「劉邦と薫流が・・・来るってよ。茶の時間には着くそうだ。」

バサリ・・・・

士度の手から干し肉を少々拝借した後、

一羽の雄々しい鷹は満足そうに蒼い空へと舞い上がっていく。

「あら・・・久し振りですね。今日、美味しい和菓子が届いたんです、丁度良かったわ・・・」

――薫流さん、喜んでくれるかしら?

士度の隣でティーポットを傾けながら、マドカは優しげに微笑んだ。

「奴等が到着する時間帯には・・・・防犯を切ってもらった方がいいな・・・」

マドカからティーカップを受け取りながら士度が顔を顰めると

クスリとマドカが思い出し笑いをしながら――そうですね、と相槌を打つ。

あの魔里人の二人は前回は――裏庭の塀を乗り越えてやって来て、派手に警報機を鳴らした。
前々回は呼び鈴がどこにあるか分からず、鍵が掛かった正門を無理矢理抉じ開けてきたので、自然、警報機が作動した。
その前は街歩きの退屈凌ぎに塀の上を渡り歩いてきて・・・隣の家の塀を伝ってそのまま庭に入ろうとしたので、やはりけたたましい警戒音が木霊した。
いつだったか、最初に音羽邸を訪れたときには――勝手口を正門と間違えて、メイドが気がつくまでいつまでもそこで待っていたりもしたっけ――

マドカは彼らが訪問する度に、まず最初は青筋を立てたり叱ったり諌めたりする士度の気配が好きだった。
普段はあまり見ることのない、もう一つの彼の顔。
少し声を荒げたり、いつもより少し乱暴な口を利いたりする彼はマドカにとってとても新鮮に映る。
そして、そんな戯れのような言い合いができる彼らを、ほんの少し、羨ましく思ったり。

(今日はどんな方法で・・・私達を驚かせてくれるのかしら?)

マドカは焼き立てのお手製クッキーを一枚、お皿から取ると、士度の口元に差し出した。
ほら、いつもの、少し困った気配――でも・・・・
士度は一瞬躊躇った後、しかし彼女に促されるままに、そのクッキーに噛り付いた。

マドカの双眸が嬉しそうに細まった――


でも、きっと・・・・彼とのこんなにも甘い
一刻ひとときを知っているのは

私だけ・・・



もっと食べて?――マドカが士度を促すように、クッキーをひらひらと揺らす。
士度はニコニコとあどけない彼女の姿を見ながら、クッキーの次はその白く柔らかな指を賞味してやろうかと考えていた。
それはきっと確実に――この抹茶味の洋菓子よりも甘美な味がすることだろう――


麗らかな陽気の中
音羽邸の中庭は今日もこの上なく平和だった。


あの二人がここで
士度の表情を凍りつかせるような話をする、そのときまでは。



out of the blue

「「・・・・・・・」」

数時間後――士度とマドカはエントランスで顔を見合わせた。二人の予想に反して、劉邦と薫流は初めてキチンと、表玄関に立っている。

「よう・・・・」

そう短く言いながら、担いでいた大きな麻袋をドサリと下ろした劉邦の声は、心なしかいつもより覇気が無い。

「久し振りだな、士度――と、音羽マドカ。」

一方、薫流は普段と何一つ変わらないマイペース振りで、――今日は天気が良いから庭で茶を飲みたいものだ、良いだろう?士度――そう言いながら士度を見上げ、そんな台詞を聞いた音羽邸の使用人のうち数名が、準備をすべく庭や厨房へと消えていった。

「・・・・・お前ら、一体、何持ってきたんだ・・・?」

士度は薫流の肩に手を置きながら、劉邦が下ろした麻袋の方へ視線を向けた。彼の行動に沿うように、自然、マドカも重い音がした方へと顔を向ける。

「あ、ああ・・・その、何だ・・・お前と、その嬢ちゃんが近々里の方で式を挙げるって聞いたもんだからな・・・」

劉邦の台詞に、マドカの表情は思わず綻んだが――

「・・・・式って・・・お前、まだ二ヶ月も先だぞ?」

士度の訝しげな言葉を聞き、そういえば・・・と彼女も首を傾げた。そんな中、劉邦は「そうだけどよ・・・」――と、その事実を知っていたせいなのか、何故か歯切れが悪い。

「詫びも兼ねているらしいぞ?」

「詫び――?一体何の・・・・」

士度の問いを待たずに薫流は――“遊ぼう”と尻尾を振りながら彼女のマントを引っ張る犬達と一緒に、さっさと中庭の方へ消えていく。

「「・・・・・・・」」

士度とマドカが立ち尽くす劉邦の方へ視線を流すと、

「・・・・・それ、小振りで悪かったな・・・・」

彼は相変わらず話をそらすように麻袋の方へ顎をしゃくると、やはりそのまま庭へと足を向けた――客人に取り残される形となった士度とマドカはもう一度不思議そうに顔を見合わせ――そして士度はとりあえず――今は自分の足元に転がっている麻袋の中身を確認すべく、その口に手をかけた。

