【3】
和やかな昼食が終ると、
(マドカが腕によりをかけた自慢の料理の数々は、士度にも眷属たちにも大好評だった)
士度と幸庵は話があるとかで近くの小高い丘まで登っていった。
本当はマドカも着いていきたかったが、いつか士度が話してくれる事を信じて、言われるままに桜並木に残った。
モーツァルトは満腹で、昼寝を決め込んでいる。
マドカの周りには物珍しそうに金・銀・黒の狐や古狐・子狐たちが集まってきて談笑をし始めた。
ここにいる狐たちの声はこの空間のせいか、外の動物たちの声よりも多少ではあるがマドカの耳にはっきりと聞こえてくる。
<とうとう、士度も嫁さん候補を連れてくる歳になったかのぉ>
その言葉にマドカは頬を染めて俯いた。
<しかし、前の長殿の嫁さんもかなりの器量良しだったで。
士度と三人でここへ来たのはほんの数度じゃったが・・・>
「士度さんの、お母様ですか?」
士度の口からも一度も聞いたことがないその存在に、マドカは反応した。
<そうそう、ヤツがまだほんの童(わらし)の頃、流行り病で亡うなってしもうたが・・・。
娘さんのように長い黒髪が美しい、優しく、聡明なお人じゃった。>
一匹の銀狐が、懐かしむように言った。
<・・・この桜並木の外れに、あの奥方の桜があるで。
彼女に惚れ込んでおった長殿の・・・士度の親父さんは・・・表にこそださなんだがその死をえらく嘆き悲しんでの。
此処が好きじゃった奥方の為に、桜の木を一本植えなさったのじゃ。
形見の櫛をその根元に埋めてな。>
「・・・・あの、その桜の木、私が拝見してもよいでしょうか?」
<もちろんじゃとも、来なされ。>
そう黒狐が返事をして、マドカについて来るように言う。
他の眷属たちもその後に続いた。
士度と眷属の長である白狐は丘の上から、
マドカと狐たちが列をなして桜並木を行く様子を見下ろしていた。
「・・・?何やってんだアイツ等。」
<ほほぅ、さながら狐の嫁入り行列じゃな。婿殿が足りんようじゃが。>
白狐の幸庵は心底楽しそうだ。
「・・・・鬼魔羅 のことは分かったけどよ。幸庵老、アンタ、今回よくあっさりとマドカを通したよな。」
士度は隣に座って寛いでいる白狐を見やりながら訊ねる。
<お前さんが選んだ女子(おなご)じゃ。信じておるよ。
それにあの娘さんが我々の言葉を急速に理解し出したのも、
何も鬼魔羅 によってお前さんの力が増幅されている影響だけではあるまいて。
お前さんとあの娘さんの想いが−通じ合っておるからじゃろうな。
番には相応しかろう。
加えてあの娘さんの“気”−お前さんの母御によく似ておる。>
「俺のお袋に−−?」
士度は自分の母親を思い出そうと試みが、それは徒労に終ってしまう。
士度が物心ついたときにはすでに母は亡く、
微かに覚えているのは、自分の名を呼ぶ柔らかい母の声と、
自分を抱く細い指先、花の・・・匂い。
「・・・よく覚えてねーからわかんねーよ」
士度はゴロンと横になりながら独り言つ。
<お前さんを誰よりも愛しておったよ−お前さんの父御と同じように。>
幸庵の言葉を聞きながら、士度は桜舞う青空を見上げた。
父と母と−三人でここへ来たときはどうであったか−。
あぁ、お袋も今日のマドカと同じように、桜の中で無邪気に舞っていたような気がする。
いつも厳格な長の、お袋を見ていたあの表情−子供心に思ったものだ、
彼女は、彼にとって、特別−なのだと。
<ほれ、これが件の木じゃ。>
桜並木の終わりに、その中央にひっそりと立つ一本の桜の木。
周りの木々が巨木と老木ばかりなのに対して、
この木だけはまだしっとりとした細さと、若々しさをマドカの指先に感じさせた。
マドカの頬に落ちてきたその花弁に触れてみると、産毛が生えているような感触がして、他の桜のものと少し違う。
「・・・・この花は?」
<霞桜、といってな。純白の桜じゃよ。
あの奥方の乳白の肌の色を彷彿とさせるような・・・>
マドカはその木にそっと寄り添い、耳をその幹にあてた。
− 士度さんのお母様・・・・お会いしたかったです。
そして、士度さんのこと、お母様の御口から聞いてみたかったです。
彼は・・・私にとても優しくしてくれます。
私に、光を与えてくれました。
私の暗闇を・・・彼が照らしてくれています。
私、これからもずっと、士度さんと、共に歩んで生きたいと思っています・・・。
お母様・・・・士度さんを産んでくれて、ありがとう・・・。 −
ザッ・・・風が若木を揺らした。
真っ白な花々が揺れ、マドカの上に雪のように舞い降って来た。
まるで、マドカの声に答えるかのように。
「マドカ−−」
その風に乗るように、士度の声がマドカの耳に届いた。
