SWEET HEART




もうひとつの恋人たちの祭典

― St. Valentine's Day ―


そんな日の夕暮れの街は
恋人達の仲睦まじい姿で溢れかえる――


そしてそれは
新宿の中心にあるとある小洒落たカフェでも例外ではなく
今年一番の寒さだというのに、オープンテラスはほぼ満席状態だった。

ここで待ち合わせをして、そして――

予約したレストラン
夜の遊園地
静かな公園
二人だけの場所・・・・


特別な時間を求め
花から花へと移っていく。


しかしながら――

そんなカフェテラスの中心で
紅茶や珈琲を片手にお喋りに余念のないとある一行は
他の周りのお客達から妙な注目を浴びていた――


豊満なボディを惜しみなく誇張するような華々しいドレスに身を包んだ溌剌とした異国風のお姉さま。
黒髪のショートカットに、褐色の肌、小柄で細い体に中華風の衣装がよく似合う、どこか勝気な美しさをもつ女性。
少し癖のある髪を肩に近い位置まで流し、男装の麗人の如き風貌で涼しげに微笑む彼女。
まっすぐに伸ばした美しい黒髪に、金色に光る鈴をはにかむ度に揺らす美女。
そして一際明るく子犬や小鳥のようにお喋りに興じる、先の四人より少し年若い女子高生らしき二人の少女。

プラス

一癖も二癖もありそうなそんな美女達のお喋りに参加するでもなく聞き入るでもなく―
それでも何故か同じテーブルに席を取り、
一人静かに珈琲に口をつけている

背が高く、体格の良い、目元が鋭利なバンダナの青年――




いったいそもそも――
あの六人の美女美少女達のなかの
誰が黒一点の彼の本命なんだと
周りにいる客も、テーブルの間を行きかう給仕達も、心密かに思っていた。


そんななか、そのテーブルに運ばれてきたのは
一際ゴージャスなチョコレート・パフェとクリーム・パフェが六つ。


「あ、来た来た〜!!」

「いっぺん食べてみたかったんだ〜ここのバレンタイン限定パフェ!!」

―ニセンゴヒャクエン!!―

夏実とレナの明るい声にヘヴンも同意の声を出し、
士度の隣に座っている花月もどこか嬉しそうだ。


「・・・・あんなのを食うのかよ・・・・お前、豚になりてぇのか?あ゛ぁ!?」


そう頭の中で抗議してきた椿を早々に引っ込めて、奇羅々も鼻歌交じりにパフェを受け取った。


「・・・・じゃあ、遠慮なくご馳走になるわ・・・・」


そう一応の断りを入れてからスプーンを手にした卑弥呼の表情も
持ち前のクールさでは隠し切れない、“甘いものを目の前にした女性”独特の貌がそこにはあった。


「おう・・・・・・」


彼女の向かい側に座っていた士度は、
「ありがとうございますぅ!」「いただきますっ!」「ありがとう、士度・・・!」
「さすが士度クン、気が利くわぁ〜vv」「こーゆーときって女って便利よね・・・」

他の五人からもそれぞれ似たような声を掛けられ、
なんでこんなことになったんだ・・・・
――彼はそんな表情を僅かに浮かべながら、まだ微かに熱が残る珈琲にもう一度口をつけた――

そう、自分は――仲介屋と花月と弥勒雪彦とレディ・ポイズンと仕事の打ち合わせで此処に来て・・・・
音楽院の仕事帰りのマドカが電話で、デパートに寄っていくから近ければ一緒に帰ろうと・・・・
俺は仕事の話が終わった後、此処でそのまま待つつもりだったのだが、
チョコの買出しの帰りだとかで偶然通りかかった喫茶店の娘達が限定のパフェがどうたら・・・・
・・・・結局全員その場に残ることになり、女共(と花月)がバイト娘達が買ってきたチョコレート話に夢中になっている間に
テーブル会計とやらが回ってきたので、先に支払いを済ましたら
いつの間にやら

「「「「「「ご馳走様」」」」」」

ってな破目に・・・・


諭吉が4枚近くあっという間に飛んでいった――
仲介屋が

「バレンタインだから、ねv」

なんて甘い声を出していたが、俺が教わったバレンタインは女が男に・・・・ってやつだったと思うが違うのか?


