口移し



カサリ・・・・


今年、初めての雪がガラスの向こうの闇の中でゆっくりと舞い落ちる最中
橙色の暖かな灯りを灯す屋敷の一室で
包みを開く、小さな音――

ダウンライトのオレンジ色の仄暗い灯りが静かに夜を演出する空間の中で
その細い肩にコットンレースのストールをかけ絹のネグリジェに身を包んだ彼女は
ベッドの脇に置いてある一人掛けのソファに身を沈め、点字の本を読んでいた。
なんでも新しく翻訳された妖精と魔法の世界の御伽噺とかで――白く柔らかな指を紙面に走らせながら
眉を寄せたり、小さく微笑んでみたり、幸せそうな貌をしたり――
コロコロと変わる彼女の表情は正直見ていて飽きないものだった。
そして彼女は時折――ソファの肘掛けからすぐの位置に立っている小さな丸いテーブルに手を伸ばし――
そこに鎮座している花の花弁を模したガラスの器から、飴の包みを一つ取り
彼女が包みを開ける度に

カサリ…

と静寂の空間に乾いた小さな音が響く。
そして紙屑となった包みは綺麗に伸ばされ――ガラスの器の脇に四隅を揃えて重ねられていた。



「・・・・・・・・」



彼女の部屋の壁際のソファでその長い脚を組み、
最近里の葛篭から持ち帰ってきた先人の資料に目を通していた士度は
こんな風に一々律儀なマドカの行動に――思わず漏れそうになった苦笑を密かに噛み殺しながら――
組まれた膝の上の古い書物に視線を戻した――

そこでふと、気づいたこと.....

彼が追う文字には、読書灯の柔和な明かりが柔く注がれているというのに、
ダウンライトの下の彼女の手元には、常人が文字を追えるようなソレはない――
天井から灯る橙の薄暗い灯りの中で、それでも彼女はとても穏やかな貌でページを捲り……


「・・・・・・・・」


――もしかしたら
士度じぶん音羽邸ココ にくる前は、誰も居ないこの静かな部屋の
夜の黙の闇の中で   
たった一人で本を読んでいたのかもしれない――

現にマドカは――自分から明かりのスイッチを入れることを普段から、しない。
使用人にせよ、彼にせよ……誰かそのとき、彼女の隣にいる人が無意識に光を求めて――

そして彼女を、せめて灯の下へと導いてあげたいと願い......


「……アッ...!」


追う文字を閑寂とした思考が遮るなか、不意にマドカが小さな声を上げた。

士度が思わず顔を上げて―どうした?―と問えば、マドカは本をソファに置くと、
ガラスの器を手に取り士度の方へと嬉しそうに駆けてきた。


「今食べた飴、柚子のお味だったんです…!きっと、士度さんも好きなお味だと思って……」


まだ残っていると思います……!――そう言いながらマドカは、無邪気な笑顔と共に飴の包みが入ったガラスの器を差し出してきた。
しかし彼がその器の中身を覗いてみると――


「……どれがどれだが分かんねぇぞ……?」


「……!?……え……と……」


器の中には千代紙模様の紙に包まれた飴玉が十数個――
しかしその鮮やかな包み達はまるで――お味は食べてからのお楽しみ――主張しているかのように、
中身を見せまいとしっかり飴玉をガードしてしまっていた。

士度の言葉にマドカの眉が哀しげに下った――彼女も確かめるように器の中身を探ってみたが、
触れただけではもちろん、その中身が分かるはずもなく――


「…………」


急に萎れた花のようにしょんぼりと肩を落としてしまったマドカに、
士度も掛ける言葉を瞬時に見つけ出すことはできなかったのだが――

「マドカ……」

「はい……ッ!?」


ガラスの器はいつの間にかソファの上――

気づけば彼の逞しい腕に引き寄せられ、細い頤を持ち上げられ当たり前のように唇を奪われ――そして

彼女の口腔で小さくなっていた柚子飴は、彼の舌先に攫われていった。


「〜〜〜??!!な……なに………」

「……あぁ、確かに嫌いじゃねぇ味だ……」


飴玉がカチリと彼の歯に当たる音――そしてペチャリと彼が一度鳴らした舌先の音に、
マドカはようやく状況を理解し、顔を真っ赤にしながら彼の腕を愛らしくポカリと叩いた。


「そ、そんな……それ……私の食べ掛けで………んッ!!?」


――けどやっぱり甘すぎる――


彼女の抗議の声は再び彼の唇によって塞がれ――

熱い吐息とともに戻ってきたのは、もう一回り小さくなった甘い塊。


「………ァ……ン…………」


彼の舌は飴玉を再び彼女の中に置き去りにすると、彼女の口蓋に甘い疼きを残して去っていく。


「……………」


「俺の食い掛けも嫌だったか……?」


すっかり小さくなってしまっていた飴玉を頬を染め俯いたまま咀嚼したマドカは、
彼のあやすような問い掛けにフルリと頭を振った――

急に立ち上がったせいだろうか――冬の空気がいつの間にか足元に纏わりついてきたような気がした。
その反面――たった二回――それも刹那の交わりだったのに――
彼の唇から伝わった熱は小さな飴の甘露な名残と共にマドカの身体に浸透するような足跡を残していった――