「大分重そうな音がしましたから・・・・お芋ですか?それとも林檎とか何か果物かしら・・・・?」

きつく縛られた口紐を士度が器用に解く間、マドカは身を屈めながら彼の横で弾んだ声を出している――傍らに控えている執事やメイド達も、袋の中身に興味津々、首を伸ばしているようだ――「さて、何だろうな・・・・」――士度は苦笑しながら袋の口を開け、その中を覗き込む――

「・・・・・・・・・・・・」

「――?中身、何ですか?士度さん、私にも触らせて下さ――!?」

士度の腕に沿うようにしてその細い手を袋の中へと伸ばしてきたマドカは、指先に触れた硬い毛と、少し湿った肉の感触に思わず手を引っ込めて士度に縋りついた。

「あぁ、今夜は牡丹鍋だ・・・・」

――俺も後で捌くのを手伝うさ・・・・

マドカを支えるようにして立ち上がりながら士度はそう言うと、息を止めてまだ間もない若いイノシシが丸ごと入っているその麻袋を少しすまなそうな顔をしながら執事に押し付け、そのまま彼女と共に庭へと向かうことにした――背後で、袋の中身を確かめた執事とメイドがヒュッと息を呑む音が聞こえる――

「あ、あの・・・・私、イノシシのお肉って初めて食べるので・・・・・」

楽しみです・・・!!――少し足早に歩く士度に手を引かれながら、マドカは士度を見上げた――士度は彼女の手を柔らかく握り返すことで穏やかな返事をしながらも、少し硬い気配を無意識のうちにマドカに伝えている――そんな彼に一抹の不安を覚えたマドカが、士度のシャツを引っ張ろうとしたそのとき――

「今朝、急いでたからな・・・・あまり大きな猪ではなかっただろう?」

早く来い、茶が冷める――薫流の我が物顔な声が、マドカの行動を押しとどめた。

「劉邦、お前・・・・・」

士度の静かな声に身構えるような、彼の友人の揺れる気配がひしひしとマドカにも伝わってきた。


普段、慶弔ごとを祝いはすれど、格別な気なんぞ使わない
劉邦ヤツの、不可解な程大きな土産物――

何故だかはまだ分からないが、その裏に何かあるということを士度は本能的に察していた。
すでに庭の白椅子に腰を下ろしている当の本人の気まずそうな表情も、士度の心に警笛を鳴らす。


「この桜餅、なかなか美味いな・・・」


薫流の暢気な声が、疑念と不安と焦燥が渦巻く小さな空間の中でやけにクリアに響き、士度とマドカをようやく白いガーデン・チェアへと導いていった――










「・・・・何か話があるんじゃなかったのか?」

士度は先程から茶ばかりを飲んでいる同胞に努めて冷静に尋ねたが、相手は眉を寄せたり下げたりに忙しく、中々肝心の口火を切ろうとはしない――

――最近、薫流が時折フラリと街に降りたりすることが多くなったと耳にした――そうなると色々と金も必要だろう、こちらで用立てることなど問題は無い――もしかしてマドカとの婚礼に今更ながら反対しているのか・・・?まさか一族からもそんな話が・・・・いや、それではあの猪の説明がつかなくなる――詫びって言っていたな・・・冬木の里に残っている宝物や墓を傷つけたとか・・・・それとも鬼里人と内々に何かを勝手に・・・・・そしたらとりあえず一発お見舞いして・・・・・



薫流は自分の前に出されていた桜餅を二つとも綺麗に平らげてしまった――彼女はふと顔を上げ、周りを見回してみる――少し離れた隣には、思案する瞳で目の前の相手から視線を逸らさないバンダナの凛々しい魔里人、向かいには紡ぐ言葉を捜している小麦色の肌の厳つい男――自分のすぐ隣には、そんな二人の様子を内心ハラハラしながら伺っている盲目の少女。

