sweet shots


「あれぇ、香楠さん・・・・それ・・・・」

使用人たちの部屋がある家屋のロビーで、霞は先輩メイドの手元を覗き込んだ。彼女は手にあるのはズッシリと重たそうなカメラ。

「あら、香楠さんにカメラのご趣味があったなんで知りませんでしたわ・・・」

キッチンから緑茶と和菓子をお盆に載せて、遥と共に入ってきた絵麻が微笑んだ。
シャワーを浴びてきたばかりの遥は、その短い髪をゴシゴシと吹きながら香楠の手にあるものを見つめて感心したように眉を上げる。

「まあ、ね。久し振りに父の遺品の整理をしていたら奥のダンボールから出てきて・・・。昔は休みになると一緒にカメラを首にぶら下げて、いろんなところでシャッターチャンスを狙ったりしたわ。ちょっと懐かしくなっちゃってね・・・・綺麗にしてあげようかなぁ・・・・なんて。」

掃除用の布を片手にカメラの中身を確認しながら、彼女にしては珍しくしんみりと答えた。

「そうなんですか・・・」

湯飲みを配りながら絵麻が優しく言った。

「・・・・もう、撮ったりしないの?」

桜色の和菓子を切りながら問いかけてきた遥に、香楠の目が悪戯っぽく光った。
そしてフィルムを入れた蓋をパタンと閉め、慣れた手つきでカメラを構える。

「今から、趣味再開よ・・・!」

カシャ・・・・! 

湯飲みを持ち上げ、少し驚いた顔をしている絵麻と、和菓子を口に運んでいる遥と、牛乳瓶片手に目を白黒させている霞が、あっという間にフィルムの中の住人になった。

「〜〜!!ちょっと!!そんな急に撮ることないじゃない!」

「び、吃驚したぁ・・・結構音がでるんですね・・・!!」

遥と霞から騒がしく出る騒音に香楠はクスクスと笑うと、「ほら、今度は一人ずつ撮ってあげる・・・!」と言いながら再びカメラを構えた。

「で、でも私たち皆パジャマ姿です・・・!」

絵麻が両手を振りながら顔を赤くした。

「別にいいのよ・・・!そんな日常を撮るのが楽しいんだから・・・!」

カシャリ・・・とカメラが捕らえたのは、一番最初にピースポーズを撮った霞の笑顔だ。

「ねぇ、絵麻さん・・・確か明日、木佐さんは休みの日よね?」

逃げ回る遥を追いかけながら香楠は一番年長のメイドに問いかけた。

「ええ。今朝の打ち合わせでも、そう仰っていましたが・・・」

キョトン、とした顔をしながら絵麻が答えた。

「明日も使用人棟ココに居るの?」

「いいえ、明日は朝早くからA渓谷に釣りに行くと仰っていましたわ。少し遅い紅葉狩りも兼ねて・・・・」

朗らかな表情で絵麻は答えた。香楠は「よし・・・!」と呟くと振り向いた遥の顔をカメラに収めた。

「デートでしょうか!?」

霞は興味津々・・・といった表情で絵麻を覗き込んでくる。

「さあ・・・プライベートなことなので、そこまではちょっと・・・・。」

霞さん、お菓子をもうひとつどうですか?――喜びながら和菓子に手をだす霞の姿に、絵麻の目が細まった。
途端、

カシャ・・・・!

とシャッター音がしたので彼女は慌てて顔を上げる。

「絵麻さん、素敵な笑顔だったわよ。」

香楠が満足げに微笑んだ。

「・・・・きっと絵麻さんの写真が一番まともに撮れてるわ。」

遥は頭にタオルを載せたまま、再び頬を染める絵麻の隣にドカリと腰を下ろす。

「そうなると明日は・・・木佐さんオニはいないし、士度様は午後のご帰宅で・・・・お嬢様に許可さえ取ればバッチリね!」

――でも、もし一人で釣りに紅葉狩りとなると・・・木佐さんも案外寂しい人よね〜――

そんな勝手なことを言いながらカメラを構える彼女に、同僚たちは図らずとも嫌な予感を覚えたのであった。










「ライオンさん♪・・・・こっち向いて〜♪」

大きな耳がピクリ・・・と動き、ライオンの視線が一瞬、声がする方へと向けられた。

・・・・カシャ!

