〜 今の僕らの悩み事 〜

       【1】
  
       パタン・・・
       HONKY TONKの扉にかかったボードに−OPEN−という字が躍り始めて間も無く・・・。
       この十三年間、この小さな喫茶店に通い続けている面々が集い始める。
       相変わらず金には縁が無い奪還屋、蛮に銀次。
       ますます女を磨いた仲介屋、ヘヴン。
       時折、ここを訪れるようになった、卑弥呼。
       たまたまフラリとやってきた笑師も、今日はいる。
       カウンターの内側では、彼の淹れ立ての珈琲は今になっても来る客を飽きさせない喫茶店のマスター、
       波児がいつものように新聞を開いている。
       夏実とレナの可愛らしいお喋りも、昔のまま。
       時は流れ、皆それなりに歳を重ねたけれど、彼らの変わらぬ絆も、昔のまま。
       そしてHONKY TONKの常連客の声が響く賑やかさも、昔のまま・・・。

       
       「しっかし、最近は仕事がガッポガッポ入ってきて良き事かな良き事かな♪」

       蛮は札束を数えながら上機嫌だ。

       「そーだね〜、蛮ちゃん!この間やっとここの借金完済できたもんね!」

       銀次も珈琲カップを片手にご機嫌だ。

       「ヘヴンもよーやく、猿マワシじゃなくて俺らの実力に頼り始めたってわけか!」

       カカカカカ、と日の丸扇子片手に蛮は妙な笑い声を上げる。

       「・・・・士度クンにもいつも通りちゃんと仕事回してるわよ。最近何かと物騒な世の中だから単に仕事が多くなっただけよ。」

       世間様にとってはあまりありがたいことではないことよね、とヘヴンは溜息混じりに呟いた。
   
       「そーいや、士度はんと最近ご無沙汰なんやけんど、どないしてます?」

       元気にやってるんかいな?と笑師が話に加わってきた。

       「ビースト・マスターとはこのあいだ組んだけれど、ピンピンしてるわよ。」

       とても二児の父親とは思えない動きよ、あれは、と珈琲に口をつけながら卑弥呼が答える。

       「あ〜!!そーいえば士度さんってお父さんだったんですよねぇ!双子ちゃんの!名前はえ〜と・・・」
 
       「士音(シオン)君に琴音(コトネ)ちゃん!」

       そーそー!とレナと夏実の軽快なやりとりがカウンターの中で飛んだ。

       「ア〜、あの双子ちゃんたち、ここ最近見てないよな〜。パパとママは時々来るのに。」

       波児も新聞から目を離した。

       「今、いくつだっけ?あの双子ちゃんたち。私もここ暫く会ってないから・・・」

       最近の小学生は忙しいのかしら、とヘヴンはアイス珈琲をかき回した。
       ワイが会うたときはまだランドセル背負ってて可愛かったで〜と笑師が頬を緩めれば、
       まだ小学生だったらランドセル背負ってるでしょ、卑弥呼が突っ込みを入れた。

       「・・・しっかし、あの双子はマジで親父とお袋のクローンだもんな。」

       煙草に火をつけながら蛮は、自分を見上げてきた小さな士度と小さなマドカを思い出した。
       
       「そーだよねー!士音くんのあまり笑わないところなんて士度そっくりでさ♪」

       また此処につれてきてくれないかな〜、と銀次は懐かしそうだ。
       皆の脳裏に、あの小士度と小マドカの姿が浮かんだ。その隣には大きな士度と小柄なマドカ。
       カウンターの席に自力で上がれなくて泣きべそをかく琴音を、優しく抱き上げていた士度の姿が誰かの頭を過ぎったその時・・・。

       (二人だけでくるのは、初めてだね。)

       出入り口の扉の向こうで、小さく、可愛らしい声がした。

       (大丈夫だって。行くぞ。)

