった。

士度はゆっくりとヒヨコを地面に下ろした――(え・・・・?)――ヒヨコマドカを再び不安が襲う。

「鳴き過ぎて喉渇いただろ?水を汲んでくるから大人しく待ってろよ・・・・」

士度の足元にいた猫が舌舐めずりをした。少し離れて傍観していた犬たちもこちらへやって来る。

(やっ・・・!!士度さん・・・!私も一緒に連れていってください・・・!ここで一人は・・・・)

「預かりものだからな。お前ら、喰うな、苛めるな。」

新しい顔に興味津々の仲間たちにそう短く注意をすると、士度は水道が引いてある庭の奥へと駆けて行く。
ヒヨコマドカは彼の後を追おうと、慌ててヨチヨチと歩き出したが、ポフン・・・!と何か障害物に当たり、その小さな体はコロン・・・と庭に転がった。
マドカの頭上で――ニャア・・・――と挨拶でもするかのような鳴き声が聞こえてきた――そして・・・・

<食ベナケレバ、イインダヨネ?>

誰かが言った。

<苛メナケレバ、イインダヨ・・・>

マドカの後ろからも声がした。

<ジャア、サ・・・>

<チョット、味見スルダケナラ・・・>

ヒヨコマドカのフワフワとした羽毛が一気に逆立ち・・・・

<問題・・・ナイ・・・ヨネ・・・?>

ヒヨコは慌てて逆方向に体を伸ばしたが、上から降りてきた大きな口に覆いかぶさるように掬われて・・・・


ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ―――!!!


この世の終りのような声が音羽邸の庭に木霊した。


「いつもより庭が騒がしいと思っていたら、そのヒヨコが原因ですか・・・」

使用人用の食堂脇の厨房で、コックがお湯を沸かしながらニッコリと笑った。

「ああ・・・こんな小せぇ体から、よくあんなデカイ声が出せたなぁ・・・」

士度は椅子に座りながら感心したような声を出すと、テーブルの上でグッタリしているヒヨコの頭を人差し指でカシカシと撫でてやる。
士度がヒヨコの絶叫を聞きつけて、仲間の元へと戻ったときには、ヒヨコマドカはピレニーズ犬の大きく開かれた口の中で放心していた。ピレニーズは口を閉じこそはしなかったが・・・その舌でもって、ヒヨコの味を堪能しているようだった。フワフワしていて、ちょっと甘い・・・そんな感じ。「食うなって言っただろ・・・」――(ヒヨコマドカ以外は)あまり危機感を感じないその状況に、士度が呆れたような声をだすと、<コイツ、キット美味シイヨ?>――大キクナッタラ、キット、モット、美味シクナルヨ・・・――ピレニーズはそんな物騒なことをノンビリ言うと、はい・・・とヒヨコを士度の掌に戻してきた。ヒヨコはポテン・・・と士度の手の中に落ちてきて・・・目をクリクリさせながら固まっていた。そして、――慣れない動物たちといることはコイツにはストレスのようだ・・・――そう判断した士度が、食堂に連れて来たわけだ。

ヒヨコは目をつぶったまま、未だに緊張の中にいるようだった――危うくクリスマスのディナーよろしく餌になるところだったのだ――それでなくてもヒヨコになってしまってからは驚きと恐怖の連続で・・・その小さな心臓が早く動きっぱなしで・・・マドカの疲労もピークに差し掛かっていた。おまけに家を出る前に朝食をとってからは、お茶と茶菓子しか食べていなかったので、今までにない空腹感が、ヒヨコマドカの頼りない体を襲っていた。

ピヨ・・・

ヒヨコは頼りなさげな眼差しを士度に向けた。

「あ〜・・・やっぱ腹減ってるよなぁ・・・さっきのミミズはお前には大き過ぎたのか?」

「あ、それなら・・・木佐さんが釣り用の糸ミミズを持ってましたよ?」

(〜〜!?)

「・・・それだ!ちょっと貰ってくるわ。」

(――!!士度さん・・・!!それも違いますから!!〜〜!?行かないでください・・・!!)

しかし、ヒヨコマドカのそんな声も士度には届かず。彼は席を立ち・・・数分で執事と一緒に戻ってきた。

手に糸ミミズの缶を抱えて。

「食わねぇな・・・」

「食べませんね・・・」

士度と執事に覗き込まれながらも、ヒヨコマドカは蓋が開いた糸ミミズの缶に背を向け、絶対拒絶の意思表示をしていた。
ヒヨコはフワフワの羽毛を逆立て、ムスッと目を瞑り、ぷんむくれ状態だ。

「怒ってるな・・・」

「膨れていますね・・・」

いったい何が気に入らねぇんだ・・・?――結構、上等な糸ミミズなんですけどねぇ・・・――男たちの勝手な会話に、マドカの神経は磨り減るばかり。すると、コックが士度に声をかけてきた。

「士度様、お昼はまだですよね?少し遅いですが、我々と同じものでよければご一緒に如何ですか?今日はラーメンです。」

「ああ、悪ぃな。それで頼む・・・・」

(――!!)