――そんなことを思いながら、士度が眉間に皺を寄せていると、

「士度、食べてみる?案外美味しいものだよ?」

――隣に座っている花月が長いパフェスプーンの上に苺とクリームを乗せて、士度の口元でユラユラと揺らしている。

花月の声と共に周りのお客達の視線が俄かに彼らのテーブルに集まったことに、
当の本人たちはまるで気づかなかった。


「・・・・・・・・・」


士度はパクリとそのスプーンに噛み付いたが、やっぱり甘いと顔を顰めた。


「あ・・・・私、ミントって苦手なのよね・・・・あげるわ、ビーストマスター」


少し大きめのミントが乗ったスプーンを、奇羅々が少し強引に士度の口元に差し出してきた――


(・・・・はしたない・・・・)


緋影が妹に向かって説教じみた嘆きの声を出し、色気づいたんじゃねぇのか!?――
と、右狂が奥でケタケタ笑っていたが、奇羅々はそんな兄貴達をやっぱり綺麗さっぱり無視をした。

そんな弥勒の内なる声など露知らず、士度は口直しにとミントもスプーンから拝借した――と、そのとき――


「・・・・バレンタインにハーレムとはいい度胸だな、猿マワシ!!」

嬢ちゃんに言いつけてやる・・・・!!――


周りのお客(主に男性客)達の心の声を代弁するかの如く吼えながら、
おもむろに顔を突っ込んできたのは、一杯の買い物袋を持った見慣れたウニ頭だ――
後ろから苦笑いしながらやってくるのは喫茶店のマスター、そして
蛮ちゃん!!こんなところで喧嘩は良くないと思います・・・!――そうやってビチビチ跳ねながら銀次も割り込んでくる始末。


「うるせーな・・・・ただマドカを待ってるだけだろーが・・・・」


士度はそう言いながら煩わしそうに視線を上げた――

「そうよ、仕事の打ち合わせで一緒になったからで・・・・」

卑弥呼が士度を庇うようなことを口にしたのが癇に障ったのか、それでもまだ言募る蛮と
いらぬ仲介に入ったりの銀次の喧騒から、士度がため息混じりに視線を逸らすと――

目に飛び込んできたのは、向こうからモーツァルトと共に小走りで駆けてくる、彼女の姿。


「・・・・じゃあな」


急に立ち上がった士度を、花月と弥勒は不思議そうに見上げた――しかし、彼の視線の先を追い、
花月の小さな納得の声と、奇羅々の――それでもまだどこか、不思議そうな眼差し。


“あ、またね、士度!”

銀次のそんな声に軽く手を上げることで返事をし、
言わなくていいのにもう一度いくつかの“ご馳走様!!”の声、ことの顛末を聞いた波児の感嘆、
蛇野郎の騒ぐ声、レディ・ポイズンのピシャリと撥ねつける皮肉めいた口調等々が聞こえたが――

士度はそれら全てに全く気にする素振りを見せず、真っ直ぐマドカの元へと駆け寄った。











「買い物・・・できたのか?」


迎えに来ているはずのリムジンの駐車スペースまでの短い距離を、二人は肩を並べてゆっくり歩く――
そんな士度の言葉に明るい微笑を返しながら、マドカはブランドの小さなペーパーバッグをほんの少し掲げてみせた。


「えぇ・・・!今年はデザートワインが入ったチョコレートが出ていたので・・・・・」

私もお味見するのが楽しみです・・・!


