妬波
-ツ ナ ミ-

――何の興味もありませんって顔をして……

 雨に濡れた薄い衣服をその妖艶な肢体に絡ませながら――女の呆れたような声が朽ちたビルの一室に雨音と共に響いた。
小さな簡易コンロで湯を沸かしていた士度は、彼女の不満気な声に顔を上げた――しかし怪訝そうなその表情は――女の真意を理解できていない風で。
そんな彼の反応に女は一瞬目を丸くすると――今度は少し残念そうに小さな溜息を吐く。

――貴方の場合……本当に興味がないのだから…困るわ……

 自嘲気味でいてどこか寂しげな表情を浮かべる女に、僅かに湿ったタオルが投げつけられる――

――そんなところで突っ立ってねぇで…とっとと身体拭いて、風邪引かねぇうちに早く寝ろ。

 そして士度は再びコンロに目を戻し、二・三の香草を湯に無造作に浸す。
 女は頭に掛かったタオルの下で再び瞠目し――そしてクスリと小さく微笑むと、ゆっくりと士度の方へとやってきて、その隣へ静かに腰を下ろした。

――ねぇ……貴方の瞳に私は……どんな風に映っているのかしら……?

 戯れのような声音に士度が目線を移すと、そこには返事を期待する眼差しが小さな灯りの下で揺れていた。
士度は女の爪先から顔にかけて――大して時間をかけずに、初めて観察してみる。

――……女豹?

 刹那の沈黙の後――女は唐突に――タオルに顔を半分埋めながらクスクスと、心底可笑しそうに笑った。
 いつまでも笑い続ける女の有様に士度は憮然と眉を動かした――そんな彼の様子に気がついた彼女は、しかし依然喉を小さく鳴らしながら――彼をあやすように近づくと、ゆっくりとその首筋に手を回し、フワリと静かな動作で唇を寄せてきた。
 唇が触れ合う前に――士度は反射的に顎を引いた。

「・・・・お礼をさせて、くれないの?」

 女が不思議そうに眼を瞬かせる。

「・・・・・雨を凌ぐ
ひさし と、一晩寝床を貸すだけだ。礼をされるようなことはしてねぇよ。」

 士度はしなだれかかってくる女に頓着せず、コンロに乗っている小さな鍋に手を伸ばした――

 
 動物達
なかまたち
との仮住まいにしている廃ビルの谷間で今日・・・雨に打たれている仔猫を拾った――小さく、消え入りそうな弱弱しい鳴き声が、通りがかりに聴こえてしまったから――仔猫を抱き上げ、立ち上がると、路地裏の先で女が壁に凭れていた。強くなる雨脚に頓着する事無く、ただ、ボンヤリと。
 大して気にも留めず、士度が彼女の前を通り過ぎたとき・・・捨てられた仔猫がもう一匹、囁いたような気がした――

――私も拾ってくれないかな・・・・

 士度が首だけを巡らせて背後を見ると、そこにいるのは人間の女、ただ一人。
 女は静かな微笑を称えながら小首を傾げ、黙って士度の見つめていた。
 士度は何の表情も見せぬまま、再び無言のまま歩き出す――女は勝手についてきた――少しヒールの高い靴で時折、水溜りの水を跳ね上げながら。

 コンロに伸ばした士度の手の上を女の腕がすべり、カチリ・・・と小さな音を立てながら火を消した。

 「薬湯は後で・・・頂くわ――見て?」

 女が流した視線の先に眼をやると・・・先ほど拾った仔猫が、士度の仲間の大きな猫に包まれるように抱かれ・・・満足そうな表情でまどろんでいる。女の眼が優しげに細まった。

 「
動物達かれらも・・・こんなにも寒い夜雨の後は、互いに身を寄せ合って暖をとる……」
 
 女の指が、士度の指に絡まった。
 女は士度の耳朶を緩く噛みながら囁いた――

――暖めて・・・あげる・・・・

 しかし、彼女の瞳は語る――

 暖めて――と。




 美しい女だったと思う――雨の雫のような表情で微笑む、そんな女。


 けれど士度は彼女の顔も・・・一夜抱いた感触も、まるで覚えてはいなかった。

 ただ、寒い雨の夜に――共に暖をとった――それだけの記憶。

 

 動物達に紛れて――時折悪鬼も、そして人間の女も――士度の元へフラリとやってきた。

 そして束の間を共に過ごし、やがて野良猫のようにフラリと消えてゆく。



 互いの心に残る、優しい寂しさに――その時の士度は気づかぬ振りをしていた――





「い、嫌ァ――!!あ…あ…ッ!!…んクッ…士度…さ…ん…痛…痛い……ッ!」

「――ッ……ろくに濡らしてねぇんだ…当たり前だろ?」

下肢からその細い躰に亀裂のように走る痛みに、はらはらと涙を流しながら身悶えるマドカの声を聞き流し、士度はその内壁の狭さに眉を寄せながらも彼女の腰を背後からさらに強い力で引きつけた。

