「頬・・・大丈夫ですか?」
中身が一杯に詰まった紙袋からバターの瓶を取り出した士度を、マドカは少し心配そうに見上げた。
隣に立つ彼から、まだ微かに――薬草の匂いがしたから。
「あ?・・・・あぁ、もうほとんど治ってる。」
コイツは、どこに置くんだ?――士度はマドカの鼻先で、フランスパンを軽く揺らした。
「バゲットですか?それはとりあえずテーブルの籠に・・・・」
焼き立てですから、後でソースやバターと一緒に食べたらきっと美味しいですよ?――エプロンを身に着けながら、マドカはテーブルに向かう彼の様子をそっと伺う。
綺麗に話を逸らしてしまった彼の頬を、後でちゃんと確かめなくちゃ・・・。
一方士度は――振り返ると、まな板を目の前に小振りの包丁を手にしているマドカが目に入ったので、心密かに苦笑した。
その手に刃物は――あまり持たせたくないんだがな・・・・。
そして袋から取り出した小さなナスを、彼女の手元へ。
「・・・・私、微塵切りもできるようになりましたよ?」
ニンニクは、士度が切るらしい――マドカはわざと、拗ねた振りをした。
「また今度な・・・・今日は、ソイツで輪切りの復習だ。」
そしてマドカの耳に聞こえてくるのは、軽快に鳴る――彼の包丁捌き。
マドカはやはり――ほんの少し悔しそうな顔をしながらも、トン・・・・と愛らしい音を立てながら、窓から差し込む柔らかな陽の光に輝くナスに、ゆっくりと刃を入れる。
マドカがのんびりゆっくりと包丁を扱っている間に、士度はトマトに手を伸ばしたようだ。
トン・・・トン・・トン・・・・と小気味良い音を立てながら、トマトはあっというまにざく切りに――ついでにベーコンも捌かれた。
「・・・皆さん、きっと・・・・とても良い表情をされていたんでしょうね・・・・」
包丁を慎重に動かしながら、マドカが優しい声を出した――だって、花月さんも・・・・以前お会いした時よりもずっと穏やかで、明るい雰囲気でしたもの?
「そうだな・・・・新しい夢をみつけようとする――希望が見えたからじゃねぇのか・・・・」
やっと、な・・・・――もう・・・・きっと
今は――目の前に広がる新しいセカイに――新たな足跡をつける喜びを満喫している。
熱せられたフライパンの上でニンニクが泡立ち、士度はベーコンと――マドカから受け取ったナスを中火で炒めはじめる。
「夢・・・・ですか・・・・」
洗い終えた青紫蘇の水気を拭きながら、マドカは再び包丁を手にした――チラリと士度の、心配そうな視線。
しかし彼女は要領良く、紫蘇を小さく切っていく。
「士度さんの夢って・・・何ですか?」
切り終わった紫蘇をトマトが入ったボールにパラパラと入れると――士度がツナ缶の中身を適当に同じボールに混ぜてきた。
マドカは目を細めながら、もう一度伺うように――彼に向かって小首を傾げた。
「夢・・・・か・・・・・・」
菜箸を適当に動かしながら、士度はどこか遠くを見つめた。
俺の・・・・夢・・・・・・――何だ・・・・・・?