       扉のガラスの向こう側で、中学生くらいの男の子と女の子の姿が見えた。

       皆が、新しいお客かな、と思っていると、カラン、と来客を告げるベルが鳴り、その二人が入ってきた。

       「―― え?」

       銀次が思わず声を上げた。
 
       「え・・・?」

       ヘヴンはストローをいじる手を止め、蛮は煙草を取り落とすところだった。
       笑師はサングラスの下から覗き込むように訪問者を見つめ、卑弥呼はただ呆然としている。
       夏実とレナは小首をかしげていた。

       「いらっしゃい。」

       波児の声に皆我に還る。

       「こんにちは。お久し振りです、波児さん。」

       細身のブルー・ジーンズに、シャープな印象がある黒いパーカーを着た男の子が静かに、礼儀正しく言った。
       彼の後ろに隠れるようにして、「こんにちは・・・」と顔を覗かせた女の子の服装は、
       赤いタータン・チェックのミニスカートに、袖と襟元に大きくレースが施された白いワイシャツ、
       それに赤いネクタイを可愛らしく結んだものだった。
       二人のその面差しは・・・・士度とマドカにそっくり。
       しかしこの二人の背丈は先ほどまで噂のネタになっていた小士度、小マドカを通り越して、中士度と大マドカ・・・・?
      

       「士音くんと琴音ちゃん?よく来たね〜」

       丁度君らの話をしていたところなんだよ、と波児は二人に席を勧めながら言った。
       そうなんですか、と士音と呼ばれた少年は唖然とする他の大人たちを他所に、
       スッとカウンターの席に着き、琴音らしき少女も彼の隣に座った。

       「えぇ〜!!だ、だって、士音君と琴音ちゃんって・・・・まだ小学生じゃなかったんですかぁ!?」

       レナが思わず素っ頓狂な声を上げる。
       
       「はい、私たちまだ小学生ですよ、レナさん。」

       琴音、の愛らしい声が今度ははっきりと皆に聞こえてきた。

       「え・・・でも、背が・・・・」

       ヘヴンが二人をマジマジと見ながら呟く。

       「俺たち、二人ともクラスで一番背が高いんです、ヘヴンさん。」

       俺の足の大きさからすると、まだ伸びるだろうって父さんが言ってました、とその少年は無表情に続けた。

       「あ・・・あんたたち、今いくつだっけ?」

       自分の背丈をとうに越してしまっている双子に目を白黒させながら卑弥呼は訊いた。

       「10歳です、卑弥呼さん。」

       琴音が目を細めながら卑弥呼に告げる。

       「10さ・・・・!!って小学四年生ぇ!?

       銀次が、嘘ぉ!と思わずカウンター席から立ち上がる。
       
       「凄いねぇ!二人とも身長今いくつあるの?」

       夏実が嬉々として訊いてきた。

       「俺が160cmで、琴音が157cmです、夏実さん。」

       出されたお冷に口をつけながら士音が答える。

       「へぇぇ〜!これは吃驚やわ!!大きくなったねぇ、お二人さんvもうランドセルなんて背負えへんなぁ。」

       笑師が奥のほうから身を乗り出して二人に手を振った。

       「こんなんでランドセル背負ってたら確かに変ですよね、笑師さん。」

       もうランドセルは使ってませんよぉ、と琴音がコロコロと笑いながら笑師に言った。

       ねぇねぇ、士度は・・・と銀次が話を続けようとしたとき、

       「はいはい、積もる話もあるだろーけれど、お二人さん、ご注文は?」

       と、波児が割って入るように二人にメニューリストを差し出した。
       双子はあまり迷うことなく注文を決めたようだ。

       「ホットココア、甘さ控えめで。」
    
       「ホットミルク下さい。メープルシロップ入りで。」

       (・・・・ちゃんと子供だ・・・・)

