第一章

-der Zerfall-

               
               「お嬢様、小包が届きました。」

                メイドが「失礼致します」と一礼して、マドカの部屋へ入ってきた。
                その手にはいつもの、上品で上等でそして−薄い、彼の人からの封筒ではなく
                きっちりとに飴色の斐紙で包まれた、小さな箱。
                送り主の名前を確かめると、やっぱり、あの人から―― 私の、まだ顔も知らぬ婚約者様、
                ヴォルフガング・S・v・ヴィンターバウム公爵殿。
               
                すでに見慣れた、丁寧で且つ神経質そうな文字にマドカの心は躍った。
                急く気持ちを抑えながら、その緻密で光沢がある滑らかな和紙を破らないように
                マドカはそっとその包み紙を開けていった。
                見えてきたのは、七色に仄かに光る貝殻が散りばめられた、小さな小さな宝石箱。
                そしてその上に、百合色のいつもの便箋が控えめ乗せてあった。

               
                 <・・・・この間のお手紙で、あなたが星を捕まえてみたいとおっしゃっていたので。
                  旅先で偶然みつけました。お気に召せばよいのですが。

                                                  まだ見ぬあなたへ愛を込めて。
                                                  Wolfgang・S・v・Winterbaum >


                その一枚の便箋に書かれていたのは、冒頭と文末の挨拶文とその二行だけ。
                丁寧で硬くて、綺麗な文字で。最後のm
(エム)すら流さずに。
                そう、この前送った手紙にマドカは流れ星のことを書いたのだ。
               

                <この広い空の下のどこかにいるあなたのことを思い、夜空を見上げていたら、
                 生まれて初めて流れ星というものを見ました。あまりにも急なことでしたので、
                 “あなたにお会いしたい”というお願い事は一回半しかできませんでした。
                 もし、あのように地上に堕ちた星々を捕まえることができるのならば、
                 私は今すぐ網を持って探しに参ります。そして輝く星を捕まえて、
                 綺麗な鳥籠に座らせて、ゆっくりと、唱えるのです。
                 “早く未来の旦那様に会えますように”
                 何度も、何度も・・・・私は願いが叶うまで唱え続けることでしょう・・・・>

               
                少し、夢を見すぎかな、と思いながらもマドカは正直な気持ちを綴って、
                そのままその婚約者に送った。
                そしてそれから一週間後の今日、届いたのがこの手紙と宝石箱・・・・。
                宝石箱の中身は何かしら?星の欠片のような貝殻かしら?
                それとも星の形をしたブローチ?
                本物の星が入っていたりして・・・・なんといっても、国王陛下に全幅の信頼をよせられていらっしゃる
                公爵様ですもの。できないことなんて、なさそうだわ・・・・。
                マドカはその細くしなやかな指先で、その小さな宝石箱の蓋を、ドキドキしながら開けてみた。
                まず目についたのは紅色のビロードのクッション、そしてその中央に君臨していたのは・・・・
                ― 星、が籠の中に入っていた。― 
                緻密な銀細工によって上品で優美な曲線を描いた鳥籠が模られ、
                その籠の中央では蒼い星がゆらゆらと揺れていた。
                小さすぎず、大きすぎず、その高貴な煌きはまるでマドカの瞳を吸い込まんばかりに白く、青く、
                止むことなく誰をも虜にする光を放っていた。
                マドカはしばし、呆然とその青い輝きを見つめていた。
                そして恐る恐る手を伸ばして、ビロードの小さなクッションからそのペンダントを手に取った。
                細い銀の鎖の輝きだけでさえ、マドカの眼には余るくらいなのに、
                その―― ブルーダイヤの輝きは、今までにみたダイヤのどんな輝きをも凌ぐほど、
                その光をもってマドカに語りかけ、マドカを虜にした。
                マドカはゆっくりと、慎重にそのペンダントを身に着けた。
                そして鏡の前に立ってみて、その白い胸元で揺れる小さな鳥籠とその捕らわれ星に眼を向ける。
                リンッ・・・とするはずのない音がまるで聞こえてくるかのように、マドカが身体を動かすたびに、
                その星は鳥籠に合わせて揺れた・・・・。

                 「マドカ、ヴィンターバウム公から小包が届いたそうだが・・・」

                マドカが鏡の前でもう一度身を翻したとき、
                開いたドアをノックしながら、マドカの父親であるトーンフェーダー伯が入ってきて遠慮がちに訊いてきた。

