Pause 1.
die Villa der Rose
-薔薇ノ館-


ローレライ号が王都に戻ってきた――黄金の歌姫を漆黒の船首に飾るその船は、港が多いトイフェルドルフ王国の中でも限られた船しか利用できない裏港に錨を下ろした。


「情報収集に行ってくる――」

紅い眼の従者を伴い出掛けようとする船長に「どちらへ?」とファルケが訊ねると、そんな答えが返ってきた。
するとファルケはすぐ傍で武器を磨いていたハキムに声をかけ、褐色の肌の彼も満面の笑みを浮かべて同行する旨を伝えてきた――
ハキムと共に作業をしていた范はどこか侮蔑を含んだ眼差しを二人の同僚に向けたが、二人はそんな范の眼差しもなんのその、コートを手に取ると喜び勇んで船長の後に続いた。
二人は途中、見張りを交代したばかりのランツェを半ば無理矢理誘い、一行に加わらせた――今日は随分と同行が多いな――船長はそう苦笑したが、大して気にしていないようだった。

男ばかり五人の一行は、冬の凍てつくその港から王都の繁華街を通り抜け、郊外に近い夕暮れ刻の裏通りへと足を向けた。
人通りの少ない裏通りといっても、その街路は四頭立ての馬車が優に通れる広さがある。その通りに並ぶ館の数々はどれも貴族の屋敷や城に比べれば馬小屋程度に見られてしまいがちだが、それでも平民や比較的裕福な商人からしてみれば、十分に華館と呼べるようなものばかりだった。
それぞれの館の通りに面した入口には、控えめながらも細工が美しい名前だけの小さなプレートが掲げられている。
館の前に立つだけではそれぞれ何を商っているのか分からないその商売気を廃した建物が意味するのは、“一見様お断り”――どの扉にも内側から開く小さな覗き窓がついていて、ベルを鳴らした訪問者はその姿と身元を中の人から確認され許可された後、ようやく入れる仕組みになっていた。

黒いコートの襟を立てた士度はその通りの外れにあるワインレッドの壁を持つ蔦館まで足を運ぶと、小鳥の細工がしてあるベルを一度だけ、鳴らした――すると覗き窓がすぐに開き、男の鋭い眼光が刹那見えたかと思うと、その窓はすぐさまピシャリと音を立てて再び扉の色と同化する。
そして艶やかな黒髪の背の高い男が、音も立てずにその扉を開け、無表情に五人を招き入れた。



「やっぱりこっちがいいかな〜?」「そっちも素敵だけど、でもアナタの瞳の色と合わせたらやっぱりこっちの方が……」
「姐さん、もっとコッチに寄ってくれたらいいのに……!」「そういわないで。出る宝石によっては南や西の方に籠るのも珍しくないからね……」

ほら、お気に入りは見つかったかい?――

濃い葡萄酒色の絨毯、真紅に金の蔦模様を施した壁紙、蝋燭の灯りを静かに燈すアンティークのシャンデリア――そして二階、三階へと続く赤い絨毯敷きの階段前に用意された待合室のような吹き抜け下のスペースの中央には、薔薇色の重厚なソファが鎮座している。
そしてい今そのソファを飾っているのは若く美しい三人の娘と、少し年上の、しかし凛々しく穏やかな美しさを持つ銀髪の女性――彼女たちはその細い指先に煌びやかな宝石細工を施したネックレスや髪飾りを手にしながらお喋りに興じ、薄暗い空間に華やかさを添えている。

「客だぞ」

黒髪の男の声がその空間に静かに響くと、女たちのお喋りがピタリと止まり笑顔が消えた――しかしその場に現れた五人の男達を目にすると、三人の若い娘達のうち二人の顔の強張りは解けたようだった。銀髪の年長の女性は相変わらず涼やかな貌をしていたが、残る一人の表情はまだ少し緊張したままだった。


「……クレイマン?」

「士度……久し振りだね……」


士度に名前を呼ばれた短いソバージュの男装の麗人はその銀の髪を僅かに揺らしながらソファから身を離し、身のこなしも軽やかに士度の目の前までやってくると優雅に微笑んだ。
ハキムとファルケは士度とロートの後ろから、顔馴染みの娘たちに笑顔の挨拶を送っている。