すかさずシャッターが切られ、緩いフラッシュがライオンの目を掠めたので、庭の王は不機嫌そうに首を横に振った。

「うん・・・!『木漏れ日のライオンさん』、撮影終了・・・!」

ライオンから2メートルと離れていないところで寝そべりながらカメラを構えていた香楠は一人ご満悦。
ライオンが喉の奥で微かに唸り声を上げたことなどには気がつかぬまま、ゆっくりと立ち上がると、パンパン・・・とメイド服に付いた草を払った。
一方、庭の片隅で彼女の動向を見守っている霞(遥と絵麻はマドカの朝食の給仕をしている)は気が気ではない。

「か、香楠さん・・・何も士度様がいらっしゃらないときに撮らなくても・・・・!ライオンさんと香楠さんにもしものことがあったら、士度様にだってご迷惑が・・・・」

「この朝日の穏やかな木漏れ日の下にいるライオンさんが撮りたかったのよ・・・!そんなに心配しなくても、士度様の躾はバッチリっぽいから大丈夫よ!あらあ、アンタ達も写真に撮って貰いたいの?」

箒片手にオロオロする霞をよそに、香楠は興味深そうに寄ってきた犬や猫や小動物たちにもカメラを向けてシャッターを切った。
シャッター音に驚いて逃げ出す子もいれば、無意識にカメラ目線になる子、外から遠巻きに見ているだけの子、ご丁寧にお座りやお手のポーズをする子など、表情豊かな音羽邸の裏庭の住人たち相手に、香楠は夢中になってシャッターを切り続ける。

不意に、彼女の頭上でチチチ・・・と声がした。香楠が上を見上げると、大きな楡の木の上で小鳥たちが小首を傾げている。
「ヤバイ・・・」と霞が思う間も無く、香楠はメイド服のスカートをたくし上げ、途中をゴムで縛りながら「お庭掃除、お願いね・・・!」とウィンクをすると、その太い幹に足をかけた。

「えぇ!?私が全部ですかぁ!?あ、今日は動物さんたちの朝ごはんも・・・・!!」

気がつくと霞の周りには犬やら猫やらが集まってきていて、いつまでたっても出てこない朝ごはんを催促し始めた。
足元で子猫が目をウルウルさせながら見上げてくる。レトリバーが彼女のメイド服の裾を引っ張る。リスが箒を伝って彼女の目の前までやってくる・・・そして皆の目がこう言っているのだ――ゴハン、マダ?――

「い、今、あげるからね・・・」

子猫やリスはともかく、大きな犬なんかに擦り寄られると、まだやっぱり少し怖い。
霞は動物たちの視線を一身に受けながら、ジリジリと後ずさりをした。
頭上からは止むことなくシャッター音が鳴り響いていた。










「〜〜無い!!」

あーもー何処にいっちゃったのよぉ・・・――香楠の泣き言が音羽邸に響き渡った。

「・・・・いったいどうしたんですか?」

花瓶を両手に抱えている絵麻が遥に訊くと、

「庭のテラスのティーテーブルの上に置いておいたはずのカメラが、ちょっと目を離した隙に無くなっちゃったんですって。」

自業自得よ――と呆れた声が返ってきた。

「今朝方一方的に写真を撮られたものだから、きっとライオンさんが怒って食べちゃったんですよ!!」

朝の庭掃除に動物の餌やりを一手に押し付けられた霞は少しご機嫌斜めだ。

「・・・でも、もう少ししたらお嬢様のレッスンも終わる頃ですし、士度様も帰ってらっしゃいますし・・・お茶の時間の用意に夕食の準備、これからが忙しい時間ですから・・・香楠さん、後で私たちも一緒に探しますから、とりあえずはお仕事に集中しましょう?」

