「……分かりません」
そう正直に答えたら――久し振りに、本当に久し振りに、家庭教師の先生に怒られました。
いつもなら
――分からないことは恥ではないのですよ?
そう優しく仰ってくれる先生が、鋭くなった声の調子から、深く困惑を隠せない溜息から――今日はきっと――教室代わりのティー・ルームの窓を背にしながら眉を吊り上げ、鬼のような形相をなさっているに違いありません……。
そして真っ赤になって俯く私に―ー先生は追い討ちを掛けるように――眩暈がするような宿題を出されました――
その内容に絶句する私に、先生は事も無げに仰います――知っておくべき、当然のことですよ?――と。
恥ずかしさのあまり、ますます上昇する体温に涙を誘われながら私が更に俯くと――小さく溜息を吐きながら、先生が視線を中庭に向ける気配が――そして再びとんでもない事を仰いました。
この宿題をお嬢様がご自分でお出来にならないのでしたら、私が“今”、直接訊いて参ります――
「――!!それは……!!」
やめてください…!!自分で訊いてきますから……!!――私はパッと顔を上げると、縋るように先生にお願いしました。
「だって…だって……知らなかったのは私がちゃんと……」
いいえ、お嬢様――私の声を先生の一転穏やかな声音が遮りました。
――いいえ、これは双方の責任問題になるのですよ、お嬢様……?
もっとも……まだ早い、まだ早いと思いながら……事細かに教えて差し上げる機会を逸していた私にも責任の一端がございますが……――そう溜息混じりに仰いながら、先生は非情にも――中庭へと続くティー・ルームの扉のノブに手を掛けました――カチャリの鳴る無機質な音が、やけに大きく私には聴こえ――心臓の鼓動が一気に加速する感覚が、身体の隅々に電気のように走りました。
「……“今”、じゃないと……いけませんか……?」
自然、震えながら音となった私の声に、先生が頷かれる気配が――
「“お答え”の“内容”によって、今日の授業の中身も大きく変わって参ります。」
やはり…こうなったしまった以上、お嬢様には早め早めに身に着けて頂くべき知識でもありますし――そう言いながら先生は私の手をお取りになって私をゆっくりと立たせ――モーツァルトと共に、私を扉の方へといつもより少し強引に引っ張っていきました。
そしてソッと背中を押されることで、私をテラスへ……――お庭の向こう側から聴こえてくる、小鳥たちのお喋りも、ライオンさんの寝息も、そして“彼”の優しい気配も――いつもならすぐ其処の距離なのに、今日はやけに遠くに感じて、脚は竦み上がる一方で――
「……!!」
やがて――彼がゆっくりと頭を上げ、その視線を私の方へ――
いつもなら――笑顔で彼の元へと駆けていくのに――いつもなら――明るい声であなたの名前を呼べるのに……――
今日はまるで――綱の上を渡るような恐怖心と、を

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その日は仕事の打ち合わせだけだったので、午後のわりと早い時間に帰宅することができた――庭掃除をしていた眼鏡のメイドの律儀な挨拶に軽く応え、玄関で型通りに出迎えてきた生真面目そうなメイドにマドカの所在を尋ねると――“本日はティー・ルームで授業を受けておいでです”と、家庭教師の来訪の旨を付け足しながら目礼をしてきた。
それなら庭で待つ方が良いだろうと――ジャケットをメイドに任せた後、居間のテラスから外へ出ようと廊下を行くと――視線の向こうに見えるのは、ティー・ルームの扉の前に押し合いへし合い耳を押し付けあっている、金髪メイドとおかっぱメイドの姿。
先に俺の気配に気がついたのは金髪のメイドだった――彼女は慌てて扉から顔を離すと、急いで一礼をしながらの逃げるような立ち去りついでに、隣で未だ聞き耳に余念が無いおかっぱメイドの脇腹を小突いて行った――
「へ…?――!!あ、ぁ……士度様!?あ、あの……お帰りなさいませ…!!」
おかっぱのメイドは飛び上がりながらも慌しく一礼をすると――もう一度頭を下げてきた金髪のメイドに引きずられながら廊下の奥へと消えていく――
ホ、ホタイの授業で――ッ香楠さんっ!!痛い痛い痛いです〜〜!!――
何事かを口走ったおかっぱメイドの耳をこれでもかというくらい引っ張りながら、そしてもう一方は悲鳴を上げながら――二人はバタバタと騒がしく、しかしあっという間に見えなくなった――
「・・・・・・・・」
ホタイ……?――何だ……?――……“包帯”の巻き方でも習っているのか……?
