彼女の、普段は雪のように白い柔肌を
ほんのりと桃色に染め上げる葡萄酒の香りは
まるで目の前にいる者を誘うように――
淡い灯の中で、どこか無邪気に踊っている。
けれど本来――この類の嗜好品は
文字通り
嗜む程度が丁度良いのだ。
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「――ッ!!失礼致しました・・・・!」
刻が日付変更線を越えた頃――
仕事を終え、音羽邸に戻った士度が玄関のノブに手をかけようとしたまさにそのとき、
外開きの扉が勢いよく開き、士度は自然一歩下がることで、重い木の塊と、飛び出してきた執事と衝突することを難なく避けた。
「いや・・・・どうしたんだ、こんな夜更けに・・・・」
チャリ・・・・と小さく鳴った執事の手元で、リムジンの金色のキーがエントランスランプの明かりを暖かく反射していた。
「それが士度様・・・・お嬢様が・・・・」
「・・・・?マドカがどうした・・・・?」
士度の、いつもよりどこか疲れた表情の下に、憂慮の貌が浮かび上がる――
数分後――士度はそのままリムジンの後部座席にいた。
バックミラーでチラリと確認した居候殿の様子は、やはり少々疲憊気味のようだ。
それでも・・・流れていくネオンに照らされながら静かに車窓を見つめる貌には、想い人を憂える眼差しが。
そして執事は久し振りに――
黄信号を無視しながら、アクセルを深く踏み込んだ。
「……」
「馬鹿だろ、お前ら……」
<マドカちゃんが酔っ払っちゃって動けないから迎えにきて!>
そんな電話をヘヴンが音羽邸にかけてきたのが、つい先ほど。
仕事が終わるか終わらないかの時間帯にいた士度の携帯を鳴らさなかった事は、褒めてやりたいところだが……
電話を受けて青くなった執事や、帰るなりの一報に心配を隠さなかった士度の目の前にいるのは…
「ほらほらね!?飛んできたでしょ!?マドカちゃんがピンチだと必ず誰かが……」
――無条件でやってくるのよ〜vv――おもにこの人!!
中身が半分ほどになったワイングラスを、士度の肩にしな垂れかかってきたヘヴンが高々と掲げると、あちらこちらから冷やかしの口笛や羨望の黄色い声が木霊してくる――
都内の一等地の地下にある小洒落たワインバーの入り口で、目の前に広がる醜態に頭痛を覚えた二人の男に注目しているのは、酔いに酔った――
粒揃いの女たち――おそらくマドカの同僚の音楽家と、ヘヴンの飲み仲間といったところだろう。
ヘヴンにピンチだと言われた当のマドカは――奥のソファで頬を桃色に染めながら、気持ち良さそうにグッスリと夢の中。
――いい男ね…
――お名前は?
――歳はいくつ?
