アミーリア……――

兄さんがくれた、私の名前。

父さんも母さんも友達も、
みんな短く“エイミー”と私のことを呼んだけど、
兄さんだけはいつも愛おしそうに
ちゃんと“アミーリア”と呼んでくれた。

父さんの亡骸が還って来たときも、
母さんの魂が天に召されたときも、
泣きじゃくる私を抱きしめながら
兄さんはその貌に哀しみを湛えながらも
涙を流さずに云った――

“アミーリア……アミーリア――泣かないで。俺がお前を、守るから……”


私のたった一人の肉親。
私の誰よりも大切な人。
私を誰よりも大切にしてくれた人。
私に名前を、くれた人。

強く優しくて――大好きな私の兄さん。

そんな兄さんは数年前に――異国で消えてしまった。

誰にも、何も告げずに――忽然と消えてしまった。

お国も捜査を打ち切って、誰も何も教えてくれなくなった。
情報屋から話を聞くために、持っているものは全て売った。
それでも兄さんの消息は露と知れず――

探し続けて数年目――ある情報屋が私に囁いた。

お前のようなただの小娘に、
お前の兄さんがいた軍の情報が降りてくるわけないよ――裏の世界に住まない限りは。
奥様に迷惑がかかるから、今のお屋敷勤めは辞めなさい。
家も家具も全て売り払って、お金をつくりなさい――
それすらもほんの仕度金。裏の情報を得る為にはもっと金がいる――
他に何を売ればいいのかって?
お前自身さ。
白い肌、亜麻色の髪、健康な体、美しい肢体、愛らしい緑の眼――
器量も良い――お前は幸運だ。
私が良い
娼館トコロを紹介してあげよう――貴族に役人に商人に海の男、異国の旅人、裏稼業の輩――
奴らの寝物語が全て聴けるところさ。
兄さんを探したいんだろう?覚悟をお見せ――
そうでなけりゃ、表の薄っぺらい情報にいつまでも振り回されていればいいさ……――


兄さんはきっと生きている――私を一人置いて逝くはずがない。

そして私は――
兄さんから貰った大切な名前だけを持って、
籠の鳥になることを決めた。

解き放たれるのは
兄さんの声が私の名を呼ぶとき――

そして私は兄の声を忘れないように、
兄と同じ名前の薔薇に彼の面影を視る――


-side Lanze-


「へぇ……マーシャル・ニール……」

「……!!知っているんですか?この花……!」

 ランツェが通されたワインレッドで統一された部屋は今日の
お相手彼女)にはなんとなく似合わないと思ったが、背の高い飾り台の上に鎮座しているカクテルグラスの中に浮かぶ彼にとっては見慣れた薔薇の名前を呟くと、それまで笑顔さえもどこか硬かった彼女の貌が初めて自然に綻んだ。

「……親父が、庭師でね。俺も陸にいるときはときどき温室の花の手入れを手伝ったりして……」

透明なカクテルグラスにただ一輪揺れる黄色い薔薇に戯れに触れると、不意にランツェの脳裏に遠い記憶が蘇った――


(あぁ、これは……奥様がお好きだった花だ……)



寒い冬でも花が咲き誇るように整えられたお屋敷の温室――身体の弱い奥さまは、それでも体調が良い時にはそこを訪れて……――

あれは自分がまだ六つか七つの頃だった。親父に呼ばれて、初めて温室の花の手入れを手伝わされた、
大晦日ジルヴェスター)近く――



 父親が外へ肥料を取りに行っている隙に――通常ならば冬に咲くはずのない花々や、見たこともない異国の花々に見惚れ、見上げながら温 室を歩いているうちに、不意に開けた場所に出た。

「あら?」

「―――!!あ………」

 黄色い薔薇を貌に寄せ愛でていた長く美しい濡羽色の髪と柔らかな鳶色の眼をした綺麗な女性と眼がかち合い、ランツェは反射的に身を翻 した――彼女の後ろに控えていた顔見知りの侍女の顔がランツェを見るや否や強張った――下働きの使用人が、ご主人様とそのご家族の目 に触れることは御法度――それは物心つくころから父親や年長の仲間達に何度も何度も言い含められてきたことだ。
 教会で見た天使の絵のようなお姿、その衣のように輝くお召し物――それは自分が目の前に出てはいけない方だと、幼いランツェにも本能 的に知れてしまった。

「――お待ちなさい……」

 しかし、その
女性ひとから紡がれた優しい命令ひとことにランツェの逃亡は敢え無く阻止され――彼は怖々と彼女の前まで戻り、 跪いて頭を垂れた。そのとき初めて気づいたのだが――彼女の傍らには齢三つほどだろうか、水平服のような真新しい着物を着た男の子が 目を丸くしながら立っていた。


「あなた、お名前は?」

「……ランツェ……です」


 名を問うたその声は羽根のように優しかったような気がする――けれど当時の自分は、それから飛ぶであろう叱責を恐れてか――それがま るで最期の審判のように聞こえたのも確かだ。