ピヨ・・・!!ヒヨコが突如、大きく反応した。その場にいた一同の視線は一度にヒヨコへと注がれる。

(し、士度さんにそんな添加物が多くて身体に悪いものを・・・!もっとちゃんとしたお昼を差し上げてください・・・!!)

ピヨピヨピヨ・・・!!

ヒヨコマドカは小さな羽根を精一杯バタつかせて士度やコックに訴えたが、その様子を見ていた男たちからはドッと笑いが漏れるだけで・・・

「お前なぁ・・・ヒヨコにラーメンは無理だろう?」

「しかも今日は鶏ガラスープですよ・・・共食いになりますね!」

「人間の言葉が解るみたいな反応ですねぇ・・・メイド達も喜びますよ。」

ピヨ!!―(ラーメンはダメですってば・・・!)

「分かった、分かった・・・お前が食えるもんも探してやるからさ・・・」

(士度さん・・・!・・・全然分かってないです!!)

「あ、ヒヨコがいるよ!どうしたんですか?可愛いなぁ〜v」

お昼を食べるためにぞろぞろと4人のメイドたちも食堂に入ってきた。

ヒヨコマドカは早速、女たちの玩具にされた・・・ヒヨコは彼方此方から伸びてくる手が怖くて、ピヨピヨと士度に助けを求めたが、その声に士度はヒヨコの為の餌を探すことで、間違った応えを出していた。



――数分後、ヒヨコマドカの前には大量のおからと米糠が盛られた皿が置かれた。

そして彼女の頭上からは

「「「「「「「いただきます」」」」」」」

の声と、七人の大人たちがラーメンをすする音。

(卯の花和えとかは大好きですけれど・・・そのままのおからはちょっと・・・)

一方、ヒヨコマドカは・・・・ミミズよりはまし――と、おからと米糠を不承不承に啄ばんだ。
ラーメンを食しながら、メイドたちが「美味しい!」「出汁だしが効いているわねぇ・・・」「やっぱりプロが作ると違うのね・・・」「ただのインスタントとは大違いだわ、お野菜も一杯ね」――と絶賛する声を羨ましそうに聞きながら。
そんな明るい声たちの後で――

「・・・確かに美味いな」

ポツリと士度が呟いた――メイド達が目を丸くし、コックが破顔する気配がした――そんな同僚たちの反応に、執事もつられて目を細める――そんな彼らの反応に気づいていないのか、士度は黙々とラーメンを食べ続けていた。

「それは良かった・・・!鶏ガラスープはお好きですか?」

「ああ、好きな方だな。」

ヒヨコマドカがピョコンッ・・・と顔を上げた。

「それなら、今度、お嬢様に作り方を教えて差し上げなきゃねぇ?コックさん?」

メイドの言葉に、―そうだねぇ・・・!―と、コックも上機嫌な声を出した。ヒヨコマドカは一人頬を染めながら、コクコクと頷いた。

「でもな・・・マドカ、ラーメンなんて食べるのか?」

「「「「「「あ・・・」」」」」」

(あ・・・)

その場に一瞬、沈黙が降り――ズッ・・・と士度がスープを飲む音だけが響く。

「だろ?カロリーが高そう、とか言いそうだぜ?」

(・・・!!で、でも・・・!!士度さんがお好きなら一緒に食べますし、ラーメンも鶏ガラスープの作り方から教わります・・・!!)

ピヨピヨピヨ・・・!!――「お前、それでもまだ満足しないのか?・・・ほら、苺でも食ってろ。」

ヒヨコマドカは差し出された苺に反射的にかぶりついてしまった・・・苺の瑞々しく甘い味が口の中に広がった後、自分がはしたない行為をしたことに気がつき、思わず恥じ入ってしまったが・・・

「なんだ、果物が好きだったのか。」

士度の安堵したような声につられ、ヒヨコマドカは士度の顔を覗うようにしながら苺を啄ばんだ――彼の気配が、また・・・柔らかくなった。
戯れに首筋を撫でられ、その気持ち良さにヒヨコマドカは思わず目を細める――あぁ、どうして動物達あのこたちが士度さんのことをあんなにも好きなのかが・・・今なら、とてもよく分かるわ――だって彼の指先や、気配や、声は――とても心地よく羽毛を通り、心に浸透してくるのだもの・・・・――

ヒヨコの、そんな愛らしい反応に一同が目を細めたとき・・・ピンポン〜と玄関のチャイムが高く鳴った。
士度が目を裏庭の方へ流すと・・・知ったかおが窓際に挨拶をしてきた。

「・・・きっと、俺の客だ。」

(・・・?誰・・・?)