絵麻から優しく、宥めるように諭され、香楠は肩を落としながらも頷いた。「あ、士度様が帰ってらしたみたいよ・・・!」遥が慌てて玄関の方へと駆けて言った。霞もそれに続く。絵麻はお客様のご帰宅を女主人に伝えようと、レッスン・ルームへ足を向けた。
一人取り残された香楠は、大きな溜息をついた。

(――今朝、浮かれすぎちゃっていた罰かな・・・)

でもセキュリティが完璧なこのお屋敷にそう簡単に泥棒が入るとは思えない。
きっと他の仕事をしている間に、どこか別の場所に置き忘れたのかもしれない・・・。

――とりあえずは、“お仕事”に集中しなきゃ・・・・!――

ライオンに食べられでもしないかぎり、カメラはきっとこの屋敷の何処かにあるのだ。
香楠は気分を切り替える為にクルリ、と叩きを回した。
そして何気に目を流すとお客様が目の前の階段を上がるところだったので、慌てて丁寧に腰を折った。









「士度・・・さん?」

マドカは控えめに士度の部屋の扉を開けると、中の気配を探った。
シャワーの音がピタリ、と止まった。

「マドカか?今、そっちへ行く――」

バスルームから木霊した声が、マドカの耳に心地好く響いた。
二日振りに彼に会う――たった二日、声が聞けなかっただけなのに、自分の耳と心はどうしようもなく彼の言霊を求めていたようだ。


「よう・・・・」


――ほら、彼が目の前に立つだけで、私の鼓動はこんなにも速く・・・・――


タオルを肩にかけ、ジーンズをはいただけの士度が、バスルームから出てきた。
マドカはスッと士度の手を取り、彼を見上げながら精一杯の想いを込めて言の葉を紡ぐ。


「おかえりなさい・・・・」


そして目を瞑り、少しだけ背伸びを・・・・

士度が穏やかに微笑む気配がした。
そして言葉と共に降りてくる、バード・キス。


「ただいま」


彼女の唇を軽く掠めたキスに、マドカは少し膨れっ面をした。

「・・・・意地悪。」

「何が?」


マドカの腰を引き寄せながら、士度はわざとらしく問うてくる。

「・・・分かっている、くせに・・・・」

頬を微かに紅色に染めながら、マドカは士度の両腕に縋るように顔を寄せた。

「・・・・言ってくれねぇと、分かんねぇときもあるぞ?」

マドカの手を取り、ベッドに腰をかけながら士度は彼女を見上げる。
マドカはほんのりとした恥ずかしさに赤くなりながらも、彼の頬に手をあてた。
そして珍しく言葉で戯れてくる士度の唇をその柔らかな指先で触れながら、自らの丹花をそっと近づけ、囁く。


「もっと――・・・」

「――上等だ・・・!」


彼女の唇が最後まで言葉を紡ぎ終える前に、マドカは士度の膝の上に掬い上げられ、そして桜色の唇を深く捕らえられた。
クチュリ・・・と音を立てながら舌が絡まってくる久し振りの感触に、胸が張り裂けそうになるくらい鼓動が踊る。
引き寄せられ、痛いくらいに抱きしめられながら与えられる熱い接吻くちづけ――いつしかマドカも彼の首に腕を回し、自ら彼の熱を求めていった。

互いの熱に浮かされながら、士度がマドカの首筋に顔を埋めたとき――ビタリ、と彼の動きが止まり、耳を澄ます気配がした。
急に変わった彼の気配に、マドカが訝しがりながら声をかける。

「士度、さん?」

「シッ・・・!今、何か聞こえなかったか?」

「え・・・?あ・・・・何か・・・・機械の・・・・?」

カチカチと何か機械を弄る音に加えて、キッ・・・キキ・・・と小動物の声もする。
士度はマドカをベッドの端へそっと腰掛けさせると、自らは立ち上がり、音がする窓辺の方へと近づいていった。
その間にもカシャ・・・という音が士度の部屋に響く。

