◇音羽邸裏庭小話〜其之拾伍〜◇


屋根の上に寝そべりながら見上げた冬の空は
青く、高く――
彼の意識をも吸い込んでしまいそうだった――

「……………」

揺れる絹のようにしなやかに、
冬の澄んだ空気と透明に織り重なる霜月の青だけが
士度の視界一杯に広がっていた。

彼の耳に無音で囁くような、
そんな冷たくも心地よい空気に
庭に黄金色の絨毯を拵えはじめた大樹の葉を
掠れた音と共に大きく揺らしながら飛び立ったのは
百舌鳥にツグミにヒヨドリか。
青い絹の上を羽ばたき、天に昇る黒き点が
その蒼穹に透明な声音の直線を残しながら
彼の眼に映る世界を横切っていった。

「……………」


透明な空から色づく庭へ――冬の静けさは彩を変えながら降りていく。

落葉の絨毯を歩く音が聴こえる――楽しそうな女達の声が
俄かに揺れ始めた空に、小鳥のお喋りのように響いた。

カサリ、カサリ、ガサガサと鳴る落穂が、弾む声と共に集められる様は
見ずともその雰囲気を屋敷の壁を伝い彼に伝えてきた。

やがて燐寸が暖を伝える音を奏で、薄鼠色の煙がその匂いと共にゆっくりと、
視界の端から冬の青に触れてくる――

そして少し白く寒さを伝える吐息にのせて、
彼の耳に優しく馴染む愛らしい声が
地上から空の方へと軽やかに舞い降りてきた――



「士度さん……!お芋はいくつ召し上がりますか?」

「……――二つ、だな……」


そこでようやく身を起こした彼の眼に、
冬の空気に春の息吹を与えるかのような
フワリと暖かな彼女の笑顔が
黄金の背景よりも柔らかに輝き、彼の心を潤した――

微笑みながら手招きをする彼女の想いに応えるべく、
彼は屋根からゆっくりと、
その足を離した――



焚火の香りと暖にはしゃぐのは、使用人たちの声と
その中身が待ち遠しい裏庭の住人達の期待に満ちた眼差し。


二人は寄り添い、冬炎に手を翳し合う。
落葉が発する熱よりも優しく穏やかなぬくもりのなか――
暖に踊る冬の空気を通し心繋ぎ、
静かな幸せを胸に抱く喜びを
互い密かに感じながら。



Fin.