多少の疑問を残しながらも、マドカが受けている授業への関心はすぐに失せた。
どちらにせよ――俺の頭なんかには及びもつかない、小難しい音楽の講義に加え、文学やら語学やらの講釈も並行して延々とやっているのだろう――とにかく、“先生”とやらがやってくると、休憩を挟みながらもマドカは半日、その女教師とティー・ルームに篭りきりだ。
そして授業の後、大抵マドカは少し疲れた顔をして俺のところまでやって来て――その日受けた授業の話をしてはくれるが、生憎その内容は自分には半分も理解できないことの方がやたら多い。
しかしマドカ自身は――
そのことを聞いたときは正直驚いた。
しかし彼女曰く、それらの事はつまりは――“好きだから”“必要だったから”――自然と自身に浸透してきたものであり、ようするに……
机の前に座って――じっとお話を聞いているのって、実は苦手なんです―――
音楽に語学に文学に……世界の歴史や文化や習慣――そういったものなら、私の日常と結びつけて想像できて……興味もありますし……でも……
数学とか物理とか生物化学とか政治や経済のお話しを聞くと……すぐに頭がパンクしちゃって……だから――
だから、こうやって士度さんの傍で、士度さんが教えてくれる動物や薬草のお話を聴いている時間の方がずっとずっと素敵な授業だわ……――
いつだったか――マドカは俺の横でお茶を淹れながら穏やかな貌でそんなことを言っていた。
私、盲学校に少し通った後は……家庭教師の先生についていただいたり……飛び級で音大やイタリアの音楽院に通っていたんです。だから普通の学校の授業で習うようなことを知らなかったりするので……まだまだお勉強が必要なんですって……――
そしてそうやって珍しく眉間に皺を寄せながら、溜息混じりに紅茶に口をつけていた……。
きっと
(“普通の”…学校の授業……か……)
――そんなもの、俺だって知らない。
里にいる頃は、まだ片手の年齢から教育係がいたのような気がする――長の傍にいることで、自ずと学ぶことは山ほどあったが、字の読み方、書き方、数の数え方から、下界の仕来り――そんなことは里の爺やや姐やが教えてくれたような気がする……黙って座って興味の無い話を聴いていることなんざ、女子供と一緒に機織を手伝えと言われるのと同じくらい嫌だった。だから何度かばっくれたことがあって――そしたら結局は誰かの――“長の子としての嗜みでございます”――の涙ながらの一言で、サボることも儘ならなくなったような……。
「…………」
もう遠い――昔の話だ。
里にいた十と数年の年月と――無限城で過ごした数年で―― 一人で生きる大抵の術は、やはり“自然に”身についたような気がする――“必要だったから”だ――あぁ、けれど……
心を掠めた望郷の念を振り切るように空を仰ぎながら庭の芝生に腰を下ろすと、小鳥達が今日のニュースを聴いてと我先へと飛んでくる――背中に声をかけてくるのは、ライオンの寝言だ―――視線の向こうに見えるティー・ルームの薄いカーテンに映るのは、二人の女の影。
……あの“先生”とやらは確か俺も苦手なタイプだったような―――
マドカはきっと夕飯前にならないと解放されない――それまでは小鳥やカラスや――散歩から帰ってきた猫達のお喋りでも聴いて過ごそう――
そんな俺の予想を飛び越えて、マドカが庭に出てきたのは空に橙が射し始めた頃だった――いつもの
そしてマドカは頬を朱に染めながら――今日の授業の宿題だと――先生が“今”聞いてらっしゃいと言ったと――俯きながら震える声で口にすると――
私……あの……分からなくて……答えられなくて……その……先生に……訊かれたんです……――
そんな、今度は聴こえるか聴こえないかの声で――やはり俺の想像を遥かに越える質問をぶつけてきた――
一瞬、絶句するような――
けれどそれは――考えるまでもなく、彼女を取り巻く環境の中では至極当然の疑問だろう――
避妊……していますかって……――
小さな小さな、消え入りそうな声でそう言うや否や――マドカはますます泣き出しそうにその身を縮こまらせて、その姿はまるで叱られるのを待つ子供の様だった――そんな彼女の心をさらに竦み上がらせるは、彼が答えるまでの刹那の沈黙。
しかしその静寂は――彼女の想像をいとも容易く裏切るような声音で、あっけなく幕を下ろした。
「――してる。」
そりゃそうだろう……――
最初は抑揚無く――続いてさも当たり前のように士度は次の句を発した。
一方マドカは――いとも簡単に受け入れられた質問に、そして彼からの思いがけずもあっさりとした回答に、驚きを隠さず顔を上げた。
「え……」
キョトンと眼を白黒させるマドカに聴こえたのは、今度は彼のばつが悪そうな声――
……いや……初めてだと…やっぱり分かんなかったかもな……ちゃんと言ってなくて悪かったな……。ほら、しとかねーとさ、もしもの時困るのは女の方だしよ……――
「……困る?」
チクリと――彼の言葉に刺されたのは女の本能。
……?あ〜……つまり、万が一だな……孕んだりしたら……――
士度のその言葉に、一瞬マドカの眼が切なそうに瞬いた――当の本人もそんな感情に気づいたのか気づかなかったのか定かではない程の刹那に――
……!!いや、つまり……ほら、お前だって……仕事の予定、二年先まで一杯だって言ってたろ?それもあるしよ……――
「――!!あ……そ、そうですよね……士度さんなら……ちゃんと考えてくださって……そんな、当たり前のことなのに……私……私……」
変なこと訊いてごめんなさい・・・・!!――
「・・・・!?おい、マドカ・・・・!」
彼女は貌をますます紅潮させながら慌てて立ち上がると、そのままモーツァルトを急かしてティー・ルームへと駆けて行ってしまった。
士度はまだ話は終わっていないと――彼女を追いかけようと腰を上げかけたが、視線の向こうで“先生”がコチラをジッと伺っているのが目に入り――そのままストン・・・・と元の位置に腰を下ろした――今彼女を引き止めるのは得策ではない――心のどこかでそんな警笛が鳴っていた。
それに――立ち去る間際の――気持ちををごまかすような彼女の声――きっと、どこかで傷ついていた。
それは過去に何度かあった――久し振りに味わう後味の悪さと自分の要領の悪さを責めるような自己嫌悪を士度にザラリと残した。