するとその女性は後ろで顔を蒼くしながら控えていた侍女を仰ぎ見た――侍女は女主人の視線に気づくと、少し震えた声で応えた。

「……庭師ヘレヴァルデの一人息子の、ランツェでございます――奥様」

「そう……庭師の……」

奥様――そう呼ばれた女性は侍女の応えに不思議そうに数度瞬きをしたが、次に彼女は足元にいる小さな男の子に声を掛けた。


「シド、
大晦日ジルヴェスターのお菓子を分けてさし上げたら…?」

「――!……はい、お母様」

 その小さな男の子は歳のわりにはしっかりとした返事をすると、ティーテーブルの椅子に上って聖誕祭色のナプキンを広げ――テーブルの上に飾るように並べられていた庶民には手の届かないような高級な焼き菓子や、ドライフルーツが中にぎっしりと詰まっている丁寧に切り分けられた菓子パンを所狭しとそのナプキンの上に並べた。銀のプレートに飾るように載せられていた菓子は瞬く間に四分の一程にまで減ってしまい、侍女はその様子を見て再び顔を蒼くしていたが、黒髪の女性はただニコニコと微笑ましく男の子の行動を見守っていた。

「………?」

 しかし男の子はそれを包む段階になってようやく――ナプキンの大きさの分だけ菓子を広げると、それを包むことができないことに気がついたようだった。
 男の子は侍女の方を見上げたが、彼女は困った顔をしていたので、今度は母の方へと顔を向けた――母は相変わらず微笑みながら少し首を傾げてみせた。

「…………」

 シド、と呼ばれたその男の子は少し考えた素振りを見せたが、彼はズボンのポケットからまだ真新しい白い絹のハンカチーフを取りだすと、それを菓子が広げられたナプキンの上にかざしてみて――少し満足そうな表情を見せた。そして――

「――シド様…!!」

 侍女の小さな悲鳴に、男の子は不思議そうに母親の方を見て確認をとったが、母は「それでいいのよ…」というように頷いたので、彼はそのままそのハンカチーフで菓子の山を包むと椅子から降り、その様子を見ながら目を丸くしてるランツェへとそれを差し出した。

「すまない、おそくなった」

「―――え………?」

 跪いたまま自分を見つめ瞬きをするばかりのランツェの手を男の子が取ろうとしたので、ランツェは慌ててその手を引こうとした――さっきまで薔薇の土いじりをしていた自分の手は、泥で塗れていたからだ。しかし男の子は躊躇うランツェの手にその菓子の包みを無理矢理押し付けようとしたので――彼の目にも、ランツェの汚れた手が目に入ったようだ。男の子は掴んだランツェの泥塗れの手を黙ったまま物珍しそうにジッと見つめていた。ランツェは恥ずかしさからその手を振り払い引っ込めたかったが――お屋敷の子相手にそれはしてはいけないことだと頭のどこかで分かっていたので、震える手を仕方なく彼に預けるしかなかった。

「その手が……」

不意に上から降りてきた声に二人の子供は顔を上げた。

「綺麗な薔薇を、創るのよ?」


女性は椅子に座ったまま儚く白い指先で手元の薔薇を撫でながら、小さな男の子に向かって穏やかな眼差しを向けた。


「………………」


 男の子は刹那の間の後ゆっくりと頷くと、絹のハンカチーフの菓子の包みをまだ幼さが残るランツェの手に握らせ――自分はそのまま、母親の元へと駆け戻った。男の子の頭をゆっくりと撫でたその女性の鳶色の瞳がランツェを見つめたので――彼は慌てて再び頭を垂れた。


「あと何年かしたら……」

女性の声はどこか懐かしそうに紡がれた――


この子・・・と仲良くしてあげてね?ランツェ……――


「……!!……はい……奥様………」


 その言葉の意味をそのときのランツェははっきりと捉えることができなかったが――その女性の口から初めて漏れた自分の名前は、何故か擽ったくランツェの心を撫でた。


「さぁ、もうお行きなさい――キサに見つかったら大変よ?」

「―――!!は、はい……!失礼致します…!!」


奥様のどこか可笑しそうな言葉は、しかしランツェには笑い事ではなかった。今日のことがあの執事に知れたら――この手を何度鞭打たれることか。
立ち上がり、深々と一礼をした後顔を上げると、菓子の包みをくれた小さな男の子が名残惜しげに手振っていた――その男の子に向かってもランツェは会釈をしたのだが、その瞬間、歳より理知的な雰囲気を醸し出すその子は何故か哀しげな顔をしたのだ。

「…………!!」

 奥様が座る温室の中央の最奥から、執事のキサの畏まった声と厳かな相槌が聞こえてきた――行かなければと思う反面、ランツェはその子供の哀しげな顔に胸を締めつけられ、無礼を覚悟しながらも去り際に男の子に向かって小さく手を振り返した。するとその子の顔から――今までにない、控えめながらも心から嬉しそうな笑顔が零れ落ちた。