「・・・何だ?カメラ・・・?」

開け放してある窓のカーテンの房掛けにカメラのバンドが引っ掛けられ、重そうな一眼レフカメラは窓枠の端に辛うじて着地していた。
その周りには数匹のリスたちがたむろしていて、カメラのボタンやらレバーやらを弄っている。
士度が手を伸ばすと、一匹のリスが彼の腕を伝って肩まで駆け上がってきた。
マドカも洋服を直しながら彼の隣までやってきて、リスに朗らかに挨拶をする。

<どうしたんだよ、この高そーなカメラ?>

カシャリ・・・

もう一度シャッター音が聞こえた。

<お前ら、壊すといけねーから弄るの止めろ。>

士度がそう言うと、リスたちは素直にカメラから離れて、士度とマドカの元にやってきた。
戯れにまとわりつくリスたちに、マドカは<後で、クッキーでもあげるからね・・・>と優しく話しかける。

<オレガ、モッテキタンダヨ。>

リスが士度の問いに答える前に、庭の木を住処にしているカラスが徐に窓から入ってきた。

<何で?どこから取ってきたんだ?>

<ココノ、キンパツノ、ネーチャンガ、ソノキカイ、オレラニムケテ、アサカラ、カシャカシャ、ウルサクテサ。ライオンハ、フキゲンニナル、キニモノボッテクルカラ、オビエルトリモイル、アサメシハ、オクレル。チビノメイドハ、ヤクニタタネェ。ムカツイタカラ、カクシツイデニ、オマエニ、プレゼント。>

――ザマァミロ。――

カラスは得意げに胸をはった。

「あら?じゃあそのカメラはきっと香楠さんのだわ・・・お庭の写真を撮ってもいいですか・・・って訊かれたので、趣味の範囲でならどうぞ・・・って言ってしまったの。動物さんたちにこんなに迷惑がかかるとは思わなくて・・・ごめんなさいね・・・・」

心底申し訳なさそうに、悲しそうな顔をしながら詫びるマドカの頭上から

「お前のせいじゃねぇだろう?」

と言う士度の困ったような声が振ってきた。

――マドカノセイジャ、ナイサ――チガウヨネ――ソンナカオ、シナイデ――

士度の言葉とマドカの様子にカラスやリスたちも一生懸命慰めの言葉をつなげる。
マドカは――ありがとう・・・――と、小さく微笑んだ。

「まあ、何にせよ・・・返さねぇとな。」

士度はカメラを手に取りながら、見た目壊れた箇所がないか確かめてみる。

そんな彼の様子を感じながら、マドカがポツリ・・・と呟いた。


「写真・・・・撮ってもらいましょうか?」

「・・・え?」


マドカの言葉に、少し意外そうな声が帰ってきた。


「あの・・・私・・・・“見ること”はできませんけど・・・士度さんと一緒の写真を持っているだけで、一緒にいるような気分に・・・きっと幸せな気分になれるかなって・・・」

――士度さんも、写真とか苦手そうですけれど・・・・一枚だけでも・・・・!――


士度を見上げながら、マドカは懸命に言葉を紡いだ。目が見えない自分が初めて欲しいと思った写真――それは他でもない彼との一枚。

士度は少し逡巡するような素振りを見せたが、やがてマドカをもう一度自分の方へ引き寄せ、小さく言った。


「俺も・・・・写真撮られるのはあまり好きじゃねぇけどよ――お前との写真なら・・・・欲しいかもな・・・・」


――撮ってもらうか・・・?――


「・・・・はい!」


あぁ、こんな笑顔の一枚が欲しいな――


自分に向けられた彼女の眩しい微笑に目を細めながら、士度は声にならない想いに一人密かに身体を熱くした。











「士度様、やっぱり表情が硬いです・・・!どうぞ笑ってください・・・・!」


「・・・・無理だ・・・・勘弁してくれ・・・・」


だから写真は苦手なんだ・・・・・二言目には“笑え”と、自分の顔が最も苦手とする表情を要求してくる。
ティールームのソファで隣に座るマドカが、心配そうに覗き込んできた。