生まれたときから戦場にいて・・・・身を隠した処も殺伐という言葉が良く似合う混沌とした迷宮の城。夢なんて・・・・それは忘れかけていた言葉。
士度がふと視線を流すと――塩と胡椒を加えた後、オリーブオイルをボールに入れ――どこか楽しそうにボールの中身をあえるマドカの姿。
俺は――
「お前の夢は・・・・何なんだ?」
鍋にパスタを放り込みながら、士度がポツリと呟いた。
ボールの中で出来上がったソースに――カリッと焼かれたベーコンと、炒めたナスが、仲間入り。
「私の・・・・夢・・・・・」
マドカはピタリと――大きなヘラを動かすのを止めた。
そして、少し――考える素振りを見せると――彼女の白い頬が柔らかな朱に染まった。
そして再び――今度は少し手早く――ソースと野菜を混ぜ合わせる。
「私の夢・・・・士度さんの夢と――同じだったら、いいなって・・・・」
はい――幸せそうに微笑みながら、マドカは彼に小さなスプーンを差し出して、ソースの味見を促した。
同じ、夢――
「・・・・俺は、今が――夢の中にいるようだ・・・・・・・」
一足先に、辿り着いたのかもしれない――夢の、在り処へ。
士度はペッパー・シェイカーを手にし、ソースに二振り、味を足す。
マドカの見えぬ優しい眼差しが、士度の気配に穏やかに瞬いた。
「夢って・・・ゆっくりと・・・・現実になっていくと思うんです――」
その形は少しずつ違えど、思う心がある限り、やがて夢は花開く。
「そしてそこからまた――新しい夢が生まれるんです・・・・きっと。」
だから――アナタが今見ている夢も――きっと静かに、日常のセカイに溶け込んで――
「私達の夢もきっと・・・ずっと・・・・・・」
「重なって・・・・・いくんだろうな・・・・・」
すぐそこにあるテーブルでお皿とフォークの用意をしていたマドカは彼の声を聴き――幸せそうに微笑んだ。
パスタの熱が、ソースに絡まる良い匂い。
「できたぞ?」
「こちらもできました。」
スプーンとナプキンと・・・・ワイングラスも、冬の終わりの柔らかな光に、きっと美しく照らされている。
「こうやって・・・・士度さんと一緒にお料理をするのも、私にとっては夢のよう・・・・・」
士度が器用に器に盛り付けたパスタに新鮮なバジルを千切って中央に飾りつけながら、マドカはとても楽しそうだ。
「俺も吃驚だぜ・・・・」
どこか不本意そうな士度の声に、彼女は愛らしくクスクスと笑う。
「今度、亜紋さんや笑師さんも・・・・昼食の席にご招待しましょうか?きっとデザートにお二人で漫才を披露してくださるかも・・・・」
「招待は兎も角・・・デザートは、やめておけ。あいつ等の洒落は、笑えねぇ・・・・・」
士度の呆れたよな声に、マドカは「そうなんですか?」と目を丸くする。
カラン・・・と高い音を立てて、パスタトングは鍋の中に放り込まれた。
「さて・・・・食うか・・・・」
士度はワインの栓を開け――紅い液体を隣に座ったマドカのグラスに注ぎ――次に自分のグラスへと。
「まずは乾杯、しましょう?」
マドカがワイングラスをスッと持ち上げ――彼女は穏やかに目を細めた。
「――?何か、祝い事か?」
不思議そうな彼に、マドカは心満たされるような美しい微笑を向けた――
「お帰りなさい・・・士度さん・・・・!」
そして彼女はその白く、柔らかな指を――目を瞠る彼の大きな手に、そっと絡めてくる。
士度は刹那、目を伏せ――やがて彼もまた、控えめにワイングラスを掲げた。
「あぁ・・・・ただいま、マドカ・・・・」
そしてグラス同士が挨拶をする澄んだ音が――二人の耳に心地良く響く。
――きっと・・・・ずっと・・・・重なっていく――そして、続いていく――二人の夢も現も、愛という華に彩られながら。
透き通るように暖かな日差しが窓から差し込み――繋いだ手を、柔らかに照らし出した。
また少し、想いを近くした二人を祝福するように、晴れやかに、穏やかに。
微笑みあう恋人達の姿を、慈しむように――
Fin.
お料理の音を想像しながらお楽しみくださいませ☆
最終回に寄せて――士度とマドカの永遠の幸せを願って・・・!!
そして大いに補完せよとの無言のメッセージを本誌から受け取ったような気がしたので・・・(爆)
endingではなく、openingのような気がしたので、今回のこの題名を選びました。
故にGet Backersは最終回ですが・・・このサイトの士マドはまだまだ続きますv
最終回速報を下さった姐さんに感謝・・・!
(2007.2.21.朋−TOMO−)
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