――マドカとはいつから?――士度が歩を彼女に向けた途端、ピラニアのように寄ってきた女たちは、
どれもこれも容姿も身のこなしも服装から装飾品に至るまで一級品なのだが――如何せん酔っ払いなのがいただけない。
シラフの者なんざいないんじゃないか――士度のこめかみがヒクつくほどに、とにかくどいつもこいつも顔を紅くしたり青くしたりしながら目はトロンと心地良さそうに下がり、
突然現れた目の前の屈強な男にやたらと触りたがる。
「・・・・・・」
士度は無言で歩を進めることで、群がる女どもの鮮やかなマニキュアに彩られた手から逃れながら――
真っ直ぐにマドカのもとへと向かった。
「おい、マドカ・・・・・起きろ・・・・」
――帰るぞ・・・・・――
邪魔が入りながらもやっとのことでソファの前に辿り着いた士度が、
彼女の頬をペチペチと軽く叩くことで彼女に覚醒を促しただけで背後から――
――初々しいわね・・・――
――可愛いわv――
――私も叩かれてみたいわぁ・・・・!――
酒にまみれた雌猫達がクスクスと戯れ言に酔う気配が士度をさらにウンザリさせる。
バーの入り口近くでは、ヘヴンや他の女共に言い寄られ、揄われている執事の困惑の声が控えめに響いていた。
一方夢から引き摺り出された姫君は――最初は無意識に士度の手を払い除け、再びクッションにその小顔を沈めてしまったが、
士度に手を引かれたことで――その大きな濡れ羽色の瞳をまだ眠たそうに擦りながら――促されるままに、しかし不満気な表情を隠さぬままに立ち上がる。
「・・・・ッと、大丈夫か、お前・・・・?」
フラリと揺れた彼女の肩を支えると、起こされたことがよっぽど気に入らなかったのか――
「大・・・じょうぶ・・・です・・・!」
――と、肩を捩じらすことで士度の手を払い、彼女はすかさず愛犬の名前を呼んだ。
<・・・・マドカ・・・サケ・・・クサイヨ・・・・>
女達の香水の匂いと徐々に強くなっていったアルコールの匂いから逃れるように四足テーブルの下に避難していたモーツァルトが
ご主人に呼ばれて渋々と顔を出してきた。そして士度の登場が遅かったことを責めるかのように、上目で彼を睨み付ける。
士度は苦笑交じりに――モーツァルトの頭をワシワシと少し乱暴に撫でることで、彼の労を労った。
「もーつぁると、帰り・・・・ますよ〜・・・・早くしないと・・・士度、さん・・・・帰ってきちゃう・・・・・・」
「「・・・・・・・・」」
――じゃあここにいる俺はいったい誰なんだ・・・・――
士度は、やはり戸惑うように彼を見上げてきた盲導犬と無言で目を合わせた。
いくらワインが好きな彼女でも、目が見えないせいか、相手を認識できなくなるほど無茶に呑むということは無意識にせよ避けていて、いつもなら巧くセーブしているのだが・・・・・
慣れた仕事仲間や仲介屋が一緒だったことが彼女を安心させたのだろうか、目の前で愛犬を抱きしめているマドカは背後にいる士度の存在を全く感知しないほど、
たっぷりと赤と白のアルコールに身を浸しているらしい。
「・・・・・・・・」
やがてモーツァルトに出口に向かうように指示を出し、フラリフラリと歩き出した彼女の足元に注意を払いながら、
士度は黙ってマドカの後ろに続いた。
彼女が無事に、屋敷に帰ることができればそれで良し――こんな酔い方なんぞ、可愛いものだ。
きっと明日にはいつもの
「なんだよ、
「・・・・“私に飲酒運転をさせる気!?”・・・と言われてしまえばそれまでで・・・・」
――先に行って車を回してきます――
そう沈んだ声を出しながら士度に軽く一礼をして階段を登っていった執事の腕には、
――もっとゆっくり歩きなさいよぉ・・・!――とどこか呂律が回らない仲介屋がベッタリと張り付いている――
腕に押し付けられた彼女の大き過ぎる胸に困惑しているのだろうか、もう少し離れて下さい・・・・!――という悲鳴に近い声がやがて階段の上の方から聴こえてきたので、
士度は夜間残業+αの憂き目に合った執事に同情の念を禁じ得なかった。
モーツァルトが階段の位置をマドカに伝える為に一度、慎重に立ち止まる――マドカはバーの中から聴こえてくる別れを惜しむ仲間たちの黄色やら桃色やらの声音に
ヒラヒラと手を振り、鈴の音のような声を出しながらニコニコと律儀に応えていた。
そんな彼女の幼い姿にもう一度溜息を吐きながら――続いて完全にバーの外へ出てしまおうと士度が扉から手を離しかけた、その時――
