a stormy night〜嵐の夜〜

              
              【1】


              モーツァルトが怪我をした。
              散歩の途中、誤ってガラスの欠片を踏んでしまったのだ。
              愛犬の様子をその鳴き声と血の臭いで察したマドカは、
              途中でなんとかタクシーをひろい帰途についた。
              時悪く士度は不在で、仕方なくかかりつけの獣医に電話をして往診してもらうことにした。
              士度が音羽邸に住み着いてからは、
              モーツァルトの怪我も病気も彼の知識と薬草で治してもらっていたので
              獣医にお世話になるのは久しぶりのことだ。
              電話をしてから30分ほどで飛んできた獣医は化膿するといけないからと
              嫌がるモーツァルトを押さえつけて注射をし、
              たっぷりと薬を塗ってガーゼをあて、大げさに包帯を巻いて帰って行った。
              哀れモーツァルト、怪我をした左前足が包帯のおかげで
              もう片方の倍近くになってしまっている。
              こうなってしまうと、マドカを引いて歩くことは数日間はできなそうだ。

              「しばらくはこの温室暮らしね、モーツァルト」

              マドカが語りかけるとモーツァルトはク〜ンとなさけない声を出して形だけの抗議を示す。
              しばらくすると、メイドがマドカをテラス横にある温室まで迎えに来た。

              「お嬢様、居間でお茶になさいませんか?」

              そうしましょう、とメイドに向かって返事をし、
              久しぶりの医者との接触に疲れ気味のモーツァルトに労いの言葉をかけると、
              マドカはメイドに手を引かれて温室から出て居間へ向かった。
              居間へ入って気配を探る。案の定士度はまだ帰ってはいないらしい。
              いつもはモーツァルトが片隅にいるのだか、今日は本当に一人でお茶の時間…。
              一番傍にいてほしい人は、今日も、ここにいない。

             (しばらく士度さんとお話していないな…)

             別にお互いがお互いを避けているわけでもないのだが、このところ生活の時間帯が合わない。
             特に士度は夜遅く帰ってきて、朝早く出て行くことがこの一週間多い。
             朝廊下で偶然顔をあわせても、「いってらっしゃい」の一言と、
             「あぁ、行って来る」という言葉をやり取りだけで終ってしまう。
             それでも、その一言を発する時の彼の気配はとても優しい。
             その優しい彼の気配を時折反芻しながら一日を過ごす自分は
             彼に依存しすぎているのだろうか?
             当の彼も自分のことをこんなにも想ってくれているのだろうか?
             そんな思考を巡らすマドカの耳に、ふとカタカタと窓が鳴る音が飛び込んできた。
             顔を上げて音がする窓のほうへ向ける。

            「風が強くなってまいりました。今日は嵐になりそうですわ。」

            ケーキを乗せた皿を運んできたメイドが何気なくマドカに告げた。
            庭の木々が揺れる音、風が荒々しく空を切る音…。
            ざわめく音が多い夜になりそうだ。
            こんな夜は…一人で居たくない。






           
連載、始めちゃいましたよ…。長編というよりは、中編になりそうですけれど。
              士度とマドカの音羽邸での生活を織り交ぜながら、惹かれあいはじめている
              二人を描いていきたいです…。