性に関する知識――そんなものは生殺与奪の戦場の只中に生まれた身――敵に騙されぬ為に、誑かされぬように――年端もいかぬ頃に既に当たり前のように叩き込まれていた。
女の美貌は――女の性は――その艶かしさ、その声音、その儚さ――それら全ては血で血を洗う刻においては如何なる刃よりも鋭く、如何なる謀よりも残酷な武器だ―― 一度その姦計に嵌れば、いかに屈強な男でも、聡い賢人ですら――恥と悔恨に塗れ、誇りを穢され死に至る―――これらを克服することは全て、生き抜く為に必要な知略の一つ。
そんな環境で生きてくれば――女を一瞥する眼が嫌でも冷めたものになる……。
無限城でもそうだった――成り行きで交わった捨て猫のような女達に対しても――己の遺伝子を残すような行為はしなかった。
“アンタの子だったら―― 何処か知らないところでさ、一人で生んでもいいかなって……”
そう思えるんだけどね……―― 夜明け前の冷たい空気の中―― 一人毛布に身を沈めながらそんな事を言った女はいったい誰だっただろうか――ただ、記憶に残るのは、どこか寂しそうな、けれど男の心を労わるようなその声音――
あぁ、このざらつきは――あの時の心の感触と良く似ている……――
士度は小さな溜息を吐きながら、ライオンの躯にその背を凭せ掛けた――軽く喉を鳴らす小さな文句が返ってくる。
しかも相手はマドカだ――その存在は自分の意識の中で確実に――他の誰にも感じたことがない特別なもの・・・・無邪気に己を慕い、何も知らないにも関わらず俺を信頼してその穢れ知らずの躰を……
「……!?―――ッ!!」
いきなり跳ね起きた士度に驚いたのは、枕にされたばかりのライオンと彼の周りで甘えていた小鳥たち。
――もしかしなくても俺は……マドカにとんでもなく……
卑怯なことをしちゃいねぇか……?―――
心が通い合っていることを楯にして――らしくなく何処かで浮かれちまっていて――スルことだけして、結果――今日、今にも泣き出しそうな顔を彼女にさせたのも、不安に押し潰されそうな声を引き出したのも――全部
「………畜生…」
再び――今度は脱力したままドカリとソファよろしく落ちてきた仲間に対して、ライオンは尻尾でピシャリと仕置きをする。
腕に当たった鞭のような痛みは、今更ながらに気づいた己の無様な男の性への、戒めと嫌悪感だ――守りたいと――大事にしたいと――そう躯の奥底から思いながらも、結局は本能に負け――無力な彼女を傷つけて……
――万が一だな……孕んだりしたら……――
そんな自分の言葉に、刹那曇ったマドカの貌は――女だけが持っている哀しみの色。
「……………」
女の心はどこまでも
そう、例えば交わるときも――たった数ミリの隔たりを施すだけで――現実的な安心感と、感情的な寂しさを――身体を、言葉にならない声を、そして熱を通して語りかけてくる――
女達のそんな言葉に気づいていながらも、それでも気づかない振りをするのは男の身勝手な逃避だろう――雄と雌の渇いた暗黙の会話の中で、ただ快楽の為だけに繋がろうとするのは人間という浅ましい生物だけだ。
――せめて、マドカには――そんな煩わしい感情を知って欲しくないと――そう思っていたはずなのに。
しかしそんな彼女もとうとう知ってしまった、入り口に立ってしまった――無垢な心から“女の感情”の
それを暴いたのは……紛れもない
そして彼女は――そうだ、初めて――心が虚無に引きずられずに、純粋に“欲しい”と思った相手。そもそも、遺伝子を残すとか残さないとか、そんなことは彼女に対しては今の今まで考えたこともなかった――ただ、不安にさせない為に、怖がらせないために――大切な存在だから――それに彼女は……
(まだ十七……いや、この間十八になったばかりか……)
彼女の齢の事を考えると、ますます頭を抱えて沈みたくなる――
相手は自分よりも四つも歳若く、まだどこか幼さを残しているようにすら感じる――今までの自分だったら考えられなかった――そんな年齢の女に、手を出すなんて。その心も躰も、少し力を入れてしまえば壊れてしまいそうなほどに華奢で儚い繊細な年頃だ。
――……もしかしたら、その心も移ろい易い年頃なのかもしれない。
――そうなると、
深くなった夕日の色に向かって溜息を吐く苦笑交じりの感情には、ツキリと痛む寂しさが士度の心を撫でていった。
とにかく
そんなことがどこか物哀しく曇り始めた心内でその身を擡げてきた丁度そのとき――傍らに放りだしてあった携帯電話が、その思考を遮るかのように着信を告げてきた――
良うございました――
身を焦がすような恥じらいと共に逃げるようにティー・ルームに戻ってきたマドカから“宿題”の答えを聞くなり、家庭教師は心底安心したような溜息と共に開口一番そう述べた。
山暮らしが長いお方とお聞きしておりましたが……今回の事で、その辺りの知識と堅実さはお持ち合わせとお見受け致しました。しかし、お嬢様……
――それから夕食の時間までたっぷりと……マドカは先生と1対1の性教育の授業に従事させられた。先生の最初の御高説は根本的に重要なことをマドカに説いていたのだが、それを心に留めつつも、まず彼女の耳に強く残ったのは――“恋人同士”や“結婚”という――乙女心を擽る言葉。自分と士度は既に――恋仲の間柄だという心が躍るような喜びと――仕事と避妊と堅実さと節度――そんな言葉は“結婚”という一つの愛の形からは遠いものだという現実が、マドカの心に今までに感じたことの無い複雑な感情を呼び起こした。
「……まずは避妊具の種類からですが――お嬢様!集中なさってくださいね……!!」
「――!!は、はい……!」
とにかく……士度さんばかりに負担をかけないよう、ちゃんと知識を身に着けなくちゃ――そしてやっぱり少し恥ずかしいけれど……今度、士度さんときちんとお話して……――
それでも、士度が選択した行為は――それも女性のことを、マドカのことを考えての賢明な結果だということを――マドカは思いがけず降って沸いた集中講義で知ることができた。
――彼に、大切に想われている――
そんな優しい感情に包まれながら、マドカは先生の話に耳を傾けた――自分の彼を恋い慕う想いがまた少し、確実に彼の元へと駆けていく足音を確かに聴きながら――マドカは先生の言葉の一つ一つを懸命に記憶の引き出しに納めていった。
