「・・・お前が先に食べろよ」
「でも・・・士度さんの為に買ってきたんですから・・・まず士度さんが召し上がってください!」
「だけどよ・・・先に食わねぇと中身、分かんねぇぞ?俺も味見はするけどよ・・・これは一粒が大きすぎる・・・」
ベッドヘッドに身をもたせ掛けながら仲睦まじく寄り添う二人は、先程からこんな押し問答を続けていた。
士度は自分の膝の上の箱の中で輝いている大粒チョコレートの数々を見て、小さく溜息を吐いた。
何でも昨日はバレンタイン・デーと言う日だったそうだ。
女が男にチョコレート渡す日だと、仲介屋が言っていた。
「帰国したらきっとマドカちゃんがスペシャル・チョコをくれるわよv」
そう言いながら小さな10円チョコを士度に手渡した仲介屋は心底楽しそうだった。
HONKY TONKの娘たちがチョコレート・ケーキを切り分け始めた頃、士度はそっとその場を抜け出した。
銀次は満面の笑みを湛えて喜声を発していたが、
自分はあの甘い匂いを遠慮なく発する大きな黒いスポンジを口の中に収める事は到底無理だと思ったからだ。
そして彼女の帰国を待つこと一日・・・・
夜、海外公演から帰ったマドカが
―一日遅れで悪いですけれど・・・―
と、頬を染めながら士度にチョコレートの箱を差し出してきたのが、つい先程。
―折角だから一緒に食べよう―
そんな風に彼女を誘った自分は、この黒い塊の前で案の定頭を抱えている。
甘い匂いもその原因の一つだが、全部種類が違うと言うそのチョコレートは、残念ながら士度には全部同じに見えた。
マドカがイタリアの高級チョコレート・ショップで士度が好きそうなアルコール入りチョコを一つ一つ選んで、箱に詰めてもらったそうだが・・・
―マドカが好きなのを先に食えよ・・・―
―じゃあ、シェリーを食べてみたいです・・・!―
そんなやり取りをした後、恋人たちはチョコレートの中身が分からないことに初めて気がついた。
そして先のような押し問答を続け、今に至る。
「・・・・じゃあ、
「半分・・・・」
少し困った風に言いながらベッドから降りようとしたマドカの腕を、士度は半ば無意識のうちに掴んだ。
久し振りの彼女のぬくもりを手放すことに抵抗感を覚えたからだろうか?
「士度、さん・・・・?」
マドカは不思議そうに士度の気配を探った。
「・・・・どうせ半分ずつ食べるなら・・・・」
マドカを再び引き寄せた士度の喉が自嘲気味に鳴った。
そして彼は長い腕をチョコレート・ボックスの方へ伸ばした――
「・・・・ッ・・・・これ・・・も・・・・シェリーじゃない・・・・です・・・・」
「あぁ・・・これは・・・・ブランデーだな・・・・」
息をあげているマドカの唇を舐めながら、士度は三つ目のチョコレートの欠片を嚥下した。
マドカを一時でも放したくない士度が選んだ方法は―口移し。
士度の口の中で適度に溶けたチョコレートが、マドカの口の中に熱い甘露を運ぶ。
いつもの蕩けるようなキスに加えて、舌と喉を潤してくるチョコレートの甘さとアルコールのテイストが、マドカに更なる熱と眩暈を与えた。
ケホッ・・・
喉元を通るチョコレートに小さな咳を促されながら、マドカは熱に煽られたように目元を潤ませる。
小さく肩を震わせるマドカの頤を士度はそっと持ち上げた。
「マドカ・・・もうやめるか?」
彼女の頬にキスを落としながら、士度はマドカの耳元で囁いた。
長旅から帰ったばかりの彼女の負担になるようなことは、したくない。
するとマドカは士度の首筋に手をかけ、彼をそっと引き寄せた。
士度の手が彼女の長い黒髪を戯れに梳いた。
甘い香りがする彼は珍しい――
マドカはいつもの士度の匂いに混じっている、彼らしからぬ匂いに眼を細めた。
苦手だと言いながらも、今日の彼はその舌にマドカが買ってきたスイーツをのせている。