「珍しいな、
この館こっち)で仕事か……?」

一房だけ眼を引く飾りをつけている彼女の髪に挨拶代わりに触れてきた士度を見つめながら、彼女の上品な口元が僅かに弧を描いた。


「イレギュラーだけど私も
この館ここ)のメンバーだからね……“与える方”の……」


今日は彼女達の要望で
芸術アート)を見せに来ただけなんだが、せっかく君が来たのなら……――

そう言いながら彼女の美しい指先がコートを脱いだ士度のシャツに触れ、彼女が誘う様に彼を見上げたそのとき――

「ダメよ」

凛とした声が、繋がる士度とクレイマンの視線の間に割り込んできた――声がした方を見ると、厚いベルベットのカーテンで仕切られていた奥の部屋から、黒髪の男とよく似た髪形をした若い女が貌を覗かせた。
ストレートのボブカットをサラリと揺らしながらこちらへやってくる彼女は露出の高い砂漠の国の衣装を身に纏い、彼女が歩を進めるたびに長く軽やかなロングスカートのスリットから妖艶な脚線美が垣間見える。

「今日は、ダメ。
士度カレ)の相手は私がするわ……。姐さんはまたの機会に。」

「綺羅々!失礼だぞ…!!」

士度の隣りに来るなり彼の腕をとりながらの女のどこか挑発的な言葉に、彼女にどこか似た面影のある黒髪の叱責が重なった。士度とクレイマンはそんな彼女の唐突な言動に刹那眼を丸くした。

「いいよ、夏彦――気にしていない」

クレイマンは大人の女の余裕を見せた――綺羅々は士度の腕に頬を寄せながら少し眉を顰め、微笑むクレイマンをどこか不満げに見つめている。


「……ここは娼館なのに客は女を選べないってか?」

「………私じゃ、不満なの?」

士度の茶化すような言葉に綺羅々の拗ねた声がついてきたので、士度は溜息交じりにあやすように彼女の髪をクシャリと撫でた。


「……ッたく、そうなると数が足りないな……。誰か白雪ノ館(おもて)から呼んでくるしか……」

「いや、それには及ばない……」


妹の我儘に溜息を吐く夏彦に、クレイマンは小さく笑みをつくっている――夏彦としては上級者であるクレイマンを士度の以外の者につかせる気は毛頭なかったので、彼は珍しく驚いた顔をした。

――ここ
薔薇ノ館ディ・ヴィラ・デア・ローゼ)は会員制の裏娼館。この娼婦達は普段は繁華街からそう遠くない高級娼館である白雪ノ館スノーホワイト)で客を取っているのだが、白雪之館での彼女達のもう一つの仕事は情報収集――高級娼館を訪れる上級商人、成金、貴族、海外の外交官や貿易商……彼らが一夜限りの褥で自らを誇示するために漏らす寝物語から、様々な情報を無知と戯れを装い訊き出し、引き出し――それをもうひとつの糧にする。
国内外でそこそこの地位にあり、
高級娼館こんなところ)に来る余裕がある輩はたいてい自己顕示欲も強く、ベッドの中では好みの女相手に饒舌にもなりたがる。そんな客たちの舌から零れおちる言葉は一見些細な世間話に思えても、とある筋の方々には国や経済や社交界を動かす際の、そして商いや仕事をする際の、重要な情報になり得る。
白雪之館に所属している選びぬかれた
娼婦オンナ) たちはそんな情報を携えて、薔薇ノ館で仕事をする――薔薇之館に来るお客たちはこの二つの館を仕切るミロク一族に認められた会員であり契約者達。その実態は政治を司る中でも上層の貴族であったり、その中で渡り歩く仕事人であったり、ミロク一族と利益を共にする者達であったり、果ては王族であったり……――士度達シリウスのメンバーも、いわばミロク一族彼ら)に選ばれた数少ない契約者達の一部であり、金を支払うことでここの娼婦達から情報を得ることができる立場にあった。
そしてその娼館のメンバーの中でも本職が宝石職人であるクレイマンはトイフェルドルフの五大都市に工房を持つ身であり、白雪ノ館から得る情報以外にも彼女の本職の客層と人脈から得られるものは計り知れない。クレイマンはとある信頼筋からの紹介で白雪と薔薇に加わった一人であるが、本来ならば本職と情報提供だけでも十分に暮らしていける身分であるはずなのに、どうして彼女が時折自らこのような仕事に手をだすのか、夏彦自身も計り知れないままでいた。