「……二週間、ですか?」
お互いどこか気恥ずかしげな雰囲気を刹那漂わせながら合流したその日の夕食の席で――真向かいから飛んできた士度の言葉に、マドカは思わず眼を丸くした。明日の早朝から二週間、彼は仕事で屋敷を空けるという。
「で、でも……二週間後、私はイタリアに演奏旅行に……」
それも、まるまる二週間の間。
「………北海道の奥地に点在する小さな村に熊が出たっていってさ……今のところ農作物の被害だけで済んでるが、いつ人が襲われるか分らねーって……食い物無くて山下りてくる熊、かたっぱしから殺すのも身勝手な話だから、俺が行って他の山へ誘導するなり何なり策を練るって事に……急な話で、悪かったな……」
「いえ……そんな……お仕事、ですもの……」
そうは言いながらも、視線を落としてしまったマドカの貌は今にも泣き出しそうで――そんな気持ちをごまかすかの様に彼女はナイフとフォークを動かしているが、小さく切られたステーキは、いつまでたってもマドカの口に入ることはなかった。
「………………」
目の前でいつも以上にすっかり気落ちしてしまっているマドカに、士度はどう声を掛けたらいいのかまるで分からなかった――お互いの仕事のすれ違いで丸々一月合えない日々――そんな現実を悲しんでくれているマドカの気持ちは嬉しいが、その哀しみをどう癒してやったらいいのかなんて全く――しかも東京と北海道、イタリアと東京――途中おいそれ訪ねて行ける距離ではない……。
――カチャリ……不意にそんな音がしたかと思うと――マドカは完全に食器から手を離し、食事にほとんど手をつけないまま、食べるという行為をやめてしまった――そしてディナー・ルームと二人の間に漂うのは、気不味い沈黙。
「……………………………」
「………電話、かけるからよ……」
やっとのことで弾き出した距離を越える方法を、士度は躊躇いがちにボソリと口にした――少し潤み始めていた瞳と共に、マドカがパッと顔を上げた。
「――!!あ……や、山奥だからよ、仕事中は無理かもしれねーけれど……お前が日本離れる日には、きっと山から下りてこられるだろーからさ……」
「ほんとうですか……!」
急に咲いた明るい声に士度は驚きながらも、おう……――と小さく頷いた。
士度さんの方から、こんな風にお電話のお約束なんて…初めてで……――
――なんだかとっても嬉しいです……
マドカは零れかけていた涙を拭いながら、もう一度、柔らかな微笑を士度に向けた――
電話をする――ただそれだけの約束に、彼女はこんなにも喜んで……――
……ほら、飯……冷めるからさ……――
食えよ――
それなのに、そんな彼女に対してやっとのことで搾り出した言葉の無粋さに、士度は内心自分の舌を噛み切ってしまいたい程の羞恥に塗れたが、それでも「はい……!」と嬉しそうな声と共に再び食器に手を伸ばした彼女の純粋さに救われる。
こんなとき、不意に頭を過ぎる不安――言葉足らずで大して気が利くほうでもなければ学も無い――しかも仕事は裏家業で居候――こんな
執事が継ぎ足してきた御冷の流れる音が、士度の負の思考を中断させた――デザートは久し振りに温室で頂きませんか?――マドカのどこか弾む声に相槌を打ちながら、士度も再び不慣れな洋食器を動かした―――
確かなことは――自分はただ……どうしようもなく
それだけは揺るぎようのない真実だ――
その夜はいつも通り――マドカの寝室の前でおやすみを言った。温室で夜食を共にしたときに珍しく授業の話はでなかったが、士度もあえてそのことには触れなかった。
夜の挨拶をしながら彼女の額に唇を落としたとき――何かを告げたそうに小さく揺れたその丹花を攫い、心の何処かで想像がついているその言葉ごと飲み込みたい衝動に駆られたが――その夜は何とか持ち堪えた――あんな話が出たその日の夜に彼女を求めるのは、酷く即物的な感じがしたから。
翌朝――始発の汽車で発つ予定だったので、まだ使用人ですら誰も起きていない時刻に一人玄関の前で靴を履いていると――ネグリジェにカーディガンを羽織ったマドカが、まだ眠たそうなモーツァルトと共にゆっくりと階段を下りてきた。
お見送りです――そうはにかみながら、彼女は立ち上がった士度を見上げてきた。
……行ってくる――そう彼女に告げながらその黒髪に触れた刹那――唇を寄せてきたのはどちらからだっただろうか――
陽が射し込む前の薄暗いエントランスに響くのは――深く絡み合う
何度も角度を変え、吐息を分かち合い、お互いの熱を求め合う――情欲を伴った熱く切ない接吻。
彼女の薄いネグリジェの下の躰に篭り始めた熱を心地良く感じながら、士度は彼女の唇を啄ばみながらゆっくりと身を離した――
眼に映るのは――快楽の始まりに薄っすらと涙を浮かべ頬を染める彼女の姿。
「……ッ……士度、さん………狡い…です……」
一ヶ月も……会えないのに………――
上がる息の中、マドカは士度のジャケットにしがみつきながら声を震わせた。
「一月我慢するのは俺だって同じだ……」
あやすように、宥めるように、彼女の肩から背中を撫でながら抱きしめると、彼の腕の中に容易く納まってしまう彼女の細い躰が甘えるようにその身を預けてきた。同じ想いを分かち合えることができるこの喜びと、離れ離れになってしまう寂しさに押し潰されそうになる互いの心を支えるかのように。
「お電話……お待ちしています……」
「あぁ………」
じゃあな……――
彼は静かに微笑みながら彼女の涙を武骨な指で拭い、もう一度触れるだけの
扉の向こうから聴こえる、遠ざかる足音に再び涙を誘われながら――マドカはハットスタンドの横にあるスツールにフラリと腰を下ろした――靴を履いていたときに腰掛けていた彼の温もりがまだ残っているように感じたのは錯覚だろうか―――
「士度、さん………」
彼は帰ってくるのに……一ヶ月なんてきっとあっという間なのに……いつもなら、笑顔でお見送りができるのに……こんなにも淋しさに胸が締めつけられるのは――彼の愛に触れていたい自分がいるからだ。
「士度……さん……」
些細なことから――そして彼と共に過ごす日々の長さから――少しずつ、少しずつ、花開くように変わっていく愛しい想いを抱きしめるように、マドカはスツールの上で身を丸くした。椅子に、躰に残る彼の体温と存在の名残にその身を浸すように。