                 「お父様!」

                父の声に被せるようにマドカは叫ぶと、心の中で燻っていた喜びが爆発したように言葉を紡いだ。
        
                「見て、お父様!この間私が手紙で星のお話をしたら、公爵様はこんなに素敵な贈り物をくださったわ!
                 旅先でも、私のお手紙をちゃんと読んで下さっているのよ!お父様、私、殿方からこんなに素敵な贈り物を
                 頂いたのは初めてだわ・・・。すぐにお礼のお手紙を書かなくちゃ、コリーナ!一番上等な便箋と封筒を
                 持ってきてちょうだいな!あぁ、どうしよう・・・・」

                ひとしきりはしゃいだのかと思ったら、今度は頬を染め、そのペンダントを愛しそうに手で包みながら
                涙ぐむ一人娘を見て、トーンフェーダー伯の心にもジワリと暖かいものが沁み込んできた。
                三ヵ月後、この娘は将来をずっと共に過ごす殿方の顔を初めて見て、四ヶ月後、彼の元へ嫁いで行ってしまう。
                お相手は、国王陛下お墨付きの公爵殿。お家柄には全く問題は無し、お人柄は・・・見せてもらった手紙の字を
                見る限り、かなり神経質そうなお方だ。社交パーティーでもお目にかかったことがない・・・どうも国王陛下が
                ご出席なされるパーティーにしか公爵殿も出席なさらないようだ・・・社交はお嫌いか?それでも・・・・
                今は陛下勅命のお仕事で国中を飛び回っておいでなので残念ながらお会いできないが、
                そんな忙しい中でも、娘が送った数と同じ数だけ手紙を書いてきてくださっている。
                女性に対する接し方を心得ている紳士とお見受けする。
                おそらく、きっと、まだこんなに少女らしさが残っているマドカを幸せにしてくださる広い心をお持ちだろう・・・・。
         
                トーンフェーダー伯はそう一人感慨に耽りながら、そっと娘の部屋をあとにした。
                メイドのコリーナが便箋と封筒の束を抱えてすれ違った。
                あぁ、娘は今夜お礼の手紙を書くことに夢中で、おそらく眠れないに違いない・・・・。




                その青い宝石の輝きこそが、ヴィンターバウム公爵の化身であるかのようにマドカは思えた。
                この、おそらく唯一無二であろう、誰もが羨むようなペンダントを貰ったことはもちろん嬉しかったが、
                それよりなにより、旅先で多忙であろう公爵が自分の、長くなりがちな手紙をキチンと読み、
                そしてそれになぞらえた贈り物をしてくれたことがマドカの、公爵への思いを一層募らせた。まだ見ぬ婚約者のことを、
                ―- 自分のことを思いながら彼がこのペンダントを選び、買い求めたことを思うと、マドカの心は大きく跳ねた。
                何処か遠くで、顔も知らぬ誰かが自分の事をこんなにも気にかけてくれているなんて・・・。
                国王陛下からの使者が急にこの島、ノイオプダハにやって来て、公爵とマドカ嬢の婚約を了承されたし、述べたときには、
                流石にトーンフェーダー伯もマドカも面食らった――。
                マドカは趣味でバイオリンを嗜んでいる。しかしその音色はこの小さな島であるノイオプダハに安らぎの空間をもたらし、
                この小島の大きな名物でもあった。そしてその噂はいつしか王都にも広がり、ついには国王の耳に入り、
                御前でソロ・コンサートを開くという名誉にも授かった。
                その時、マドカのバイオリンの音色だけではなく、その容姿、その人柄も国王の目に留まったのだ。
                そして、以前から嫁探しを(国王が勝手に)していた公爵のお相手として白羽の矢が立った。
                国王陛下は一度決断成されると後が早い。マドカが他の男に懸想されないうちに即婚約と相成った。
                かの人が仕事から帰るのは5ヶ月後―― と聞いたときも同じく仰天したが、国王が書面にて
                “マドカ嬢を必ずや幸せにしてくれる人物である”と太鼓判を押していたので、結局国王に心酔しているトーンフェーダー伯は
                二つ返事でその縁談を受けた。そしてマドカも父が決めたことに反対をする理由なぞなかったのである。
     
                ――― それから二ヶ月。
                たったの八回程度の手紙の遣り取りで、マドカはだんだんと公爵の虜になって行った。
                その短い文面の中に、毎回確かに感じるマドカへの思いやりと慈しみ・・・
                そしてそれが今日、初めて手紙とは別の形でマドカの元へ舞い戻ってきた。
                この小さな贈り物は―幸せな結婚・幸せな家庭―に憧れを抱き、
                恋らしき恋を未だしたことがないマドカの心を大きく揺さぶるには十分だった。
                公爵との交流は正に“夢のよう”・・・。
                そしてマドカは、この幸せな気持ちと夢は、慕う公爵と結婚することで永遠に紡がれ続けるものだと思っていた――。
                