「あのぉ・・・・お客様・・・・・」
バーのマスターらしき男が、寸でのところで士度を捕まえた。
なんだ・・・?――思ってもみなかったところで声をかけられた士度が片眉を上げたとき、目に映ったのは男が手にしているトレイ・・・・
――に鎮座している勘定書き。
「・・・・・・・・・・・・」
「あの・・・・今夜の分を・・・・どなたかに支払って頂かなくてはなりませんので・・・・」
マスターは士度を申し訳なさそうに見上げると、今度はその視線をチラリと店内に泳がせた。
「・・・・・・・・・・・そうだな・・・・」
士度も男の視線の先にザッと目を走らせ――溜息混じりにそう呟くと、納得したようにその手をジーンズのポケットへと伸ばした。
マスターの顔が心底安心したかのように上品に緩む。
店内の酔いどれ女どもの中にはもうきっと――今夜中にまともに財布を開ける人間なんざいやしないだろう――
それはこの場にいる男達の憂鬱を飛び越えて木霊する、恐いもの知らずな女達の高く弾んだ――どこか調子外れハーモニーが何よりも雄弁に語っている――
そして士度は――マネークリップに手をかけながら目を走らせた勘定の額面を確認するや否や――思わず眉間に皺を寄せた。
六桁の数字が、優雅に士度に微笑みかけている――
いくらモノの値段に疎い士度でも、この数字の並びが両手で足りる数程しかいない女どもの一回の食事の額にしては常軌を逸していることくらい、瞬時に弾き出すことができた。
「・・・・・何を食ったら、こんな値段になるんだ・・・・?」
そんなことを言いながらも彼は支払いの為に札束を数え―― 一度止まって、もう一度。
「はい、フレンチのディナーフルコースをご注文頂き、特に今宵はワインをご賞味されるのが目的でお集まりになったと伺っております。中でもエマニエル・ルジェからは00年産のヴォーヌ・ロマネ・クロ・パラントゥの赤、そしてシャトーラフィット・ロートシルトの03年、さらにはChディケムの99年物は当店自慢の最高級ワインでございまして・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
勘定書き通り支払うには
一枚、足りない――・・・・ような気がする。
目の前の店員の至極丁寧な説明は、途中から士度の耳を素通りしていた――
彼はジーンズのポケットをもう一度あるだけ探し、ジャケットのサイドポケット、胸ポケット、そして――内ポケットから適当に折り畳まれた諭吉をようやく一枚探し出し――
トレイに詰まれている札束の上にそのままポンッと置いた。
店員は士度の目の前でゆっくりと札束を数えると――ただいまお釣りをお持ち致します――そう言いながら満面の笑顔で店の奥へと戻って行ったのだが、
丁度そのときマドカと共に階段を登りきったモーツァルトが士度を呼ぶ声がしたので――
彼は店員が戻ってくるのを待たぬまま――挟むものが無くなったマネークリップを再びポケットに仕舞うと、妙に疲れが増したように感じる体躯の向きを変え、
そのまま階段を駆け上った。
リムジンの後部座席に乗り込むと同時に士度の目に飛び込んできたのは――運転手側の座席を一杯に使って高いびきの仲介屋の姿と、
反対側の座席でモーツァルトを枕にしてすやすやと眠るお嬢様のお姿。
鼻を鳴らしたモーツァルトの希望通り、士度は彼のポジションを代わってやる――急に近くに寄ってきた“彼”の香りに、マドカはようやくその存在を認識したようだ。
「シド・・・さん・・・?」
いつ・・・来たんですか・・・・?――
マドカはまだ眠たげな目をパチパチさせながら確かめるように士度のシャツやジャケットに触れ、そして彼を見上げてきた――
起きたり眠ったり・・・・忙しいことだ――
家に着くまで寝ていろ――
士度が半ば呆れ顔で彼女の髪を戯れに弄りながらそんなことを言うと、マドカはトロンとした瞳で少し考える素振りをみせている――
いつの間にか動き出していたリムジンの運転席の方からは――ひとまずヘヴン様をご自宅までお送りします――という執事の、やはりどこか疲れた声が聞こえてくる。
執事に問われるがまま、士度がそのままはた迷惑な仲介屋の自宅マンションへの路順を説明していると――
自分から注意を逸らされたことが気に入らなかったのか、マドカが彼の気を引くようにクィッとシャツの裾を引いてきて――
どこか浮ついた声のまま、甘えるように言葉を紡いだ。
