「や……!士度さん……離れ、ないで……」


――零れ……ちゃう……――


士度が彼女から身を離そうとしたそのとき、
マドカは彼の逞しい肩に縋り、その行動を制した――
そして自らの腰を落とすことで、半ば抜かれかけていた刀身に再びその身を沈める――


「どうしたんだ・・・・?」


士度は少し訝しげに尋ねながらも、彼女の細い腰を掴むとそのまま真下に引き寄せる――
自然、果てたばかりの敏感な内側を彼の化身に擦られ、マドカは愁眉を寄せながら浅い息の中で小さく啼いた。
放たれたばかりの残滓と下肢を濡らす愛液の交じり合う音がマドカの耳を朱に染める――
士度が彼女の首筋に唇を寄せるとマドカの蜜口は切なげに震え、彼自身を緩く締め付け――
彼女は自分の躰の浅ましさに恥じ入るかのように長い睫を伏せた。
自身を柔らかく噛み締めてくる温かな蠕動に煽られた士度が漏らす熱い吐息。
その吐息に肌を灼かれる程に感じ入り、
マドカは救いを求めるかのように彼の広い背中に腕を回し、その肩口に顔を埋めてくる――

「マドカ……?」

士度の案ずるような声に、しかしマドカはフルフルと頸を振りながら彼の耳朶に幽かな音色で伝えてきた――



もっと


欲しい――と。



灯 〜ともしび〜


あの後、結局士度は劉邦とろくに話しもしないまま、音羽邸のエントランスで別れた。中庭での怒りや焦燥や慨然の雰囲気は二人の間に既に無く――多少の居心地の悪さもそこにはあったが――互いの心情を暗黙の内に汲み取っているかのような彼らの様子に、マドカも音羽邸の使用人達も心密かに安堵の溜息を吐いた。
またな…――すれ違い様に短く告げた劉邦の言葉に――あぁ、と相槌を打った士度の声には蟠りは見えず、いつも通りの静かな声だった――

夕焼けの中に消えていく二人を見つめる士度の表情は、どこか霧の中にいるようだった――ともすれば、彼の心だけが――あの魔里人の幼馴染達について行ってしまいそうな気がしたので――マドカは彼が振り向くのを望むかのように、その手を伸ばした。
すると、彼女の手が彼の腕に届く前に――夕陽から地に視線を落とした士度の方から、その大きな手でマドカの嫋やかな手を握ってきた――マドカの頬が一瞬にして紅潮し、刹那震えたその指をゆっくりと・・・彼の武骨な指に絡める。


――いつもの、あたたかい、彼の手――


包み込まれるようなぬくもりに安堵しながらも、あたたかさと共に下りて来た自嘲気味に微笑む気配も、どこか寂寞と聞こえた声も――遠く、マドカの知らない士度の世界を――
魔里人かれら馴れ合わずとも強く確かな絆を――彼女に切々と伝えてくる。


――士度さんの一番近くに、私はいるはずなのに……


彼の腕に頬を寄せながら、自分の心が泣きたがっているのをマドカは感じていた。

昔の彼を知る者達の――言葉少なに、けれど確かに彼と通い合う心。そして今日は何よりも――士度と薫流の間に垣間見えた、友とも仲間とも同胞とも違う、互いの心内を当たり前のように感じ合っているそのはっきりとした色彩の絆に――奇妙な嫉妬心がマドカの心を犯し、得体の知れない憂畏が胸を締めつけた。
そして薫流の妊娠の事実は、何故だかマドカの心を深く抉り、望まぬ妬心と不安によって内側から押し潰されそうな錯覚に彼女を堕とす。

それはまるで――新しい
生命いのちが士度と薫流の間に新たなる繋がりを生み、薫流が無邪気にそれを楽しんでいるかのような感覚をマドカの五感に響かせた――とても素敵なことなのに……なんて器量の狭い、自分の心。

マドカは人知れず、唇を噛み締めた。

そう――今の自分達から互いを愛し、想い、慈しむ心を取り除いてしまえば、残るものはなに……?
血の繋がりも、同じ部族だという誇りも、進む道さえもきっと違う……


――風が出てきたな。もう入ろうぜ・・・・


声を発してしまうと、きっとこの醜い心が見えてしまうから――マドカはもう一度、士度の手をキュッと握りながら、ただ黙って頷く。
士度が瞬きをする気配がしたが――しかし彼も無言のまま、彼女の手を引きながら踵を返した。


居間に向かう途中、廊下に差し込んでいた今日の終わりの陽の暖かさの中を二人は通った――


その柔らかな熱が士度の手のぬくもりと溶け合い、マドカの心を慰めるように撫でていった。















「欲しい――?何を?」



――どうしてだ・・・・?――



「――ッ!!」



思いがけず――

彼にしては意地の悪い答えが返ってきたので、マドカは二の句が継げなくなる。


――お前が欲しいのは……――


快楽か――?