「士度さん、苦痛ならやっぱり・・・・」

「いや・・・苦痛とかじゃなくてだな・・・・でもよ・・・・」

写真一枚に相当の覚悟を要し、押し問答をする二人に、香楠は困ったように溜息をつくと、その視線を何気に庭に移した――そして・・・・


「お二人とも、まずは気分転換にお茶の時間と致しましょう・・・!」


あっ・・・!――その場で事の成り行きを見守っていたいた遥が小さく声を上げた。
そうだ、この恋人たちがこの屋敷の中で、何よりも素敵で自然な笑顔を見せている時間と空間といったら・・・・。
――ね?――と香楠が遥にウィンクをした。

「ただ今お茶のご用意を致します・・・!」

遥は香楠と共に一礼をしてその場を辞した。
マドカも二人のメイドの思うところを理解したようだ――お願いしますね・・・!――と、にこやかに返している。
士度だけが女たちの思惑を理解できないまま、途方に暮れた表情でその場に座っていた。













「現像もう出来たんですか!?早いですねぇ!」

「昨日の夜出して、今日の夕方、お使いの途中で取って来たのよ。入用なものはその場で焼き増ししてもらって・・・・素敵でしょ?」

香楠は女主人とその“お客様”が写っている一枚を、得意げに同僚達に見せた。

「まあ・・・!士度様って笑うと全然雰囲気が違うんですね!お嬢様も素敵な笑顔で・・・・」

――ホント、素敵なカップルでらっしゃるわ・・・!――

絵麻は頬を染めながら羨ましそうにその写真に見入っている。

「やっぱり、お嬢様と動物たちには素直な笑顔をお見せになるんですね、士度様も。ご本人は気がついてらっしゃらないみたいだけど。お嬢様も士度様のお隣だと本当に幸せそうで・・・・いいなぁ・・・!」

お嬢様や士度様の手や肩に止まっている小鳥がまた可愛いのよねぇ・・・!――恍惚とした表情で絵麻の後ろから写真を覗き込みながら、遥は初めて自分がこの屋敷に来たときのことを思い出していた。そう、この二人のこんな笑顔が、自分に希望をくれたときのことを。

「で、肝心のお二人の反応はどうだったんですか?」

霞が無邪気に香楠に問いかけた。香楠の眉が得意げに上がる。

「士度様ったら、写真の中のご自分の表情をご覧になって絶句してらしたわ。それにいつの間に撮ったんだって・・・・。横からお嬢様がどんな写真ですかって仕切りにお尋ねになるものだから、士度様は本当にお困りのご様子で。でもせっかくだから写真の説明は士度様にお任せ致しました♪」

「意地悪ですね〜、香楠さん!士度様、ちゃんと説明できたのかしら?」

牛乳瓶の蓋を開けながら霞が、ククク・・・と笑った。

「あら、でもお休みになる前のお嬢様、とてもご機嫌がよろしかったわよ。バイオリン・ケースを何度も開けたり閉めたりなさって何か確認を・・・・あ、きっとこの写真をいつもお使いになるケースの中に仕舞われたのね・・・!」

――それじゃあ、士度様はきっと一生懸命説明して、この写真の素晴らしさを伝えることができたのね・・・・!――

絵麻の言葉を受けて、遥が湯飲み片手に感心したように言う。

「でもね・・・本番はここからなのよ・・・・」

ジャーン・・・!!――遥が得意そうに数枚の写真をテーブルに並べた。そこにはピンボケ写真と角度が曲がっているような写真が・・・・。

「え・・・・何、このピンボケ・・・・って、これ!!お嬢様と士度様・・・・!!キ、キスしてらっしゃる・・・!?」

一番上の一枚を取り上げた遥が思わず頓狂な声を上げて赤面した。それに吊られて覗き込んできた霞も目を丸くする。

「うわぁ・・・・!この角度とこの姿勢って・・・・かなりのディープ・チューですよね!!え・・・どうやって撮ったんですか!?誰が!?でもでもピンボケって惜しい・・・!」

