寒い夜だから…




「あら、美味しい・・・」


「ありがとうございます・・・!今日のような寒い日のお食事の最後は、こういったもので身体の芯を温めていただきたくて・・・」


コックにメイドに執事さん。

御付の者は多いけれど
今夜は一人のお夕食。


(士度さんにも、食べさせてあげたいな・・・)


けれど彼が今宵仕事から戻るのは
日付変更線が変わってから。








「今夜は特別・・・・寒いですね・・・・」


細い肩を小さく震わせながら、マドカは背後で自分の髪を梳いてくれているメイドに声をかけた。


「本当に・・・あら、雪が降って参りましたわ・・・!どうりで寒いはずですよ・・・!」


暖を逃がさぬよう、別のメイドがマドカの部屋の厚いカーテンを閉めた。


「お嬢様、足元に湯たんぽを入れておきますね。」


つけっぱなしだと乾燥するので、暖房はタイマーで・・・・

ピッピッ・・

リモコンを操作する音がした。


「明日はいつもより一時間早い御起床ですね・・・?お声をかけに参りますわ。」


おやすみなさいませ、お嬢様・・・・


ベッドの中の、まだ新しい温もりにマドカを導くと

メイドたちは優雅に一礼をして辞して行った。


「おやすみなさい・・・・」




そして広いお部屋に一人きり。



聴こえるのは・・・空調の音だけ。


マドカは眠りを引き寄せるように
羽毛の布団の中に潜り込んだ。







大きな門をくぐり

新雪に最初の足跡をつけると、

一羽の梟が

「ホゥ」

と一声鳴いた。


「あぁ、ただいま。」


士度は友人に返事をしながら、慣れた手つきで屋敷の鍵を開ける。


今日の仕事も滞りなく。

心地よい疲れが身体を覆っている。


こんな日は熱いシャワーを浴びて――すぐ寝るに限る。


鼻を擽る真新しい雪の香りが

疲れを少し解してくれるようだった。







庭に棲まう梟の声が
マドカを浅い眠りから引き上げた。

そして静かに続く、聴き慣れた声。


控えめに玄関の扉を開ける音。



今夜は寒いでしょう?


だから少しでも身体を温めてから


眠ってくださいね・・・・






寝静まった屋敷。


二階に上がると

士度はなるべく足音を立てないように自室を目指す。


途中、刹那


彼女の部屋の前で歩みを止め


そしてまた歩き出す。



自分の部屋のドアノブに手をかけたとき、

扉に小さなメモが貼ってあるのに気がついた。



<お仕事お疲れ様でした。ダイニングにお夜食を用意してあります。よろしければ召し上がってください。マドカ>



それは細く、柔らかな彼女の字。

士度は一瞬驚いたような顔をしたが、

その眼はすぐに細められ


彼は扉からメモを剥がすと、部屋の中へと消えていった。









「・・・・?」


部屋着に着替えた後
すっかり冷え込んでしまっているダイニング・ルームに足を運ぶと

広いテーブルの一角に、寸部の狂いもなくセッティングされた

茶碗と箸と湯飲み。

その横には電気ポットと小さな炊飯ジャーが保温の明かりを点している。

そしてラップがかけられた、おかずらしきもの。

プラス、小さなメモ。



「・・・・茶漬け?」



士度はメモを片手に首を傾げた。


とりあえず茶碗に飯を盛り、

メモに指示されるがまま、ポットの給湯ボタンを押す。


出てきたのは薫り豊かな緑の煎茶。


士度は僅かに眼を丸くしながらも

次に小皿に手をかける。


「・・・・・魚?
ハモ ・・・・?」


もう一度メモに目を通しながら、
士度はそれを白米にのせて食してみる。


すると淡白だが滋味があって

なかなかのもの。

一緒に焚かれている山椒も、ピリリとした刺激を添えて気持ちがいい。


「・・・・・美味い。」



ダイニング・ルームは相変わらず冴え冴えと冷えていたが

恋人の心遣いに

彼の身体は温められていった。







彼は一瞬、

私の部屋の前で立ち止まった。

そんな些細なことが、どうしようもなく嬉しい・・・・。


そして彼は一度部屋へ入り、まだ出てきて・・・・

階下へ降りていった。


メモ、気付いてくれたのね。


それから30分程で戻ってきて――

微かなシャワーの音が聴こえてきた。

それは15分くらい。

カラスの行水ね・・・

私だったら40分は入っているのに・・・


そして暫くして――動く気配がしなくなった。


耳を澄ましても、
聴こえるのはシン・・・・と夜の黙だけ。






マドカは寝返りを打った。

明日の朝は早いというのに、いつの間にか目が冴えてしまって眠れない・・・。

ベッドの中の温かさが、急に失われたような気がした。

足元の湯たんぽも温くなっている。
暖房のタイマーも切れている。


またリモコンを片手に、ボタンを数度押すだけで暖かい空気が流れてくるのだけれど・・・・。


しかし彼女の手は、空調のリモコンに伸ばされることはなかった。











「・・・・暖かいです」



ベッドの中で士度の胸元にすっぽりと納まっているマドカは、心の底から幸せそうな声を出した。


彼の部屋を躊躇いがちに訪れた真夜中の訪問者。



「・・・・お前、明日の朝早いって・・・・」



チラリ・・・と時計を確認すると、
時刻は疾うに丑三つ時を過ぎている。



「何だか寒くて眠れなくって・・・・でも、
士度さんのそばココは暖かいから・・・・すぐに・・・・眠れそうです・・・・」


そう言いながら彼女は小さく控えめな欠伸をし、ウトウトと目を瞑る。



「いや、お前はすぐに眠れるだろうが・・・・この状況だと俺は・・・・・おい、マドカ・・・・・?」



温もりを求めるかのように士度の胸元に顔を埋め、身体を彼に密着させている彼女は
スースーと愛らしい寝息を立てながらすでに夢の国へ。



「・・・・マジかよ・・・」



枕を片手に寒さに身を震わせる彼女に乞われるがままに
布団のぬくもりを分けてやったが、あわよくば――

そんな期待を一瞬でもした自分が愚かだったのだ・・・・



血色を取り戻してきたあどけない唇とか

肌に伝わる彼女の柔らかさとか

その白い貌に影を落としてる長い睫とか――


雄の本能を否が応でも擽る要素がこの手の中にあって、

この身をどうしようもなく熱くしているのに・・・・・



士度が彼女のなだらかな肩を躊躇いがちにそっと引き寄せると、

彼女は無意識にも甘えるように擦り寄ってきた。



「・・・・ったく・・・・・喰っちまうぞ・・・・?」



士度は彼女を抱く腕に力を込めた。


布団の中で香る彼女の匂いが眩暈を誘う。


当の彼女はまるで疑うことを知らぬかのように、

士度に身を委ねていた。





寝る前に腹を満たしたはずの狼は


その夜、手痛いお預けをくらった。


これも修行だと自分自身に鞭打ちながら

長い長い夜を消化不良のまま過ごす羽目になった。


寒い寒い夜に心地よかった彼女のぬくもりだけが
彼にとって唯一の救い。







翌朝、女主人を起こしに来たメイドは、

すでに空っぽのベッドの前で首を傾げ・・・・

居候殿の部屋の前で

快眠のあとの艶々した毛並みの子羊と、

寝不足の体を隠しきれない狼に遭遇し


密かに顔を赤らめたのであった――









Fin.





              美味しいお茶漬けがどうしようもなく食べたい寒い夜に書いたからこんなお話に(笑;
              士度だって健全で健康な男子ですもの・・・・

           そっちの食欲だってそれなりにあるはず・・・・?