「開けて、触ってもいいわよ?」
翌日――先日受けた初めての授業のことをやはり誰かに相談したくて、マドカが白羽の矢を立てたのは既に茶飲み友達と化しているヘヴンだった。いつもの喫茶店でお話するのは気恥ずかしいからとまずは電話で相談すると、じゃあウチいらっしゃいvと、二つ返事で連れ込まれたのはヘヴンのマンション。
それでもマドカの相談に、ヘヴンは割りと真面目に応じてくれた。
やっぱり士度君は……そーゆーところキチンとしてそうだもの。マドカちゃん相手だと特にね――
そして、士度さんが使ってくださっていた避妊具というものが具体的にどんなものなのか先生の説明を聞いただけでは分らない……――そんなマドカの質問に、ヘヴンは四角い小さな袋を出してきて彼女の掌に置いてきた。
ヘヴンに手を添えられながらピッ……と袋を開けてみると……
「……ヌルヌルしてます。薄い……ゴムの……カバーみたいなものですか?」
そうそう!!――マドカの反応が新鮮なのだろうか、ヘヴンは声を弾ませながら“先生に習ったコトの復習をしましょv”とやはりどこか楽しげに使い方を教え始めた――
「あの……男の方って……コレをつけているとやっぱり気持ちが良いものなんでしょうか……?」
手についた潤滑油を気にしながら、マドカは不思議そうに首を傾げた。
「逆よ、
でも避妊なんて……失敗しましたじゃ取り返しがつかないから、自分のこと大事にしている子や、ちゃんと彼女のことを考えている男ならそこら辺の快楽なんざ妥協する思考があって然るべきなんだけどね……。着けてても感じるものは感じるらしいし――
マドカにウェット・ティッシュを渡しながら、ヘヴンは溜息混じりに続けた。
「それに最近の若い男なんて、外に出せばいいだのなんだの理屈つけて着けない輩も多いから、先生が士度君のことを感心したのもそこら辺からね……後は、女の子の努力次第……かな?」
マドカちゃんも言っていたように、ほら、基礎体温とかピルとかオギノ式とか――お茶でも飲みながら話すとしましょうか。淹れてくるわね……――
マドカは集中講義の内容を頭の中で反芻しながらヘヴンの言葉に頷いた――そしてヘヴンが出してきた小箱の中身を確認しながら考える――結局のところ今までは――士度さんに触れてもらうことが、抱きしめてもらうことが……まだ恥ずかしさは捨てきれないけれど、それでも嬉しくて……彼と一つになれることを単純に喜んでいて……――そう、それでも結局のところ今までは、
(まだ……ゴム一枚の壁があるのね……)
ほんの数ミリなのに……これは男性と女性にとっては色々な意味で厚い壁。
きっと優しさの欠片だったり、安全の為の保険だったり――人によっては拒絶の破片だったりするのだろう。
――ほら、しとかねーとさ、もしもの時困るのは女の方だしよ……――
不意に思い出されたのは、お庭での彼の言葉――
――お前だって……仕事の予定、二年先まで一杯だって言ってたろ?それもあるしよ……――
(……?士度さん……困るのは私って……それに
それなら彼は……彼自身の気持ちはどうなのだろう――?仮に“もしもの時”――士度さんは……
(困らない……のかしら……?)
ずっと……傍にいてくれるのかな……お嫁さんにしてくれる……?
でもきっと――今はまだ……“こんなこと”は訊くべきではないだろうと――頭の中で鳴る小さな警笛。
(きっと……士度さんもそう思ってくれたら……いつか……言ってくれるよね……)
一抹の期待と不安を押し込めるように、マドカはカタン……と手にした小箱をテーブルに倒した。
もう少し……私がちゃんと“大人に”なったら―――
はっきりと夢を見てもいいかな……士度さんとの……―――
「――それ、持っていく?」
ティー・セットをトレイに乗せていつの間にか目の前にやってきたヘヴンの一言に、マドカは我に還ると慌てて首を振った。
――あぁ、きっと士度君が持ってるもんね〜〜v
大きさ合うかどうか分らないしv――茶化すように続けたヘヴンの言葉に、マドカは不思議そうに瞬きをした。
「避妊具の大きさのことなんて……先生、何も……」
次の瞬間、ヘヴンの眼が輝いた――
――それから暫く、ヘヴンの性講座は続き……――ティー・ポットが4回目の役割を終えた頃、マドカは迎えの車を呼ぶために、やっと携帯電話を取り出すことができた。
「いやぁ、士度サンさ来てくれて、本当にえがったわ……」
北の大地の山奥の――今晩一夜を明かす山小屋の中で、士度は数人の猟師や村役場の面々と共に囲炉裏と酒と鍋を囲んでいた。
東京を離れてから既に二週間近く――夕餉の前に携帯の電源を入れてはみたが、いつも通りやはり圏外――明日、麓に下りるまで通話は無理らしい。
「山やら動物やら植物やら……その歳で何でも知ってなさるんだもんなぁ。若ぇのに大したもんだ。これで東京暮らしたぁ、もったいねぇ!」
向こうの村から引き続きついて来た猟師の言葉に、一同からドッと笑いが漏れる――少々困惑気味の士度に酒を注ぎながら、村の世話役の老人が至極真面目な顔をして話しかけてきた。
「士度サン、こっちさ越してこんかね?士度サン程のお人じゃったらここらでは仕事さいくらでもあるでな……熊共殺さんで済んだのも、ついでとはいえ山の地滑りの危険さ見つけてくださったのも、ここいらじゃホンにありがたいことじゃて……。越して来てくださったら、この爺共が嫁御の世話もするでな?」
「………!?」
急に飛躍した話に士度は口にしていた酒を咽かけたが、年寄り連中は「そりゃぁええ……!」「ウチの孫娘もめんこいぞ!」等々、酒の力も相俟って勝手に盛り上がってしまっている――しまいには「なんぞ東京さおらにゃいかん理由でもあるんかね?」――ときたものだ。
「……!!それは………」
魔里人の里の事や無限城で共に闘った仲間の事――それよりも何よりも先に士度の脳裏に鮮やかに映し出されたのは、自分の隣で優しく微笑む
「コレかね?」 「……!そうかぁ、それじゃあコチラにはこれんなぁ……」 「なになに、一緒になったら越してくればええ…!」
老人達の読みは早い――二の句が継げないでいた士度に一人の猟師が小指を立ててみせると、今度は残念がる声と共に酒の周りが早くなった。
「まぁ、都会が嫌になったらいつでもこっちさ来たらええ……」
世話役が士度の肩を叩きながら、空になった杯にもう一度酒を注いできた。