「・・・どうしてこんなところにいるんだ?」
振り返ると、士度が幸庵と共に数歩先に立っていた。
士度が手にもっているのであろう、山吹の花の匂いがマドカの鼻を擽る。
「・・・・狐さんたちから士度さんのお母様のお話を聞いて・・・ご挨拶に来ちゃいました。」
マドカは士度に駆け寄って、その手を引いた。
「山吹ですね、いい香り・・・」
そこらへんにあったからよ、と士度はぶっきらぼうに言うと、
その花を一輪、そっと母の木の下に供えた。
白い花弁の上に、その上品な黄色はよく映えた。
「・・・・とても綺麗なお母様だったと、お聞きしました。」
マドカの優しい声がする。
「覚えてねーんだ。」
「え?」
「覚えてねーんだよ、お袋の顔。気配とか声とか、匂いとかは思い出せるのによ。」
どーしても思い出せねぇんだ、と少し寂しげに士度は言った。
「・・・じゃあ、私と同じですね。」
マドカはそっと、士度の顔に手を伸ばした。
そして彼の顔を確かめるように、ゆっくりとなぞる。
「私の母も、私が小さい頃に亡くなりましたから・・・きっとこんな風に私も触れていたと思うんですけれど、
思い出せないんです、その感触が。母の声や優しい指先は覚えているのに・・・」
「・・・そうか。」
士度は顔に触れる手をとって、その桜色をした爪先に唇を寄せた。
そして二人は暫くそのまま、白い桜の木の香りに包まれいた。
その後、狐の舞や昔語りや変化の披露に興じていると、
あっという間に日が落ち始めた。
外の村外れに、眷属が化けて経営している古い旅館があるから泊まっていって早朝帰るが良い
と幸庵に言われたので、二人はその言葉に甘えることにした。
夕暮れに鮮やかに染まる桜並木の中を、手を繋いで恋人たちはゆっくりと進む。
− 士度さん。−
− なんだ?−
− 私、来年もまた、ここへ来たいです。−
− そうだな。来年もまた来れるだろうよ。−
− 来年も、再来年も、その次の年も・・・ずっと、ずっと、士度さんと一緒に来たいです。−
−・・・・だな。俺も一人ではなく、毎年マドカとここへ来たい・・・。そうなればいいな。−
− そうなりますよ!−
− そうだな・・・。−
− そしていつか・・・・。−
− いつか−?−
−・・・いえ、何でもありません!約束ですよ、士度さん、ずっと、ずっと・・・。−
−?・・・そうだな。約束しよう。−
毎年、お前とここへ、桜を愛でにくることを−。
そしていつか、士度さんと本当の家族になれればいいな、とマドカは思った。
士度さんと、士度さんのお父様とお母様がここで桜を愛したように、
私と、士度さんと、そしていつか、私たちの子供たちと・・・・。
この花園で、愛を育みたい−この優しい薫り包まれながら、一番愛する人の隣でー
桜並木を抜けると、二人と一匹は眷属たちにサヨナラを言った。
来年再会することを約束して。
若い雌狐がマドカに桜の匂い袋をくれた。
来年の今頃、また中身を替えにおいで−と。
幸庵は来たときのように空間を曲げて送ってくれた。
外界はもうすっかり日も暮れていて、三日月が薄っすらと森に光を落としている。
来年も件の油揚げを忘れるなと士度は釘を刺された。
そしてその白狐が自慢の大きな尻尾を一振りすると、
ポッと蒼い光の狐火が目の前に現れる。
この狐火について行けば村外れの眷属の宿に着けるじゃろう、と
彼は士度にその大きな身体を摺り寄せて挨拶をし、そして闇夜に溶けて行った−。
私たちの、秘密の花園。
その扉が開かれるのは一年に一度、私たちのお庭の桜が散った頃。
その夜、マドカは夢を見た−それは彼女が未来に託している夢。
そんな彼女の幸せそうな寝顔を士度は、匂い袋が香る中
飽くことなくいつまでも見つめていた。
来年も、春の笑顔を愛でに来よう。
Fin.
4月中にこのお話をUPできて、管理人一人満足しております;
重くなりそうな鬼魔羅 話と、甘くなりそうな御宿での話はまたの機会にv
お話変わって−士度パパは私の激好みなのです・・・
あのご尊顔ということは士度は親父殿似だったのね。
お母様もさぞかしお美しいお人だったんだろうなぁ、と勝手に妄想。
この話を書いて、俄然士マドの子供を書いてみたくなりました・・・。
ただ今出来上がっているお子様プロットをここでプチ公開(いらないって;)
双子の兄妹、外見は兄が小士度で妹が小マドカ。
兄の名前は士音(シオン)、妹の名前は琴音(コトネ)。
二人とも洩れなく神の耳と動物言語理解能力がついてたり。
両親とはときどき衝突もするけれど、基本的には激尊敬しております。
これだけオリジナル入ると読者はいるのか、って話なんですけれど;