「士度、さん・・・・・・チュウ。」
「・・・・・・・・・・鼠がどうかしたのか。」
酔っ払い娘の戯言の意味を刹那真剣に考えてしまった士度はたっぷりと間を置いた上で――至極真面目にそう応えた。
運転席で笑いを噛み殺す微かな気配、目の前の仲介屋は相変わらず高いびき、マドカは不満そうにもう一度――「チュウ・・・・・」と言いながら身を寄せてくる有様で。
――最近の娘は酔えば鼠の真似事をしてくるのか・・・・・?――
そんなことを考えながら――擦り寄ってくるマドカにどう対処して良いのか困惑を隠せない士度に
「“キス”のことでございます、士度様・・・・・」
少々上擦った声で執事が助け舟を出してきた。
すると居候殿の態度が一瞬硬化し――
「マドカ・・・・人前だ、やめろ。」
そう言いながら彼は彼女をリムジンの座席に押し戻してしまった――
「え・・・・・・」
士度の固い言葉に気圧され――マドカの不満げな、悲しそうな声がリムジン内に響いた――
すると間髪入れずに降りてきた――運転手席側と後部座席の空間を仕切る電動パーテーション。
(こんなところでまで甘やかさなくていいんだ・・・・)
士度は執事の、自分達に対する奉公振りに眩暈を覚えた―― 一方で目の前の座席で寝そべっていた仲介屋はいつの間にやら目を覚ましていて――
「私・・・・後ろ向いててあげるから・・・ご・ゆっ・く・り〜」
まだ酒が残る瞳でウィンクをすると、笑いで肩を震わせながらも律儀にも士度とマドカに身体ごと背を向けた。
当のマドカはリムジン備え付けのクッションを抱きしめながら半泣き状態。
モーツァルトは始まった痴話喧嘩に座席下で知らぬ存ぜぬを決め込んでいる――
「・・・・・マドカ・・・・・・」
「・・・・チュウぐらい・・・・・してくれたって・・・・・・・」
士度さんの・・・・・・バカ・・・・・
化粧が落ちることも頓着せぬまま、マドカは濡れた瞳をクッションに押し付けながらすっかり顔を伏せてしまった。
あぁ、悪酔いをしているな・・・・・アレは本格的に泣き出す一歩手前の表情だ――
どうしようもなく疲れてしまった身と心を彼女の傍に寄せながら――これ以上考える事を士度はすっかり放棄した。
ちょっと相手をしてやれば満足するだろう――お姫様の仰せのままに。
――それから・・・・・仲介屋の自宅マンションに到着するまで、リムジンの中は水を打ったように静かなままで。
執事がヘヴンを降ろす為にリムジンの扉を開けたときにはすでに――マドカは士度の膝の上で、彼の胸元に満ち足りた表情で頬を寄せながら、ウトウトと惰眠を貪っていた。
もっとちゃんと相手してあげないとぉ〜〜・・・・・ちょっとぉ・・・!分ったわよ、行くから・・・・ほら、アンタ、きっちりエスコート・・・・――
去り際まで士度を揄っていたヘヴンは、執事に半ば引き摺られるようにマンションの自室まで強制連行もといお見送りをされ、
士度の仕事の報告のことなど案の定すっかりさっぱり忘れているようだった――
暫くして戻ってきた執事の頬や白いワイシャツには、何をされたのか複数の口紅の痕が。
そして思わず重なった二人の男の溜息の後――リムジンは静かに音羽邸へと戻って行った。
音羽邸に戻ってから士度はマドカをメイドに任せ――自分はさっさと自室へと引っ込んだ。
階段を上っているとき、背後から――
「どさくさに紛れて何をしてきたんでしょうね・・・・」「不潔ですぅ・・・・」「もっとガードの固い方だと思ってました・・・」
「いいじゃありませんか、きっとおもてになるんですよ・・・・・」
――執事の顔やシャツを彩る口紅の痕跡を非難するメイド達の声と、必死に言い訳をする当人の声が聴こえたりもしたが、生憎士度にはフォローをしてやる力も残っていなかった――
士度は自室の扉を閉めるや否や、真っ直ぐシャワールームに直行し――
熱いシャワーをカラスの行水の如く浴びると――適当に着替えを済ませ、仕事と深夜のお迎えですっかり疲弊した身体を休めるべく、早々にベッドの住人となった。
トントントン・・・・・・・・
しど・・・・さーん〜・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・」
コンコンコン・・・・・・・・・・
士〜度〜さ――ん・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・」
ドンドンドン・・・・!!