確かに――此処の空も大地も緑も――あのくすんだ街とは比べものにならない程穏やかに、自由に、空間を彩っている――しかし……
一人でこの地に根を下ろしても、いずれは此処もきっと灰色に感じることだろう――隣に彼女が、いないから。
山小屋の夜は賑やかに更けていく――心地良い喧騒の中、何故だか無性にマドカに会いたくなった。彼女の声が聞きたくなって―― 夜風にあたってくると云いながら一寸席を外し――静かな虫の声と連れて来た猟犬達の遠吠えの中でもう一度、携帯の電源を入れてはみたが――鈍く光るのはやはり“圏外”の文字。らしくなく携帯を空に掲げてみても、結果は変わらず――
「…………」
山頂に近いというのに、星が、見えない。
明日はきっと――空が泣く。
「音羽先生、後10分程で搭乗の予定です。」
「はい……」
空港のVIP専用ラウンジでマネージャーが告げた事務報告に、マドカは携帯電話を握り締めたまま暗い返事を返した。
ついに今まで――彼からの電話は無かった――予定が変わってしまったのかな………それとも、電話のことなんて忘れてしまうくらいに忙しく………士度さん、ご無事でいるのかしら……マネージャーに促されるままに立ち上がり、手にした携帯電話を名残惜しげにポシェットに仕舞おうとしたそのとき――軽やかに鳴ったのは待ち侘びた着信音。
「―――!!」
通話ボタンを押すと聴こえてきたのは――二週間振りの、彼の、静かな声――めったに掛けない電話だからか――最初はどこか少し照れくさそうで……
時間を気にするマネージャーに搭乗口まで背中を押されながらの、ほんの数分の会話だったけれど――それでもそれだけで二週間の寂しさが報われたような気がして――そして残りの二週間分の愛しさを伝えてくれたような気がして。
心に羽を生やしたまま、マドカは機上の人となった――飛行中、耳の奥でずっと響いていたのは――小さな機械を通して遥遥聴こえてきた彼の声。宝箱にまた一つ加わった彼の宝石を――マドカの心の眼はいつまでもいつまでも――その暖かさと音色を抱きしめるかのように――慈愛の篭った眼差しで飽く事無く眺めていた。
一月振りに彼女に会えるというその日にタイミング悪く新たな仕事が入ってしまい――日帰りとは言え、屋敷に戻って来れたのは日付変更線をだいぶオーバーしてからだった――マドカの帰宅も深夜になると聞いてはいたので、会えても夜の挨拶くらいになるだろうと踏んではいたが――まさか自分の方が遅く帰宅する羽目になるとは、思ってもみなかったことだ。明日の朝のマドカの機嫌の傾斜角度は最悪かもしれない……帰宅した矢先そんなことを思いながら彼女の部屋の前で刹那立ち止まると、きっと長旅の疲れを抱えながら眠ってしまったのだろう――案の定彼女の部屋から聞こえるのは夜の黙だけ。
士度は小さな溜息と共に自室を目指した――これからする事と言ったら一つ――熱いシャワーを浴びて、こちらもとっとと寝ることだ――
去り際にその扉の奥で鳴った小さな身動ぎの気配に気づかぬまま、士度は冷えた廊下を静か歩いていった――
――マドカ…?俺だ……――――元気か……?―――そうか……悪かったな……電話、遅くなっちまって……コッチは大雨で下山が遅れちまってよ……――――あ?あぁ、俺は相変わらずだ………もう乗るのか?………あぁ、気にするな………身体、大事にな……――
あれから二週間――ずっと耳に残っている彼の声を反芻しながら夢の中へ入りかけていると、不意に聴こえてきた懐かしい足音――扉の向こうで刹那立ち止まり、そしてまた奥へ――
朝食の時間まであとほんの数時間だけれど――会いたくて会いたくて……――
モーツァルトを起こさぬまま、マドカはそっとベッドから下りて廊下へ出て――それからゆっくりと壁を伝いながら、彼女は彼の人の部屋を目指した。
熱く煙る湯気の中でシャワーを浴びていると、バスルームの向こうでカチャリと扉の開く音が――士度は一瞬身構えたが、その瞬間聴こえた自分の名を呼ぶ遠慮がちな声に――最早苦笑するしかない。
今、行く………待っていろ――シャワーを止め、水気を払った後スゥエットのアンダーだけを素早く身に着け――髪を拭きながらバスルームを出ると――ベッドの上には枕を両手に抱えたままチョコンと座る彼女の姿が……
あ、あの……おかえりなさい………――
マドカが言葉を紡ぎ終える前に――士度もベッドへ腰を下ろした音と気配が微かに揺れるようにマドカに伝わってきた。
あぁ……ただいま……――
静かに紡がれる声と共に、彼の気配は音無くマドカに近くなる――彼の濡れた髪から流れた水滴がポツリとマドカの手に零れ堕ちただけで――吃驚するほど速く鳴り始めた自身の鼓動に、マドカは眩暈を誘われる――そしてそのまま耳朶に唇を寄せられ――急に近くなった彼の存在に、彼の匂いに――自然高鳴る胸を押し込めるかのように、彼女は抱えていた枕に力を込めた。そして彼の声は――彼女の肌に触れるか触れないかのところで紡がれる――
「マドカ……知ってるのか……?」
………?
微かな諌めの音を含みながら、次に何を云われるのかまるで見当のついていない様子でキョトンと士度の気配を伺ってきた彼女を視線の端に納めると、彼は少し困ったように続ける。
「こんな夜分に――女が男の寝床訪ねるなんざ……好きにしてくださいって云っているようなもんだ……ぜ?」
……!!
最後のフレーズに合わせるようにマドカの身体はフワリと浮き上がり――あっという間にベッドの上に転がされてしまった。
抱いていた枕はいつの間にか手を離れ、彼女の両手は耳元で彼の大きな掌に緩く拘束されている――
ったく、危ねぇな……――
どこか自嘲気味に呟きながら、彼の唇はゆっくりと降りてくる――
「知っています……私だって……」
その唇が触れるか触れないかの距離で――マドカの小さな、それでもはっきりとした声が士度の動作をピタリと止めた。
私だって……この一月でちゃんと習ったもの……その……――
急に言い澱みながら頬を染めたマドカから両手を離すと、士度は彼女を抱き起こし視線を合わすことで続きを促した――見つめられている気配に、彼女は恥ずかしげに目を伏せたが――それでも更に抱き寄せられることで震える声がポツリと呟く。
その……ひ、人の……雄しべと雌しべのコト……――
「………誰にだ?」
………!?