そして口移しという、ひどく甘い行為で私を酔わす―
マドカは彼の新たな一面を垣間見たような気がして、
火照る躰の中でどうしようもなく踊る心を感じていた。
そしてカサリ・・・・とチョコレートの箱が再び探られる音が聴こえた―
マドカは目を瞑り、ねだるようにして自ら頤を上げる。
しかし、今度のチョコレートは彼女の唇を掠めることはなかった。
その代わりにマドカはトサリとベッドに押し付けられる。
訝しがるマドカの肌に、ヒンヤリとした感触が伝わってきた。
「・・・・ッ!」
「ほら、お前の肌・・・・こんなにも熱い・・・・・」
士度の口がチョコレートをそのまま彼女の鎖骨付近に置いたのだ。
人肌の熱に溶かされたチョコレートが、肌の上を滑る感触にマドカは赤面した。
「し、士度さん・・・・!ブラウスが・・・汚れてしまいます・・・・・」
思いもしなかった行為を止めさせるため、マドカは身を捩りながら抗議をするが・・・・
「そうだな・・・・じゃあ、脱がしちまおう」
藪蛇だった。
彼女の言葉に士度は心底楽しそうに反応した。
そして彼は顔をますます紅くする彼女をよそに、少し肌蹴ていた彼女のブラウスのボタンを器用に開けると、
その上着をパサリとベッドの下に落とした。
マドカの肌の上を、甘い蜜がゆっくりと伝う。
士度の舌がペロリとそれを舐めとるたびに、マドカ唇から溜息が漏れ、躰が小刻みに震えた。
「あ・・・士度・・・さん・・・・食べ物で遊んじゃ・・・・」
ダメ、です・・・・
その大きな瞳を熱で潤ませ、震えるか細い声でそんなことを言われても、
士度には甘い誘い文句にしか聴こえない。
「ちゃんと食うさ・・・・」
― お前ごとな ―
「――!!」
肌に触れている唇が伝えてきたその言葉に、マドカは自分の体温がまた一気に上昇するのを感じた。
彼女の白い肌を滑り、胸の谷間で歩みを止めたチョコレートの塊に士度が唇を寄せると、マドカの背中が大きく撓った。
胸を覆う下着のフロンホックに彼の手が掛けられた。
(あぁ、もう・・・・)
身体に力が入らない。
(せっかく買ってきたチョコレートで・・・・こんなことをしてはいけません、って・・・)
彼のことを振りほどけないのは・・・
― きっとチョコレートに酔っているせいだわ・・・ ―
言い訳のように彼女は思う。
しかし、甘い香りは熱と愛撫で煽られ、彼女のそんな思考も柔らかく包んで、そのまま甘美な世界へと運んでいく――
彼女の肌に触れた彼の手からも、いつもより少し高い体温が感じられ、マドカの心をくすぐった。
(・・・・シェリーだ)
マドカの胸元から掬いとったアルコールの塊が、士度の口の中で溶けていく。
そして彼女の御所望のチョコレートを味合わせてやろうと彼が身を起こすと、
「こんなこと・・・・シェリーが出るまでですからね・・・!」
自らの胸元を隠すようにして手で覆い、熱っぽい眼差しで士度を睨みつけながら、
麗しの彼女はそんな意地悪なことを言う。
「・・・・了解。」
士度はそ知らぬ顔でその欠片を飲み込んで、新たなチョコレートに手をつけた。
「まだ・・・六つばかり残っているからな」
―ゆっくり楽しもうぜ・・・?―
そして士度は再びマドカの唇に甘い夢を運ぶ――
「・・・ン・・・・これも・・・・違います・・・・」
絡まる舌とアルコールの熱に翻弄されて、マドカは士度の眼が細まったことに気がつかなかった。
シェリーはもう出てこない
一日遅れの恋人達のイベントは
その夜いつまでも甘い響きを奏でていた。
Fin.
結局味見では済むわけがなく・・・
うちの士度さんにしては珍しく、美味しくチョコレートを頂いております。
後のせトッピングが極上のせいだから?
突発バレンタイン関連話でしたv
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