士度さ〜〜・・・・・・
「・・・・・・マドカ・・・・・・・お前、何やって・・・・・・ッ!!」
士度が床についてから数十分後――
眠りから叩き出された彼が小さな怒りと共に急に開けた扉に驚いて、マドカはキャアッ・・・!!と小さく悲鳴を上げながら自分が着ているネグリジェに躓き――
そして手にしていたグラスの中身を士度の上半身目掛けて派手に零した。
濃厚なワインの香りが、一瞬にして士度の逞しい体躯を包み込む。
「あ・・・・・かかっちゃいましたか・・・・・?」
そう言いながら、ワイングラスの中身を確かめるようにマドカはグラスの重さを量る素振りを見せている――その貌は何故かバーにいたときと負けず劣らず桃色で。
「・・・・・!?マドカ、お前、もしかして帰ってからも・・・・・」
また飲んだのか!?――
士度は言葉の後半を紡ぎ出す前に――廊下の、マドカの足元に置かれた中身が半分ほどになったワインボトルに気がつき思わず頭を垂れた。
メイドが風呂に入れると言っていたから・・・・そこで酔いも醒め、彼女も気持ちよく眠れることだろうと思っていたのに――また別の意味で気持ちよくなってしまっているようだ。
「士度さんから、ワインの香りがします・・・・・」
美味しそう・・・・・・
気がつけば彼女はワイン塗れの彼の身体に触れようとその細い手を伸ばし――
士度は寸でのところで彼女の手を掴み、背中を押すことでベッドまで連れて行くと――
「・・・・ここで待ってろ」
そう言いながら彼女をベッドへ座らせ――自分は再び真っ直ぐに、シャワールームへと直行した。
――で、お風呂の・・・中で・・・・メイドさんが・・・・・
――“お嬢様があまりにも酔ってらっしゃるので、士度様呆れてらっしゃいましたよ・・・”って・・・・・
――だから私・・・・・ごめんなさいをしようと思って・・・・・・・・
――そういえば、お部屋の、クーラーボックスに・・・・この前開けたばかりのワインのこと、思い出して・・・・・・・
――・・・・で、まだちゃんと美味しいかなって・・・・・味見しようと思ったら・・・・・・・・・
――気がついたら、半分無くなって・・・・・・士度、さん・・・・・このお部屋、暑いです・・・・・・・・・・
「・・・・・後で空調入れてやるから、待ってろ・・・・・」
マドカがベッドの上でゴロゴロと転がりながらシャワールームに向かって舌足らずにも言い訳を述べている間、士度は一人――
なかなか落ちてくれないワインの香りから解放されようと、躍起になってシャボン塗れになっていた。
「暑い・・・・・わ・・・・・・・」
そんな士度の苦労など露知らず、マドカは身に着けているコットンフリルの真っ白なネグリジェを煩わしそうにつまみ上げる――
そして気怠るそうに伸びをして、身に纏わりつく、初夏が近い夜の熱気をやり過ごそうとしたそのとき――マドカの手が、ベッドサイドチェストの上にある物に触れ、
彼女は興味をそそられたように、ゆっくりとその身を起こした。
シャワーを浴び続けること30分――やっと湯気の香りからも葡萄の匂いが感じられなくなったが、身体はすっかり火照ってしまい――
残念なことに眠気なんぞ何処かへすっ飛んでしまった。
(明日は・・・・ちょっとは叱ってやらねぇと・・・・・)
別にワインが好きな事も、飲むことも咎めるつもりはないが・・・・・ようは嗜む程度にしろということだ。
