【2】

「・・・仕事、終わったわよ。ちょっと!アンタ、どーゆーつもりよ!!ワンコ3匹奪還って聞いてはいたけどね!!
あんなに馬鹿デカイ犬だってことは一言も言ってなかったじゃない!!先陣切って行った私の服はボロボロよ!!
え!?ビーストマスター?トラックのコンテナの中でデッカイワンコたちと戯れているわよ!
雑誌の記事?・・・・あぁ、あれね・・・彼も今朝方、目を通していたわよ・・・反応?別に・・・・何も言っていなかったわ。
HONKY TONKが大騒ぎ?知らないわよ!そんなこと・・・・」

携帯電話を片手にヘヴンに苦言を呈していた卑弥呼は適当に話を切り上げると、士度から借りたベストの前をもう一度合わせた。
ほら、やっぱり他の奴等にも話が筒抜けじゃない・・・しかし一番慌てるはずの人物が何故だか一番冷静だ。
彼は今日も仕事をそつ無くこなし、三匹のアイリッシュ・ウルフハウンドにじゃれつかれてその爪でメッシュのトップスをボロボロにされてしまった卑弥呼の肩に、自分のベストをさり気無くかけてくれたりもした。「随分と好かれたものだな・・・」
――そう苦笑する余裕さえ見せながら。
彼には絶対的な自信があるのか・・・・それとも−−宿無しになることを恐れていないとか?
−−まぁ、自分にとってはどうでもいいことだが・・・・それでも−−愛だの恋だので人が傷つく姿はできれば見たくない。
卑弥呼はそう思いながら携帯電話をポケットにしまった。




「マドカちゃん!今士度クンが宿無しになったらコッチも仕事頼みにくくなっちゃうのよ!だからもうちょっとの間・・・・」

「〜!!全部誤解なんです!ヘヴンさん!!私が士度さん以外の人を好きになるわけないじゃないですか!!」

雑誌片手に喚きながら音羽邸に乗り込んできたヘヴンを出迎えながら、マドカは彼女にしてみれば珍しく大きな声で反論した。
そして、「士度さんにこの記事を読まれたどうしよう・・・・」とオロオロし始める始末。


「あ・・・あのね、士度クン、もうその記事読んじゃってるみたいで・・・・」


半分涙目のマドカを気の毒に思いながらも、ヘヴンは卑弥呼から仕入れた情報をマドカに伝えた。


「え・・・無反応って・・・・」


その情報に一抹の不安がマドカを襲う。


「う〜ん・・・でも仕事終わってかなり経つから、もうそろそろ彼も戻って・・・・!!」


ヘヴンの言葉途中でガチャリ・・・と玄関のドアノブが鳴り、玄関先で立ち話をしていた二人の目の前に士度が現れた。


「・・・?玄関先で何やってるんだ、オメーら?」


「士度さん!!」 「士度クン!」


降って湧いたような彼の気配のそばに、マドカは急いで駆けていった。



「士度さん!あの雑誌の記事は全部・・・」


「・・・全部“誤解”、なんだろ?」


「――!!そ、そうなんです・・・!」


マドカの顔は一瞬驚いたような表情をした後、すぐに安堵の色に染まった。


―― そうさ・・・俺は、お前を信じている・・・


「ゴシップ記事っていうのは表面の薄い部分しか見えてないって、以前阿久津の野郎も言っていたしな。」


「よかった・・・。士度さんがあの記事を鵜呑みにしてしまったらどうしようかと思っちゃいました・・・・」


士度のその台詞にマドカはホッと息をつきなら涙ぐんだ。
彼が、自分のことを微塵も疑わないでこうやって目の前にいてくれることが何よりも嬉しい・・・。
その涙は零れ落ちる前に士度の長い指先でそっと拭われる。


―― 俺は、お前を泣かせたくない・・・・


「泣くなよ・・・。しかし、あんな記事を書かれちまうなんて、有名人も大変だな。」


「有名人だなんて・・・わ、私だってあんな書かれ方したのは初めてです・・・。この涙だって・・・嬉し涙なんですよ・・・?だって・・・」


―― あなたが私を、信じてくれたから。


目元を少し擦りながら、マドカが士度に向けたのは軽やかな笑顔。


―― そう、お前には、いつもそうやって笑っていて欲しい・・・


「・・・マドカ、何か困ったことがあったらすぐに言えよ?」


―― 俺が、お前を守るから。


「はい、士度さん!」


「例えば、俺の存在がお前の迷惑になるようだったら・・・・」


―― それに、俺はお前の負担になりたくない・・・


「・・・え?」


「俺はちゃんとこの屋敷を出て――」


パンッ・・・・


乾いた音が広いエントランスに響いた。


「・・・士度さんの馬鹿!!」


そう叫ぶなりマドカはクルリと踵を返してモーツァルトと共に二階に駆け上がり、
やがてバタン・・・!と派手に扉を閉める音が音羽邸に響いた。

エントランスに残されたのは、頬を叩かれて呆然と立ち尽くしている士度と、
事の成り行きを目撃し唖然としているヘヴンと音羽邸の使用人たち。



―― ・・・俺は・・・お前を怒らせたいわけでもないんだ・・・・



士度の脚は階段に向かって一歩踏み出しかけたが、不意にその表情に哀が射したかと思うと、
彼もまた踵を返し、無言で玄関から出て行ってしまった。


「え・・・ちょ、ちょっと!士度クン!!」


ハッと我に還ったヘヴンが慌てて士度を追い、音羽邸を出た。
音羽邸の執事とメイドは暫く口もきけず、棒のようにエントランスに立っていた。



「ちょっと!ねぇ・・・!何処に行くのよ!!」

駆け足で士度に追いついたヘヴンは彼の腕をとったが、すぐに振り払われる。

「何処って・・・頭冷やしに行くだけだ!!」

いらついた様に返事をする士度は歩むことを止めない。

「頭冷やすって・・・!でも・・・マドカちゃんをあのまま放っておいてイイわけないでしょ!?あれは士度クンが・・・・」

ヘヴンが尚も士度の腕をとって言い募りながら彼を振り向かせようとしたそのとき・・・

女の甲高い悲鳴が二人の背後から聞こえた。



 



余裕も空振り。士度受難・・・。