「・・・・・・」

薫流は肩を竦めると、まだ手がつけられていない士度の茶菓子皿に手を伸ばした――士度は視線を劉邦から外さぬまま、それが当たり前のようにその小さな皿を薫流の方へと軽く押しやる。薫流も礼を言うこともなく――やはり当たり前のように、皿の上の桜餅を手に取り口にした――劉邦はそんな二人の様子をただチラリと目の端に収めるだけ。そしてその一連の流れを、テーブルを移動する皿の音や、空気が伝える士度と薫流の動向で察したマドカは思わず目を丸くする――マドカの知らない、彼らの関係をその場で見せ付けられたような気がして、小さな疎外感に心を触れられ――マドカは人知れず目を伏せた。

小鳥たちの囀りや、庭にいる動物たちの欠伸、木々のざわめき――自然の音が音羽邸の庭を緩やかに流れ、あまりにも沈黙を続ける人間達の空間にも入り込もうとしていた、その時――

「臆病者」

「・・・・・ッ!!」

薫流が指についた餡をペロリと舐めながら、平坦な声と共に劉邦を見つめた。劉邦の眼が困惑を隠しきれず薫流を捕らえる――

「何を躊躇うことがある?――お前が自分で言うと言ったではないか・・・・」

もういい、私が言おう――薫流は劉邦が制止しようとする声を軽く無視して、士度の方へ身体を向けた。
二人の遣り取りを方眉を上げながら聞いていた士度の喉が、渇いたように小さく鳴った――マドカも顔を上げ、士度と薫流と劉邦のそれぞれ違う気配を追うのに必死だ。
薫流はまるで世間話をするかのようにいつもの口調でアッサリと――劉邦が今まで言いあぐねていたことを同胞に告げる。


「士度、
子供ややが出来た。」










「え・・・・?」

先に声を発したのはマドカの方だった。
 
「お腹に・・・・赤ちゃんがいるということですか・・・?」
 
――薫流さんの・・・?
 
「だから、そう言ったであろう?」
 
呆然としたマドカの声に薫流は何でもないようにそう答えると、士度から拝借した二つ目の桜餅をパクリと口にする。

目の前にいる、自分よりも三つも齢が下の少女からの突然すぎる告白に、マドカの頭は混乱するばかり――そんな中、不意に――マドカの背中に戦慄が走った。
 
慣れた士度の気配が――薫流の言葉を耳にするや否や、目を見開き硬直した彼の気配が、暫しの停滞の後すっと冷えたものになる瞬間の恐怖を、マドカはその時、誰よりもはっきりと感じた――自分は今まで感じたことの無い――研ぎ澄まされ、どこまでも透明で冷たい彼の気配。そんな彼の様子に驚くマドカの表情も、今の士度には感じるゆとりなどない。

「士度・・・・俺は・・・・・」

「お前は、黙っていろ」

劉邦の困苦滲む言葉を、士度は薫流を見据えたまま冷めた声で制した。

――しかし・・・・

「・・・・黙っていろと言ったはずだ!!」

大声こそは出さなかったが、普段の彼らしからぬ明らかな苛立ちを含んだその声に――劉邦とマドカ、そして給仕をする為に庭に下りてきたばかりのメイドがビクリ肩を震わせた。

いつもと変わらぬ飄々とした面持ちなのは、爆弾発言をした薫流、ただ一人  ――質問は・・・?――そう問いかけるように、薫流は士度へ目を眇めて見せると、彼はいつになく大きな溜息をつきながら疲労した様に肩の力を抜き、片手を寄る眉間に当てながら目を伏せた。

「・・・・・どのくらいだ・・・・」

誰の仔だ――そんな愚問、訊くまでもない。士度は目の前で相変わらず途方に暮れている幼馴染を、人知れず指の間から睨みつけた。

――馬鹿が、早まりやがって・・・・・

「三ヶ月位だと、里の産婆は言っていたな。」

十月十日とつきとおかなんぞすぐだな――薫流は湯飲みの中身を飲み干すと、これ見よがしにコトン、と置いた――その音に我に返ったメイドが、慌てて急須を傾ける。
士度が小さく息を吐く――マドカは先程危惧した気配よりも落ち着いている士度の様子に安堵しながらも、彼と――彼の一族の少女の会話に、入る余地を見つけられぬまま、ソワソワと動く自分の心を口惜しくも持て余すばかり。

「・・・・薫流、お前・・・・いくつになった・・・・?」

確認するような口調の士度の問いに、傍らにいた劉邦が視線を逸らす。手持ち無沙汰に湯飲みに触れていたマドカの細い手が刹那、震えた。

「今月で、十六・・・だったか?」

両手を見つめ、指折りながら、薫流も確かめるように劉邦に向かって首を傾げてみせた――分かっている、他意はないのだ――ただ、自分の年齢を確認したかっただけ――彼女の問いに答えぬまま、劉邦は片手で自らの顔を包みながら天を仰いだ。
薫流の報告から今まで――これといった大きなリアクションをしない仲間の姿が、やけに不気味に劉邦の脳裏で渦巻いている。