「ランツェ…!!きっと、また……!」


 ランツェが踵を返したそのとき――母親から手渡された黄色い薔薇を振りながら、男の子が内緒話をするように小声で囁いたような気がした。ランツェは温室の花々がその二人の母子の姿を隠すまで、男の子の真っ直ぐにこちらを見つめている瞳を見ていた――そして冬の黄色い薔薇苑が二人とランツェの姿を遮る瞬間目にしたのは、奥様の澄んだ鳶色の―――






「………………」


その奥様が亡くなったのは、あれから一年程後のことだった。
そしてそんな二十年近くも昔の事が瞼の裏を過ったのは、撫でた薔薇の花弁から落ちた雫が飾り台を濡らすまでのほんの僅かな間。

しかしまったくなんだって
娼館こんなところ)あのお方初恋の女性)の事を思い出しちまったんだか……――

当時気づくにはまだ幼すぎ、今思えば若すぎ甘すぎる淡い想い出にランツェは人知れず自嘲の笑みを漏らした。
幸いなのは、これからのお相手がその想い出の女性とは似ても似つかないことだ――少し癖のある長い亜麻色の髪、健康そうな白い肢体、ロングタイトなジーンズと胸元で結んだブラウスの間から見える程良いくびれ――そして愛らしく大きな翠の瞳が、不安そうにランツェを見上げていた。

「―――?………どうした?」

「……!いえ……すみません……」


 エイミーとか言った彼女はそのときになって漸く、ランツェの手に指を絡めたままだということに気がついたようだ――彼女は彼の手から慌てて指を解きながらも、無意識にか彼の白いシャツの裾をそっと握ってくる。
――この娼館の広間で彼女に初めて会った時の違和感が、もう一度ランツェの感覚をチリリと掠めた。

「…………君は……」

「は、はい……!あ……」

お茶…!!お茶、淹れますね……!―――

「………お茶?」


 エイミーの言葉にランツェが目を丸くするなか、彼女は飾り箪笥の上に置いてある丸い蝋燭に火を灯すと達磨型の燭台に入れ、水差しの水を真鍮のポットに注ぎその燭台の上に置いた――今日のお客さんは――多分、イイ人だ……――
姐様綺羅々さん)のお相手より少し背が高い……兄さんと同じくらいかな……――リンやエルザのお相手よりは物静かそうで……姐さんクレイマンさん)のお相手よりは、優しそう……――

 エイミーは蝋燭の熱を手に仄かに感じながら、背後にいる今日のお客の姿をもう一度頭の中で反芻した。背が高くて、今日の他のお客様方よりは多少痩躯――あぁでもリンのお客様よりは体格はいいな……だけど、それでも市井の人よりはずっと鍛えられた身体つき――灰髪は首筋で肩口まで獣のシッポのように細く結わえられている――瞳は氷と同じ色――鋭く精悍な顔に、北都出身なのかな、白い肌―― 一見冷たい人に見えるけれど、広間で挨拶を交わしたときは、優しい人のように感じたし……きっと……――

「湯を沸かすには時間がかかるだろう?」

「~~~!!?は、はい……すみません……」

 音も無く背後から彼女の腰元の素肌を抱くように触れてきたお客の冷たい手にエイミーは飛び上がらんばかりに驚いたが、お客の言うことももっともだ――三時間という限られた時間の中で、自分はこのお客様に情報を与え、且つ満足(・・)して頂かなければならない。何か粗相をして上に伝えられてしまうと、白雪ノ館からもこの薔薇ノ館からも追い出されてしまうかもしれないのだ――そうなると、行方知れずの兄さんの情報も……――

 ここはくるりとお客様の方を向いてシャツの釦でも外しにかかるべきだろうか――頭上から観察するようなランツェの視線を感じながらエイミーが逡巡していると、ランツェは彼女の腰をぐいと引き――「~~~~!!?」――そのまま後ろに下がると、内心パニックの彼女を背後から抱いた格好のまま、行き止まりのベッドの端にドサリと腰を降ろした。

「~~~!!?………?」

「緊張してるのか?」

「い、いえ……」

 決して乱暴ではない動作で顎に手を添えられ、背後から耳元で囁かれたエイミーの身体は刹那ビクリと揺れたが、彼の声音に怒りが含まれていなかったせいか彼女は今だ強張っている身体の力を抜こうと努めた――そんな彼女の様子に気づいたのか、彼女の後ろでランツェが口角が緩く上がった。もう一度彼女の腰を手前に引き寄せ、彼女の背中が自分の胸元に触れると――彼女の細い肢体はまた少し硬くなってしまった――そして彼女はまた努力する――男の腕の中で気持ちを落ちつけようとしている様子が、よく分かる。ちょっとした好奇心に背を押され、ランツェは彼女の白い首筋に掠めるように唇を寄せた。

「――この仕事についてからどのくらい?」

まるで世間話のように紡がれた言葉にエイミーの背がまた少し緊張したようだったが――しかしフッと彼女の身体から力が抜けると、まるで観念したかのようにその体重をランツェにゆっくりと預けてきた。