誰か、ヒヨコこいつを預かっていてくれ――士度の言葉にメイドの一人が「かしこまりました」と即答し、ヒヨコマドカを手に取った。
客人を迎える為に、執事とメイドが立ち上がり――そして士度も席を立った。
そんな彼の気配を追う様に、ヒヨコマドカは手羽をバタつかせたが、「士度様はお客様に会うからダメよ?」「本当に士度様のことが好きなのねぇ、まるでお嬢様みたい・・・!」――こんなことを言うメイド達のエプロンのポケットに、逃げないように突っ込まれてしまった。

――それから夕食の時間が迫るまで・・・マドカは士度の様子に気を揉みながらも、どうすることもできずにメイドのエプロンの中で過ごすことになった。メイドが動く度にエプロンがユラユラと揺れて・・・ヒヨコマドカに眠気を誘ったりした。しかし、途中のメイドのお喋りで、それは何処かへ吹っ飛んでしまった――

「士度様のお客様って誰なのかしら?」

「どうも士度様の一族の方らしくって・・・男性の方と女性の方が・・・女性の方はかなりの美人さんだったわ!」

(え・・・?)

「あのお客様方のご様子から・・・士度様ってもしからしたら家柄が・・・」

(魔里人の方達が来ているの・・・?女性の方も?――そんなこと、士度さん、一言も・・・・)

一抹の不安がマドカを襲う・・・士度が魔里人の中でもかなり上の地位にいるということは彼の言葉の端々から想像できたことだったのだが、実際、彼の一族の者たちが彼の目の前に現れ、音羽邸ココにやって来てまで話をしているとなると、彼女が日頃恐れていることが現実味を帯びてきたということだ――彼が・・・自分の元ここからいなくなるということ――

ピヨ・・・――ヒヨコマドカが思わず出した悲しそうな声に、メイドが「士度様が恋しいの?」と話しかけてきた。

(・・・恋しいです。早く私を士度さんのところへ連れて行って・・・?)



そして十数分後、ヒヨコマドカはお客様のお見送りにエントランスに出たメイドのエプロンの中で、その見知らぬ魔里人の女性と対面することになった――「あら、可愛いヒヨコ・・・」――穏やかな・・・しかし芯のある声が玄関先に心地よく響いた。メイドのポケットの中からこちらの様子を覗うヒヨコに気がついた女性は、メイドに一声掛けながら、ヒヨコマドカを掌に乗せ・・・目線を合わせてきた。
そんな様子にマドカは・・・無意識に彼女から顔を逸らした。「あら・・・?」――その女性同様、周りにいた人々の頭に疑問符が浮かぶ。しかし女性はそのヒヨコをまじまじと見詰めた後・・・目を細めながら、静かに笑った。

「なんだ、お前・・・人見知りするのか?」

士度の声が頭の上から降ってきたので、ヒヨコマドカは首を精一杯伸ばして彼を求めた。
魔里人の女性は士度の掌にヒヨコを導いてやる。

「いいえ、士度様。これは人見知りではなく・・・嫉妬ですわ。」

彼女のその言葉に、一同は目を丸くし、自分を包む士度の掌に甘えるようにして頬を寄せていたマドカの羽毛が逆立った。

「嫉妬・・・?何で?」

だってヒヨコこいつとは、今日会ったばかりだぜ?――士度はヒヨコの頭を撫でた。

「・・・彼女には、私が士度様に懸想していることなどお見通しなのですよ。」

失礼な事を言うな・・・!――同伴していた男性が思わず小声で女性を諭した。

「だって女性は皆・・・好いた殿方を取られたくないものでしょう・・・?」

客人の言葉に目を白黒させる一同や、彼女の突然の無礼に肝を冷やしている仲間を余所に、女性は艶めいた視線を士度へと向けた。
彼女からの意想外の言葉に、刹那きょとんとした士度であったが――やがて静かな笑みを湛えると、