――確かに少し甘すぎたが……


「………っ!!」


彼の大きな掌が俯いたままの彼女の頬を優しく包み、そっとその小顔を引き上げた――
上気した貌を見られるのが恥ずかしくて、目を瞑ることでせめてもの抵抗を試みたが
さらに強く引き寄せられ、彼の腕の中に囲われ――
耳元で囁かれると、もう――自分の気持ちを誤魔化すことは叶わなかった――


――俺だって、口寂しくなることもある……








「ァ……イヤッ………ン……ッ」



ソファの上で生まれたままの姿で――彼の膝の上で腰を浮かし、彼の逞しい頸筋に両の腕で縋りながら、
下腹部を溶かす彼の武骨な指に恥じらいながらも堪えきれず啼く彼女の声は、士度の下肢に自然と熱を溜めていった。


「あっ……アッ……っ……!!」


目の前で揺れる白く程よい大きさの乳房に唇を寄せれば、しっとりと汗ばんだしなやかな肢体が耐えるようにビクリと揺れ、
彼女の躰の中で蠢いていた彼の指を包み込むように締めつける。
それでも彼女の内側と外側を挟み込むように指の腹を彼女の肌と蜜壷の柔らかな肉に押しつけると――
彼の耳元で許しを請うような悲鳴が上がり、彼女の綺麗な背中が哀れなほどに撓った。
コポリと彼が彼女の花孔から手を引き抜き、そこから零れ落ちる愛液を彼女の羞恥心を煽るような音をわざと立てながら秘芽に塗りこめると
彼女のほっそりとした大腿が震え、腰が艶かしく蠢き――
彼にしがみつき、彼の名を快楽に染まった声音で啼きながら彼女は達した。
ポトリと彼女の中心から落ちた蜜液が、士度のジーンズを小さな黒い染みをつくった――
過ぎた快楽の名残に翻弄され、小さく嗚咽を上げる彼女の丹花に士度が唇を寄せると、
マドカは優しいぬくもりを求めるかのようにその身を預けてきた。

求められるがままに舌を絡ませあい、唇を食み――士度はそのままマドカを抱き上げ、数歩先のベッドへ横たえる。
今宵はまだ人の温もりを知らないヒンヤリとしたシーツに刹那マドカの躰がピクリと跳ねたが、
士度の長い指が彼女の小さな細い指を絡めとり、晒された彼の上半身が彼女の肌に触れると――
どうしようもないほどの安堵感がマドカの心を攫い、自然穏やかな微笑をその美しい貌に浮かび上がらせた。

そんな彼女の姿態に、貌に、想いに――もっと近づきたいと貪欲にも猛る己の心を、躯を浅ましく思いながらも
士度は彼女の首筋や胸元に所有の印を落としながら、俯せにした彼女の蜜口に滾る自身を宛がい、
刹那震えた彼女の背中に口づけを与え――そして獣のように
彼女の中心を貫いた。


「アッ……ンっ……!アアッ……あ……あっ……」


支配され、満たされる衝撃に思わず上がる嬌声をシーツに吸い込ませながらも、
マドカは背後で自分の名を呼ぶ彼の声に陶酔にも似た喜びに締めつけられる己の心を感じ、
求めるようにその手を握れば返ってくる彼の漢らしい力、そして彼の肌の感触にすら
涙する程の愛しさが込みあげてくる幸福感に満たされた――


やがて彼の熱が彼女の胎内で爆ぜ――


熱と体液で熱く濡れたシーツの波にマドカは彼の躯と共に沈んだ。


背後から包むように抱きしめられ、肌を通して聴こえてくる彼のいつもより少し早い鼓動に心絆されると、
彼女を抱く彼の腕の力が心做しか強くなったように感じた――そして彼は少し掠れた声で呟いた。



――外はまだ雪だ……



マドカは刹那、目を瞠ったが――やがて彼女は新雪のような美しい微笑を湛え、
彼女の腰に回されていた彼の手をそっと胸元へと引き寄せた。



――変ね……ちっとも寒くないわ……




士度はマドカの少し乱れた髪に顔を埋めた。
すると彼女は彼の大きな掌にキスを落としながら宝物のように胸元に抱いた。

彼女の花のような匂いが、どこか懐かしい冬の香りと混ざり合い――
ささやかな戯れの果ての交わりに静謐な余韻を残していった。


火照る二人の熱を逃さぬように――士度がフワリと片手で羽毛の掛布を引き寄せると
その白いベールが落ちる前に――

彼女は彼に、


おやすみのキスをねだった。




Fin.




冬の冷たくも懐かしい空気に惹かれて書いてみたくなった一編でした。