「……三ヶ月……になります……」

「………そう、か……」

 小声で呟かれた答えはランツェにとって予想外だった――先程からの彼女の身体の反応から、彼女はこの仕事に就いてまだ一週間かそこらで、まだ他人に触れられるのに慣れていないのかと思いきや――
十八かそこらこの年齢)で娼館ですでに三ヶ月のお勤めになると、多かれ少なかれもう三十人から四十人のお相手はしていることだろう。そうなれば男と女の身体の仕組みも、この仕事娼婦)の流れも――彼女の頭と躰が覚え始めているころだ。そうなると……――

「――俺は君の好みからかなり外れてるとか?」

「~~~~!?そ、そんなことありません……!!」


彼女の胸元で結ばれたシャツの結び目を解きながらのランツェの言葉を、エイミーは躰を彼の方へ捩りながら全力で否定した。
思わず零れた彼女からの大きな声にランツェが目を丸くすると、彼女は顔を赤らめ気恥ずかしそうに俯きながら彼と向かい合った――そこで彼女は初めて自分の胸元が露わになっているのに気がつき、頬を薔薇のように紅潮させたが――彼女はその胸元を隠すことはしなかった。

「……私、色々と下手かもしれませんけれど………」


エイミーの声は震えていたが――ランツェは黙ったまま彼女の次の言葉を待っていた――彼の、冷たくはないが表情が読めない貌から少し目を逸らすように彼女は再び俯いた。


「頑張りますから………」

「――それは、楽しみだな」


今日のお客の目が楽しげに細まり、彼の長い指が彼女の頬を優しく撫でた。そして胸元に伸びてきた手に彼女は小さく息をのみ、目を瞑った。






「……もう、いい……」

「―――ッ……気持ち……良くなかったですか……?」


口元を唾液と先走りの液で濡らしながら、エイミーは不安そうにランツェを見上げた――

「……そんなことないさ。それより、ほら……」

「~~!!………あ……」


 上半身を晒したままランツェの目の前で両膝をついていたエイミーは彼に両手を捕られ引き上げられ、ベッドにコロンと転がされた。
彼女の口戯は確かに拙く――時折不本意ながらも歯を立てられたりもしたので密かに呻かざるを得ない事もあったが、自分のモノを口に含み、稚拙ながらも両手を使い――苦しさから涙目になりながらも懸命に奉仕しようとする健気な彼女の姿には逆にそそられるものがあった。

 海の生活が長くなると女
ひで)りも自然な事――陸に上がった時に仲間たちと娼館を訪れることもたまにあるが、馴染みの店で相手をしてくれる女達は技巧も会話もお客の嗜好と思考を心得ている粋な女達プロ)ばかりで――娼婦にもこの子エイミー)のように経験を経てもいつまでたっても)怯える兎のような初々しいタイプの子もいるもんだと少し不思議に思えたのも確かだし、そんな子の相手もまた新鮮だと思っている自分がいるのも確かだ。

それとも
高級娼館こんなところ)だからこそ選り取り見取りの品揃えってか……?――

 士度様おかしら)のお供でしか入れる身分でしかない自分には今回選択肢はなかったが、この館と直接契約を結べる身分の者からの要求リクエスト)は、おそらく絶対であろう――例えば、気の強い女ではなく、彼女のような性格の子も用意してございだ。互いの楽しみ方を心得ていたり、ボディ・トークが自然に進む相手と遊ぶ方が自分としては好みだが、たまには真逆の――そう、たとえばこの娘のように先が読めない子を相手にするのもまた一興であり、滅多やたらと無い良い機会だ。

「………………」


 ワインレッドの敷布の上で、彼女の白い肌はよく映えた――その滑らかな白磁のような肌の上をランツェの指が戯れる度に、彼女は恥ずかしそうに眼を伏せる。きっと自分の好みであろう彼女の素脚を堪能するために、ランツェは女の乳房に愛撫を施し気を逸らせながら、空いた片手で彼女のジーンズを素早く取り去った――

「―――!!…………」

「へぇ……やっぱり、綺麗だな……」

 不意を突かれた形で身につけているものはついに下肢の薄布一枚になってしまった彼女は、全身の素肌が空気に晒されたせいか、先程まで露わだった胸元を恥じらうように腕で多い、身を縮めるように膝を立てながらランツェの声に赤面した。しかし、彼の機嫌良さげな声を聞き、外気に晒された長く手触りの良い彼女の脚の形を愉しむように撫でてくるお客の様子を察すると、また少し救われた気分になる――

大丈夫……彼はまだ……楽しんでくれている………

時折肌にあたるお客の灰髪の色は、昼下がりに綺羅々の手の上で甘えていた伝書鳩の羽根の色を思い出させた。


(――久し振りだったり、味わうことに夢中だったりすると、気づかない輩もいるし……)

アナタさえ我慢すれば、騙し通せるかもしれないわ……――

サラリと述べられた彼女の物騒な言葉に、しかし自分は確かに安心したのだ。
しかし綺羅々は白灰の鳩が運んできた小さな紙片に眼を落とすと、不意にその眼を眇めて嘆息する。

(誰を連れてくるのか分からないけれど、でも……
士度カレの部下だから………)

(……?)