「今日はご苦労だったな。また連絡する。」

彼女の思惑を知ってか知らずか、何事も無かったかのようにそう言いながら、自ら玄関の扉を開けた。

「失礼致しました・・・」

客人の男性は士度に向かって深々と頭を下げ、女性もさして落胆した風もなく優雅に一礼をした後、音羽邸から去って行った。

ピッ・・・ヒヨコは士度に不安げな視線を向けた。

「・・・吃驚したのか?変なことを言う奴だったよな?」

お前を一丁前のお嬢さん扱いだったな・・・――ヒヨコを覗き込みながら士度はクスリと笑う。

「今の話・・・お嬢様には絶対内緒よね・・・」

年少のメイドの声がヒヨコマドカにもハッキリと聞こえ、誰かが頷く気配までする始末。
しかしそんな空気を無視するかのように、

「士度様、御夕食に何かリクエストはございますか?」

執事が士度ににこやかに訊くと、

「あ〜・・・・・・茶漬け。」

ヒヨコは士度の掌でガクリと項垂れた。

「・・・それだけですか?他にもっと・・・」

「それだけでいいさ。」

「それでは私どもがお嬢様に叱られてしまいます。」

「じゃあ、漬物もつけてくれ。」

「士度様・・・・」


そんな会話を聞きながらも不安で潤んだような瞳を向けてくるヒヨコの小さな身体を、士度はもう片方の掌でそっと包んだ。

彼のぬくもりが囁く――大丈夫だ――と。

頼りない体の中で大きく揺れる心を、彼の存在に委ねながら、マドカは目を瞑った。


――大丈夫・・・彼は、ココにいるわ・・・――


一人の夜は・・・彼は大分早く就寝するようだった。

士度は適当な籠を見繕いその中にタオルを敷くと、それをベッドのサイドテーブルの上に置いて「ここで寝ろ」、と、ヒヨコマドカをその中に入れた。
彼から離れるのは少し寂しい気がしたが、すぐ隣にあるベッドに彼がいることを思うと安心して眠れるような気がしたので、マドカは大人しく彼に従った。

しかし――

パチリ――と電気が消される音がしたかと思うと、彼も床についたのか、唐突に夜のしじまが降りてきた――そしてその新しい闇の中に木霊する夜の音の数々が――庭の木々のざわめき、梟が鳴く声、虫の音、時折遠く聞こえる車や電車の音・・・――いつも聞き慣れている音のはずなのに・・・今日はそれらが大きな波になってマドカを襲い、その小さな身体目掛けてどこからか降るようにして落ちてきた――そんな初めての体験はヒヨコの身体を震え上がらせ・・・底知れぬ恐怖と寂しさをその身全体に侵食させた。

(何・・・?士度さん・・・士度、さん・・・・・・・・・怖い・・・・・)

ピヨ・・・・ピヨ・・・・・ピヨ・・・・・・・


突然、弱弱しく囀り始めたヒヨコの声に誘われるように、再びパチリと電気が点く音がした。
彼の大きな体が、目の前に現れた――

「今度は何だ・・・?眠れねぇのか?」

頭をガシガシと掻きながらの困ったような声が、ヒヨコマドカの上でした。
そんな彼の声にヒヨコが肩を落とそうとすると・・・・彼女の軽い体がフワリと持ち上がり――ヒヨコはベッドの上に転がされた。

(え・・・)

「今日だけ、だぞ?明日からはきっとお前の事が気に入ったマドカが・・・お前を離さないだろうからな。」

やっぱり、お前とマドカはよく似てるよ・・・――

欠伸交じりに士度はそう言いながら、自らもベッドへ寝転んだ。
ヒヨコが彼の露になった胸元へ擦り寄っていっても・・・・彼は好きにさせておいた。

(士度さんの・・・匂いだわ・・・)

――そう、傍にいると、安心する・・・匂い・・・・

ヒヨコの柔らかな羽毛が、彼の胸板を擽った。

――いつも安心して・・・・眠れる、ぬくもり・・・・――

彼の少し武骨な指が、ヒヨコの羽毛をあやすように撫でた。
ヒヨコはその指と暖かさに身を委ね――瞼を閉じた。

そして夢と現の狭間で――ヒヨコは心を震わせた。

――もし・・・私がずっとヒヨコのままで・・・元に戻れなかったら・・・士度さん、悲しむのかな・・・・そしていつか・・・今日、来た魔里人の人たちと・・・ココではない何処かへ・・・行ってしまうのかな・・・。そんなのはあまりにも悲しすぎて、寂しすぎて・・・・私はきっと耐えられないから・・・・自分でお鍋に身を委ねて、私、きっとスープになるわ。士度さんの好物のスープになって、食べてもらったら・・・アナタの身体の一部になれるものね・・・・――


(美味しく食べてもらいたいほど・・・・愛してるの・・・・)