士度の小さな舌打ちも、やけにクリアに彼の耳に響く――


「・・・・同意の上・・・だったんだろうな?」


士度の言葉にマドカが顔を上げた――


「ああ、途中からな。」






刹那――


ゴッ・・・・!!と硬く重い音が響いたかと思うと――士度と劉邦の気配がマドカの目の前から消えうせ――体躯が地に打ち付けられ芝生が捲れる音、土の匂い、男の短い呻き声――そしてやがて聞こえてきた、血の臭い混じる唾を吐く音。

「・・・・・・痛ッ・・・・テメェ、いきなり
本気マジで・・・・」

劉邦が深く切れた唇を拭いながら目の前に立つ男の姿を見上げると――太陽を背に立つ彼の――シルエットに浮かぶ怜悧な視線が、静かに己を見下ろしていた。


「・・・・立てよ。まだ終わっちゃいねぇぞ・・・・今のは、薫流の分だ」


そんな士度の冷めた声を聴いてようやく――マドカは士度が劉邦を殴り飛ばしたことを認識する。ガタンッ・・・と音を立てながら焦燥を隠す事無くマドカが立ち上がり、涙交じりで彼の名を呼んだ、そのとき――彼女はスカートを強い力で引かれ、次の言葉を発するタイミングを失ってしまった――薫流が士度と劉邦から視線を外さぬまま、マドカの次の言葉を制している――マドカが不安そうに薫流の方に顔を向けると、彼女の凛とした声がマドカの心を抉った――「邪魔をするな、音羽マドカ――」


これは、我々の問題だ――





――本気だと・・・・?冗談じゃない・・・・

口の端から血を流す友を、士度は無言のまま見つめながら腹の底で思った――鬼魔羅を宿すこの身が本気など出したら、目の前の男の命は疾うに無いだろう――
ただ、確かなことは――


この拳に込める痛みと思いに、嘘偽りは無いということだ――





ドスッ・・・・・


サンド・バッグがのめり込む様な鈍い音の後、庭の大木に劉邦の巨体が叩きつけられ、緑豊かな枝が大きく揺れた――木にとまっていた小鳥たちが一斉に我が身を空へと逃す。
ただ、庭にいる動物達は――大して興奮するでもなく、騒ぎ立てるでもなく――時折欠伸などしながら、人間達の暝い心の葛藤を傍観しているだけ。


「今のは・・・・
春木の長薫流の親父さんの分だ――」


士度は木の幹に沿って自然、崩れ落ちようとする劉邦の襟元を掴み、彼の巨体を片手で持ち上げ――そのまま太い幹に押し付ける――


「・・・・春木の長は、きっとこんなことしねぇよ・・・・」

肋骨、何本かイッたな・・・・こりゃ・・・・――痛苦に顔を歪めながらも、揶揄するような声で紡がれた劉邦の台詞に、士度はフ・・・と小さく鼻を鳴らした。
今は亡き、常に柔和な表情をその貌に湛えていた癒しを司る一族の長の顔が士度の脳裏にも蘇る。


「そうかもしれねぇな・・・・・じゃあ、
秋木の長お前の親父からの一発目だったと思っておけ・・・・」


劉邦の掴む士度の手にギリリと力が込められる――苦悶の声が低く庭に木霊し、音羽邸の住人に否が応でも焦燥感を与えた――

「士度さん・・・!!もう・・・・薫流さん!!止めてください・・・・!!」

マドカは今にも飛び出して士度に縋りつかんばかりの勢いであったが――二人の青年の只ならぬ遣り取りに危険を感じた執事に背後から押さえられ、ただただ焦心に身を焦がすばかり――当の薫流はというと、

「士度は生まれる前の仔を“
てて無し子”にするような男ではあるまい」――と言いながら、やはりハラハラと立ち尽くすばかりのメイドに、茶のお代わりをねだる始末。
まるで危機感を感じていない薫流の態度にマドカが片眉を上げたとき――