 綺羅々の溜息の意味が、そのときのエイミーには分からなかった。その“士度”という人物に綺羅々が執心しているのは、先程の広間の一件で見てとれた。お客に対していつも凛とした態度を崩さない彼女は、お客たちにとっても、白雪や薔薇に属する娼婦たちにとっても、その地位と実力と美貌からして、常に揺ぎ無き女王だ。そんな彼女が、今日の“お客”には甘えるような素振りを見せ、
姐さんクレイマンさん)と取り合いまでして……――その“お客”の“部下”であるらしい、眼の前の男のことは“まだ”分からない――とても落ち着いた声で話すけれど、消して気取った風ではないし、口数は少なくは無いけれど、多くもない――大人の余裕を持った人だ。なにより、彼の氷色の眼はよく……




「――薔薇が気になる?」

「え……――あっ……!」


 どこか心地よくさえ思えるようになってきたお客の手の動きを感じながら、恥じらいから逃れる為だろうか、自分の視線は無意識に――飾り台の上の薔薇に流れていたようだ。しかしお客の口から発せられたオマケの疑問符と共に、肌を撫でていた彼の武骨な指が唐突にエイミーの躰の中に潜り込んできたので――彼女の視線から薔薇は消え――彼の乾いた指先が、いつの間にか湿りはじめていた彼女の内壁を擦る痛いくらいの感覚と慣れぬ衝撃に、彼女の瞼の裏でチカチカと火花が散り、全身の触覚が怯えるように震えて――彼女の手は反射的に朱色のシーツに縋った。

「……ニールは、誰?昔の男とか……?」

「――!!……違っ……!!」

 快楽の波と思いがけない問い掛けが彼女の全身と聴覚を一度に襲った――余波に肩を震わせるエイミーの中から彼女の愛液で濡れたランツェの指が引き出され、彼の下で彼女の仄かに染まった躰が弱った白魚の様に小さく跳ねた――「狭いな……だが感度は良さそうだ」――僅かに涙が溜まった翠の瞳を声がした方へ向ければ、自分の躰の熱とは対照的な色をした彼の瞳とかち合う――彼は彼女を見つめ返しながら濡れた自分の指をペロリと舐めてみせ、問いかけるような視線を彼女に送る――エイミーはその視線から逃れるように枕に顔を伏せ、「……ニールは……兄さん……と同じ名前……」と消え入りそうな声で呟いた。すると苦笑の声と共に、お客の顔がエイミーの頬に、彼女が赤面するほど近く寄せられた――


「君は、面白い子だね……」

「………?」


どこか可笑しそうに眇められている彼の眼に、エイミーの不思議そうな顔が映った。

「――
娼館こんなところ)でまずお茶を勧めたり、褥に“兄さん”と同じ名前の薔薇を飾ったり……」

「……!!ご、ごめんなさい……」

口元に手をあてながら蒼褪めるエイミーの髪にランツェの長い指が優しく触れる――トクン……と少し痛いくらいに自分の心臓が跳ねたのを彼女は感じた。

あぁ、もしかして俺ってその“
兄さんニール)”と似てたりする?――

 薔薇を見つめながら解かれなかった指、自分は単なる“お客”なのに、彼女の肌から伝わってくる只ならぬ緊張感、ベッドに横たえてからの彼女の様子も娼婦にしては恥じらい深く、どこかぎこちない――いくら勤め三ヶ月とはいえ、お客が身内に似ていれば居心地が悪いのももっともだ。
数十分前に出会ったときからの彼女の様子を反芻して漏れたランツェからの自嘲気味な声音にエイミーはもう一度首を慌ただしく振った。

「に、兄さんは髪の色も眼の色も私と同じでっ……!お客様の背や体格は……ちょっと似てますけど……でも雰囲気は全然……ッ……」

「じゃあ、遠慮なく頂いてもいいわけだ……それに……」

“ランツェ”だよ……ほんの
一刻ひととき)とはいえ、名前は覚えてもらいたいな、“エイミー”……――

「……は、は……い……っ……!」


 彼女の耳元でどこかからかう様に囁いた、そんな相手の名前を呼ぼうとしたエイミーの声音はヒクリと強張る――熱と質量を孕んだ硬い彼の分身が彼女の柔らかく熔かされた秘部に濡れた音を立てながら宛がわれ――いつの間にか彼の逞しい腕に右脚は抱え上げられ、自分の姿勢はまさに彼自身を受け入れようとしていた。