真っ赤になりながらやっとのことで発した小さな主張に返ってきたのは、一瞬の間と今宵一番はっきりした声音。
「あ、あの……先生とか……ヘヴンさんに……でも私まだきっと………」
知らないこと、沢山あるから――ッ……ァ……!!――彼から安堵の吐息が漏れた事にマドカは気づかぬまま――急に体位を入れ替えられ、背後からネグリジェ越しに柔らかに乳房に触れられ、首筋に朱い痕をつけられ――一ゾクリと駆け抜ける久し振りの快楽と一気に上昇する熱に――士度の逞しい腕の中でマドカはその痩躯を捩じらせた。
「………じゃあ、復習しねぇとな……」
「――!?やぁ……あっ……士度っ・・・さん・・・!」
気を取り直したようにどこか楽しげに言いながら布越しに重ねてくる彼の今宵の愛撫は酷く緩慢で――それでも焦らすように奥にあるマドカの肌に確実に熱を伝え――腰から大腿を撫でられる度に下肢に熱が篭り、直接触れられていないのに絹の上からでもはっきりとその形が分るほどに起ちあがってしまった胸の飾りをその武骨な指先からは想像ができない程優しく弄られ――彼の大きな手が躰中を這い、逞しい腕に絡めとられ――もう自分だけでは躰を支えていられないほどにこの身は煽られているのに、上がる吐息に戯れに触れてくる彼は彼女をじっくり味わうようにその頤を引き寄せ――悦楽に戦慄く彼女の柔らかな唇の端にくちづけを落としながら――彼女の聴覚が犯されるような声で囁いた――
マドカ……どうして欲しいんだ――?
「………ッ!!ぁっ……」
そして彼女の答えを待たずしてネグリジェの下から内側に悪戯に忍び込んでくる彼の掌――ビクリと思わず強張るように揺れる大腿を上へ上へと辿りながら、ほら……習ったことを教えてくれるんじゃないのか……?――彼は淫蕩な感覚から無意識に身を離そうと悶える彼女を自らの腕の中で押さえつけながら、今までになくそんな意地悪なことを訊いてきた―― 一月振りの触れ合いなのにいつになく焦らされ、まるで試されるように見つめられ――それでも募る想いは、この一月ずっと…ずっと…胸の奥で願い続けていた彼との新しい絆――
士度……さん……――
名前を呼ぶと、彼は背後からマドカの首筋に顔を埋めてきた――腰に回された手はしっかりと彼女を抱き、マドカはその手に縋るように自らの手を重ねながら彼の顔に頬を寄せた――
私……士度さんと……一つになりたい―――
――何にも邪魔されないで……本当に士度さんと……士度さんの全てを感じたい…の……――
マドカの――心を震蕩さえるような切なる声とその願いに――思わず瞠目した士度の心も――やがて絆されたように心の箍を緩めたようだった――
深夜の寝室で――無防備に自分の元を訪れた彼女を目の当たりにした瞬間――例え己の欲求を堪えてでも――雄の怖さを少し教えてやるべきだと思ってしまった。そうやって何も知らないマドカに少しずつ他の
「俺で……いいのか、マドカ――」
彼女を抱きしめる腕に力を篭めると、マドカはその身を全て彼に預け、甘えるように彼の首筋に頭を寄せてゆっくりと頷いた。
士度さんじゃなきゃ……嫌……――
そう呟いた彼女の唇に降りてきたのは、慈しみの篭った柔らかな接吻。
今宵ようやく重なった二人の心に心地良く身を寄せながら、やがて熱を帯び始めたくちづけに――マドカは小さく啼きながら恍惚と酔いしれていった。
「やぁっ・…やっ……ッ」
マドカの躰を器用に披いていった彼の指先はいつの間にか彼女を生まれたままの姿にしてしまい――辿り着いた彼女の花芯に彼の厚い指が触れると、すでにそこは喉を癒す泉のように潤っていた。早まる呼吸の中、欲に染まろうとする感覚を逃そうと無意識に躰を捩る彼女を彼は難なく押さえつけ、クプリとわざと音を立てながら彼女の敏感なところを探ると彼女の肢体は彼の腕の中で怯える小鳥のように愛らしく跳ねた。
「やっ……士度さんっ……ダメ……ッ」
どうして……私……こんなにすぐ………――
キスと躰に施された愛撫だけでいつも士度の手をぐっしょりと濡らしてしまうほどに変化してしまう自分の躰が浅ましいと、マドカは恥ずかしさとそれでも感じてしまう余りある淫靡な感覚に既に涙目だった――
「嫌、か――?マドカの躰が俺を受け入れてくれる準備をしてるんだろ……俺は寧ろ―――」
嬉しいけどな……――
ポロリと零れた彼からの珍しい本音に、涙を溜めていたマドカの瞳が大きく見開かれた。それでも彼女は小さく、申し訳なさそうに言葉を続ける――
「でも……いつも私ばかり……その……」
気持ち良くて……――
すると帰ってきたのは、彼からの驚きの気配――そして困ったように呟かれたのは――
俺だってちゃんと……反応してるさ……――
そんな彼の一言。それでもマドカはどこか不思議そうに、少し不安を抱いた表情で士度を見上げてきた。
「………触ってみるか?」
「……!!いいんですか…?」
自分としては躊躇いがちに訊いてみたのだが――やはり遠慮はしながらも好奇心を隠せないでいる彼女のまだどこかあどけない姿に苦笑しながらも――彼はマドカの手をとると、既に十分な質量を持っている自らの象徴にゆっくりと導いていった――
「……!!」
触れるなり、マドカの細く柔らかな指が一瞬強張ったが――それでもマドカは両手でゆっくりと確かめるように――初めて触れる彼の楔に指を這わした――
硬くて……熱くて……重くて……それに……
――大きいわ……
初めて触れた彼の躯の部位に驚きを隠せぬまま、不意にマドカの頭を過ぎった不安――そして……
