<Photo by (c)Tomo.Yun>


〜 our daddy 〜

                               



――最悪だ。
眼が霞む・・・・。
呼吸が自然と荒くなる。
身体が・・・まるで鉛でも流し込まれたかのように、重い。
吐き気がして、目が回る。

「・・・・・・!―――!」

うるさいわね。
わかってるわよ、ここで足を止めたら死ぬことなんて。
だったらアンタが早く来て、このギラギラした奴らをどーにかしてよ・・・。
―――もう、ダメ。次にアクションを起こされたら、きっと避けきれない・・・。
こうなったら、もう残りの時限香をばら撒くしか手が無いじゃない。
時間にして・・・・2秒、稼げれば、奴らの動きは封じ込められる。
時間を最短に調香しておいて助かった・・・。

鋼を打つように響く頭痛に眉を顰めながら、卑弥呼は残った最後の小瓶に手を掛けて、
その封を切ろうとコイルを口にする。
瓶を持つ手が痙攣する―― 動け!私の身体!!
・・・・敵に囲まれた。――間に合って!――

キュッ―― ドンッ!

卑弥呼が香りを流したのと、その身体が宙に舞ったのはほぼ同時だった。

「ビーストマスター!」

言うことをきかない身体で反射的に宙返りを打ちながら卑弥呼は叫んだ。
彼は確か五階に居たはずだ。
そこをどうやって来たのか、今、彼は彼女を突き飛ばし、敵の只中に舞い降りている。

「百獣擬態、虎爪擬!!」

「!!馬鹿ッ! アンタまで動けなくなるじゃない!」

時限香の香りが届かない奥の方からゾロゾロと厳つい奴らが出てくるのが見える――今度こそもう、ダメだ。
別行動のジャッカルはきっと、間に合わない。

地に身体が叩きつけられて意識を失う瞬間、卑弥呼はビーストマスターの咆哮を聞いたような気がした――。
ダメよ、アンタは還らなきゃ・・・奥さんと、二人の子供の元に・・・・。







「・・・・呼さん、卑弥呼さん。」

ペチペチと頬を叩かれ、卑弥呼の意識はゆっくりと浮上する。
辺りを見回すと、そこは潜入して来たときに通った地下通路―― 元居た場所から大分離れたところだ。

「大丈夫ですか?」

得体の知れない薬を嗅がされるなんて、あなたにしては珍しいミスですね、と赤屍は細く笑いながら、
頭痛に呻く卑弥呼にベットボトルに入った水を差し出した。

「・・・・ジャッカル。間に合ったんだ・・・。」

姿が見えないビーストマスターのことを気にしつつも、卑弥呼はとりあえず礼を言った。

「?いいえ。私が着いた時にはビーストマスターが全て片付けてしまっていましたよ。」

「!!」 

彼は時限香の影響を受けなかった!?そんなはずは・・・・

「だた・・・今彼は少々困った状態に置かれているみたいですけれどね。」

クスリ、と赤屍は楽しそうに笑うと、卑弥呼の後ろへと視線を流した。

卑弥呼の背後で、 キンッ・・・と鋭い刃物同士が擦れ合う音がする。

赤屍のその言葉から、今回の相棒が大怪我でもしたのかと、慌てて後ろを振り向いた卑弥呼が見たものは―――。

「ビーストマスター!?アンタ・・・・・」


地下通路に夜明けのカラスの声が木霊した。
細く差し込んできた朝日に煌いたその眼は―― 人のものではなかった。








開店したばかりのHONKY TONK。
銀次と蛮はツケでモーニングに舌鼓を打ち、波児は新聞を捲っている。
夏実とレナは珈琲豆の補充で立ち回り、一人静かに珈琲を飲んでいたヘヴンはチラリと時計を見た。

「上手く行っていれば士度クンと卑弥呼ちゃんがそろそろ任務終了の報告に来るはずなんだけど・・・・。」

ちょっと危険な仕事だったから、大丈夫かしら・・・と彼女は心配そうに眉を顰めた。
次からはオレ等に頼め!と蛮がフォーク片手に喚くと、

「お上品なパーティーにスーツ着て静かに潜入なんて芸当、あんた達には酷でしょう!」

と容赦ない罵声を飛ばす。
二人がいつもの如く睨み合っていると、カラン・・・と来客を告げるベルが鳴った。

「いらっしゃ・・・・!・・・・士度さん、イメチェンですか?」

「―― !?ちょっと、その手!!怪我でもしたの!?」

入ってきた士度はいつも無造作に立てている髪をオールバックに撫で上げ、POLICEの濃いモデルサングラスをかけている。
さらに彼の両手は真っ白な包帯で巻かれ、白に包まれているその指先は不自然に長い。
そんな彼の傍らでは、卑弥呼がばつが悪そうな顔をして立っていた。