そんな事を考えながら、士度はクーラーボックスに入っているミネラルウォーターを取り出すと、ボトルに口をつけながら浴室から外へ出た。
「あ・・・・士度、さん・・・!私もお水・・・・・・・」
「―――!!?」
飲みたいです・・・・!!――そう言いながらベッドの上で躰を伸ばしてきたマドカの格好を目の当たりにして、士度はもう少しで水を噴き出すところだった――
彼女は着ていたネグリジェを綺麗さっぱり脱ぎ捨て――身に着けているのは、メイドがサイドチェストの上に丁寧に畳んで置いておいた、
士度が仕事のときに使う洗い立ての開襟シャツと・・・・ランジェリー一枚のみ。
しかも袖はもちろん、前ボタンも全開ときているので――水の匂いに導かれて猫が戯れつくように手を上に伸ばしている彼女の胸からヘソから脚線美――何から何まで丸見えだ。
「マドカ・・・・・・ボタンくらい留めろ・・・・!!」
半ば彼女の躰に乗り上げるようにしながら、士度はシャツの襟元のボタンに手を伸ばした。
「――!!嫌ぁ・・・・・!!だって暑いんだもの・・・・・!!」
頚元を窮屈に締められる苦しさも相俟ってか、マドカは士度の体躯の下で暴れ、士度が留めたボタンを上から片っ端に外していく。
「おい・・・・お前・・・・・・・・・」
心底呆れたような溜息を吐く士度の口元へ、マドカは甘えるように小首を傾げながら両の腕を伸ばしてきた。
窓から差し込む仄かな月明かりだけが、ベッドの上の二人を照らしているはずなのに――
酔姫の白桃色の肌の色も、柔く輝く瞳の色も、芳しい葡萄酒の香りまでもが色となってやけにはっきりと士度の視覚を彩り、
目の前にいる雄を誘うかのように艶かしく揺れている。
――チュウ、しましょ・・・・・?――
(・・・・・・・・この癖も、危ねぇな・・・・・・・)
甘く輝く唇を素直に寄せてくるマドカを抱き起こしながら、士度はボンヤリとそんなことを思った――
そう言えば以前にも――行きつけの喫茶店で洋酒入りのケーキをしこたま食べて・・・・・誰彼構わず抱きついていたっけ・・・・・・
そんな士度の憂慮も知らず、マドカの衒う二つの花弁は、誘うように士度の口元を啄ばみ始めた。
酔っ払いを抱く趣味はないのだが――今、この唇の言うことを聞いてしまうと、確実に自分は――
シャツの下から見え隠れする程よい大きさの乳房や、柔くスラリと伸びる真っ白な脚、そして艶かしく揺れる背や細い腰に――身を浸してみたくなるわけで・・・・・・
「士度・・・・さん・・・・・・?」
――怒って・・・・ますか・・・・・?――
考え事でもするかのようにまるで反応がない士度に不安を覚えたのか、マドカは心配そうに秀眉を寄せながら――
ワインが掛かっていた彼の腹筋の辺りにそっと手を寄せた――
ドクリ――と、何処か貪欲に脈打つ、自分の躯。
「いや・・・・・怒っちゃいねぇよ・・・・・」
士度は武骨な指をそっと彼女の不安げな貌に伸ばし――
――呆れては、いるがな・・・・・・――
そんな言葉を飲み込むかのように、彼女の唇を深く、深く貪りながら――
手の中の痩躯を、ベッドへ縫い付けるように沈めていった。
そう、呆れもするさ――
彼女の、こんなにも前後不覚な我侭を振り解けない――自分自身に、どうしようもなく。
「やあっ・・・・!!アッ・・・・・抜かない・・・・で・・・・・ッ・・・・・」
彼女の躰の内側を弄っていた厳つい手を引き抜こうとすれば、悲鳴に近い声がマドカの濡れた唇から漏れ、彼女は弱弱しく士度の肩に縋りついてくる。