「………ッ――マドカ……お前、何やってんだ……」
唐突に――まるで人形を可愛がるように優しく、その手の中にあるものを撫で始めたマドカに、士度の耐えるような呆れたような声が降ってきた。
「あの……男の方のは……興奮すると大きくなるって聞きましたので……こうやったら落ち着いて……小さくなってくれるかなって……」
だって……こんなに大きなの……私の中には無理……あら……?――
「今、動いて………キャッ……!!」
「それじゃ逆効果だろうが……!!」
手の中でドクリと跳ねた士度の象徴の変化に驚いたマドカが思わず手を離した途端、彼女は士度によってあっという間にベッドに沈められてしまった――
「――!!………アッ……ふっ……士度さ……ダメ……そこ……」
溢れちゃ……ぅ……ッ――
そして脚を押さえつけられ、何の前触れも無く彼女の花芯に熱く侵入してきたのは――生き物のように蠢く彼の舌先。
こうやって――自分でさえも見たことがない躰の中心を曝け出して――淫靡な行為に身を任せ――そんな彼からの行為に全身を染め堪えきれない嬌声を漏らす自分を見つめる士度の視線に、その気配に――そして施される眩暈を誘うような湛い愛撫に思考は奪われ――やがて導かれるのは全身の神経を犯す刹那の白い世界―――
―――ッ……ア……ッ……
押し寄せた波に震える彼女の鎖骨をそのまま食み、首筋に所有の印を刻み付けてきた彼の腕の中で――その怒張を目の当たりにしたばかりのマドカの躰が怯えるように震えた。
「……大丈夫だ。いつもちゃんとココに……受け入れてくれてるじゃねぇか……」
「――ッ!……あっ……士度っ……さっ……ッ……」
一度果て、敏感になった蜜壷を中指と人差し指で抉じ開けられ掻き回され、秘芽を親指で乱暴な程に愛撫されれば――耳を塞ぎたくなるような愛液の滴る音と下肢から湧き上がる甘い疼きにマドカは漏れそうになる声を堪えながら彼の腕に縋るしか術はない――
そんな濃厚な愛撫の中で――彼女の耳朶に囁いてきたのは、彼の焦がれるように渇いた声――
「……いいか、マドカ……」
腰に回された彼の片手にそっと手を寄せ、首を巡らせ背後にいる彼と唇を重ねることで想いの丈を伝えると――足りないものを求めるようにひくりと揺れている濡れた花孔に、猛り荒ぶる彼の自身が押し当てられた。
「あっ……………ッ!」
繋がることは初めではないのに――その隔たりのない交わりがマドカの
直接人肌が躰の中に滲入する感触に――逃れられぬ腕の中で怯える小動物のように刹那ビクリと強張る様も、細胞に直接伝わる煖さと雄々しく加わる質量にその美しい姿態が艶かしく揺らめき、初々しく戸惑う様も――視覚に映る彼女の全てが――自身を包み込んでくる彼女の温もりが――自然士度に熱い吐息をもたらした。
――痛くねぇか……?
熔けてしまいそうな深く重い快楽の中で、互いに淫蕩に弾む吐息の中で――彼の――いつもと違う熱の篭った労わりの声は、マドカの心を柔らかく締めつけた。
はい……気持ちイイ…です……嬉しい……っ―――
一つになれた――やっと……本当に――そして同じ想いをその全身で確かに分かち合っている酔いしれるような感覚に、内側から伝わる彼の愛しさに胸が一杯になって――自然浮かんだ彼女の至福の微笑みに――彼は誘われるようにその唇に甘い疼きを施した。
あぁ……俺もだ……――
そんな一言にさえ、繋がる部分から柔く歓びを伝えてくる彼女の温もりに掴まり、墜とされそうになる自分何とか遣り過ごしながら身を動かすと――いつもよりずっと素直に、可憐に啼きながら縋ってくる彼女の姿。交じり合う音に頬を染め、互いを伝う汗にすら感じ入り、淫佚の刻を重なり合う想いと共に共有できる悦びは二人の感情を、熱を、鼓動を――篭る甜い空気の中で徐々に迅めていった。
――やがて彼の荒々しい楔に施された下肢の中心から躰中へ駆け抜ける痺れるような感覚に導かれ――マドカは今までに感じたことのない突き抜けるような浮遊感と――壊れんばかりに抱きしめられながら内側から感じた恍惚とした熱い迸りに全てを奪われた。
朦朧とした意識の中で感じたのは――躰を支えてくれる彼の漢らしい手の感触と、優しく頬を包み――精一杯の慈しみを伝えてくる額への柔らかなキス。
――やがてゆっくりと戻ってくる意識よりも先に感じたのは――暖かく溶けあい繋がる子宮の近く――そしてドクリと再び脈打つ彼自身――そんな貪欲さに士度は“お前が煽るんだ…”と珍しく本気なのか冗談なのか分らない口調でマドカに微笑をもたらした。
そして彼女をゆっくりと横たえながらその耳朶に囁く――
何度聴いても、彼女の心を揺り動かす大好きなその
――もう一度……いいか……?
新しい絆の中でもっと満たされたい――重なる擽ったい想いにマドカは美しく微笑むと、彼の手をとり、濡れた丹花を甘えるように彼の唇に近づけた。
やがて纏わりついてくる朝の空気も――
冷めない熱の中で目覚めの刻を迎える二人を、今日ばかりは避けて通ることでしょう――
――昇る太陽に叱られるまで
今日はずっと、あなたに満たされていたいから……――
Fin.
愛を確かめ合うもう一つのステップ・・・…互いを想うなら、恥ずかしさよりも行動を、無言よりも共有を。
二回目の――初夜でした☆
もっともっと書きたいシーンもあったのですが、無限の長さに別話でチャレンジすることに(笑)
このお話を熱烈希望してくれた黒ラムさんに愛を込めて・・・!!