魔里人今昔物語 〜其の伍〜


おさ様は、奥様一筋。

会議場に向かう為、いつも通りに長様のお住まいまでお迎えに参上したら、

今日も玄関先でお二人の絆を見せ付けられた。


――いってくる・・・――


そう言いながら奥様の頬に触れる長様の指は、長く、逞しく、とても綺麗。


――いってらっしゃいませ・・・――


そう答える奥様は、長様の指を愛しそうに撫で、とても穏やかな
面差おもざしをする。

その見えない瞳で、長様を見つめるように・・・。


そして奥様は、従者にすぎない私にも、優しく微笑んで会釈をしてくださる。

そんな中、長様は奥様にもう一度振り向きざまにお声を掛けて、お屋敷を後にするのだ。

門を出る車とすれ違いに、双子の坊ちゃまとお嬢様が帰宅された――

手を振られるお二人に、長様は車の中から軽く手を上げることで答える―お子様方に向ける眼差しも、いつもとてもお優しい。



以前、長様の血と能力を後世に残すため・・・長の血を引いた純血の魔里人を残そうと、古き人々から「長に一族の女から妾を」という話がでた。

そのお話は奥様のお耳にも入り、かなり心を痛められたと聞き及ぶ。 長様はもちろん激怒なされた。


――長だから妾を持てと言うならば・・・長の地位なんざ他の奴にくれてやる――


彼のその一言で、その話は立ち消えた。

彼は・・・彼の存在は、我らが一族になくてはならない絶対的なもの――それは一族の誰もが知っている揺ぎ無い事実だから。


おさ様は、奥様一筋――それでも、一族のあねさま方や若い娘たちが長様を慕い見つめる視線は変わらない。

そして私も・・・・

私は――スーツのポケットの中で一人密かにお守りを握り締める。


<今日も長様のお役にたてますように・・・>


それは先の
いくさで、親兄弟を失った私の手元に残った、唯一の宝物。


私がホッと息を吐いた瞬間、車がカーブに差し掛かり、その弾みで揺れた手元から大事なお守りが転げ落ちた。


「あ・・・」


そしてそれは長様の足元に転がっていく。


「・・・?何だ?」


蒼褪める私を余所に、長様はそれを拾い上げた。


「・・・・犬?」


「――!!く、熊です・・・!」


――随分と下手な熊だな・・・――


長様はクスリと小さく笑いながら、そのお守りを私の手に返してくれた。


「昔――大切な方から、頂いたのです・・・・」


――そうか・・・――


「姉に随分と羨ましがられました・・・良い方から良い物を頂いたと・・・」


――・・・・・・――


けれど姉は・・・逝ってしまった。――最後は想い人の腕の中で。

血の海の中でも・・・きっと彼女は幸せだったろう。

お役目を果たし、最後まで一族の為に祈りを捧げ、何よりも守り続けたかった予言通りに、事切れることができたのだから。


「お前の姉は・・・確か、巫女だったな・・・」


「はい・・・」


窓の外を見つめる長様の表情は見えない。

その深い声だけが、どこか懐かしそうに私の耳に届いた。

私は年月を経てすっかり茶色く変色してしまった熊の木彫りを、そっとポケットに仕舞った。


「さて・・・今日のご予定ですが、長様。14時から魔里人の幹部達との会合の後、15時から17時迄鬼里人の幹部連との合同会議、
17時半からは若人らも交えた魔里人のみの会合、その後は・・・・」


「・・・今日は何事も無ければよいがな。」


長様は小さく溜息を吐きながら、軽く眉間に皺をお寄せになった。


「・・・・鬼里人達が余計な事を口走らねば、何もございますまい。」


「・・・・そうだな。」


長様は目を細めた。

車は滑るようにして目的の高層ビルに辿り着く。


「どうせ話し合いをするのなら・・・今度はこんな味気ない建物ではなく、森の中が好ましい・・・。」


長様は誰にとも無くそう言うと、車から降りた。私も慌てて手帳を仕舞い、彼に続く。

そして、もう一度お守りに手を・・・・。


―彼の隣にいる喜びを、外に出してしまわない為に――





Fin.






お借りしたイラストは、どちらかというと姉のイメージで。
遠い昔を想うとふと脳裏を横切る思い出の人を、皆抱えているのだと思います。


地下室@月窟で公開中の『魔里人今昔物語〜血雨〜』及び其の一・其の四関連話でした。(これで一応ひと段落・・・かしら)
合わせてご覧いただけると幸いです。
士度の魔里人時代にはこんな辛い経験もあったのでは・・・?と思い、このシリーズを繋げてみました。
(時列的には其の四→其の一→「血雨」→其の五になりますが、『魔里人今昔物語』の順番→「血雨」でもご理解頂けるかと思います)
「血雨」は内容が内容だけに月窟に掲載することに相成りました。