霞は遥から写真を横取りし、――これじゃあ肝心の表情がみえないじゃない・・・!と身を震わせた。そんな彼女の横から写真を目にした絵麻も、口元に手をあて、顔を真っ赤にした。

「香楠さん・・・まさか盗撮じゃあ・・・」

興味津々に写真を見つめながらも、憂慮の言葉を口にする絵麻に、香楠はまさか・・・!と首を横に振った。

「その謎は・・・・こちらの二枚に!」

香楠が差し出した二枚の写真に、同僚たちは再び釘付けになる。

「あれ、これって・・・士度様?うわぁ・・・・やっぱり脱いだら凄かったんですね・・・・!」

士度の身体とジーンズと、彼の部屋の床が妙に曲がって写っている写真に、一同は目を白黒させる。
――あの嵐の夜に暗がりで見た士度様の骨格美は・・・・やっぱり本物だったのね・・・――絵麻は再び頬を染めながらも、その写真から目を離すことができない。――腹筋って、鍛えようによってはこんなに割れるものなんだ・・お嬢様ったらかなりの当たりを・・・・――遥は自分が声に出して呟いたことに気がつかないほど興奮している。

「で、こういうことみたい♪」

最後の一枚には、リスを肩に乗せている士度とマドカの姿がやはり斜めに写っていた。

「リスが・・・カメラに悪戯をしていたってことですか・・・?」

こちらはとても微笑ましい光景ね・・・――絵麻の顔が綻んだ。

「リス・・・もうっ!なんで最初の一枚をちゃんと撮らなかったのよ・・・!リスちゃんたちは・・・・!!」

霞は一人で勝手にリスに悪態をついている。

「・・・・でも、香楠さん、これって門外不出にするでしょ?もちろん・・・」

遥が心配そうに香楠を見上げた。

「当たり前でしょ・・・!こんな美味しい写真・・・他の人に見せるものですか!!それに木佐さんの目に入ったら・・・・」

間違いなく没収される――言いかけた香楠が不意に口を噤んだ。木佐が使用人棟の一階にある大浴場から出てきたのだ。
そしてロビーの前を通りすがりに、

「明日の仕事に差し支えない程度で切り上げてくださいね、おやすみなさい。」

と声を掛けていった。

「「「「はぁい!おやすみなさい・・・!」」」」

女性陣の黄色い声に軽く手を振ることで返しながら、木佐は自室に戻ろうとする。そんな彼をすかさず香楠が呼び止め、彼の元へ駆け寄った。

「木佐さん!お渡ししたい写真があるんですけれど・・・」

香楠は別によけておいた写真を数枚、木佐に差し出した。
――なんですか?――と訝しがりながらも、渡された写真を確認していく木佐の表情は、珍しく穏やかなものに変わっていく。