「私は、そちらの白き人にも興味がある――」

「………?」

クレイマンはそのままロートの方に視線を流した――ロートを含めこの部屋にいる一同が皆“意外”という文字を顔に貼りつかせている。

「もし、御主人のお下がりでも君がよいのであればの話だが……」

クレイマンのどこか自嘲めいた言葉に、ロートは「――全く問題ない」――と即答した。その言葉はクレイマンの立場に配慮したわけではなく、主人である士度に配慮した言葉であることをクレイマンとシリウスのメンバーは機敏にも読み取り苦笑する。


「じゃあ、ロートはクレイマンとだな……イイ女だぜ?――他は?」

綺羅々が腕にくっついたままの士度の言葉に、

「じゃあリンはオレと遊んでくれるかな?」

「もちろんですハキムさん…!お久し振りですぅ…!」

ハキムの明るい声が続き、ソファで様子を窺っていた丈の短い赤いチャイナ服を着た黒髪ショートカットの小柄な娘が元気な声を出し勢いよく立ち上がった。

(馬鹿が……お前、わかりやす過ぎ……)
(自重しろよな……)

シリウスメンバーの誰かさんに雰囲気はともかく背格好があまりにも似すぎている娘の手をとったハキムの選択に、ファルケとランツェの内なる罵倒の声は密かにシンクロし、二人は苦い溜息を吐いた――士度とロートは見て見ぬ振りを決め込んだようだ。

「――エルザ、元気だったか?」 

「見てのとおりよ!今日も可愛がってね、ファルケ!」

気を取り直したファルケのよく通る声に、長い金髪を愛らしくツインテールにした碧眼のエルザは、待ってましたとばかりにファルケに駆け寄った。ジーンズ生地のホットパンツに、トリコロール柄の水着のトップスだけを身につけている彼女は北欧系の肌に大きく輝く碧眼、鼻のあたりの雀斑は逆に愛らしく彼女のチャームポイントになっている。


「………えーと……ハジメマシテ?」

一人残ってしまったランツェがこの館に来たのは実は初めてだった。シリウスのお頭である契約者の士度の同伴者としてそのまま入館できたのは良いが(もちろん彼の同伴でないと入ることさえ不可能だ)、故にもちろんハキムやファルケの様にお馴染みさんがいるわけでもなく……――彼はひとりポツンとソファに残っている、少し癖のあるロングの亜麻色の髪が愛らしい娘に視線をやった。

「あ……あの……私でよければ……」

彼女は座ったままだった非礼を詫びるように立ち上がると、少し緊張した面持ちでランツェの前で進み出た――ロングタイトなジーンズのパンツに、白いブラウスを胸元辺りで結び胸の谷間と程良いくびれだけが目に優しい、しかし娼婦にしては少し露出の少ない格好を彼女はしていた。

「もちろん――ランツェだ。よろしく……」

ランツェに手をとられ、その甲に軽い挨拶のキスを与えられた彼女は、ヘーゼルナッツ型の大きな瞳を瞬かせながら自ら先に名乗らなかったことに対してばつが悪そうな顔をした。

「アミーリア……みんなにはエイミーって呼ばれてます……」

そう呟いた彼女の声音と緑の瞳は微かに震えていた――そのことに気付いた綺羅々が目を妖しく瞬かせながら助言する。

「その子、
薔薇ノ館コッチ)は初めてなの。だから少し緊張してるのよ――大丈夫、情報提供以外は白雪ノ館アッチ)のお客様と変わりないように……」

最後の言葉をエイミーに向けながら、綺羅々は珍しく優しげに微笑んだ――元締めの妹の言葉に背中を押されるようにエイミーは小さく頷きながら、ランツェの手に指を絡めた。


「……さて、それぞれ相手が決まったようだな……。お前ら、骨抜きにされて寝物語を聞き逃すなよ?それ以外は良い時間を――っ綺羅々、急かすなよ……」


士度は言葉途中ながら綺羅々によってカーテンの奥に引っ張っていかれてしまった――後に残された束の間のカップル達も、女達によってそれぞれの部屋に案内される――

ロートは一階にあるもう一つのカーテンの向こう側の部屋に連れ込まれた。




〜side ROT〜