【6】
「・・・・なぁ。一つ・・・聞いてもいいか?」
マドカの気持ちが落ちついた頃を見計らって、士度が小さな声でマドカに囁いた。
ベッドヘッドに背を預けている士度に包まれるような形で、彼の逞しい胸にその小さな頭を乗せていたマドカは
“何ですか?”と言いながら士度の胸元に頬擦りをする。
今は彼の温もりをずっと感じていたい・・・そんな気分だ。
「あの、さ・・・・あの記事の・・・“I Love you”がどーとかって・・・あれは・・・」
いったいどーゆう誤解なんだ・・・?マドカの長い黒髪を手持ち無沙汰に弄りながら、歯切れ悪く士度が訊ねてきた。
「あぁ、あれですか・・・」
たいして気にした風でもなく、マドカはもう一度その身を士度に凭せかけた。
「・・・今回のコンサートで共演したあの人をお見送りに行った時に、彼に“I Love you”って言われてたんですけれど、
私は 『“I Love you”と言う言葉を差し上げる方は、私にはもういますから』 と言ってお断りしたんです。
あの後、急に士度さんに会いたくなってしまって、そしたら涙が出てきて・・・・インタヴューのことなんて、気がつきませんでした。
ホント、ゴシップ記事の記者さんって都合の良い耳と眼をお持ちなんですね・・・」
後でちゃんと訂正文を載せてもらわなきゃ、私にも先方にもとんだ迷惑です・・・・。
士度の腕を両手で抱きしめながら、マドカはふくれっつらをした。
一方士度は彼女の言葉を聞いて唖然とする。
「って、お前・・・本当に告白されたのか!?」
「・・・?そうですよ?でも、もちろんお断りしましたし。だって、私には士度さんがいますから・・・・」
冷や汗交じりで問いかけてくる士度に、マドカはさも当然のごとく、朗らかに答えた。
マドカの背後で士度が大きく脱力する・・・・あぁ、この危機感と安堵感が入り混じった感覚はいったい何なんだ――?
「士度さん?どうしたんですか?」
珍しく大きな溜息を吐く士度の様子を窺うため、マドカが無邪気に彼の顔を見上げながら小首を傾げた。
「いや、何でも・・・・」
・・・ねぇ。――そう答えようと士度は口元を押さえながらチラリとマドカの方を見た。
すると彼女は小鳥が士度を覗き込んでくるときのような可愛らしい仕草で、
その見えない瞳で不思議そうに士度のことを“見つめて”いた。
「・・・・好きだぜ、マドカ。」
自分の口から自然に、しかもすんなりと出てきた甘い言葉に少し驚きながらも、士度は背後からマドカを抱きしめた。
彼女が今、自分の傍らにいるという幸せを噛み締めるかのように。
「――!私も、士度さんのこと、大好きです・・・!」
士度の言葉に一瞬虚を衝かれたような顔をしたマドカだったが、その顔はすぐに幸福色に彩られ、
弾んだ声がマドカの唇から飛び出した。
そして彼の逞しい腕に頬を寄せ、彼の匂いと体温にその身を沈める。
士度は自分の腕の中で誰よりも愛らしい微笑を浮かべる存在を、その温もりを確かめるようにもう一度強く抱きしめた。
たまたま通り縋った音羽邸――空が夕焼け色に染まる中、緑の奥から美しい音色が聞こえてくるのを、卑弥呼は聴いた。
――なんだ、問題ないじゃない・・・。
それは彼女が奏でる音色を聴けば誰しも納得することだろう。
明るく、弾むような、曇りのない澄んだ優しい音色。
きっと彼女の傍らではビーストマスターが、私たちには滅多に見せない様な表情で聴いているんだろうな・・・。
――そんなことを思いながら、卑弥呼は路上で暫くその旋律を楽しむと、クルリと踵を返した。
そうだ、久し振りにあの喫茶店にでも行ってみようかしら・・・?蛮にこのことを話したら、アイツきっと悔しがるわ・・・・。
卑弥呼は足取り軽く、HONKY TONKへと向かって行った。
恋色の旋律は、夕焼け空をますます赤く染めながら、確かな愛の譜を奏で続けていた。
Fin.
士度×マドカの甘い話を久々に・・・と思ったら。
“stumble of Lovers”は“恋人たちのつまずき”という意味です。
士度とマドカの体格差は理想です。あの肉体美にギュッって抱きしめられたら天国でしょう。
スポーツマンや体格の良い人の体温は高いそうな。士度もきっと温かい人なのかも。