stumble of Lovers


【1】


スクープ!クラシック界のプリンセス、熱愛発覚!?
お相手は新進気鋭の若手英国人バイオリニスト!



人の往来もまだまばらな早朝。
駅前の売店で何とはなしに目にした週刊誌の見出しに卑弥呼の視線が止まった。
確か今回の相棒の彼女も、そんな肩書きを持っていたような・・・。
卑弥呼は普段手にとることがないそのゴシップ雑誌をパラパラと捲り、目的の記事をみつけて石化した。
背の高い金髪の男性と、小柄で長い黒髪で小さな盲導犬を連れた女性が手を取り合い、見つめ合っている。
卑弥呼は思わずそのカラー写真の隣に書かれていた記事に目を走らせた。

黄昏時の成田空港。神の耳を持つと謳われいる日本が誇るクラシック界のプリンセス、盲目のバイオリニスト、音羽マドカ嬢(17)に恋の季節が訪れていたようだ。写真のお相手はイギリスクラシック界に彗星の如く現れた黄金の音色を持つバイオリニスト、アレックス・ゾンネ氏(22)。本誌記者は確かに聞いた。別れ際に二人が "I Love You”と囁きあう声を。
この日ゾンネ氏は機上の人となってしまったが、海外公演で世界中を飛び回っている二人のこと、スケジュールさえあえばロマンチックなデートをする条件と場所には事欠かないであろう。
ゾンネ氏との束の間の別れに感極まったのか、音羽嬢はその漆黒の瞳にうっすらと涙を浮かべながら、本誌記者の突撃インタヴューには何も答えることなく、マネージャーに支えられながら足早に去っていった−ー



「−ーって・・・何よ!これ!?」

この記事の内容が本当なら、ビーストマスターは・・・

「オイ、馬車のおっさんのトラックが来たぞ?」

「〜〜!!」

背後から覗き込むようにしていきなり声をかけられ、卑弥呼は驚きのあまり全身に鳥肌が立った。
そして手にしていた雑誌を慌てて売店のラックへ戻す。

「ちょっと!!脅かさないでよ!・・・アンタ、いつの間に私の背後に・・・」

「・・・あんた、何度呼んでも目ぇ上げなかったじゃねぇか。ほら、馬車のおっさんが待ってるぞ?」

クィ・・・と親指で大型トラックを指しながらビーストマスターは何でもないようにそう言うと、サッサとトラックの後部座席に乗り込んだ。
あの様子だとこの記事のことはまだ気がついていない・・・?
卑弥呼も馬車に軽く挨拶をしながらトラックに乗り込む。そしてチラリと後部座席の方へ目をやると・・・・「〜〜!!」
士度は後部座席に放置されていた件の雑誌を手に取り、パラパラと頁を捲っていた。そして例の記事のところでその手が止まり、
彼の目が文字を追う。

「なんかその記事に大変な事が書いちょるけど・・・大丈夫ながか?」

左折しながら馬車が世間話をするような口調で訊いてきた。

「・・・さあな。着いたら起こしてくれ。」

士度は表情一つ変えずに座席の片隅にその雑誌を放ると、シートに身を沈めて寝の体勢に入った。
「おぉ。」と馬車が答える中、卑弥呼は記事を読んだ士度の無反応さに目を丸くした。
相思相愛のはずの彼女に恋人ができたとかなんとか書かれているのに・・・アンタの性格がイマイチよく分からないわ、ビーストマスター・・・。

「・・・それにしても。馬車サンもあんな雑誌買うんだ・・・?」

鼻歌交じりに運転をしている馬車の方をチラリ、と見ながら卑弥呼は呟いた。

「いんや、普段は買わんがやけんど・・・ほらな、例のお嬢ちゃんの記事が載っていたから、ちと気になってな。」

まぁ、この様子だとあまり心配する必要もないみたいやな・・・・。

馬車ののんびりした台詞に卑弥呼は、「本当にそうかしら・・・」と口の中で小さく言った。
後部座席で眠る彼が・・・あのバイオリニストのことを誰よりも愛しているのは周知の事実。
卑弥呼の目から見ても、この恋人達はうまくやっているように見えたのだが・・・。
不意に、この記事を読んだときの蛮の嬉々とした反応が卑弥呼の脳裏に浮かび、彼女は頭を振った。
新宿のあの店に寄るのは暫くよそう・・・きっと騒がしいことになっているだろうから。
何事もなかったかのように幽かな寝息を立てている後部座席の彼をチラリ、と目の端に納めると、
卑弥呼は小さく溜息を吐き、流れていく緑の景色に視線を戻した。




マドカはモーニング・ルームで一人食後の珈琲を飲んでいた。
今日はポカポカ良い天気。
温室のハーブのお手入れをしたり、お菓子を焼いたり、
お庭で日向ぼっこをしながら久し振りにのんびりと過ごすのにはもってこいの日和だ。
ただ、足りないのは彼の気配・・・。
一人の朝食はやっぱり寂しかったな・・・そう思いながら彼女は愛しい男の気配を心に描いた。
彼のぶっきらぼうだけど優しい声や、何気ない仕草や、大きな手の感触や、
触れるときに感じる身体の熱を思い出すと、自然と口元が綻ぶ。

<マドカ、ナンダカ、ウレシソウダネ?>

足元のモーツァルトが尻尾を振りながら訊いてきた。

<そうかしら・・・?とても寂しいのよ、今は。でも心の中にいる彼のことを感じてみると・・・・>

「お嬢様!!た、大変です!!こ、これを・・・・お、お嬢様の・・・ね、熱愛発覚って・・・・!!」

モーツァルトの頭を撫でながら幸せそうな表情をしていたマドカの面が驚いたように上げられた。
買い物に出ていたはずの一番年少のメイドが、息を切らせながらモーニング・ルームに飛び込んできたのだ。
しかも尋常ではないことを口走りながら。
熱愛発覚?・・・でも、“彼”のことはまだ親しい人にしか話していないはず・・・。

「え・・・?どうして分かったのかしら?私と“士度さん”の事・・・・」

それでも、自分と士度の関係は本当のことだから、知られてしまった以上、必死に隠す必要は別にないだろう・・・
そう思いながらマドカはのんびりと答えた。
“熱愛”という甘い言葉の響きに僅かに頬を染めながら。
しかし。

「お相手が違います!!これをご覧になってください!!」

そばかすメイドの切羽詰った声に目を丸くするマドカの前で、執事の木佐がそのメイドから件の雑誌を取り上げて、
「読んで差し上げます」とページを捲った。
しかし、例の記事を目にすると彼もまた一瞬硬直する。
そして目を瞬かせているマドカの方を冷汗交じりにチラリ、と見ると、努めてゆっくりとその記事の内容を読み上げた。
マドカの顔がみるみる蒼くなっていった。



きっとマドカくらいの有名人だと、たまにはこんなことも・・・。