アナタさえ我慢すれば、騙し通せるかもしれないわ……――


「………!!」


一瞬、綺羅々の声がエイミーの脳裏に木霊したが、頬にキスを落としてきた彼のアイス・カラーの瞳が刹那眇められたのを見て、それは無理だと彼女は悟る――きっと、次の瞬間――彼は気づいてしまう――だって彼の氷色の瞳はよく……私のことを
観察し)ていたのだから………


「――ンっ………!」

「……ッ……」


 躰が貫かれる衝撃と同時に下腹部に走った激痛に、エイミーは唇を噛んで悲鳴を飲み込むことで抵抗した――痛みは彼女の呼吸さえも奪おうと全身を駆け抜け、いつもより早い動悸がその衝撃の名残を彼女の躰の隅々まで伝えてくる――手が色を失うほどにシーツを握りしめながらその痛みをやり過ごそうしたが、しかし逃れられないそれは眦に自然涙を誘った。その涙を隠すように拭い落そうと、苦しい息の中彼女がふと眼をあけると、眼の前のランツェが僅かに秀眉を寄せている――あぁ、涼やかな雰囲気のこの人も、こんな表情をするんだ……―
―涙混じりのエイミーの貌がほんの少し綻ぶと、ランツェの視線が何かに気づいたように彼女に注がれた。

「エイミー?……痛かったのか?何か……ッ!?」

眼にした彼女の涙をランツェは意外そうな貌をしながら拭ってやり、そのまま視線を不意に下腹部に流すと――彼の表情が今までになく強張った。繋がっている部分から一筋の紅い血が、二人の愛液に混じるようにして彼の幹にも細く伝わっている――


「~~~!?お前っ……!!」

「――!!ま、待ってください……!!離れ、ないで……!!」


エイミーから身を離そうとするランツェを、彼女の悲鳴に近い声と彼に縋る細い腕が遮った――身を起こそうとした反動からか、彼女の貌が苦痛に歪む――ほらな、やっぱり……――そんな表情のランツェに大丈夫と首を振りながら、彼女は彼の体躯を引き寄せて懇願する。


「ごめんなさい……迷惑だって…分かっています……でも、お願い……最後まで……」


して、ください……――

自分の下で身も声も震わせながらそう告げる彼女の勇気は、この細くか弱い躰からどんなに懸命に紡がれていることか。

「………エイミー……」

 溜息混じりに名を呼びながら、ランツェは彼女の身体を引き寄せた――拒絶されなかったことに安堵したのか、エイミーの両の腕が自然ランツェの背に縋った。彼の白い肌が思いのほか暖かかったことに、彼女は今更ながらに気づき――そして今となっては全てを知られた安心も伴ったせいか、彼女の大きな翠の瞳から止めどなく涙が溢れた。彼女の細い指先が拭っても拭っても零れてくるその涙を掬うように、ランツェは彼女の眼元にそっと
接吻くちづけ)た――そして彼女の長い亜麻色の髪を掻き上げ、真珠のように汗が光るその綺麗な額にもあやすように唇を落とす――


「――
初めて・・・)を、こんなところで、俺みたいな奴にくれてやるなんて………」

無茶をする……――

困惑を滲ませながらも怒りを含んでいない彼の声があまりにも素直に優しく彼女の心に触れてきたので、エイミーの瞳からまた大粒の涙がこぼれた。

「……ごめんなさい……でも……私……今日を
乗り越えちゃんとし)ないと……娼館ココ)で生きていけないから……」

「……三ヶ月、娼館で何やってたんだよ……」

 彼女の軽い癖っ毛を指で弄ぶようにしながら、ランツェは嘆息と共にエイミーの泣き顔を見下ろした――三ヶ月――そんな彼女の言葉が先にあったから、彼女が処女だなんて毛程も考えなかったし、だいたい娼館にとって処女の水揚げは滅多にない稼ぎ筋――貴族や成り金商人らにその貴重な一回を高く売りつけて、金を巻き上げる良い機会だ――それも到底、自分のような一庶民なんぞは何年働いても手の届かないような値段で――エイミーのような上玉なら尚更だ。
ようやく落ち着いてきた彼女は恥ずかしそうに俯きながら正直に応えた――

「あの……お茶汲みとか……姐様のお供とか……お年を召したお客様の話相手とか……ッ……」


 今日何度目かの溜息が自然とランツェから漏れ、身体が自分の内側でも動かされたのを感じたせいか、エイミーの顔が不安そうに見上げてくる。なんてことだ……――そうなると今までの彼女の自分に対する反応は、初めての男に対する恐怖心のソレだ……――任せていたとはいえ、男とシたことのない女がいきなり口戯をやってのけたのは大した度胸なのか、彼女の決意の現れか。どちらにせよ、こちらとしては知らなかったとはいえねんねのお嬢さんにそんな行為をさせたとなると聊かばつが悪い。それにこの娼館の主が何を考えてこんなにも初な彼女を俺みたいな単なる
従者おとも)に宛がうことを許したのかも、てんで分からない――けれど……

