長様は、奥様一筋。
会議場に向かう為、いつも通りに長様のお住まいまでお迎えに参上したら、
今日も玄関先でお二人の絆を見せ付けられた。
――いってくる・・・――
そう言いながら奥様の頬に触れる長様の指は、長く、逞しく、とても綺麗。
――いってらっしゃいませ・・・――
そう答える奥様は、長様の指を愛しそうに撫で、とても穏やかな
その見えない瞳で、長様を見つめるように・・・。
そして奥様は、従者にすぎない私にも、優しく微笑んで会釈をしてくださる。
そんな中、長様は奥様にもう一度振り向きざまにお声を掛けて、お屋敷を後にするのだ。
門を出る車とすれ違いに、双子の坊ちゃまとお嬢様が帰宅された――
手を振られるお二人に、長様は車の中から軽く手を上げることで答える―お子様方に向ける眼差しも、いつもとてもお優しい。
以前、長様の血と能力を後世に残すため・・・長の血を引いた純血の魔里人を残そうと、古き人々から「長に一族の女から妾を」という話がでた。
そのお話は奥様のお耳にも入り、かなり心を痛められたと聞き及ぶ。 長様はもちろん激怒なされた。
――長だから妾を持てと言うならば・・・長の地位なんざ他の奴にくれてやる――
彼のその一言で、その話は立ち消えた。
彼は・・・彼の存在は、我らが一族になくてはならない絶対的なもの――それは一族の誰もが知っている揺ぎ無い事実だから。
そして私も・・・・
私は――スーツのポケットの中で一人密かにお守りを握り締める。
<今日も長様のお役にたてますように・・・>
それは先の
私がホッと息を吐いた瞬間、車がカーブに差し掛かり、その弾みで揺れた手元から大事なお守りが転げ落ちた。
「あ・・・」
そしてそれは長様の足元に転がっていく。
「・・・?何だ?」
蒼褪める私を余所に、長様はそれを拾い上げた。
「・・・・犬?」
「――!!く、熊です・・・!」
――随分と下手な熊だな・・・――
長様はクスリと小さく笑いながら、そのお守りを私の手に返してくれた。
「昔――大切な方から、頂いたのです・・・・」
――そうか・・・――
「姉に随分と羨ましがられました・・・良い方から良い物を頂いたと・・・」
――・・・・・・――
けれど姉は・・・逝ってしまった。――最後は想い人の腕の中で。
血の海の中でも・・・きっと彼女は幸せだったろう。
お役目を果たし、最後まで一族の為に祈りを捧げ、何よりも守り続けたかった予言通りに、事切れることができたのだから。
「お前の姉は・・・確か、巫女だったな・・・」
「はい・・・」
窓の外を見つめる長様の表情は見えない。
その深い声だけが、どこか懐かしそうに私の耳に届いた。
私は年月を経てすっかり茶色く変色してしまった熊の木彫りを、そっとポケットに仕舞った。
「さて・・・今日のご予定ですが、長様。14時から魔里人の幹部達との会合の後、15時から17時迄鬼里人の幹部連との合同会議、
17時半からは若人らも交えた魔里人のみの会合、その後は・・・・」
「・・・今日は何事も無ければよいがな。」
長様は小さく溜息を吐きながら、軽く眉間に皺をお寄せになった。
「・・・・鬼里人達が余計な事を口走らねば、何もございますまい。」
「・・・・そうだな。」
長様は目を細めた。
車は滑るようにして目的の高層ビルに辿り着く。
「どうせ話し合いをするのなら・・・今度はこんな味気ない建物ではなく、森の中が好ましい・・・。」
長様は誰にとも無くそう言うと、車から降りた。私も慌てて手帳を仕舞い、彼に続く。
そして、もう一度お守りに手を・・・・。
―彼の隣にいる喜びを、外に出してしまわない為に――
Fin.
お借りしたイラストは、どちらかというと姉のイメージで。
遠い昔を想うとふと脳裏を横切る思い出の人を、皆抱えているのだと思います。
地下室@月窟で公開中の『魔里人今昔物語〜血雨〜』及び其の一・其の四関連話でした。(これで一応ひと段落・・・かしら)
合わせてご覧いただけると幸いです。
士度の魔里人時代にはこんな辛い経験もあったのでは・・・?と思い、このシリーズを繋げてみました。
(時列的には其の四→其の一→「血雨」→其の五になりますが、『魔里人今昔物語』の順番→「血雨」でもご理解頂けるかと思います)
「血雨」は内容が内容だけに月窟に掲載することに相成りました。