香る君に




「先日の南瓜味は如何でした?」

いつものお茶の時間、お庭のいつもの場所で、いつも通り隣でゴロリと寝そべっている人の口元に
新作のクッキーをヒラリヒラリと揺らめかせると――
悪くなかったぜ・・・・――そんな言葉と共に彼女の細い手首は掴まれて、珈琲味の洋菓子はそのまま彼のお腹の中へ。


「悪かねぇな・・・」
「・・・それって、“美味しい”ってことですよね?」

士度のどこか捻くれた台詞にクスクスと笑みを零しながら彼の手からスルリと逃げると、お紅茶、淹れますね・・・―― そう言いながらマドカは持ってきたティーポットを傾けた――そして黙ってクッキーの皿に手を伸ばす彼の気配にもう一度微笑みを。

「今日はハーブをブレンドしてみたんです。どうぞ・・・・――?」

「・・・・・あぁ」


すると差し出したティーカップと入れ違うように、マドカの手に小さな小箱が手渡された――彼女の手に納まるくらいの、小さな古めかしい桐の箱。
「士度さん・・・・これは・・・・・」

「今日、誕生日だろ?おめでとさん・・・・」

「・・・・・・!!ありがとうございます・・・・!!」

照れ隠しだろうか、少しそっけないように聴こえる彼の言葉にも心躍るのは、彼の想いと優しさをきっと誰よりも知っているから。
開けてもいいですか・・・?―-あぁ・・・――何事もなかったようにハーブティーに口をつける彼に尋ねながら、マドカは桐の蓋に手をかけた――

「・・・・・・・!!」

その小さな空間から広がったのは、古の高貴な香り――
そしてどこかで出会ったことがあるような、懐かしい心地。

「匂い袋・・・ですか?それにこれは・・・・・伽羅?」

その凛然とした香りに心惹かれながら、マドカは匂い袋に丁寧に施されている刺繍に指を這わした――柄は・・・・桜、ですか?

「冬に咲く桜が・・・・あるんだと・・・・」

淡い白で少し紅を帯びた――昔、そんな話を聴いた・・・・――嬉しそうに匂い袋に触れている彼女の姿をチラリと眼の端に納めながら、士度は小さく呟いた。

「それは俺がまだガキの頃、“良いものだから大事にしろ”と長から貰ったものだが・・・・“男に匂い袋なんて変だ”と言ったら、長は笑っただけでよ・・・・だから多分それは・・・・」

きっとお袋が持っていたものだ――

最後の言葉はハーブの温かさと一緒に飲み込みながら――士度は違う台詞を口にした。

「大分昔に貰ったのにな、普通の匂い袋と違って全然香気が落ちねぇんだ。古いモンで悪ぃが、きっと鼻につく匂いでもねぇだろうし・・・もし・・・・・――!!」

ティーカップに視線を落としていた士度の頬に唐突に舞い降りてきたのは、柔らかな彼女の唇。

「・・・・ありがとうございます、士度さん・・・・大事にしますね・・・・?」

嬉しいです・・・・――

手にした匂い袋をそっと頬に寄せ、トン・・・と彼の肩に身を凭せ掛けてくる彼女の幸せそうな微笑に――お、おう・・・・・――と、
そんな相槌しか与えてやれない自分に、心の中で唇を噛みながらも、それでも心満ち足りた笑顔を彼女が向けるものだから――
士度はその藍染に白い桜踊る小物に、初めて少し感謝した。

そういえば冬桜は11月の花――そして亡き人も、その頃の生まれだと長は・・・・・

「――バイオリンケースに入れます・・・!!そしたら練習をする度に、演奏をする度に・・・・」

――士度さんのことを思い出せるから・・・・

匂い袋を結ぶ紅い紐をクルクルと指に絡めながら、恥かしそうに呟いた彼女はそれでも、その手を彼の大きな手に絡めてきた。

「・・・・そうか」

「はい・・・・!」

握られる感触に頬を染める彼女の唇に、自然顔を近づけたくなったのは――

――きっとこの香気のせいだ。

そんならしくない言い訳を心の中で反芻すると、冬の初めの空気を包むその香りに笑われたような気もしたが――

それでも彼は、ほんの刹那――



二人の間の呼吸を止めた。




Fin.

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