気を取り直したかのように彼女の頬に唇を落としてきたランツェに、エイミーは安堵の表情を向けてくる。

キスは……――

と、訊こうとした言葉をランツェは呑み込み、そのまま彼女の唇をぺロリと舐めた――エイミーの柔らかな唇が彼のそんな唐突な行動に驚いて開いた隙に、彼の舌がスルリと入りこみ、彼女の歯列をなぞり――やがて思考を溶かすような熱いキスが彼女の躰に熱を孕ませた――

「んん……ッ」

 最初は逃げるように動いていた彼女の舌も、やがてぎこちなくランツェのそれに絡んでくる――
接吻コチラ)の方の経験もろくにないのだろう、もしかすると初めてなのかもしれない……――ときどき空気を求めるように唇を離そうとする彼女を押さえつけ、互いの唾液が零れるのも構わずに噛みつくように貪欲に求め続けると彼女の躰は再び朱色に染まり、ランツェの眼を愉しませた。口づけのことを訊こうとしたのは、“キスはダメ”という娼婦によっては持つ輩も少なくはない矜持を、果たして彼女も持ち合わせているかもしれないとふと思ったからだ。しかし、彼女はたった今初めてその身を男に穿たれ――そして明日からは不特定多数の男に今の今まで真っさらだったこの肢体を晒し、慰みものになるのだろう。

(……それなら、いっそ………)

 汚い大人の考えだというのは、百も承知。今更善人振るつもりもない――それならばいっそのこと、彼女の隅々を犯し尽くし自分という存在を、何も知らない無垢なこの躰に刻みつけてやろう――他の男に抱かれるときも思いだすくらいに今宵彼女を感じさせ啼かせ喘がせて、彼女の“最初の夜”を徹底的に染め上げ支配してやろう……――そして……

「……ンッ……!」

 ランツェの躯がエイミーの秘洞を味わうように動き始めると、まだ破瓜の痛みの名残があるのか彼女の表情が微かに歪んだ――しかし、彼の唇が彼女の首筋や鎖骨を辿り乳房の頂きに辿りつくと、戸惑うような甘い悲鳴が彼女の濡れた唇から漏れ、ランツェがさらに身を進めるとエイミーは絶え入るように肌を震わせ長い睫毛を伏せた。そんな彼女の姿はランツェの嗜虐心を煽る――彼女の細い腰を掴み律動を速めより深く奥へと彼女を揺さぶり貫くと、下腹部から今だ感じたことのない快楽がエイミーの躰を侵食するように犯していき――苦痛とは違う未知なる感覚に戸惑う蕩けそうな貌が彼女の堪え切れぬ喘ぎ声とともに二人の間を彩った。

「………………」

いつか
手に掛けた・・・・・)娼婦の顔が刹那脳裏を過り消えたのは、今自分の下で啼く彼女の姿がそのときの女とあまりにも対象的に感じたからだ――あれは、ほんの数年前……――

南都に長期係留したシリウスのメンバーの間で噂になった娼婦がいた――輝く長い栗毛に妖艶な眼差し、南都特有のはっきりとした貌立ちに豊満で整った躰、男なら誰でも息を飲むようなスラリと伸びる美しい四肢――彼女は港に係留する海の男たちを相手に稼いでいたのだが、ある日を境にいつしかシリウスのメンバーたちにやけに執着するようになった。ファルケもハキムも笑師もランツェも、そしてその他数人の船員たちも、街中でそれぞれ別の日に別の場所で同じ女に誘われ、ひと遊びし――彼らがローレライ号に持ち帰った違和感は同じところへと行きついた。その娼婦の女としての自信と仕事への情熱が、世の裏の裏を知る漢たちには聊か目障りな程に明るすぎ、その目的も常人が見るよりも分かり易く映った――ただの遊ぶに適した娼婦でいればよかったのに、とある人物に間者スパイとして仕立てられ、シリウスに入りこもうとした女――彼女とその背後の人物が最終的に辿りつこうとしているのは、士度様おかしらであることは明白だ。
そうと分かれば幹部たちの動きは早かった――運が悪い女だ。そして自分の運も、そのときは
少しばかり・・・・・良くなかった。女 の始末役を決めたのは、カードとコイン。その日はたまたまツキが無かった。罰ゲームの使い走り役を憐れむように、ファルケがポンと肩を叩いてきたのを覚えている――後の仕事は簡単だ。
南都の夜の繁華街を一人でぶらついていると女は向こうから満面の笑みで寄ってきた。

今日は使いの帰りだから遊ばないよ――そう言いながら僅かに膨らんだ懐を叩くと、女は簡単に釣れた。

じゃあちょっとだけ寄ってって、お使いの愚痴でも疲れでも私の家に置いていきなさいよ、お茶を淹れるわ――

あぁ、そういえばあの女もお茶を淹れるとかって言ってたな……――そのときは睡眠薬入りのお茶を淹れてくれた。
俺がソファの上で眼を瞑ったとき、女はソファの端にかけてあった俺の上着の懐を探り――そこらの市場で売っているような安い飾りナイフを手に取ると眼をパチクリさせていて――俺が背後に立ったのにも気づかなかった。