「――!!あ…ヤァ……!!」

 壁際に立たされたままの状態で後ろから楔を打ち込まれたマドカの背中が大きく撓り、常に無い衝撃に苦悶の声が上がる――
前戯もキスも無く、互いに肌を出さぬまま…ただ貫かれ、支配されるだけの行為にマドカの心と躰の震えは止まらず、士度に対する得体の知れない怖れが彼女の血の気を奪っていった。

「お前…“知らない”とか“経験がない”とか言ってるけどよ……覚えておけ……」

 痛みに身を波打たせるマドカに覆いかぶさるようにして――士度の暝い声がマドカの躰にさらなる恐怖を落とす。

――お前の躰を拓いたのも…

 まるで痛みを刻みつけるかのようにマドカの胎内で楔が暴れ、彼女の黒髪が哀しい声と共に闇夜に舞う。
 マドカの細い手は懇願するかのように士度の手を求めたが、彼の武骨な指はマドカの頤を乱暴に捉え――その脳裏に植えつけるかのようにマドカの耳朶に囁いた――


「この痛みを・・・・教えたのも、俺だ――」


「……ッ!!――?し…・ど…さん……?」


くらく透明に響く彼の声の中に――寂寥の響きが含まれていたのは、気のせいだろうか――?
マドカは苦しい姿勢の中、首を後ろに巡らそうとしたが――彼に最奥を犯され、再び声にならない悲鳴を上げた。

「ほら・・・お前の中・・・・」

 士度がマドカの躰を揺らすと、クプリ・・・と下肢を濡らす卑猥な音が彼女の耳を傷つける。

「――!?ヤッ・・・・!」

「嫌がってるわりには俺のことを締めつけて…
なかはどうしようもねぇほど濡れてるぜ――?」

「――ッ!!んッ……あ…っ!!」

 マドカが士度の言葉に眩暈を感じた刹那、士度が徐に腰を引き――甘い疼きがマドカの躰を駆け抜け、彼女は四肢を震わせた――そして身を穿たれている躰の中心からトロリと熱い愛液が溢れるのをスカートの奥から感じ、マドカは羞恥の余り唇を噛みながら顔を背けた。

「……それに、他は触ってないのにな?ココだけでちゃんと……感じてる――」

「――ヤッ!・・・あっ・・・アッ・・・・あン……ッ――」
 
 楔と蜜液が交わる音と――小さく笑いを伴った彼の声に――マドカは消え入りたい気持ちに駆られたが――その細い躰は慣れた快楽に容易く支配されていく――意識が――躰に沈んでいく感覚がマドカの心を苛んだ。

「んっ……う……ん……っ!士・・・度…さん!は……アっ…・も…許し……ッ――!」

 懇願するマドカの声を遮るかのように――士度は彼女の躰を欲に染め上げる。

「…ふ……あ…あ…――…ッ!」

 けれど感じるのはいつもの彼の体温ではなく――ただ、服の下に篭るもどかしい熱ばかり。
 そんな熱を意識すればするほど――愁嘆の涙がマドカの頬を流れる。

――今…繋がっているのは、身体だけなの?士度、さん……

「ふ……あ……ッ」

 心と共に崩れ落ちようとするマドカの身体を――士度の逞しい腕が絡めとった。

――マドカ・……

 たった一言、囁かれた名前に――彼の想いがマドカの耳に木霊する。

 縋った手はそのまま離されることなく――今宵初めてのキスに、マドカの思考は奪われ――

「――ッ・・・マドカ――!」

「んっ……う……ん……っ!」

――士度・・・さん・・・・ずるい・・・・

 口腔を冒す熱と、躰を駆け巡る浮遊感に身を震わせながら、マドカはその痩躯を士度に預けた。
 身体を離されるときに伴った僅かな疼きにマドカが無意識に眉を寄せると――ばつが悪そうな小さな溜息がマドカの首筋で漏れる。

 士度は壁に背を凭せ掛けると、彼女の躰を抱いたまま――そのまま共に力尽きたかのようにズルズルとしゃがみ込んだ――目を瞑り、自らを叱咤するような面持ちで。

 まだ事後の余韻が覚めやらぬ身体を持て余し気味のマドカがコツン……と彼の胸に頭を預けると――士度はその腕で彼女を囲うようにして抱き――そしてうっすらと芳しい汗を掻いた彼女の白い首筋に顔を埋めてきた。

 マドカは引き寄せるようにして彼の腕を抱きしめ――二人は暫くその場に動けないでいた。

 窓から流れ込む涼やかな夜風が二人の頬を撫で――梟の声が二人を漸く――もとの刻に戻したような気がした。






Fin.




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