「そうか・・・」


軽やかなマドカの声に、士度は穏やかな視線を返した――


「だいぶ、賑やかだったみたいですね・・・・」


マドカは袋を持っている左手を士度に差し出しながら静かに呟く。



「・・・・?あぁ、女共と花月はパフェに夢中で・・・・!?」


差し出された手をとりながら、そこで士度は初めて気がついたように彼女を見つめた。



「・・・・もしかして、お前も食べたかったのか?」



なんか、限定がどうの、とか喫茶店の女達が言ってたような気がするしよ・・・・――


今から戻るか・・・・?――


立ち止まり、その声に珍しく焦りを含ませた士度のそんな優しい勘違いに
マドカは刹那、驚いたように目を瞠ると――

次の瞬間、モーツァルトのハーネスから手を離し、抱きつくようにして士度の腕に両手を絡めてきた。


「・・・・・マドカ?」


彼女の急な行動に驚いた士度が、彼女を見下ろすと――

マドカは頬を僅かに染めながら、それでも幸せそうな貌をしていた――


・・・・がいいです


士度のジャケットに顔を埋めながら、小さな声が想いを伝える。



「二人・・・がいいです・・・・」



だって・・・・バレンタインデーだから・・・・



「・・・・・・そうか」



今日は

想いを――伝える日だと、そんな風に聞いたことがある。


彼女の想いは――こんなにも伝わってくるのに
自分はどんな言葉で――どんな想いを――どう伝えたら良いのか、
士度はまるで分からないまま、冴えた空気に溶けていく白い吐息とともに、静かな相槌を打った。


それでもマドカの貌は幸福色に彩られたまま、もう一度――少し冷たい彼のジャケットに頬を摺り寄せた。



やがて再び歩き出した二人の、街のネオンに浮かぶ一つの影を踏みながら
モーツァルトは尻尾を振りながらついてきた。










「だーかーらー!!何で猿マワシがお前らにパフェ奢るんだよっ!!」


「・・・・成り行きでそーなったのよ。だいたいビーストマスターは一言も文句言わなかったのに、何でアンタが怒るのよ!?」


卑弥呼の言葉に蛮は苦々しく言葉を詰まらせ、

「普段甲斐性がないから他人をやっかみたくなるんじゃない?」


アンタの相棒は・・・・?――赤面する銀次に絡みながら、奇羅々は可笑しそうに呟いた。
銀次は背中から押し付けられる胸の感触に顔を真っ赤にしながら頷いたり首を振ったりしている。


「まぁまぁ・・・・士度だってたまには・・・・あ、十兵衛が来たみたい・・・それじゃ僕はこの辺で・・・・」


ヘヴンに次の打ち合わせの確認をしながら、花月はフワリとコートを羽織り直すと、
足取り軽く仲間の下へと駆けていく――


「マスター!早く帰らないとケーキを作る時間が・・・・」
「ひいふうみぃ・・・・・6人いるからホール大を作らなきゃです!」
「・・・・それじゃ俺らも・・・・行くとしようか?」


バイト娘達に急かされ、波児は雪彦に向かって苦笑交じりの合図を送った――
お世話になります・・・――雪彦はにっこりと目を細めた。


「あら、ちょっと・・・!柾〜!!もぉ、遅いじゃない!!」


ヘヴンは語尾にハートを飛ばしながら、“じゃ、またね!”と挨拶もそこそこに、
やってきた待ち合わせ相手とラブモードだ。


「だいたい、お前、最近妙に猿マワシと・・・・」


「はぁ?馬鹿じゃないの?これ以上寝言言っていると義理でも用意したチョコあげないわよ!?」


「・・・・・!!・・・・・!!」




そして尾を引く喧騒の余韻を後に残しながら
一際目立った団体さんは、カフェのテラスからその姿を消した――




妙な静けさが刹那、カフェ全体を包み――


やがて

いつもの小さなざわめきが



始まったばかりの夜に彩りを添えていった。





Fin.


突発的に書いた恒例バレンタイン話@2008ver.All charactersでした☆
続きのver.士マドは近日上げる裏話にて♪



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