安いナイフだよ、そこらで買った……――そのときは久し振りに笑顔を作ったと思う。

女は飛び上がらんばかりに驚いて、すぐに言い訳も浮かばなかったようだ。戸惑う彼女の手からナイフをとり、スッと鞘から抜く――
それでも女は今何が起こっているのか分からないかのように戸惑った顔をしてみせた。もう一度眼を細めてみせると、女は少しほっとした
表情を見せたようだが、そのあたりはあまりよく覚えていない――興味がなかったからだ。

この位のが丁度良いんだよ。君みたいな女を冥土に送るのには……――

返り血を浴びない術にももう慣れた。糸が切れた
操り人形マリオネットのように倒れる女からスカーフを拝借し、ナイフに着いた血糊を拭きとる――そして眼を見開いたまま事切れた女の顔の上にソレを捨てるようにして落した。もうなんの感慨も湧かない、形通りの仕事だ。

再び鞘に納めたナイフを懐に仕舞い、路地裏の女の家を出て夜の繁華街に戻る――何も変わらない夜がまた始まる。
賑わう通りの反対側からフードとマスクで髪と肌を隠したブラウがやってきて、少し離れたところでこっちの存在を確認すると、手で合図を送ってきた――“どこかに飲みにいかないか?”
了承の合図を送ると、綺麗な碧い眼が微笑んだ。
ブラウと合流した後、橋を渡る際に懐から飾り鞘のナイフを取り出し歩きがてらに川に投げ捨てる。
「お疲れ――」
ハイネックから繋がる黒いマスクを外したブラウが労いの言葉を発しながら眼を細めた。
ブラウの眼の色は彼の弟の眼の色と並んで凶事の証とか巷では言われているらしいが、

俺にはむしろ、心地の良い青だったりする――




――そして、今自分に何時に無い不可思議な熱を与えてくる翠の眼をした彼女に会うのは、今夜が最初で最後だ。
その方が、きっといい……――

「ラン、ツェ……さん…ッ…、わた、し……何か、変……っ……」

絶頂が近いのか、感じたことの無い衝動に戸惑うようにエイミーの躰が揺れた――「大丈夫……そのまま……」

 ランツェが彼女の頬を撫でると、彼女は泣き出しそうな貌をしながら彼の手に縋ってきた――その間も躰を苛む波は休む間もなく彼女を責め立て、堪え切れない悦楽の声が彼女の唇からランツェの耳に優しく零れた。
この躰の奥まで彼の存在で一杯に――そんな錯覚に身を焦がされながら、声にならない悲鳴と共にエイミーは背を反らせ――

彼女の中で弾ける何かに思考が白く染まり、瞬間、暗い淵へと堕とされた――









「――ソレイユ、ドロシー、エレン、ロサ……みんな、兄さんが反対してくれて……」

アミーリアにしてくれたの……――

腕の中のエイミーが挙げた女性の名前にランツェが苦笑する――


「全部、薔薇の名前だな……君の兄さんは自分の名前がよほど気に入らなかったとみえる……」

「だって、家名が“
薔薇の家ローゼンハイム)”だもの……名前まで薔薇だと…ね?」


ランツェの声音にエイミーの無邪気な微笑みが重なり、彼女は心地好さげに彼の胸に頬を寄せてくる。


「私……ランツェさんが育てた薔薇、いつか見てみたいな……」


ランツェの長く武骨な指に自らの白い指を絡め、見つめながら――エイミーは夢見るように呟いた。


「…………………」


ランツェは彼女の亜麻色の髪を戯れに梳きながら無言のままだったが、エイミーは彼から指を離さなかった。


「ね……私……初めてがランツェさんで良かった………」

「………?」


まどろみの中で発したエイミーの言葉にランツェの指がピタリと止まる。

「……このぬくもりを覚えていれば、私……この
娼館セカイ)でも……きっと……」


生きていける……――


「……………………」


眠りに落ちたエイミーの寝貌を見つめながら、ランツェは小さな溜息と共に眼を伏せた。

目の前で眠る彼女はあまりにも儚い存在で、そのくせ愚かなほどの覚悟を内に秘めている――強い娘だ。
だから……


「間違いだったんだよ、エイミー………アミーリア……」


俺じゃ、いけなかったんだ………――


ランツェは脱力したように枕に頭を沈めると、エイミーの髪に貌を埋めた。


仄かに、薔薇の香りがする――あの黄色い薔薇だ。


その香りに叱られているような気がして、ランツェは人知れず苦笑する。



目覚めたら、エイミー……君はお茶を淹れてくれるかな……―――



燭台の中の蝋燭は疾うに燃え尽きていた――真鍮のポットから吹きこぼれていた湯もとっくに冷めていることだろう。

君はまた少し頬を染めながら燐寸を擦り――そして一緒に……


最初で最後のティータイムを


愉 シ モ ウ――



~next,side Shido~