                便箋の上に、どんなに感謝の言葉を並べても、どうも陳腐な気がしてしまい、
                マドカは頭を冷やすために手を止めて、ベッドへ身を投げ、もう一度公爵の手紙に眼を通した。
                やはり、最初に読んだ以上のことは書いていない。
                白い胸に映えるペンダントが公爵家の紋章が入った便箋の上で揺れていた。

                  「ねぇ、コリーナ。」

                  「はい、なんでしょう、お嬢様。」

                自分より五つ・六つ年が上の、何でも話せる間柄のメイドにマドカが声をかけると、カイロの用意をしていたメイドは手を止めた。

                  「・・・・殿方のお手紙って、いつもこんなに短いものなのかしら?」

                私はいつも便箋に三枚から四枚書いているのに、公爵様ったら便箋に一枚以上は書いていらっしゃらないのよ、
                とマドカは不満、というよりむしろ不思議そうな顔をしてメイドに問いかけた。

                 「・・・・それは、人によりけりだと思いますけれど。公爵様はきっと、寡黙でいらっしゃるのですね。」

                 「・・・・そうなのかしら。そしたら、毎回封筒一杯にお返事を出してしまう私がお喋りってことになってしまうわね・・・」

                公爵様はきっと、呆れていらっしゃるわ・・・マドカの声が急に萎んでしまった。

                 「あら、お嬢様。呆れていらっしゃるならこんな素敵な贈り物などなさいませんよ、殿方は。
                  それに、そんな短いお手紙でも全然ご不満ではないのでしょう、お嬢様?
                  毎日毎日、ポストマンがやってくる時刻になると、そわそわなさって。
                  そしてその公爵様の便箋一枚を、毎回一時間近くも眺めていらっしゃるではないですか。
                  そのお気持ちは空を渡って、きっとどこかでこの星空を見ていらっしゃる公爵様にも届いていますよ。」

                早くお返事を書いてしまわれないと、明日の朝の集配に間に合わなくなりますし、お肌にも悪いですよ、
                とメイドは訥々と語ったあと、お湯を持ってまいります、と言って一端辞して行った。
               
                マドカはコリーナの説教染みた言葉に苦笑すると、改めて今まで自分が書いた手紙と、公爵から送られてきた
                手紙の内容を比較してみた――
                 
                あ、・・・・
                
                マドカは急いでベッドから飛び上がると、机に向かい、羽ペンを取った。
               

                  <・・・・ヴィンターバウム様、もし、私の自惚れでなければよいのですが・・・。
                    このペンダントに籠められた意味を私は・・・・・>


               
ガシャン! マドカがそこまで書いたとき、階下で何かが割れる音がして、使用人たちの悲鳴と怒号が聞こえた。
               
                その音に羽ペンを持っていたマドカの手が止まる。
                彼女はネグリジェの上に急いでローブを羽織り、蝋燭を片手に持って階下の様子を窺うために自室の扉に近づいた。
                その間にも絹を裂くような悲鳴と、物が破壊される音がだんだん増えていき、マドカの足を竦ませた。
                それでも意を決してメイドの名を呼ぼうとしたその時――
 
                  「お嬢様!お逃げくださ――ッ!!」

                階段を上がってくる気配がしたコリーナの声が不自然に途切れた。ゴトリ、何かが倒れる音。
                そしてドスドスと大きな音を立てながら誰かが上がってくる。
   
                 「コリーナ!?・・・お父様!?」

                マドカの不安な声と同時に、白い扉が開かれ、目の前に血濡れの大刀を持った熊のような大男が現れた。

                 「・・・・見つけたぜ、お嬢ちゃん。」

                男が刀を振り上げた。

                恐ろしさのあまり一瞬で思考がショートし、遠ざかる意識の中マドカが自分の部屋で最後に見たものは
                倒されたインク壷と、真っ黒に染まった公爵への手紙だった――。






            エロくも怖くもなんともありませんが、次からが酷いです・・・。
               やらかしてしまいました・・・多分表の“嵐の夜”並みの亀更新になること必至です;
               海賊風味な世界観をこれから出していけるかどうか、
               オリジナルな世界を読者様に楽しんでいただけるかどうか、ちゃんと連載になるのかどうか、
               大いに不安ですが、少しずつ書いていこうと思います。