「「「「「「擬態が戻らなくなった〜〜!?」」」」」」


とりあえずカウンター席についた二人の説明を聞いて、一同は思わず声高に叫んだ。
そんな周囲の反応に、コクリ、と頷いただけの士度はいつも以上に静かだ。

「人の動きを止めるはずの時限香が、どこがどーなったんだか、
ビーストマスターには“細胞レベルを止める”働きをしてしまったみたいなのよ・・・。
いくらなんでも、一日経てば戻るとは思うけれど・・・とりあえず解毒香を調香しておきたいから、
よろず屋さん、この材料をよろしく。」

そう言いながら卑弥呼はメモを波児に渡した。
なるべく早く揃えるよ、と波児はその走り書きを見ながら答える。

「・・・しかし何時に無く大人しいじゃねぇか、猿マワシ。人間の言葉まで忘れたのか?」

「うるせぇな・・・。こんなに長く擬態のままでいたことがねぇから、変な感じがするんだよ!」

チャッ・・・と包帯で巻かれた長く鋭い爪を目の前に突きつけられ、蛮は思わず降参のポーズをとる。

「わぁ〜!!こんなに間近でこの爪見るのは初めてだなぁ〜!」

どれどれ〜♪と銀次は彼の手に巻かれている包帯を勝手にスルスルと解き始めた。

「!?ッ馬鹿!止めろ、銀次!」

しかし銀次相手に士度は邪険なことができず、その長く伸びた爪は露にされる。

「うわぁ〜!よく切れそうね・・・・」

ヘヴンは思わず感嘆の声を上げた。
スッと綺麗に真っ直ぐに伸び、キラリと光るその爪は、まさに鋭利な刃物そのものだ。

「どのくらい鋭いんですか〜?」

ねぇ?と夏実とレナも興味津々、その切れ味をぜひ見てみたいと、フランスパンやリンゴやトマトを出してきた。
銀次はモーニングについていたゆで卵を手にしてワクワクしている。

「・・・・マスター、空き瓶か何かあるか?」

ワインのならあるけどね・・・と、波児は空の緑のワイン瓶を士度の目の前に置いた。
茶番はとっとと終らせるに限る、と士度は鈍く光るボトルの前で、無表情に、たいして力も入れずその手を横一文字に切った。
スッ・・・とそのワインボトルに線が走ったかと思うと、ゆっくりとその上半身がずれ、ゴトンッと小さな音を立てて
その半身がカウンターに転がった。
ヒクッ・・・と恐怖の余りヘヴンの口元が歪む。
凄〜い・・・・と夏実とレナも溜息を吐きながら、新しく出来た花瓶を手にとってマジマジと眺めている。
銀次は慌てて手にしていたゆで卵を引っ込めた。

「・・・今日は何かと不便な一日になりそうだね。」

そう気の毒そうに言う波児の言葉に、士度は自嘲気味にあぁ、と答えた。

「悪かったわ・・・ビーストマスター・・・」

自分の横で項垂れる卑弥呼に、「不可抗力だろ?明日元に戻るなら問題ないさ・・・」と士度は気にしていない風に言った。

「あ、でもどうしてサングラスかけているんですか?」

そんなレナの質問に、「眼も虎なんだよね〜v」と銀次が代わりに答える。
ふ〜ん・・・・と、こちらを見つめている夏実とレナの眼には好奇の色が浮かんでいた。

「・・・・見たってあんま気持ちの良いものじゃないさ。」

そう士度は言うと、帰る、と席を立った。

「あ、その格好で街を歩くのもなんだから、私の車で送っていくわ!」

ヘヴンがまたね、皆!と士度を追うと、私も奥さんに説明したいから・・・と卑弥呼も小銭をカウンターに置いて出て行った。

「・・・・士度さん、ちょっと怒ってました?」

しまった・・・という顔をして夏実が波児の方を見やると、

「いや、不機嫌の原因は別にもあると思うなぁ・・・。
だって彼にしては珍しく昨日言ってたでしょ、仕事終ったら今日は・・・・」

「「「あ!」」」

・・・・これは一波瀾ありそうだ。
HONKY TONKの面々は冬木一家に同情した。
今日は日曜日。そして・・・・。





士度、受難・・・。
士度の虎爪擬はWC11巻より。
スーツでオールバックで虎爪擬で・・・!
このSHIDO&MADOKAのエピソードで士度にのめり込みました、管理人は;