       歳相応の注文内容に一同改めて彼らの年齢に納得した。

       「ったく、こんなにデカくなっちゃって、親父に何食わされているんだ、オメーら?」

       怪しい薬草とかじゃないだろうな、と笑いながら蛮がからかった。
       すると、その場に馴染みかけていた二人の空気が、スッと冷ややかなものに変わる。
 
       「・・・・父さんのこと、悪く言うのやめてもらえます?美堂蛮さん。」

       キッチリ、フルネームで士音は蛮のことを呼んだ。
       些細な揶揄にも敏感に、真面目に反応するあたり、やはりまだ子供だ。

       「〜〜!!―― 士音、オマエ親父に似てきたな。」

       額に青筋を立てながら蛮は士音を見やる。

       「そう言ってもらえると嬉しいです。」

       シレッと士音は答えてそっぽを向いた。
       再びカチンとキた蛮が尚も言い募ろうとしたとき、卑弥呼が子供相手に何ムキになっているのよ、とその頭を叩く。
       琴音は黙って無表情に蛮の方をジッと見つめていた。

       「はい、ホットココアとホットミルク、お待ちどうさん。」

       お口に合うかな〜?と波児が二人に湯気がたつマグカップを差し出した。
       ありがとうございます、と二人ともきちんとお礼を言いながら温かいカップを受け取る。

       「士音くんも琴音ちゃんも、とても礼儀正しいのね〜v」

       感心感心、と夏実はお皿を拭きながらニコニコしている。

       「・・・・年上の人には敬語を使え、って父さんと母さんに言われているもので。」

       至極正直に士音が言った。

       「でも、偉いよ〜、小学生ではなかなかできないことだよねぇ。」
   
       レナが砂糖壷に砂糖を入れながら二人を見た。
       
       「今日は御両親は?」

       子供二人だけで喫茶店にきたことを訝しく思った卑弥呼が訊ねる。

       「母さんは今日から海外公演、父さんは今日、魔里人と鬼里人との族長会議があるって・・・言っていました。」

       面白くなさそうに士音が呟いた。

       「ママ、本当はパパに今回の公演について来てもらいたくって、それに鬼里人との会議のこと、とても心配していて・・・。
        でも、パパ、今回の会議も大事なことで、明後日もお仕事あるからって・・・・。
        昨日の夜ママが泣いちゃったからパパ困ってたわ・・・。」

       琴音が溜息を吐きながら言った。

       「・・・・夫婦の危機かいな?」

       あちゃあ〜と、笑師が冷や汗を掻きながら言うと、単なる痴話喧嘩よ・・・と卑弥呼が突っ込む。
       
       「?仲良いですよ、父さんと母さん。今朝も朝一で父さんが空港まで母さんを見送りに行って、そのまま会議に行くって言ってました。」

       相変わらず万年新婚夫婦かよ・・・と蛮が新たに煙草を取り出しながら呆れた様に一人言つ。
       いいことじゃないv蛮ちゃん!と垂れ銀次は双子を観察しながら楽しそうだ。琴音ちゃん、可愛くなったなぁ〜v

       「そうなんだぁ。でも急に士音くんと琴音ちゃんの二人だけでここに来るなんて、今日はなんで?」

       ヘヴンが徐に訊ねると、士音が急に隣に座っているヘヴンの顔をジッと見つめてきた。

       「――!な、何?」

       小士度の真っ直ぐな視線にヘヴンの言葉が詰まる。

       「・・・・父さんに仕事を回しているのって、ヘヴンさんですよね?」

       士音はまだ声変わりもしていない声で、しかし子供に似つかわしくない静けさでヘヴンに訊ねた。

       「そ、そうだけど・・・・」

       話の先が見えず、ヘヴンは士音から目が離せない。

       「・・・・そのことで、ヘヴンさんにお聞きしたいことがあって、来たんです。」

       琴音が士音の言葉に続けるように言い、ヘヴンを見た。
       その目は笑ってはいない。

       その二人のただならぬ雰囲気に常連客たちの視線は再び双子の方へ集まった――。

       「な、何かしら・・・?」

       子供相手に普段はこんなに尻込みするはずなんてないヘヴンも、
       今日ばかりは何だか嫌な予感がした。




    ついに始めてしまいました・・・パラレル双子モノ。
     双子の本性はまだまだこれからです(笑)
     えぇ、こんな大人しい士音と琴音ではありませんとも♪
     今回のこの話は全三回連載を予定しております。
     後半、士度も登場予定v