「ね、可愛いでしょ?私も上手く撮れたと思ってますし・・・特に最後の一枚とかは気に入るんじゃないかなぁって・・・」

「・・・最後の一枚?」

香楠に言われて木佐は一番後ろの写真を引き出して見て――絶句した。そして思わず香楠の表情をチラリと伺ってしまう。

「――好きなんでしょ?」

他のメイドたちに気づかれないよう、ボソリ・・・と香楠は呟いた。木佐には彼女のニコニコと悪戯っぽい笑顔が、悪魔の表情に見えた。

「し、しかし・・・これは・・・・それに、どうして・・・・」

「あ、いらないんなら返してください。」

「・・・いえ、頂いておきます・・・・」

写真の束を軽く持ち上げることで、手を伸ばしてきた香楠から件の一枚を辛うじて守った木佐は、「・・・おやすみなさい」と冷静に言うと、足早に自室へ消えていった。

そんな二人のやり取りを、他のメイド達は不思議そうに見ている。

「・・・木佐さんに何の写真を渡したんですか?」

霞が牛乳を飲み干しながら訊いてきた。

「ほら、あの人、ああ見えても動物好きだから・・・今回撮った動物の写真とかを・・・ね。」

ほら、見て・・・!可愛く撮れているでしょ・・・!?――香楠は裏庭の動物たちの写真をテーブルに並べ始めた。

「・・・確かにねぇ。でも今回のお嬢様と士度様の写真のインパクトに比べれば、どれもねぇ・・・・」

さて、もうそろそろ寝ましょう?――動物写真を適当に眺めながら、遥が席を立った。

「・・・・私はゆっくり見たいので、動物のお写真、お借りしてもいいですか?」

絵麻は動物たちの表情の一つ一つが気になるようだ。香楠がOKサインを送った。

「それじゃあ、私は明日のお昼休みにでも見せてもらいますぅ・・・・」

大あくびをしながら、霞も遥についていく。

「香楠さん、忘れ物はないですか?」

香楠が絵麻の声に返事をすると、ロビーの電気が消された。
香楠は鼻歌交じりに階段を上っていく。

「?随分とご機嫌なんですね、香楠さん。」

絵麻の問いに香楠はニッと笑った。

「そうね・・・写真の出来も良かったし、評判も上々だったし・・・それに、新しいお楽しみも増えたしね。」

「そうですね、趣味を持つことはいいことですわ。」

――それでは、また明日・・・・――

絵麻はそう香楠に微笑みかけると、おやすみの挨拶をして自室の扉を閉じた。

「おやすみなさい・・・!」

香楠もそう返すと、もう一度階下を見つめた。


「・・・・やっぱり、ね。」


そして笑いを噛み締めながら自室のドアノブを回した。








その夜、一枚の写真に複雑な思いを抱く男が二人。






士度は写真の中のマドカの笑顔を見つめていた。

こんなに優しく、穏やかで・・・清楚な笑顔を、俺は他に知らない――そしてその隣で笑っている自分も・・・この一枚を見るまで、知らないものだった。


「女一人で・・・・ここまで変わるものなのか・・・・」


ベッドに寝転びながら掲げ眺める写真にそう呟いた士度の表情は・・・・複雑さの中にも、どうしようもない喜びが入り混じっていた――






自室のベッドに腰掛け、木佐は部下から貰った写真をもう一度見返していた。
そして最後の一枚――どうして知られてしまったのだろう?この人に抱く密かな想いを。
ずっと気づかれないようにやってきたつもりなのに・・・・よりによって一番厄介な部下に気づかれてしまうとは、不覚もいいところだ・・・!
木佐は深く大きな溜息を吐くと、その最後の一枚を大事そうに手帳に挟み・・・・

ゆっくりと自室の電気を消した。








Fin.


秋南様より、Chat突発リクエスト、“メイドさん@写真エピソード”でした♪萌えリクエストをどうもありがとうございましたv

士度は貰った写真を何処に仕舞うんでしょうね・・・敵の目につくといけないので、持ち歩いたりはしないと思いますが・・・。
マドカは“彼氏どんな人?”と訊かれたとき、見せたりするのでしょうか?そして思いっきり羨ましがられそうです(笑)
いや、いい男だと思いますよ、士度は・・・(惚れた欲目でしょうか;)
今回はメイドさん中心話のはずが・・・・やっぱり士度マドを入れてしまう私は相当飢えているようです;
それに一度書いてみたかった木佐さんエピソードを勝手に入れてしまいました・・・(続くのか・・・?)
まぁ、そこはご愛嬌として・・・lovely Daysに続き、普段は脇役の音羽邸使用人達の性格がだんだん確立されてきたような気がします。

メイドさん話を書く機会を与えてくださいまして、多謝でございました・・・!
秋南様のまたの挑戦をお待ちいたしております☆