「お前は・・・・!!」


彼の悲痛な声が――この日初めて、この広い庭に木霊した――







「俺が里を出るとき・・・・薫流のことは自分が守るって・・・・お前が言ったんじゃねぇか・・・・!!」

「――!!」

そう言いながら士度が大きく振り上げた拳に、劉邦は覚悟を決めた――目覚めるのは、おそらく明日の朝辺りになりそうだ・・・――





しかし――バキリと大きな音を立てて砕けたのは大木の表面のみで――士度の拳が作り出した風圧が劉邦の頬に一筋の赤い線を残し、木の幹に触れる直前で戦慄くように止められた拳の残圧が、樹の硬い肌を弾かせた。

士度がもう一度――掴んだ劉邦の服を強く、強く握り締め――固く握ったその武骨な拳で、やり場の無い怒りを込めて――ドンッ・・・と大きな音を立てながら樹を揺らした。

俯いてた士度の表情は見えなかった――微かに震えていた肩は怒りのせいか悲しみのせいか――それが誰に対するものかも、痛みで意識が朦朧とする劉邦には判断がつかなかった――

「士度さん・・・・!!」

執事を振り切って、盲導犬と共に駆けてくる少女――

薫流は相変わらず椅子に腰掛けたまま、ジッと二人の男達を見つめていた――そして最後に小さく――苦笑交じりの溜息を吐きながら、マントの下の自分の腹部に、そっと手を――当ててみた――










「お前は・・・・一番関心がないようで、実は一番の心配性だからな」

少し昔を懐かしむように、薫流は小さくはにかんだ――そう、まだ里で――束の間の平和を共にできていた、あの頃――

彼女の三人の兄貴分の中で―― 一番面倒見が良かったのが劉邦で――ただ、時折父親面をして薫流のやること成すことにいちいち助言苦言を申すものだから、彼女はそれをときどき子供心ながら煩わしく思ってしまっていた―― 一番、遊んでくれるのが亜紋で――必要以上に近寄ってはこなかったが、薫流が退屈そうにしているといつも、面白可笑しな話をして、飽くことなくずっと一人で喋り続けていた陽気な道化師――そして、一番甘やかしてくれたのが、士度だった――ベタベタしない、特にかまうわけでもない――ただ、一緒にいるとき、薫流がしたいようにすることをいつも許してくれた――仏頂面をしながらも、薫流の我侭を手伝ってくれて、時折見せる優しさが、妙にくすぐったくて・・・・傍にいて、一番心地良かった兄貴分が、今、目の前で複雑な表情をしている。


「何か・・・・困ったことがあったら、いつでも尋ねて来い」


ウサギの帽子の上からポンポンッと撫でられた彼の手の大きさに薫流は目を細めながら頷くと――士度に身を屈めるように手招きをした――士度は訝しがりながらも、彼女の指示に従う――


「女とは、遅かれ早かれ子を成すものだと言ったであろう?」――私の場合はそれが少し早いだけのこと。

薫流はそう言いながら、士度の耳元に囁いた――


お前が望むなら、士度・・・・私はお前の・・・・――



士度は彼女の台詞を最後まで聞かぬまま――ゆっくりと小さな妹分から身を離した。

薫流はもう一度、愛嬌のある表情を士度に見せた後、片手に持っていた菓子折りを小さく揺らしながら「馳走になる」――と短くマドカに礼を述べた。



そして彼女は去っていく――先にエントランスを出ていた劉邦の元へと駆けていく。

長いマントを軽やかに、柔らかな春風に靡かせながら。









「士度・・・さん・・・・?」


二人が夕焼けの中、遠く見えなくなるまで――その姿から目を離さない士度に、マドカはおずおずと声をかけた。

士度の喉が――自嘲気味にクッと鳴る――マドカが不思議そうに首を傾げた。


「いや・・・・娘を嫁にやる父親とか、妹を外に出す兄貴とか・・・・こんな心境なのかって思ってよ・・・・」


そう苦笑交じりに短く呟きながら――士度はマドカの手をとった。

荒々しさを微塵も感じさせない彼の手のぬくもりに、マドカは心密かに安堵しながら、そっと彼の腕に頬を寄せた――



そして二人は暫くの間、淡い夕陽の光の中で――繋いだ手から伝わる互いの鼓動に、耳を澄ましていた。




Fin....or
to be cotinued...on [灯] in under





3万hit記念アンケートより、表裏希望作品「薫流が妊娠したことで・・・」+突発リク「誰かに荒っぽい士度」でしたv
表題“out of the blue”は、=突然の、降ってわいたように、予告なしに という意味と、blueの持つ意味をかけてみました。
マドカの心情を描いた完全完結編は裏@月窟にて。(←最近このver.が続いて申し訳なく・・・;)
薫流と士度の関係は士度×マドカ大前提で管理人的にかなり気になるところなのです、実は・・・。