静かな問い掛けと共に徐に桃色の胸の頂を弄ばれ、彼女は彼の膝の上で小さく啼いた。

士度に頤を捕らえられ、漆黒の瞳を覗き込まれて――

そう、心の内まで見透かされるような視線が彼女を射抜いた。
マドカはそんな後ろめたさから己を逸らすように、悪戯に動く彼の右手を止めようとか弱い力で抵抗するも――
火照る心と躰に翻弄され、眼差しから意識を外すことができない。


――それとも・・・・


「薫流に煽られて、子種が欲しくなったのか……?」


「――!!………ア……」


士度のその声には――怒りも咎めの音も含まれはいなかったが、
マドカの心の奥底にあった赤裸々な願いをそのまま静かに暴くかのように紡がれたので――
途端、マドカの秀眉が下がったかと思うと、
コロン・・・とその大きな瞳から透明な雫が零れ落ち――両手を顔にあて、ついにはしくしくと泣き出してしまった。


それに面食らい、慌てたのが士度だ――

無意識であろうが、夕刻から士度に垣間見せた続けた彼女の、
口には出さずともどこか焦燥感漂う願望を――
ほんの少し、
からかうつもりで口にしたのに。


「だって……だって……」


マドカの潤んだ声が士度をさらに焦らせ、
彼は困ったように――慰めのつもりだろうか、彼女の頬に手を当てた。
マドカはその手に小さな貌を埋めながらも、涙に
むせぶ声は止まらない。


「私には……無いもの・…!!」


零れ落ちた彼女の柔らかな涙が月明かりに煌き
闇夜に冴えた。


――薫流さんのように……あなたと過ごした長い歳月とか、魔里人の人達との繋がりとか・・・・


だから私は……


「証が……欲しいと、思ったの……」


何よりも濃い、血の証が。



そう言いながらポロポロと涙を零し続けるマドカを、士度は絶句したように見つめると――

次の刹那、呆れたように溜息を吐いた。

そんな彼の反応に、ビクリ・・・・とマドカの心は竦み上がる。

すると士度の左手がスッと上がり・・・・
彼女の涙をそっと拭った。


「あのなぁ・・・・」


――薫流は、薫流だろ……?――


しかも奴等はむしろ・・・・早過ぎたくらいだしな――


士度の指が、マドカの髪を戯れに絡めた。


「忘れんなよ……
二月ふたつき後、俺等は一緒になるんだぜ……?」


ヒクン・・・とマドカの喉が愛らしく鳴る。


「今も、そしてこれからも・…ずっとだ……」


――歳月も繋がりも……俺の過去よりずっとずっと、長くなる……――


あやすように、慈しむように、士度はマドカの額に唇を寄せながら語りかける――

時折、彼女の目元に潤む涙を指に含ませながら。
心なしか、暗闇の中で――マドカの表情に光が射したような気がした。


「それに子供ってもんは授かり物だからなぁ・・・・」


焦せんなよ・・・・――


マドカの瞳が不思議そうに瞬き――彼女はもう一度、手の甲で涙を拭った。


「早かろうが遅かろうが、出来ようが出来まいが……俺は別に……」


次の言葉を紡ぐ前に、士度は言葉を切った――そして彼の、少し困ずる気配。


「士度・・・・さん・・・・?」


マドカが目を瞠りながら不安そうな声を出したので――

士度は彼女を胸元に引き寄せ――その耳朶に囁くように――気恥ずかしげに、呟いた。






――お前が隣にいれば……それで、いい……――







そして彼女の瞳は再び――
涙に濡れた。



普段の自分らしからぬ言葉に、士度は恥じ入る気持ちを隠しきれないまま――
それでも喜びに涙が止まらず胸を震わす彼女の細い肩をそっと、抱いてやる。




――ずっと……一緒ですね・…?――



二人のままでも、三人になっても、四人になっても……




――あぁ……



今は二人でいるこの
とき

きっと何よりも大切で、愛しい――






そんな、当たり前だと思っていた気持ちが
唐突な現実に翻弄されて、見えなくなって――
それでも彼が私をちゃんと導いてくれて――



不安や悲しみに押しつぶされそうになるこの胸に
優しく柔らかく照らし出す
あかりを燈してくれるのはいつも――
隣にいる、この愛しい存在。




だから――




「士度、さん・・・・・」


彼女の瞳にもう――涙は映ってはいない。


想い焦がれる気持ちをその白く美しい貌にのせ

彼女の柔らかな丹花が優しい音を紡ぎ出す――





――欲しい、です……――





「何を・・・・だ?」




答えはもう知っている――
それでも士度はわざと・・・・確かめるように、彼女の声に酔えるように――静かに聞き返した。

フワリと微笑む、彼女の幸せそうな笑顔が彼の心を安らぎへと導く――





士度さんアナタの想いを・・・・」




士度の眼が優しく細まり、彼は身を繋げたままそっと――

彼女をベッドに横たえた。





そして彼女は愛の鼓動を感じながら
どこか耿然とした快楽に身を委ねる――




灯りの色は知らないけれど――




繋がる躰と――手のぬくもりに安堵しながら彼女は想う。



その暖かさや明るさや――優しさを、誰よりも知っていると思えるのは――



きっと隣にいるのが、アナタだから……




月灯りが二人の影を白い壁に映し出した――

士度がふと眼を上げたときに映った
柔らかに絡み合う一つの影に


彼はもう一度眼を細め――

彼女の白い肢体に魅せられたかのように、

その柔肌に朱の花を咲かせ続けた。










Fin.




3万HIT御礼企画より「薫流が妊娠したことでマドカも子どもがほしいとねだる話」@裏ver.でした。
限りなく温い裏ですが・・・・少し歳相応のマドカ嬢の心情を書いてみたくて。
表の『out of the blue』と合わせてお楽しみくださいませv