【8】


      「? 私、怒ってなんかいませんよ?」


      士度の言葉の意味するところが分からず、マドカは困った顔をした。
      士度は短く嘆息する。


      「そーか。ならいいんだけどな…。なんか、あいつら来てからずっと、
       いつものお前の空気と違うしよ…。」


      少し怒っているのかと思ってよ、と士度はマドカの眼を見ながら言う。


      士度の視線を感じてマドカの心臓がドクリ、と大きく波打った。


      −あぁ、この人の前では私は隠し事なんかできない…。


      マドカはリンゴをもとの場所に置くと、ベッド脇の椅子に座り直した。
      そして恥ずかしそうに俯きながら小さな声で告白する。


      「あの…私、薫流さんに、少し嫉妬していたみたいなんです…。」


      「薫流に嫉妬?何でまた?」


      「…!何でって…」


      薫流と士度の唇が離れる音が、耳の奥で再生された。
      薫流が士度に向ける優しい眼差し、マドカに向けた力強い眼差しも
      マドカの脳裏で警笛を鳴らしている。


      −士度さんにとって、薫流さんは…本当に…?−


     「…薫流さんは、士度さんと幼馴染で…私よりもずっと士度さんと一緒にいて…その、私の知らない士度さんを沢山知っていて…」


      そんな絆が羨ましいんです…。自分の激しい嫉妬心が浅ましく思えて、マドカはあえて二番目の理由を士度に話した。
      それでも、十分な嫉妬心だとマドカは思う。


     士度さんはきっと呆れてしまう。
     でも、これも今の私の本心なの…。


      「・・・そうだな。」


      静かに、士度が口を開いた。


      「…確かに、薫流はマドカが知らない俺のことを沢山知っているだろうな。同じ魔里人で、辛い時期を共に闘った…」

      −そんな薫流を、俺は誇りに思うし、大切に思っている−


     マドカは俯いたままだった。
     顔を上げれば、きっと涙が零れてしまうから…。


      「ただ・・・」


      士度はそっとマドカの頤を撫でると、ゆっくりと掬い上げる。


      「マドカも、薫流が知らない俺のこと、沢山知っていると思うぜ?」


      思いがけない言葉に、マドカの眼が見開かれた。


      「薫流さんが知らない士度さん・・・?」


      そうだ、と言うと、コロンと零れたマドカの雫を士度はそっと拭った。


      −何故、泣く必要がある?−


     「…お前に出会えて、俺は変わった−そう、思う。そんな俺を一番良く知っているのは、マドカ、お前だぜ?
      そして、昔の俺も、まだこの内にいる。
      知らない俺のことは、マドカさえよければ、これから覗いて見てくれ…。」


      「・・・士度さん…。」


      マドカはスッ、と両の腕を伸ばして士度の頬に触れた。


      「私、もっと士度さんを“見たい”です…。」



      「…お前にしか見えない、俺もいる。」



      士度はマドカの両手を自分の両手で優しく包んだ。


      −それを、忘れないでくれ−


      「・・・はい。」


      フワリ、とマドカの顔が綻んだ。

      今日、一番の笑顔だ。


      −そう、私たちは、これから・・・


      −そう、あなたしか知らない、私、もいるの…。





      「・・・ごめんなさい、今日の私、ちょっと幼かったですよね…」



      −なんだか、皆さんにも気を使わせてしまったみたいです。

      マドカはコツン、と自分の頭を叩いた。

      士度はクスリと笑うと、


      「いや、いろいろとマドカの珍しい顔も見れたしよ。」


      とサラリと言った。


      「え・・・そんなにいつもと違いましたか?」


      「あぁ、俺、結構マドカの表情みてると思うぜ?見逃している顔がないか時々心ぱ・・・」


      途中まで言って、士度は自分のセリフに冷や汗をかく。
      そして急にそっぽを向いてしまった。
      その顔は心なしか赤い…少し上昇した体温が、繋いだマドカの手にも伝わってきた。
      マドカは俯いて肩を震わせている。


      あぁ!もう嬉しすぎて、どうにかなってしまいそう!


      スッ、とマドカは顔を上げて立ち上がった。

      その顔は、まるで虹がかかっている青空のように晴れていた。

      そして士度の顔を覗き込み、悪戯っ子の様にこう言った。


      「士度さん、キスしてもいいですか?」



      「・・・は?」


      マドカからの唐突なお願いに、士度は眼を白黒させる。

      
      −そうだ、そういえばキスの主導権はいつも俺にあったな…。

      
      する、ことはあってもマドカから“される”のは初めてかもしれない。



      「ダメ、ですか?」



      しばらくマドカの顔をみつめていると、マドカの不安そうな声が耳に届く。

      − デジャ−ヴ −



      「・・・別にダメじゃないぜ。」



      半ば冗談めかした口調で士度は答える。
      今度は、はっきりと言えた。



      「よかった・・・」



     安堵して微笑むマドカを、士度は綺麗だと思った。

     眼を瞑ったマドカの顔が、ゆっくりと、士度に覆いかぶさるように降りてくる−

     あぁ、どこかで見たことがある女神の彫像のようだ…そう思いながら、

     彼女の柔らかい唇が士度の唇に触れる瞬間、彼も瞼を閉じた。


     −甘い空気が部屋を満たす−



      そして、それは夕食の用意を伝えにきたメイドが本日二度目の赤面をするまで続いた−


Fin.




     この話で管理人の薫流好きを再認識・・・。
      あのシーンを入れたいがために書いたらこんなに長くなってしまいました;
      あ、薫流嬢はに連絡したのは、薫流と士度を行き来している鳥さんってことで。
      (入れるのすっかり忘れてました;)
      薫流×士度×マドカっていいかも・・・・でもこれだとずっと悩めるマドカになってしまうので、う〜ん;
      でも正直楽しかったですv
      そして、やっぱりアンタは難しいよ・・・士度。