「・・・・いいのか?指だけで・・・・・・」
彼女の耳朶をゆっくりと嬲りながらそう耳元で囁けば、彼の手を収めている内壁がキュウと収縮し、彼女の身がフルリと揺れ――マドカは恥ずかしそうに頭を振った。
「気持ち・・・・いいの・・・・・もっと・・・・」
マドカは空いている士度の片手を、自分から己の胸元へと導いていく――
もっと・・・・シテ・・・・・・?――
そして揉みしだかれる快感を素直に彼へと伝え、その痩躯を士度の腕の中で艶かしく揺らした――
葡萄酒が――彼女の身も心も、いつもよりずっと素直にさせている・・・・・――
羞恥の余りいつも泣きながら――それでも健気にも身を任せてくるいつもの彼女も愛しいが、
自分から快楽を拾い上げ、大胆に求め、縋りついてくる一味違う彼女も――
味わうのには格別のご馳走で。
「ヤッ・・・・あ・・・・!アァ・・・・・!!」
ズルリと手を引き抜かれると同時にシーツの波に身を放たれ、硬く、熱い楔に貫かれ――
マドカは揺さぶられる度に耐え入るようにシーツをギュッと握り締めながらも、紅色の唇から漏れる嬌声をありのままに奏で――
やがて彼の頚筋に縋りつきながら、もっと奥まで欲しいとあられもなく――しかし愛らしい声でねだってきた。
「マドカ・・・いい子だ・・・・・」
限界にまで脚を高く広げ、自身を深く繋げると――進入してきた異物に戸惑うように彼女の柔らかな腹部が震え、
突き上げ、掻き混ぜると、逃げるように、求めるように揺れる腰が士度の欲をさらに誘う――
「ア・・・・・あっ・・・・・・士度、さん・・・・・・ンん・・・・・ッ!!」
名を紡ぐ唇を欲すると、より深く繋がった花孔が切なげに痙攣し――欲に飲まれたマドカの口元から雫が零れ落ち、彼女は堕ちる感覚に唐突に翻弄される――
「はぁ・・・・あぁ・・・ん・・・・アッ・・・・あッ・・・・・ヤァ・・・・ッ!!」
いつもよりどこか過敏な彼女を心配し、そのまま身をずらそうと動いたのがいけなかった――内壁を強く擦られ、角度を変えられ――
彼女は絶頂の波にあっという間に浚われて――
「・・・・・?――!!ちょっと待て、マドカ・・・・まだ・・・・ッ!!」
刹那の間を置いて――士度が気がついたときには刻既に遅し。
彼女は未だ力を持つ彼の分身を身に納めたまま、悦楽の感覚と共に吸い込まれるように夢の中へ――
「・・・・・マジかよ・・・・・」
眠る彼女の躰を揺さぶって、そのまま終わらせることも可能だが――何よりも大切な彼女相手に、そんな鬼畜な真似などできるはずもなく。
「・・・・・・・・・」
士度は仕方なしに――ズルリと己を彼女の
そしてゆっくりと身を起こし、もう一度深呼吸をするように息を吐きながら――シャワールームの方へと熱去りやまぬ躯を向けた。
今度は冷たい水を、浴びる為に。
「・・・・頭・・・・痛いです・・・・・・・・」
翌朝――士度のベッドの中で、マドカは朝日の匂いを感じながらも、身を劈く痛みに呻いていた。
・・・・自業自得だろう。
もし彼女が二日酔いでなければ、昨夜の責任を今すぐココで、とってもらうところなのだが・・・・
「マドカ、お前・・・・昨日のこと、どこまで覚えているんだ・・・・?」
チラリと彼女の方を見れば、未だ彼女は士度の開襟シャツ一枚の姿――もちろんボタンは留められておらず、ランジェリーも昨夜脱がしたままだったりする。