ヒヨコが静かになったことを確認すると、士度は再び目を閉じた。

――明日、このヒヨコに会ったら・・・マドカはきっとコイツにベッタリになるだろうな・・・いろんな部分で、似たもの同士だから・・・――

胸元の小さな暖かさを微笑ましく感じながら、士度もまた眠りへと誘われる――時折聞こえる寝言のような小さな鳴き声が、彼の頬を僅かに緩めさせた。


チチチチチ・・・

庭の小鳥の朝の挨拶が、士度に覚醒を促した。
まだ重い瞼を開けると、自分は昨夜寝た時の姿勢のままだった――ヒヨコを潰さぬよう、無意識のうちに気をつけていたのだろう――士度は微かに安堵の溜息を漏らしながら、その焦点を合わせると・・・・・・・・・・頭の中の靄や眠気が一気に吹っ飛び、士度はガバリと飛び起きた。

自分はまだ夢の中にいるのだろうか、それとも昨日の出来事が夢の中での話しだったのか・・・寝起きだからか、とにかく思考がついていかないし、まとまらない。


アイツは――どこに行ったんだ?・・・しかもどうしてコイツが・・・・ここにいる!?



ヒヨコの姿はそこには無く――自分の隣で眠るのは――今はいないはずの愛しい彼女の姿――しかも全裸ときたものだ。


「マ・・・マド、カ・・・・?」


反射的に彼女の身体にシーツを掛けながら、士度はマドカの身体を軽く揺さぶった・・・仮に昨夜帰ってきたとしても・・・どうして俺は気がつかなかったんだ・・・・そもそも何で裸で・・・・・


「う・・・・ん・・・・士度、さん・・・・?」


眠い目を擦りながら、彼の人の名を呼んだ刹那――マドカも一気に覚醒したようだった。ガバッ・・・!と派手に起き上がると、「私・・・声が・・・」――そう言いながら、喉元に手をあてた。・・・・声が、キチンと出ているし・・・士度さんの気配も、いつも通りの大きさで・・・傍に、いる・・・・

――途端、マドカの目元からコロン・・・と大粒の涙が零れ落ち、彼女は泣きながら士度に抱きついてきた。

「〜〜!?マドカ・・・・??」

状況が飲み込めぬまま、彼女の突然の出現と涙に内心慌てふためいている彼の胸元で、マドカはしゃくり上げながら言った――


「私、鶏ガラスープになろうと思ってました・・・・!!」


「〜〜〜!!!???え・・・・・・?」


そう言ったあとは、士度にしがみつきながらただただ泣きじゃくるマドカを、士度は半ば呆然としながら求められるがままに抱きしめていた。先の疑問もさることながら――マドカの今の格好は・・・・朝の男には少々刺激が強すぎる――そんな余計なことを思いながらも、士度はなだらかなその背を摩りながら、涙の原因が分からぬまま、彼女を慰める。
直接触れる彼女の肌の柔らかさや、泣いているせいか少し上がっている体温が無意識に士度をを誘う。

そして、彼女が甘えるように――その頬を彼の掌に押し付けてきたとき――士度の男としての理性は陥落し――彼は慰める方法を本能が赴くままに変更した。



結局――お昼前になってようやくベッドから抜け出してきた二人は――食堂で仲良く並んでラーメンを食べていた。

初めてまともに食べる味に、「美味しいです・・・・」――と彼女ははにかみながら頬を染める。

「次はお前が作るモンを楽しみにするさ。」

隣でそう微笑む彼に、マドカは「はい・・・!」と心からの笑顔を返した。

デザートには苺が出てきた――士度がその苺をひとつ摘んで、マドカに差し出してきた。

彼女は恥らいながらも・・・彼の穏やかな気配に誘われるように、そのままカプリ・・・と苺に歯を立てた。

納得したような瞬きの後、士度の目は優しく細まった――

そして彼女は恥じらいついでに――苺味のキスをお返しした。

日が高い時間からの二人の熱いスキンシップを目の当たりにして、ヒヨコの味見をしようと探しに来たネコ達は思わず回れ右をしたりしていた。


事の顛末が彼にバレて、ヘヴンとHONKY TONKの娘たちが士度に一睨みされて竦んだかどうかは

また、別のお話。



Fin.



弊サイト初(?)の魔法話でした。個人的には大冒険・・・お楽しみいただけましたでしょうか?
chickは英語で“ヒヨコ、若い娘、ガールフレンド”の意味があります。
ラクガキをしていたら突如思いついたお話です。件のラクガキ×2点は、このHPのどこかにある画廊にひっそり格納中。