「えっと・・・・・ワイン、飲みすぎて・・・・気持ちよくなって・・・眠たくなったので・・・・・ヘヴンさんがソファまで連れていってくれて・・・・・」
――そういえば私・・・・・どうやって帰ってきたんでしたっけ・・・・?――
彼女はまだ、自分の刺激的な姿に気がついていないらしい・・・・
「・・・・なぁ、なんで“チュウ”が、“キス”っていう意味になるんだ・・・・・?」
「〜〜!!?それ・・・・私が言ったんですか!?どうして・・・・え・・・・どうして私・・・・シャツ一枚なんですか!?」
ようやく自分の姿に気がついたマドカは――顔を真っ赤にしながら慌てて羽毛の中に身を隠した。
そんな彼女を追い詰めるかの如く、士度は彼女を引き寄せると――その頚筋に唐突にも舌を這わせた。
朝からの濃厚なスキンシップにマドカは思わず目を瞑り身を竦ませ・・・・続く士度の言葉に愕然とするしかない。
「お前、自分でソレに着替えたんじゃねぇか・・・・それに・・・・・」
――寝てる俺叩き起こしてワインぶちまけて、シャツ一枚で自分から誘ってきて・・・・・最後までしないまま勝手に寝ちまったのも、お前だからな・・・・・――
「――!!?嘘・・・・・・・・」
士度の腕の中で青くなったり紅くなったりしながら、マドカは恥ずかしさのあまり顔を両手で覆い――士度の胸元で身を縮こまらせた。
彼女の加速した胸の鼓動が、士度の耳にも良く聴こえ――人知れず彼は口元に小さな笑みを作った。
そして、彼女の耳を甘噛みしながら、彼は仔羊に囁く狼の如く呟いた――
今夜は・・・・・覚えてろよ・・・・・・――
マドカはますます――耳まで顔を紅潮させながら、羞恥から逃れるようにその痩躯を士度の方へと寄せてきた。
士度はそんな彼女を髪に一度、キスを落とすと、
――もう少し、寝てようぜ・・・・・――
そう言いながら、彼女の躰を抱きなおす。
「士度・・・・さん・・・・・?」
――怒って・・・・・いませんか・・・・?――
彼の逞しい腕の中からオズオズと・・・・マドカが小さな声を出しながら頤を上げ、彼の気配を窺ってくる。
――昨日も言ったけどな・・・・――
苦笑交じりの声が、返ってきた――
「怒っちゃいねぇよ・・・・・・」
そして彼はもう一度――彼女の髪を優しく撫でた。
彼女が漏らした温かい安堵の溜息を、己が胸で感じながら――
どこまでも彼女に甘い自分に心底呆れながら、士度はゆっくりと、瞼を閉じる。
今、この腕の中で――恥ずかしそうに、しかしどこか幸せそうに――自分の胸元に擦り寄ってくる彼女の確かな存在が、
昨夜の波乱の欠片を、涼やかに何処かへと連れ去って行く――
陽が高く上るまで――二人は乱れたシーツの中で身を寄せ合いながら
心地良い惰眠を仲良く貪っていた。
遅い朝食の席で、お嬢様が執事から久し振りにちょっときついお灸を据えられたのは、また別のお話。
Fin.
Mondlicht/11111Hitキリ番、鈴美様より『酔いに酔ったマドカに翻弄される士度(裏)』でした♪
表題の“in wine, there is truth”は「ワインに真実あり=人は酔うと秘密にしていた事も思わずしゃべるもの」
という意味です。・・・・マドカ嬢の奔放な面も出てしまいましたvということで(笑)
楽しいお題をありがとうございましたv少しでもお気に召していただければ幸いです。
またのチャレンジをお待ちしております♪
掲載が遅くなってしまい申し訳なく・・・!!(。-人-。)